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第八十一話「陰謀」


 藤花学園初等科運動会の日。この日は多くの保護者で賑わう。全学年合同でのイベントのために、普段は学年が違って顔を合わせない保護者同士も顔を合わせることになる。だから平年でも保護者の参加率は非常に高く、子供達の観戦のためだけではなく他の保護者への挨拶や家同士の付き合いのためにやってくる者も多数だった。


 それに加えて気合の入った家では、子供の勇姿を記録に残そうとプロのスタッフを引き連れて本格的な撮影を行なっている。撮影ポイントはいくつか決められているので勝手に好きな所から撮影出来るわけではないが、それでも多くのスタッフがあちこちに溢れかえっていた。


 何より今年は五北家のうち三家もの家に新入生がいる当たり年だ。他の学年の保護者達も例年になく大勢が参加しており、さすがに広い敷地を持つ藤花学園といえども相当な混雑の様相を呈していた。


「おはようございます近衛様!」


「まぁ!御機嫌よう」


「近衛様御機嫌よう」


「ええ、御機嫌よう」


 近衛家がやってくると周り中からすぐに声がかかる。まるで海が割れるように人の波が割れて近衛家の面々が歩く道が出来ていくかのようだった。


「ご無沙汰しております、近衛様」


「鷹司様、お久しぶりね」


 儚げな美人がはっきりハキハキしている近衛家の夫人に声をかける。近衛母はそれを受けてうれしそうに言葉を返した。


「おお……、近衛家と鷹司家が……」


「やはり両家は別格だな……」


 五北家のうちの二家が揃っていればそのオーラは凄まじく、先ほどまで近衛家に挨拶しようと集まっていた者達も尻ごみして近づけない。挨拶をするにしても格下である自分達は近衛家と鷹司家の話が終わってからだ。話の途中で割って入っていくなどという無作法は出来ない。


「おい……。向こうから……」


「ああ……」


 そして、近衛家と鷹司家が立ち止まり話をしているというのにそこに平然と近づいて来る者達がいた。普通に考えたら近衛家と鷹司家が話している場に、通り抜けるだけだったとしても、近づくなど恐れ多くて出来ない。それを行なえるとすればそれは……。


「まぁ~!九条様!御機嫌よう!」


「御機嫌よう、近衛様、鷹司様」


「九条様、ご無沙汰しております」


 五北家が立ち話をしている所に簡単に入っていけるとすればそれは同じ五北家のみだ。今年入学してきた五北家のうちの三家全てが早くも一堂に会することになった。周囲でその様子を見守っている野次馬達は一体どうなるのかと興味津々だった。


「九条様!今後の両家のことについてもお話したいのでご一緒に運動会を観戦いたしませんか?」


「申し訳ありません。当家では良実が入学して以来毎年決まった席をすでに確保しております。今更変更となれば他の保護者の方にもご迷惑をおかけすることになりますので、今回はこのまま予定通りにさせていただきます」


 非常に好意的な近衛母に対して九条母は少しの警戒心と距離を持っていた。旦那同士も挨拶しているがやはりというべきか旦那達の影は薄い。女同士の戦いかと周囲は好奇の目で見ていたが近衛母が思わぬ爆弾を投げ込んだ。


「そうですか。それでは止むを得ませんね。では来年はご一緒しましょう。今のうちに約束を取り付けておけば大丈夫でしょう?許婚候補同士ですもの。これから両家はもっと親しくしていく必要があると思います」


