第五十四話「ショッピングモール制覇」
折角皐月ちゃんとデートの最中だっていうのに余計なことに首を突っ込みたくない。だけど見てしまった以上無視も出来ないだろう。
明らかに相手の方が人数も多く年齢も上だ。そんな者達が五人で小学校低学年の子達を囲んでいるなんてどう考えても面倒事だ。
「大きい者が寄って集って何をしているのですか?」
「あ?何だお前?」
俺が小さい三人の前に立つと大きい五人が俺にまで凄んできた。ガラの悪い小学生だなとは思うけど、小学生に凄まれても笑いそうになるだけで迫力なんて欠片もない。ちょっと噴き出しそうになるのを必死で我慢しながら問い詰める。
「こちらが先に聞いているのです。何をしているのですか?」
まぁ聞くまでもないけど……。どう考えても大きい五人組が小さい三人組に絡んでいる。もちろん原因はわからない。もしかしたら小さい三人組が何かして大きい五人組を怒らせたのかもしれない。それでも明らかに年上で人数も多い方が、こんな小さい子達に暴力を揮って凄んでるなんて情けないにも程がある。
「お前には関係ないだろ!」
「あっ!危ない!」
大きい五人組の一人が俺に手を突き出してくる。殴るとかじゃなくて突き飛ばそうというんだろう。小さい三人組も二人は転んでいる所を見ると突き飛ばされたのかもしれない。
「ヒョイっと」
「――ッ!」
でも俺が黙ってこいつに突き飛ばされてやる謂れはないから避ける。俺に避けられた奴は勢い余ってよろけていた。今頃の子供は鍛え方が足らんね。その程度でよろけているようじゃ師匠に『足腰の鍛え方が足らん!』とか言われて地獄の特訓をさせられるぞ。
「こっ、こいつ!逆らう気か!」
「逆らうも何も黙って突き飛ばされなければならない理由なんてありませんが?」
大きい五人組が気色ばむ。でも実際俺がこいつらに突き飛ばされなければならない理由はないわけで、何で黙って突き飛ばされてやらなければならないというのか。
「このっ!」
「ヒョイっと」
懲りずにまた手を突き出してくるからまた避ける。そしてまた避ける。数回避けたら大きい五人組も一度離れて口を開いた。
「お前!チョロチョロ逃げやがって!俺達に逆らったらどうなるかわかってるんだろうな!」
「知りませんよ。何で黙って突き飛ばされなければならないんですか?」
お前らのことなんて知るわけないだろ……。小さい三人組と大きい五人組は同じ学校の生徒なのかもしれないけど、俺はまったく無関係だ。同じ学校でも他の生徒のことなんて全て知ってるわけじゃないのに、他校の生徒のことなんて知るわけがない。
「お前もそいつの仲間か!」
「え?あぁ……、後ろの子達も知りませんよ。ただ喧嘩してるようだったからどうしたのかと聞いただけです」
やっぱり小学生なんてこんなもんか。会話がやりにくい。俺の周りの小学生が小学生らしくなさすぎなんだな。良実君をはじめ、槐とか皐月ちゃんとか……。普通に考えて小学生じゃないよねってくらい大人びている。
こいつらは普通の小学生程度なようで話がしにくい。こちらの話も聞いてくれないし、勝手に思い込んだらわけのわからないことを言い出す。俺が別の学校の者で、小さい三人組とは無関係だってことくらいすぐわかりそうなものだけど……。
「関係ないならすっこんでろよ!」
「だからどうして揉めているのかと聞いているじゃないですか。こちらの小さい子達の方が悪いのならきちんとそう対応します。ただ明らかな年上が五人で寄って集って何をしているのかと聞いているんです。この子達が悪さをして、怒られなければならない理由があるのなら止めはしません」
