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第八十四話「ちょっと確かめたかっただけなのに……」


 思わぬ出来事のせいで随分遅くなってしまった。いつもより遅れて俺達が食堂に入ると……、一斉に俺に視線が集まり、そしてヒソヒソと内緒話を始める……。


 あ~……、これは完璧にあれですね。あれですわ……。


「ちょっとあんた達!何よ!」


「ちょっ!ちょっ!薊ちゃん!落ち着いてください!」


 こちらを見てヒソヒソやり始めた者達に向かって薊ちゃんが噛み付く。そんなことをしたら余計に状況が悪くなる。それに俺だけならともかく薊ちゃんまで立場が悪くなったら大変だ。女の子なんだし、上級生達もいるんだからあまり無茶はしないで欲しい。


「恐らく皆さんはあの壁新聞を見て反応しているのでしょう。近衛様も否定してくださいましたし、あまりこちらから事を荒立てると余計に長引く可能性もあります。暫く我慢して様子を見ましょう」


「う~……、咲耶様がそう言われるなら……。でもでも……、う~……」


 薊ちゃんがう~う~言っている。何か可愛い。


 まぁいつまでも薊ちゃんの可愛い姿を見ていても進まない。いつもの席に向かいつつ考える。このまま何も反論せずに無実の罪を被るつもりはない。そんなことをしたらゲームの咲耶お嬢様と同じ結末になってしまう可能性が高まる。だからきちんと違うことは違うと主張するのは大事だろう。


 でもこちらがムキになってちょっとしたことでも過剰に反応していては、余計怪しいと思われたり、ますます反発されたり、あまりこちらが硬い態度になると別に信じてなかった者達まで敵に回すことになるかもしれない。


 俺がすべきことはきちんと、落ち着いて、違うことは違う、間違いは間違い、誤りは誤りであると論理的に、証拠をもって反論することだ。感情的な対立になったら相手の思う壺だろう。


 こういうことをする者の狙いは恐らく……、それが本当であるかどうかということよりも、悪評やイメージ、あるいは反論したり口論になることで、本来それが本当なのか嘘なのかが重要だったはずのことが感情的対立に発展することを狙っているに違いない。


 だから俺がすべきことはヒソヒソと今周りで噂に流されている者達に感情的に反応することじゃない。もっと効果的に、確実に俺がそんなことをしていないと客観的に示すことだ。


 問題なのはそれをどうやって周知するかだな……。


 俺の周りの人になら一人一人丁寧に証拠も見せながら説明すればいいかもしれない。でも不特定多数の者に噂が広まっている現状ではそんな方法では追いつかない。そもそもこちらの話を信用しない者も多く出るだろう。それらにどう対処するかという話になってくる。


 こちらも大々的に大勢に語りかけるために壁新聞を利用するとか、校内放送を借りて放送するとか……。


 でも後出しで壁新聞を真似しても効果は低いだろう。人間というのは最初に受け取ったイメージを強く覚えているものだ。嘘でも何でも最初に悪評を聞いて、その後で申し開きを聞いても信用しない。人間はそういう風に出来ている。


 だからテレビや新聞や雑誌は、まずいきなり目立つ見出しや煽りをつけて強烈な印象とともに相手の悪事を針小棒大に書きまくる。それが嘘でも誤報でも何でもいい。とにかくそうしてレッテルを貼り、イメージをつけてしまう。すると後でそれが嘘だったとなっても最初にそれを見た人達はその相手に対して良いイメージは抱かない。


 誰かを貶めようとすれば事実は必要ない。ただ貶めたい相手のイメージを損ねることや、嘘でも良いから犯罪でも何でもでっち上げればいい。散々その誤報を意図的に広め、イメージを落とし、悪い評判がついたところで、最後に少しだけ小さく『以前の記事は誤りでした』と書けばいい。


 悪評を広める時は散々何度も大きく書き、最後に謝罪や撤回する時は小さく一言書く。それでその相手を貶めて悪いイメージを作り上げるのは完了だ。


 まさかそんなことで騙されないだろう、とか、そんなことまでしないだろう、と思うかもしれない。でも実際にテレビや新聞や雑誌ではそういう手法を繰り返し、視聴者や読者は簡単にそれに騙されている。それは現実に起こっていることだ。


 それに散々断定的に書いておきながら、最後に『かもしれない』と書いておくだけで、後で訴えられても『うちはそういう可能性もあるかもしれないと書いただけで犯人呼ばわりはしていない』と言い訳出来る。テレビや出版社はそういうだけで許される。


