第四十九話「女の子の遊び」
「ふんふんふふ~ん♪ふふふっ!」
自室で鏡を見ながら服を自分の体にあてる。適当に気に入らなかったら放り投げてまた次の服を自分にあててみる。別に今すぐこんなことをしなくてもまだ約束の日は当分先だけどどうしても気持ちが逸ってしまう。
「咲耶お嬢様、随分ご機嫌ですね」
「わきゃっ!」
急に声をかけられて驚いた。飛び跳ねた俺はそちらを振り向く。
「椛……、いつからそこに……」
俺が放り投げた服を拾って片付けている椛がいた。
「いつからも何も最初からおりましたが……」
「えぇ……」
俺は今日皐月ちゃんと色々お話をした。皐月ちゃんは俺のことを『お友達』だと思ってくれていたのに、俺だけ勝手に皐月ちゃんと距離があるとか壁があるなんて思っていた。今日話したお陰でそんな誤解もすれ違いも解消されたし、何より今度一緒に遊ぶ約束までしてしまった。
今は家に帰って夕食も済ませて自室で寛いでいた。ついでに茅さんと遊びに行ったり、皐月ちゃんと遊ぶ時のために服でも選ぼうかと思って見繕っていた所だ。俺一人で部屋に戻ってきたつもりだったけど、どうやら最初から椛もついてきていたらしい。俺がアホなことをしているのを全て見られてしまった……。
そもそもよくよく考えたら何かさっきのって女の子っぽくないか?男の俺が姿見の前で何着も服を見繕って選ぶとかかなりやばいだろう……。
あ゛~~っ!なかったことにしたい!せめて誰にも見られてなかったならともかく人に見られてたなんて黒歴史だ!
「何か良いことでもあったのですか?」
「あ~……、そうですね……。皐月ちゃんと本当の意味でお友達になれました。今度遊ぶ約束もしたのですよ?」
もうどうせ隠しても意味はないから正直に話す。俺が浮かれていたのも皐月ちゃんと腹を割って話し合ってお友達になれたからだ。
「皐月ちゃんというのは……、西園寺家のご息女でしょうか?」
「そうです。その西園寺皐月ちゃんです」
椛も良いとこのお嬢様なんだから色々と社交界や上流階級に関しても知っているだろう。七清家の西園寺家と言えば十分通じるはずだ。
「西園寺皐月とお友達……。遊ぶ約束というのは何でしょうか?」
「遊ぶ約束は遊ぶ約束ですが……。何をするかは決まっていませんが夏休みまでに一度遊ぶことになったのです。日時は決まっていますが何をしましょうか……」
皐月ちゃんと遊ぶのは良いけど何をして遊べば良いだろうか。家に招く?でも家に招くにしてもただ来てもらうだけというわけにはいかないだろう。薊ちゃん達の時みたいに茶会でも開くならともかく、することもないのに家に来てもらうだけじゃ面白くないだろうし意味がなさそうだ。
でもじゃあ何をすれば良いのかというのがわからない。藤花学園に通うような上流階級の小学校一年生のご令嬢って何をして遊ぶんだろうか?
薊ちゃん達と遊ぶとなった時も困ったけどやっぱり普通の子供がするような遊びなんてしないよな……。
薊ちゃん達の時は茶会ということで一応纏まったし成功だったと思う。だけどまた今度も皐月ちゃんと二人で茶会ってわけにはいかないだろう。皐月ちゃんが茶会をしたいかどうかもわからないし、それに皐月ちゃんはそういうことに詳しそうだ。
前回の茶会は初心者向けということで誤魔化したけど、皐月ちゃんはお茶とかにも詳しそうだからそんな誤魔化しは通じない気がする。俺の方がそんなに出来るわけじゃないから前以上の物を求められても困るんだけど、皐月ちゃん相手だったらもっとしっかりしなければならないだろうか……。
茅さんが言うみたいに何か観に行こうと思っても俺は今まで観劇も何もしたことがない。そういうものに詳しくないからそういうものの良さもわからないし何を観に行けば良いかもわからない。大体一緒に観て相手に話を振られてもチンプンカンプンだから答えられないんじゃ相手に呆れられてしまうだろう。
茅さんの他の案としてはショッピングとか食事はどうだろうか。それなら俺でも出来そうだ。でも六年生くらいになっていればショッピングも楽しめるかもしれないけど、一年生でショッピングってどうなんだろう?
