第六十七話「始業式」
とうとう夏休みも終わり今日から二学期だ。今日は始業式しかないからすぐ終わるだろう。まぁそう思っててもやれ提出物だの、やれ配布物だのとしていたら結構な時間になるけどな。
前世ではすぐ終わって帰れるだろうと思っていたのに、まるで時間でも潰しているかのように教師がダラダラゆっくりして中々帰れず腹が立った覚えがある。それも別に帰れる時間が決まっているから待ってるとかじゃない。他のクラスは帰ってるのに自分のクラスの担任だけやたらすることが遅くて帰れなかった。そりゃ腹も立つだろう?
それはともかく教室に入ってみると……、やっぱりいつもの面子しか来てないな。前世だったらいつもは遅いのに休み明けだからって張り切って早く来てる奴とか、休みボケで遅刻して来る奴とか、そういうのも結構居たと思うけど……。さすがに藤花学園に通っているような生徒達はそんなことはないらしい。
「御機嫌よう皐月ちゃん」
「咲耶ちゃん、御機嫌よう」
いつも通り俺より先に来ている皐月ちゃんに挨拶をする。……やっぱりあまり日焼けしていないな。実際には四月頃と並べてみれば多少は日焼けもしてるのかもしれないけど、夏休み明けの小学生とは思えないくらいに日焼けしていない。
「あの……、何か?」
「あっ!ごめんなさい。何でもないの」
ジロジロと見すぎだったか。皐月ちゃんが困惑した表情で聞いてくるから慌てて自分の席に向かった。他の生徒達もちょっと見てみたけど皆白い……。
前世だったら夏休み明けなんて皆真っ黒に日焼けしてたもんだけど、藤花学園に通うような家の子達はほとんど日焼けしていない。多少は焼けてるだろうし外に行ってないわけでもないだろう。でも日焼け止めを塗ったり、UVカットの日傘を差したり服を着ているんだろうな。俺だって椛に散々日焼け止めを塗られた。
何か……、少し寂しいような気もするな……。いくら上流階級の家の子供達といってもまだ小学校一年生なんだから外で元気一杯遊ぶ方が良いだろうに……。お金持ちで贅沢な暮らしをしているといっても一年生の時からあれも駄目、これも駄目と制限されている生活なんて退屈でつまらないんじゃないだろうか……。
まぁそれは俺が心配することでもとやかく言うことでもない。色々考えさせられはするけどその家の方針もあるだろう。もしかしたら日焼けしている子もいるかもしれないし……。
とか思ったけどいなかった……。今まで登校してきた子は皆白い……。
「おはよう!」
「アザミ様おはようございます」
「アザミちゃんおはよ!」
お?薊ちゃんも来たらしい。薊ちゃんとは夏休み明け前に会ったから日焼けしていないことはわかっている。俺もそう言われるだろうけど薊ちゃんも日焼けしていなかった。薊ちゃんは結構活発な性格だから日焼けとかしてそうな気がしたけどそんなことはなかったからな。
「おはようございます咲耶様!」
「薊ちゃん御機嫌よう」
毎朝恒例の薊ちゃんの挨拶で今日が始まる。一学期中ずっと習慣になっていたせいかこれがないと朝が始まった気がしない。そうこうしている間に時間になり講堂で始業式となったのだった。
~~~~~~~
退屈な始業式も終わり教室に戻ってきた。空調の効いた講堂の中とはいっても校長の長話は退屈だった。これが昔なら屋外で直射日光の下で何十分も立たされたりしてたんだからな……。今なら熱中症が!とか虐待だ!とかそういう話になりかねない。
藤花学園は生徒達に何かあったら大変だから空調の効いた講堂で集会や行事が行なわれるけど、外で立たされる学校は大変だろうな。