 今ここで起こっていることも同じだ。あの壁新聞は断定的なことは何も書いていなかった。ただ煽りで散々推論を本当のことかのように並べ立て、最後に『そういう可能性もあるかもね』と締めくくって言い逃れ出来る逃げ道を用意している。


 俺があれをプロの仕事だと言ったのはそういう所も含めてだ。もし子供だったなら感情のままに断定して書ききってしまうだろう。そうなると事実無根だった場合に揉め事になる。プロの仕事なら自分が訴訟されないように、散々推論で人を悪者に貶めておきながら、最後に『かもね』と書いて『断定はしていない』と言い逃れする。


 もうそういうイメージが俺についてしまっている以上は、今更俺が撮られた写真のことで反論しても言い訳しているとしか受け取られない。それが人間というものだ。


 写真についてはもうどうしようもないと思う。本当は別の場面の写真でも『この写真はこういう場面だ』と最初にイメージが広まったら、後でいくら事実をもって訂正しても聞く耳も持たれずイメージも払拭出来ない。


 クラスで暗い顔をした錦織の周りの男子生徒がいて、俺がその向かいに立っている場面……。あれはもう俺が錦織に転んだことを責めて迫り、クラスの男子達がそれを庇っている場面というイメージが定着してしまっている。


 中庭で萩原紫苑を呼び出し、泣き崩れている萩原紫苑を俺が見下ろしている写真はもう俺が萩原紫苑に『何故一組の妨害をしなかったのか』と詰め寄っている場面だと認識されてしまっている。


 今更違うといっても誰も信じない。この状況をどうにかする方法は……、あの壁新聞でも書いてあった音声データ……。もしそれが本当にあるのなら……、編集していない生のデータの音声データを手に入れられたら……。


「さすが咲耶ちゃんですね。気になることがあって集中出来ていなくてもお作法は完璧です」


「え?」


 椿ちゃんにそんなことを言われて驚く。


「咲耶ちゃんがさっきのこと気になってるのはわかってるよー。でもご飯を綺麗に食べてるねって私も思ってた!」


「譲葉ちゃん……」


 譲葉ちゃんにまでそんなことを言われてしまった。そんなにあからさまに俺が気にしてるってわかるのかな?


 まぁあの壁新聞のことを気にしているというかどうすればいいかを考えていたわけだけど……。気にしてるっていうと悩んだり困ったりしているような感じだけど……。対応をどうしようか悩んでるし困ってるからそれも間違いじゃないんだけど……。う~ん……。日本語って難しい……。


「私達も微力ながらお手伝いします。そんなに気にしないで咲耶ちゃん」


「ありがとう蓮華ちゃん」


 皆の温かい言葉が心に沁み込んでくる。皆俺を励まそうと思ってこんなことを言ってくれているんだ。


 少し前までなら考えられない。少し前までなら遠慮してこんなことは言ってこなかっただろう。今はこんなことが言えるほどに皆との仲が良くなった、距離が縮まったということだ。


 周囲からはまだヒソヒソと言われている状況だったけど、今日はとても温かい気持ちで昼食を食べることが出来たのだった。




  ~~~~~~~




 どこを歩いていても周り中からヒソヒソと言われているけど、お昼に温かい気持ちになった俺は終始ご機嫌でサロンへとやってきた。


「御機嫌よう」


「ああ!咲耶ちゃん!辛かったでしょう!お姉さんの胸で泣いていいのよ!」


「むぎゅぅ……」


 扉を開けた瞬間俺の顔は何かに包まれた。柔らか……、い、ようで、そうでもないような?硬い……、こともなく?まぁゴワゴワしているしボタンか何か硬いものも当たってるけど……。


「ギブッ!ギブッ!」


 俺は茅さんの腕や背中をタップする。俺が扉を開けた瞬間茅さんに思いっきり抱き締められた。動体視力はついていけていたから見えていたし、避けようと思えば避けられたんだけど……。つい善からぬことを考えたらこんな目に遭ってしまった。


 俺は……、ただちょっと……、茅さんの膨らみかけの青い果実の感触を確かめたかっただけなんだ……。それがまさかここまで力一杯締められて、しかも首ががっちり絞まるとは思っていなかった。その上それを我慢して折角茅さんの胸に締められたというのに……、感触が悲しいことになっている。


 一応茅さんの名誉のためにいっておくけど、決して茅さんの胸が寂しいというわけじゃない。むしろ六年生にしては立派かもしれない。いや、知らないけどね?わからないけどね?


 ただ……、恐らく下着もつけている上に、ボタンがついた制服を着ているんだ。そんな状態で思いっきり締められても柔らかくて気持ち良いなんてことがあるはずがない。何枚にも着た下着や制服のゴワゴワした感触と、押し付けられるボタンの痛みばかりだ。こんなことなら最初に避けておけばよかった……。


 ちょっとした悪戯心やスケベ心を出したがために……、こんなことになってしまった……。


「ちょっと!咲耶様が苦しがっているでしょう!いつまで抱き締めているの!」


「そうですよ。正親町三条様……。いくら相手にされていないからといって、力ずくで迫ろうというのはあまりに浅ましいのではないでしょうか?」


 おお……、薊ちゃんと皐月ちゃんが茅さんに立ち向かっている!いつもなら止める所だけど今は二人を応援するよ!頑張って俺をここから解放してくれ!


「ふんっ!貴女達にはわからないでしょうね……。ああ、可哀想な私の咲耶ちゃん……。全部お姉さんに任せておけばいいのよ。犯人は必ず!必ず血祭りに上げてあげるからね!」


「ぐむぅ……」


 し、死む……。絞まる……。あっ……、意識が……。