「「「「「なっ!?」」」」」


 周囲の野次馬達は聞き耳を立てていた我が耳を疑った。今近衛家は『許婚候補同士』といった。それはつまり近衛家と九条家が許婚候補として話を進めているということだ。


「近衛様、お戯れを……。当家は良実も咲耶もまだ許婚はおりません……」


 少し苦しい表情をした九条母がそう言い繕うが近衛母の攻勢は止まらない。


「ええ、『許婚』はまだおられないと聞いております。ですので当家の伊吹と九条様の咲耶ちゃんを『許婚候補』にしようというお話ですもの、ね?」


 ドヨドヨと……、周囲は静かにパニックになっていた。さすがに五北家が三家もいる目の前で大騒ぎする者はいない。しかしその話はあっという間に人伝に藤花学園の保護者達の間に広まってしまったのだった。




  ~~~~~~~




 近衛家の『許婚候補宣言』の動揺が収まらないまま運動会が開幕する。そして入場してくる生徒達の中でも数名、圧倒的に目立つ者達がいた。近衛伊吹、鷹司槐、そして……、その二人よりもさらに圧倒的存在感を放つ美少女……。


 社交界にほとんど出てきていないその美少女のことを知らない者も多かった。しかし一目見てすぐにわかる。その圧倒的存在感は知らない者が見ても五北家の者であるとはっきりわかるものだった。今年の一年生で五北家といえば近衛、鷹司の他には九条しかいない。ならば考えるまでもなくその美少女こそが噂の『九条咲耶』であろうことはすぐにわかった。


 外見の美しさ。所作の美しさ。圧倒的存在感。何もかもが他の家を圧倒している。そして何よりも今の話題は先ほど近衛家が発表した『許婚候補宣言』だ。これだけの条件が揃っていて目立たないはずがない。ただの入場や整列だけでもあまりの注目度だった。


 そして……、開会式が終わってから間もなく、いくつ目かの競技に早速話題の九条咲耶が登場していた。短距離走に出場した九条咲耶は悠々と走りながら圧倒的な差をつけて一着だった。外見や所作だけではなく身体能力でも他の追随を許さない。これで頭まで良ければ完璧超人かと思うような出来の良さだ。


 何故これほどの者なのに九条家が今まで社交界にも出さずに隠してきたのかわからない。九条家の秘蔵っ子と言われながら本当に秘蔵されたままだったのだ。


 一部には近衛家のパーティーでの騒動を知っている者も居たが、全体で言えばまだ浸透し切っていたわけではない。事情や騒動を知らない者もいるのでその混乱はますます拍車がかかっていた。しかし……。


「おっ、おい!」


「あれは……」


「まぁ……、何てことなの……」


 競技を終えて戻ってきた九条咲耶は……、徳大寺家や東坊城家、北小路家や河鰭家、武者小路家といった錚々たる家々のご令嬢達にタオルを持ってこさせ、飲み物を持ってこさせ、扇がせて、椅子に偉そうに踏ん反り返っていた。直接何かをしているわけではないが傍に西園寺家のご令嬢まで侍らせている。


 確かに家格としても本人の資質としても九条咲耶にはすごいものがあるのかもしれない。しかし……、小学校一年生が、同級生のご令嬢達に、タオルや飲み物を持ってこさせて、扇がせて、偉そうに侍らせている。それを見て大人達がどう思うだろうか。


 確かに大人同士であったならば家格の差やカリスマ性、経済力や発言力、社会的地位など様々な要因によってそういうことは当たり前に受け止められている。


 実際に同じ藤花学園に通っている名家同士であっても、片や会社やグループの総裁、片や雇われの身ということはあるだろう。その両者が対等であるはずはなく、雇われの側が総裁に向かって傅くのは何もおかしなことではない。


 しかし小学校一年生の頃から、本人は何もしていないのに、家の力関係だけを頼りに、周りの大人達が見ている前で堂々と他の家のご令嬢達を召使いのようにこき使う。それが一体どういうことなのか。


 九条家は他の家を圧倒しているとアピールしているのだ。派閥や門流が違う家ですら従え召使いにしているとこの場で、他の保護者達に向かって見せ付けている。


 確かに九条家にはそれだけの力があるのかもしれない。だがそれを見せられて喜ぶ者はいないだろう。むしろ内心では反感を持つ者が大半だ。とくにこのような他者を妬みやすい環境では余計に……。


 最初は九条家の秘蔵っ子として、その美しさ、完璧さに感嘆していた者達も、何故九条家が今までこのご令嬢を社交界に出してきていなかったのか察した。他者を跪かせ、親の威を借りて偉そうに踏ん反り返っているようでは内面は知れている。それが露呈しないように秘蔵にしていたのだ。


 しかし今回それが全て露呈してしまった。そのあまりの態度に一気に保護者達の間では九条咲耶に関する悪い噂が広まり始めたのだった。




  ~~~~~~~




 昼食休憩を挟み、午後からは運動会も次第にヒートアップしてくる。PTA参加の競技も行なわれ、優勝争いも熾烈になってきて保護者達も盛り上がっていた。そしてついに最終種目、組対抗男女混合リレーとなった。


 まだどのクラスにも優勝の可能性が残されている。僅差であるためにリレーで一位になればどのクラスにも自力優勝の可能性があり、この最後の勝負に全てがかかっている。そしてその最後のリレーにはまたしても近衛伊吹と九条咲耶がエントリーしていた。


 大人達は一生懸命近衛伊吹の応援をする。近衛家へのアピールはもちろんあるがこの運動会の間に広まった九条咲耶のアンチによるところも大きい。


 リレーがスタートとなったが一年三組だけ先に男子が走っている。他のクラスは男子が後だというのに三組だけだ。これもきっと九条咲耶が何かわがままでも言って後にさせたに違いない。これまでのことから咲耶のことをほとんど知らない者にはそう思われても止むを得ないことだった。


 スタート直後は順調だった。三クラスとも白熱したデッドヒートを繰り広げている。三組の男子の方がやや速いのだが、アウトコースに立たされているためにリードすることが出来ず団子状態になっていた。そして最終コーナーで三組の男子が転んだ。


 転んだ男子生徒はワーワーと泣き始めた。それはそうだ。小学校一年生くらいなら転んだだけでも泣く子供もいる。ましてや全力疾走の途中で転べば相当な衝撃や怪我だろう。一年生なら泣いても当たり前。見守っていた保護者達もそう思っていた。それなのに……。