俺が前世で子供だった頃はやっぱり小学校低学年くらいだとショッピングを楽しんでいる子はいなかったように思う。高学年になってくればショッピングに行く子もいただろうけど、流石に一年生でショッピングなんて楽しめるか?という疑問が尽きない。
食事はまぁ……、どうせ普段も学園の食堂で一緒に食べているからマナーや作法については今更だ。それならやっぱりどこかに出かけてから食事でもするコースが良いのかな?
「椛が一年生の頃は何をして遊んでいましたか?」
「私ですか……」
俺の言葉に一瞬椛の表情に陰が差した気がした。でもそれは本当に一瞬のことで次に見た時には影も形もなかった。見間違いだったのか?
「覚えておりません……」
「そうですか。変なことを聞いてごめんなさい。今日はもう下がって良いですよ」
明らかに態度がおかしくなった椛にそう言う。このことはこれ以上触れてはいけない。椛は明らかに触れるなと拒否している。だから俺はそれでお終いにして椛を下がらせた。
「それでは失礼いたします」
「はい。おやすみなさい椛」
いつもと変わらない態度と言葉で椛が出て行く。それが余計に俺は寂しかった。
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「御機嫌よう皐月ちゃん」
「御機嫌よう」
今朝も皐月ちゃんの方が俺より早く登校してきていた。いつも通りだから何の驚きもない。皐月ちゃんの方が遅かったというのなら驚くけど、皐月ちゃんの方が早ければいつも通りのことだ。
「今日は薊ちゃん達も誘ってお昼をご一緒しませんか?」
昨日は俺が話そうと思っていたから二人だけで昼食を済ませてサロンに向かったけど、今日からは皐月ちゃんも含めて皆で昼食にするのはどうだろうと誘ってみる。
グループとしては皐月ちゃんのグループと薊ちゃんのグループはあまり仲が良くない。だけど皐月ちゃんと薊ちゃん本人同士はそうでもないはずだ。前だって皐月ちゃんは俺と一緒に薊ちゃんグループと食事をしたことがある。絶対に駄目だということはないはずだから……。
「…………すみません。今日は少しはずさせていただきます」
「あっ……。ごめんなさい……」
断られてしまった。何か用があるのかな?まぁそういう日もあるか。ここで『じゃあ明日一緒しよう』と約束を取り付けておくのが人付き合いに慣れている人のテクニックなのかもしれないけど、対人スキル皆無の俺はそこまで一気に言うことが出来ない。明日また誘おうと思って大人しく席に着いた。
「おはよう!」
「アザミ様おはようございます」
「アザミちゃんおはよう」
「ごきげんよう」
今日もまた元気な薊ちゃんがやってきて教室中に向かって声をかける。あちこちから返事が返ってきて薊ちゃんの人望が窺えるようだった。
「おはようございます咲耶様」
「薊ちゃん御機嫌よう」
俺の前で大きな声で頭を下げる。もう慣れたものだけど……、よくよく考えたらこれって俺が薊ちゃんにやらせてるみたいに思われないかな?まぁ今更だけど……。
そんなこんなで今日もいつも通りの授業が過ぎていったのだった。
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放課後に薊ちゃんと皐月ちゃんと三人で五北会のサロンに向かう。昼食の時に皐月ちゃんは食堂にいなかった。どこで何をしていたのかはわからない。俺はここ最近の定番となっている薊ちゃんグループと一緒に食べていた。
朝断られたから何かあるのかと思って皐月ちゃんを探したけど見つからなかったから、どこか別の所で食事をしたのか、あるいは移動したのかもしれない。藤花学園ではお昼に外に出ても問題ない。無断で一人で出て行くことは出来ないけど迎えが来たりしていれば外食も可能だ。
上流階級の子供達が通う学校だから、例えばお昼に外で両親と食事をするなんてこともあるかもしれない。理由も様々だろう。誰かの誕生日でお祝いとか、両親が忙しくてその時に外食で会わないと会えなくなるとか、色々な理由が考えられる。そういう時に送り迎えと理由の届出があれば外食しに行けるというわけだ。
俺や薊ちゃん達や皐月ちゃんはこれまで食堂ばかりだったけどたまにはそういうこともあるだろう。両親や祖父母に誘われて外食してきたのかもしれないし、お弁当を持ってきてもらってどこかで食べたのかもしれない。食堂でお弁当を食べても良いけど中庭とかでピクニックのように広げて食べても良い。