暴力を揮おうというのなら止めるけどお説教くらいなら止めるつもりはない。俺だって小さい方が無条件に良いとか可哀想だと思っているわけじゃない。だからその理由や事情を説明してくれと言ってるのに、最初から言うことを聞いてくれないのは大きい五人組の方だ。
「そいつはいっつもいっつも生意気なんだよ!だから思い知らせてやってるんだ!」
「あ~……、そうですか……。年上が大人数で寄って集って小さい方に暴力を揮う正当な理由はなさそうですね」
どうやらただ生意気だからとかそういうことらしい。それじゃ俺はとりあえず小さい三人組の肩を持たせてもらおうかな。
「もう手加減しないぞ!」
「おら!」
二人同時に俺に迫ってくる。でも連携が取れてないからお互いに邪魔になってるな。数の有利を活かせず、お互いに邪魔し合っているからかえって攻撃が単調になっている。
「よっ……。ほっ……」
殴ってきていた手を片手で掴んで両方投げ飛ばす。片手で腕を掴んで引っ張るだけでも、相手の力を利用して力の向きを変えてやれば転ばすくらいは簡単だ。
「このっ!」
「調子に乗るな!」
う~ん……。前の二人のことを見ていなかったんだろうか。次に来た二人も結局前の二人と同じだ。お互いに邪魔し合いながら迫ってきて、攻撃が単調で直線的になっている。これならまだ一人ずつかかってきた方がよかったんじゃないだろうか。
「そい……、あらよっと……」
また殴りかかってきていた手を俺に掴まれて放り投げられる。ドスンと駐車場の上に尻餅をついて四人とも固まった。お尻が痛いようだ。残るは一人……。
「くっ!こっ、このぉっ!」
「ほれ」
さっきから他の奴に命令していたリーダー格の子供が最後に殴りかかってくる。一人でも一緒だったわ……。単調に真っ直ぐ殴りかかってくるだけだから何とでも捌ける。こいつは腕を掴んで後ろ手に捻り上げ、膝を後ろから蹴って跪かせる。
「いで!いでででっ!」
「何をオーバーに言っているのです。こちらは力も入れていませんよ。本当に捻ろうと思ったらこう……」
「ぎゃーっ!いたいいたい!」
オーバーに痛がるから少し力を入れてやったらぎゃーぎゃーとわめき出した。うるさくて会話にならないから緩めて声をかける。
「それで?この騒ぎの原因は何ですか?」
チラリと全員を見回してからそう問いかける。大きい五人組は黙り、小さい三人組の一人だけ立っていた子が口を開いた。
「こいつらはいっつも学校でもいばってるやつらなんだ!それでブランコを独り占めしたり、みんなが遊んでたらどけって言ってきたり……。それをことわったら今みたいに殴られたり突き飛ばされたり……。俺達はいつもそう簡単に言うことを聞かないから生意気だって……。それで今日ここでばったりあってここに連れてこられたんだ」
「あ~……」
この小さい子の言うことが本当なら大体わかった。この五人組は所謂悪ガキなんだな。それでこの小さい子達の方は黙って言う事を聞かずに逆らうから目をつけられていたと。それで今日ばったりこのショッピングモールで出会ったから、屋上駐車場に呼び出されて学校の時のようにいじめられていたと……。
小さい子達の言い分が全て正しいとは限らないけど、大きい方が何も反論しない所を見たらそう大きく間違っているわけでもないのかな。
これは面倒臭いことになった。この場でちょっと揉めただけならこれで解散にして二度と会わなければ終わりだ。でも同じ学校の生徒同士で普段から揉めてる間柄だというのなら、ここで解散しても終わりにはならないだろう。
「え~……、ここで言い争っても解決しそうにないですね……。大人や先生は対応してくれないのですか?」
「こいつらが悪いのに……、こいつらが悪者なのに……、いつも怒られるのは俺達なんだ……」
あれ?この子供……、どこかで見たことがある?それに今の話に似た話を知っている気がする……?