「何をしているのです、錦織柳!立ちなさい!私までバトンを持ってくるのでしょう?そんな所で転がっていてはいつまで経ってもバトンは私の元まできませんよ!早く立ち上がって走りなさい!」


 鬼の形相をした九条咲耶が転んで泣いている子供にそんな厳しいことを言う。まるで優しさの欠片もない。自分のチームが負けてしまうからと、転んで泣いている子供にそんな厳しいことをいうなんて……。保護者達はそれを聞いて眉を顰めていた。


「錦織柳!近衛伊吹に勝つのでしょう!泣いている暇があったら走りなさい!このまま負け犬で終わるつもりですか!」


 さらに近衛門流である錦織家に、近衛家を倒せと迫る。それはまるで近衛家の門流をやめて九条家に降れと言っているようだった。これだけの人がいる前で、近衛門流の家に近衛家に勝てと怒鳴り散らす。なんという娘だろうか。


 最初に抱いた、外見も所作も美しく、完璧なご令嬢であったという印象など最早欠片も残ってはいない。この場に参加していたほとんどの家の保護者達は一気に九条咲耶への評価を変えていった。


 九条咲耶が走り終えて……、かなり怒涛の追い上げではあったが近衛伊吹には一歩及ばなかった。その九条咲耶が待機場所に戻ると先に走った少年、錦織柳に詰め寄る。そして……。


「ごめんなさい!」


 まだレースの途中だというのにほとんどの者はレースなど見ていなかった。戻ってきた九条咲耶が、まだレースも途中だというのに、走り終わった者の待機場所で錦織柳に頭を下げさせる。


「俺が……、俺が転んだばっかりに……、うっ、うえぇぇぇぇ~~っ!」


 再び泣き出した錦織柳に九条咲耶はさらに詰め寄り圧力をかける。なんという非道なのだろうか。とても小学校一年生の子供とは思えない。人の心も痛みもわからず偉そうに踏ん反り返るわがままご令嬢。それが九条咲耶だと保護者達には強烈に印象付けられた。


 その後、リレーは結局一組が一位となり運動会も優勝。三組は二位となり準優勝となった。何度も何度も泣きながら謝っている錦織柳を九条咲耶は結局許さず、大勢の保護者が見ている前で泣きながら謝らせ晒し者にし続けた。九条咲耶の本性が暴かれた運動会はこうして幕を閉じた……、かに思われた……。しかしまだ本当の終わりではなかった。




  ~~~~~~~




 日曜日を挟んで明けて月曜日の朝、藤花学園の掲示板には一面に壁新聞が貼られていた。


『傲慢なるご令嬢の本性』


『転倒したリレーメンバーを叱りつける非道なるご令嬢』


『何度謝っても許さない心の狭さ』


『負けたことを転倒したリレーメンバーのせいにして教室に戻ってからもクラスメイトと一悶着』


 壁新聞には写真やカメラの映像から抜き出した画像がデカデカと掲げられセンセーショナルな見出しが躍っている。さらに……。


「え?何これ……」


「運動会の時は見ていたけど裏でこんなこともしてたの?」


「うっわ~……。ひっど~……」


 運動会での場面は生徒達も保護者達も見ていた。しかしこの壁新聞にはさらに別の場面と思われる写真も貼り出されていた。そこに踊る見出しは……。


『リレーで転倒したメンバーと一緒に走っていた他のクラスの生徒にまで詰め寄る悪魔の如きご令嬢』


 と書かれている。他にもいくつか見出しや煽りが書かれている。そちらにはまた興味を惹くようなことがデカデカと書かれていた。


『ご令嬢は詰め寄られている女子生徒に一組を妨害するように命令していた!その音声データを入手!』


 内容を読んでいけば、この詰め寄られている二組の生徒は転倒した錦織柳の本家筋である萩原家のご令嬢であり、九条咲耶はこの萩原・錦織両家に近衛門流を裏切るように強要していた。レース中に萩原家のご令嬢に一組を妨害するように命令していたが、その命令を守らなかった萩原紫苑に詰め寄っているのが写真の場面だという。


 普通にそれだけ書かれていても写真だけでは本当にそんな場面だったのかは判断出来ない。しかし運動会での九条咲耶と錦織柳とのやり取りを見ていれば『さもありなん』と誰もが思うだろう。それにこの記事には音声データも入手していると書かれている。


 その音声データを直接聞いたわけでもないのに、そう書かれていたら、そこまで言うのなら本当なのだろうとその記事を見た者達は思った。あの転んで泣いている錦織柳にあんなことを言う九条咲耶ならばそういうこともあり得るだろうと誰もが思った。


 『九条咲耶が教室に行った後で貼られた』この壁新聞は、その後長時間に渡ってそこに貼られ続け、多くの生徒達の目に触れたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] この新聞書いたやつ……消されるぞ(・ω・) 主に茅さん辺りに。
[一言] ようやく追い付いた ホントは100話まで 貯まるのを待ってからと 思ったけど我慢できなかったww そして、この展開・・・
2020/03/21 21:42 リーゼロッテ
[一言] また災難が
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