教室に戻ると宿題の提出とかプリントの配布とか連絡事項とかが済まされる。前世なら宿題をしてきていない子とかもいたけどここではそれもないようだ。皆お行儀良く、きちんとしなければならないことをしてくる。
確かにそれは当たり前ではあるけど……、普通の学校だったら宿題をサボった子が居たり、持ってくるのを忘れたという子がいたり、色々と混乱があるはずだ。それがここでは一切ない。全員が当たり前のこととして宿題を提出している。
それは良いことなんだろうけど……、何ていうんだろう……。個性がない?皆お手本のように行儀良くしていて面白味がない?悪いことではないはずだけど何だか素直に賞賛出来ないような……。
まぁそれは俺が前世の価値観を持っているが故だろうな。ここにいる子達にとってはそれは当然のことなんだろう。ここでは俺の方こそが異端だ。
特に問題もなく全ての予定が滞りなく終了し解散となった。でも生憎と俺達は帰れない。入学式の日もそうだったけど五北会はこういう日は集まることになっている。終業式は集まらないのに始業式は集まる。何故かは知らない。そういう伝統だ。なので五北会に顔を出さなければならない。
あ……、でも入学式の時は新入生は五北家の者だけだったな。在校生は皆集まってたけど……。あれはその年に入学する五北家のお披露目みたいなものなんだろう。でもじゃあ今日は?って話だよな。始業式の日に集まって何をするというのか。
俺がとやかく考えていてもわかるはずもないので、これも一学期通りに薊ちゃんと皐月ちゃんと三人で連れ立ってサロンに向かう。
「御機嫌よう」
扉を開けてサロンに入ると俺はいつも通りに奥の隅の席に座る。そしてこれまたいつも通りにすぐさま茅さんがやってきた。茅さんもあまり日焼けしていない。結局今日確認した限りでは真っ黒というほど日焼けしている子は一人もいなかった。
「御機嫌よう咲耶ちゃん。なぁに?お姉さんのことそんなに見詰めて……」
「茅さん御機嫌よう。不躾でしたか。ごめんなさい。夏休みの間に茅さんが変わられたかと思って見てみたのです」
さすがに見てないと言っても嘘がすぐにバレるから素直に謝る。
「そんなにお姉さんに興味があるのかな?もっと詳しく見てみる?ね?それじゃ家にいらっしゃい」
「あ~……、え~っと……、夏休みに遊びすぎて母に睨まれているので……、今はそう簡単に遊べないのです」
妖艶な顔をし始めた茅さんを抑えるためにそう言っておく。あながち嘘でもない。夏休みに散々遊んだから暫くは控えるようにと本当に母に言われた所だ。絶対遊ぶなとは言われていない。ご令嬢にとっては付き合いも仕事のようなものだ。だから一切駄目だとは言わないけど、相手を選んだり頻度を下げたりしろと言われている。
事前に予定を決めた上で母に確認して許可が下りれば遊べるけど、俺の判断だけでは遊びに行けない。
何か段々母の締め付けが厳しくなってきている気がするな……。そのうち外出禁止令まで出されるんじゃないだろうか。でもそんなに俺って遊んでるか?母にそこまで言われるほどかなぁ?
やることはきちんとしているし習い事もちゃんと行ってる。まだ小学校一年生なんだしちょっとくらい遊ぶのも仕事のうちだと思うんだけどな……。
「ところで茅さん、今日はサロンに集まって何をするのですか?」
伝統として始業式の日は集まるみたいだけど、果たして集まって何をするんだろう?
「え?別に何もしないわよ?ただ集まるだけよ」
…………え?集まるだけなの?
じゃあスルーしてもよかったんじゃね?平日だって毎日全員が集まってるわけじゃない。用があって帰る人もいるし、そもそもあまり参加していない人もいる。じゃあ今日も帰ってもよかったんじゃ……?