今度俺もたまには食堂以外で食べてみるかな?食堂のメニューは小学生が食べるものとは思えないほどに豪華だし、学校にある食堂とは思えないほど美味しいけど、こうも毎日毎日食堂だと少々飽きる。学校が始まってまだ少ししか経ってないのに飽きるのが早過ぎると思うかもしれないけど、実際毎日ご馳走ばかりだと飽きるってものだ。
そんなことを考えながらサロンに入った俺達はいつも通りに別れる。来る時は三人揃ってだけど入室すれば皆バラバラだ。そうしていつも通りに茅さんと奥で座っていると薊ちゃんも派閥から解放されたのかやってきた。
「は~……、人付き合いも疲れますね」
「ははっ……」
薊ちゃんの言葉に俺は乾いた笑いしか出てこない。到底小学校一年生が言う台詞じゃないだろう……。やっぱりこの上流階級の社会というのは俺には到底合わないものだと思い知らされる。
「そうだ……。薊ちゃんならお友達と遊ぶ時にどんなことをして遊びますか?」
「えっ!私ですか?お友達というか咲耶様と遊ぶのでしたら咲耶様のお部屋にあげていただいて、部屋を見せていただいたり、一緒におしゃべりするだけでも十分です。というかそうしたいです!咲耶お姉様のお部屋に入りたいです!他の子を先に入れちゃ嫌ですよ!私が一番に咲耶お姉様のお部屋にお招きされたいです!」
「ちょっ!ちょっ!近い!近いです!」
俺の言葉に隣に座っていた薊ちゃんは椅子から下りて、俺の椅子の肘掛と俺の腕にしがみ付きながら下から見上げてきていた。近いし、しがみつかれてるし、ウルウルした目で見上げられてるし、そもそもあまり周囲に聞かれたらやばそうなこと口走ってないか?俺の気のせい……、じゃないだろこれは。
「部屋にあげてもらう一番は譲ってあげてもいいですよ。では私は咲耶ちゃんのお部屋にお招きされる二番ですね?」
「いやあの……、茅さん?」
「二番ですよね?」
「あう……」
怖い……。茅さんは顔は笑顔だけど目は笑ってない。何で俺の部屋に入りたいというのか。まったく意味がわからない。
でもちょっとわかったこともある。さっき薊ちゃんはおしゃべりするだけでもいいと言っていた。それは俺にもわかることがある。確か前世の記憶も頼りにすれば女の子っていうのはとにかくおしゃべりが大好きというイメージだ。何もしていなくてもずっとおしゃべりして時間を潰せるくらいのイメージがある。
もちろん俺はそんな輪に入ったこともないしあくまで色々な情報やイメージによるものだ。だけど薊ちゃんの言葉や茅さんの反応からしてそれは決して間違いとは言えないものだろう。まぁ男だって男友達同士で別に何もしてないのに馬鹿な話をしているだけで暇を潰せることもある。決してあり得ないことということはないはずだ。
ちょっと俺は難しく考えすぎだったかもしれない。茅さんのいう観劇だのショッピングだの食事だのというのも究極的には相手と一緒にいて、何か話したりするということだろう。一緒に何かを観ることでそれについて共通の話題として話したり、ショッピングしながら商品についてあれこれ話したり、食事を食べて味とかについて話したり……。
つまり全ては共通の体験をしてそれについて会話の話題にするということだと思う。だから別に難しく考えなくても一緒にいて、何かをすればいいと言っていたのはこのことだ。
それなら小学校一年生でショッピングが楽しめるのか?とか考えること自体が無意味だったということだろう。ただ一緒にお店を見て回って、この服が可愛いとか、この小物が可愛いとか、これが似合うとか似合わないとか、そんな他愛無い話をすればいいんだ。それならどこかにお出かけしてショッピングするというのも難しくないかもしれない。
「お二人のお陰で少しわかったような気がします」
「「…………」」
俺の言葉に茅さんと薊ちゃんは顔を見合わせていた。そして口を開く。
「それで……、咲耶ちゃんは今度はどんな女の子を落とそうとしているのかしら?」
「お部屋にあげてもらうのは私が一番ですからね!私とも次の約束をしましょう!今度は咲耶お姉様のお部屋で遊びたいです!」
「いやあの……」
折角良い感じに締めようと思ったのに何か怖い二人に迫られて結局最後は締まらなかった……。