  ~~~~~~~




 あ~……。えらい目に遭った……。やっぱり最初の直感に従って避ければよかった……。ちょっと悪戯心を抱いたがためにあんな目に遭うとは……。


「大変だったようだね咲耶」


「お兄様」


 そうなんですよ……。ちょっと茅さんのおっぱいの感触を楽しもうと思ったら、感触は楽しめないし、首は絞められるし……、散々でした。


「誰か犯人の心当たりはあるのかい?」


「え?犯人?」


 茅さんでしょ?


「……えっと?壁新聞を貼った犯人の心当たりだよ」


「え……?あ~……。どうでしょう……」


 ああ、そっちか……。散々な目に遭ったっていうから茅さんの件かと思った。まぁ兄もまさか目の前に茅さんが座ってるのに茅さんのことについて言うわけもないか。


 犯人の心当たりねぇ……。まぁなくもないけど……。当たっているとは限らないから下手な推測は言えない。余計なことを言って間違っていたらそれは壁新聞を貼った奴と同じことになってしまう。確証もないのに人を犯人に仕立て上げるのは良くないだろう。


 それに俺のは『可能性があるとすれば』という仮定というか、想像の話だ。俺や九条家を貶めたい相手がいるとすれば……、と考えただけで、何か具体的にその相手と揉めているとか、証拠があるとか、それどころかその推理の根拠になることすらない。完全な想像と当てずっぽうなだけだ。これは言わない方がいい。


「私の咲耶ちゃんを貶めようだなんて……。絶対に許せないわ。どこの誰だか知らないけれど……、正親町三条家の名にかけて必ず報いは受けさせてあげる!」


「かっ、茅さんも落ち着いて……。そんなにムキになるほどのことではないですよ。それに犯人を捜すことよりもまずは嘘の評判を払拭することをですね……」


「甘いわ咲耶ちゃん!そんなものは犯人を吊るし上げて吐かせれば良いことよ!全校生徒の前で、いえ!保護者も集めて全ての関係者の前で自らの罪を白状させ、咲耶ちゃんに謝罪させたのちに公開処刑よ!」


 茅さんこえぇよ……。しかもそんなことしたら余計に逆効果だ。そんなことをしたら『無実の人を吊るし上げた』とか『本当のことを書いただけなのに九条家の権力を使って犯人に仕立て上げた』とか余計に言われてしまう。


 こちらにやましいことがないのならば、堂々と違うことは違う、間違いは間違いだと主張して訂正させればいい。犯人捜しだの吊るし上げだのしたらますますゲーム『恋花』の咲耶お嬢様のバッドエンド一直線になってしまう。


「まぁ何にしろどうするかは考えて行動しないといけないね」


「そうですね……」


 兄の言葉に頷いておく。どうやら兄や茅さんは人伝に聞いただけであの壁新聞は見ていなかったようだ。水木が知らせに来たのもお昼休みになってから。伊吹と槐が来たのもそうだ。犯人は俺やそのグループ、伊吹のグループや兄達の行動パターンも知っていたんじゃないか?だからこちらに中々その情報が入ってこないように狙っていた……。


 まぁ……、偶然の可能性もある。考え出せばキリがない。ただ兄が言うように、これからどうするのか。それは真剣に考えないとバッドエンド一直線だけは何としても避けなければ……。



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― 新着の感想 ―
[一言] どうしたもんかねぇ
[一言] 可能性としては教師かなぁ
2020/03/25 00:19 リーゼロッテ
[一言] 茅さんどうどう
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