「始業式の日くらいは全員で集まりましょうってことじゃないかしら?」
「あぁ……、そういうことですか……」
なるほど……。確かに今俺が思った通り普段あまり参加しない者もいるし、習い事の都合で特定の曜日は来れない人もいる。そうなると全員が揃う日というのは少ない。あるいはお互いが交互のように来ないためにここでまったく顔を合わせない人同士もいる可能性がある。
だから始業式、始まりの日くらいは全員で集まろうと、そういう趣旨ならわからなくはない。
周りを見てみれば皆の話題は大体夏休み中にあった近衛家のパーティーの話のようだ。こういう時共通の話題があるといいよな。だからこそ近衛家も毎年夏休みにパーティーを開いているんだろう。
こうして休み明けに皆が揃った所で夏休みの共通の思い出と話題として近衛家のパーティーの話になる。それで皆が親密になると同時に近衛家の影響力も増すというわけだ。そしてそこに参加していなかった者は話題についていけず、周囲から浮いた存在になる。今の俺のようにな。
俺なら別にそんなこと気にならない。近衛家のパーティーなんて出来れば出席したくないし、今周囲の話題についていけなくても何とも思わない。でも普通の子供だったら焦りとか疎外感とかそういうものを感じるんだろう。
それに周りだってそういう子がいたら仲間の輪から外したりするんじゃないだろうか。別に仲間はずれにしてやろうというわけじゃないだろうけど、一人だけ話題についてこれないからって全員がその話題に触れないということもない。自然と話に入れない子だけ孤立してしまう。
だから皆参加せざるを得ない。共通の話題についていき皆の輪の中に入るためには近衛家のパーティーに行くしかない。そうして全体に影響力を高める。近衛家の周到な作戦というわけだ。
「よっ、よう、咲耶」
「…………御機嫌よう近衛様」
何でこいつはいつも俺を呼び捨てにするのか。そもそも名前で呼ばれる筋合いもないんだが……。
別に前までのように完全に拒絶しようと思ってるわけじゃない。でもものには順序というものがあるだろう?まだ友達でもない者にいきなり呼び捨てにされたら腹が立つか、馴れ馴れしい奴だなと思うだろう。俺と伊吹はまだ友達じゃない。友達になる可能性は排除しないことにしたけど、だからって友達になったわけじゃない。
それにしても……、伊吹もあまり日焼けしてないな……。伊吹の性格だったら外で遊びまわってそうな気もしたけど……。やっぱり日焼け止めとかいっぱい塗られたりしたんだろうか。
「やぁ、九条さん……」
「御機嫌よう鷹司様」
そして槐は元気がない。元気がないというか俺とどう接すれば良いかわからないという所だろうか。ついでに槐は白い。白すぎる。いくら『白雪王子』だとしても白すぎやしませんかね?本当にお前は夏を経験したのか?まるで雪国に居たかのような……。
あっ……。鷹司家ほどの家ならもしかしたら本当に夏休み中、極地付近か南半球にでも行ってたかもしれないな。
「咲耶!お前夏休みにうちのパーティーに来れなかっただろ?だから、今度お前の都合の良い日にパーティーをしてやるよ。いつなら空いてるんだ?」
はぁ?何だその言い方は?ちょっとは仲良くしてみようかと思ってたけど普通にイラッとするんですけど?
何で俺がそんな哀れだからパーティーしてやるよ、みたいな言われ方をしなければならないんだ?それに伊吹にお前呼ばわりされる覚えもないぞ?こっちこそお前のパーティーなんか無理に行きたくねぇんだよ。
「よかったじゃないか咲耶。伊吹君、咲耶はちょっと今あまり出かけられないんだ。でも伊吹君の誘いだったらきっと母も許してくれるよ。日が決まったら正式に招待状を出してくれるかい?それがあれば母も説得出来るはずさ」
兄よ~!何を勝手に余計なことを言ってるんだ!?俺はもうかなり行く気なんてなくなってるんだけど?最初はちょっとは話くらい聞いてやろうかと思ったけど、あのあまりの態度にやる気がなくなった。やっぱり伊吹と俺は水と油だ。永久に分かり合えることはない。
「ごめんね九条さん。僕も行くし九条さんのお友達を呼んでもいいからさ」
「はぁ……。仕方ないですね……。近衛様、私が空いている日は……」
槐にもそう言われて断るわけにもいかなくなった。俺はスケジュール帳を出して予定を確認しつつ伊吹と日を決める。パーティーといっても大人数を呼ぶ大規模なものじゃなくて、親達も呼ばない、人数も少ない、友達同士だけの集まりのようなものを想定しているらしい。
俺が友達とかを呼びたければ呼んでもいいと言われたけど……。皆だって予定とか色々とあるだろう。俺が呼ぶとしたら薊ちゃんとそのグループか、皐月ちゃんか、茅さんくらいか?
兄は自分が余計なことを言ったくせに早々に自分は参加しないと宣言してしまった。余計なことをしておいて自分だけ逃げるとは……。
ともかく明日薊ちゃんグループも含めて声をかけてみるか。