確か……、元々は正義感に溢れる良い子だったのに、仲間を守るために戦っていただけなのに大人達に理解されず、暴力的な不良というレッテルを貼られて、やがていつの間にか本当に不良の道に落ちてしまっていたというあのキャラと良く似ている気がする。
「いいですか。確かに周りの大人は子供の話なんて聞かずに勝手な思い込みで子供を叱ります。でも貴方の味方をしてくれる大人もちゃんといます。貴方もふてくされることなく、周囲を見て、本当に頼れる大人を見つけてください。その人は貴方の身近に必ずいます」
「…………え?」
俺の言葉を聞いてその子はポカンとしている。小学校一年生くらいに言ってもわからないか……。それにこの子があのキャラかどうかわからない。何となく雰囲気は似ているけど、バリバリの不良になっているあのキャラとでは比べようもない。
ただ……、この子の気持ちはわかるような気がする。自分はちゃんと良いことをしたのに……、周りの大人達には理解されない。何故か自分が悪いことをしたと怒られる。大人達は何も見えていなくて、結果だけを見て子供の言い分なんて聞かない。
ただ襲われた側で、友達を守るために立ち向かっただけの勇敢で正義感に溢れる子供を、相手に怪我をさせただの、暴力を揮っただのと一方的に叱りつける。前世では俺にも経験のあったことだ。そういう大人に反発した時期もあった。
ただ……、そこで大人に絶望して完全に道を踏み外してしまうのか、誰か理解者がいてきちんとした道に導いてもらえるのか、それは本人の問題じゃなくて周囲の問題だろう。俺は幸運にも救われた。でも救われず、誰にも理解されずに所謂不良とされる道に進んでしまう子もいる。
願わくばこの子はそうならないように……。
「いででっ!いい加減離せ!」
「ああ……、忘れていました」
いつの間にかつい力が入っていたらしい。腕を捻り上げていた子が悲鳴を上げる。この後俺と皐月ちゃんは適当にその場から逃げ出したのだった。
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変なことに巻き込まれてしまった。ちょっと買い物をするテンションじゃなくなっちゃったかな?皐月ちゃんみたいな箱入りのご令嬢育ちだったらショックかも……。
「あれが不良グループによる決闘なのですね!初めて見ました!」
えぇ……。両手を握り締めてキラキラした目でそんなことを言っている。決闘ってタイマンのことか?タイマンじゃないだろ今のは……。大人数で囲んでたし……。っていうか皐月ちゃんはそういうのはどこから仕入れた知識なんですかね?
「そういう知識は一体どこから……」
「え?色々ですよ?不良ドラマとか、映画とか」
あ~……、確かに学園物で不良ドラマとかたまにやってますね……。皐月ちゃんもそういうものを観ることがあるんだ……。でもドラマはフィクションだから信じるのはやめようね?
「はぁ……、お買い物をする気分でもなくなりましたか?」
「いえ!折角怒られる覚悟で出て来たんです!最後まで堪能します!」
おお……、えらい気合の入りようだな。しかもやっぱり怒られるのは確定で、自覚もあったんだ……。こんなことに巻き込んでごめんよ……。一緒に怒られようね。
「それでは続きに行きましょうか」
「はい。今日でこのショッピングモールを制覇します!」
「「あははっ!」」
この宣言通り俺達はこの後このショッピングモールを制覇するために全ての店を見て回った。後で怒られるだろうけど……、それも二人で乗り越えればどうってことないさ。
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その日、少年の前に颯爽とヒーローが現れた。年上の悪ガキ達五人をあっという間に投げ飛ばす。まるで本当にテレビのヒーローみたいだ。年上を五人も相手にしても圧倒的な力でなぎ倒すその姿は、いつもテレビで観ているヒーローそのものだった。ヒーローは本当にいたんだ。
そしてそのヒーローは言った。確かに大人達は何もわかっていなくて、一方的に怒ってくる。ただ友達を守るために立ち向かっただけなのに『こんな小さいのになんて暴力的な子なんだ!』などと言われる。大人達にもうんざりしていた。確かにうんざりしていたけど……、何故このヒーローが自分のことをそんなに知っているのか。
「そうか!」
そこで考え、とある答えに行き着いた。ヒーローはいつも自分のことを見てくれているんだ。そういえばテレビでもヒーローはいつも本当のピンチの時に駆けつけて助けてくれる。きっといつも自分達のことを見てくれているんだ。
だったらヒーローに見られても恥ずかしくないように過ごさなければならない。ヒーローは言っていた。悪い大人ばかりじゃないと。だから自分もただ大人を憎むんじゃなくて……。
「……くやちゃん、大丈夫?」
「うん。面倒なことになる前にもう行こう」
「ぁ……」
お礼も言えないままに、ヒーローは去って行った。しかもヒロインまでいた。これがまた可愛いヒロインだ。テレビのヒロインなんて目じゃないほどに可愛かった。ヒロインはヒーローのことを呼んでいた。名前も聞けなかったヒーロー……。
「たくやちゃんって言ったのか?」
たくや……、自分達を救ってくれたヒーロー。それに滅茶苦茶可愛いヒロインを連れている。再び会う約束なんてしていないけど……、今度会った時にヒーローたくやに胸を張って会えるように、少年はヒーローたくやに恥じない生き方をしようと心に誓ったのだった。