第四十一話「相談」
今日も放課後は薊ちゃんと皐月ちゃんの三人で連れ立って五北会のサロンへと向かう。この面子でウロウロするのももう慣れたものだ。最初の頃はヒソヒソと言っていた周囲も今では何も言っている様子はない。
まぁ聞こえるような所で言わなくなっただけとか、心の中では変わっていないけどいつまでも同じ話題ばかり話していられないからその話題に触れなくなっただけという可能性はある。毎回毎回見かける度に同じことを同じ相手に言ってたら自分が同じ話題ばかりの人だなと思われるだけだしな。
何か新しい話題でも出ればまた話が盛り上がるんだろうけど、別にただ三人でサロンに向かうだけだから新しい話題は何もない。最初は物珍しがったり、俺が二人を脅したんだなんて言う人もいたようだけど、今では何度も話されて飽きてきた旬を過ぎた話題だ。
「だいぶ咲耶様の噂も落ち着いてきましたね」
「う~ん……、そうですね」
薊ちゃんに同意する。確かに一時に比べれば随分と下火にはなったものだ。ただまだ完全に払拭するには至らず、何かある度に蒸し返される。やっぱり親しくなって直接付き合いをしないと中々伝わらないものだなぁ……。
とはいえ藤花学園の一年生から六年生まで全員と知り合い、友達になるなんていうのは無理な話で……。どうしたものかと考えながらサロンの扉を開いた。
「皆様御機嫌よう」
「御機嫌よう」
「こんにちは」
俺が扉を開いて入るとやや後ろ左右に薊ちゃんと皐月ちゃんが続いて入ってくる。……今ふと思ったけど何かいつもサロンの扉を開いて一番に入るのは俺じゃないか?薊ちゃんや皐月ちゃんが扉を開いて先に入るというのは覚えがない。
何かお供を二人連れているご隠居みたいに思われたりしていないだろうか?まぁ別にいいけど……。それから偉そうだとか二人を従えているだとか思われてもいないだろうか?それはあまり良くないけど……。
「御機嫌よう咲耶ちゃん」
「茅さん、御機嫌よう」
俺達がゾロゾロとサロンに入ると茅さんが迎えてくれた。五北会のメンバー達とは結構打ち解けたとは思うけどその中でも茅さんは一番仲良しになった。お茶を淹れていつもの指定席に座ると何故か茅さんが目の前に座る。特に用がなくても最近は何故か茅さんはこうして俺の近くに一緒に座っていることが多い。
薊ちゃんや皐月ちゃんはサロンに入ると派閥や門流の人達に囲まれるから俺の所に来るとしても向こうが落ち着いてからだ。薊ちゃんはそのことに不満を言っているけど派閥や門流を蔑ろにするわけにもいかない。それに俺とは教室やお昼休みも一緒なんだからサロンで少し離れるくらいはいいだろうと説得したら渋々諦めていた。
「あっ……、そうでした。茅さん」
「ん?何かしら?」
折角今は薊ちゃんも皐月ちゃんも離れていて茅さんがいるんだから良い機会だ。今のうちに前に疑問に思っていたことを聞いておこう。
「実は……、内緒にしておいて欲しいのですが……」
「うんうん」
俺が顔を近づけて声を潜めてそう言うと茅さんも少し前のめりになって声のトーンを落としてくれた。何かノリが良いな……。良い所のお嬢さんっていうより普通のお姉さんに見える……。まぁ現実はそんなもんか。いくら良い所のお嬢様だからって実際に日常生活で『お~っほっほっほっ!』なんてやってるわけもない。
それはともかく聞きたいことを聞いておこう。茅さんなら良いアドバイスをくれるはずだ。
「実は……、今度お友達が家に遊びに来ることになったのですが……、小学校一年生の良い所のお嬢様はどのような遊びをされるのでしょうか?」
「…………」
「…………」
茅さんが変な顔をして止まったから俺もじっと茅さんを見詰め返す。一体どうしたのだろうか。
「はぁ~……。そうよね……。咲耶ちゃんってそういう子よね……。こんな天然な子が何か画策するなんて考えてた過去の私が馬鹿すぎるのよね……」
「あの……?」
額に手を置いて『はぁ~』と深い溜息を吐きながら首を振っている。天然とか画策とかどういう意味だ。
「私はお友達と遊んだこともなく、どのようにおもてなししてどのように遊べば良いのかわからないのです。真剣に聞いているのですよ?」
「うん……。わかってるから……。咲耶ちゃんが真剣に天然なのはわかってるから……」
どういう意味なのか……。何だか失礼なことを言われていることだけはわかるけど俺のどこが天然なんだ?
まぁ……、整形とかはしていないから確かに天然物ではある。養殖でもな……、あっ!でもTS転生してきた俺はある意味養殖物か?そうだな……。そうだよ。俺は天然じゃなくてきっと養殖だぞ?茅さんは何を思って俺を天然だと言ったのか。
とはいえ俺が養殖物であることは秘密だ。誰も知らないんだから茅さんがそう勘違いしても止むを得ない。『俺は養殖物なんです』なんて言うわけにはいかないからな。
「何をして遊ぶといってもね……。咲耶ちゃんが普段している遊びに誘えば良いのじゃないかしら?」
お?一応真剣に答えてくれるようだ。あのまま答えてくれなかったらどうしようかと思ったけど一応考えてくれていたんだな。
「そう言われましても……、私が普段している遊び……、って、ありませんが……」
そう、俺は普段何も遊んでいない。遊んでいる暇なんてない。それに仮に俺が何かで遊んでいたとしてもそれは参考にはならないだろう。俺が知りたいのは小学校一年生の良い所のお嬢様が何をして遊ぶものなのかであって、TS転生してきた成人している元男の遊びじゃない。それは何の参考にもならない。
「そんなことはないでしょう?映画を鑑賞したり、観劇に行ったり、音楽を聴いたり、何かあるでしょう?」
「う~ん…………」
遊びってそんな遊びでいいのか?もっとおままごととか、人形遊びとか、そういうのを想像してたけど……。
「例えば咲耶ちゃんの趣味とか興味があることでも良いのよ。お友達と一緒に何かを共有すればそれで良いの。難しく考えることはないわ」
茅さんの言っていることはわからなくはない。いや、色々とおかしいけどね?小学校一年生の遊びじゃないだろそれは、とは思うけど言っていることはわかる。
大人の付き合いならば確かに自分の趣味や興味のあることをその相手と一緒に共有すれば良い。茅さんが言ったみたいに、観たい映画に行ったり、劇を観たり、音楽を聴いたり、そんなことでも十分だろう。
でも小学校一年生のお嬢様達はそれでいいのか?それはまるで大人の付き合いのように思えてしまう。子供だったら一緒に公園にいって鬼ごっこをするとか……、は、ないか……。藤花学園の子供達は子供と思えないほどに大人びているもんな……。
しかしそう言われても俺は趣味も興味あるものもない。毎日学園に通って、放課後はサロンに寄ってから習い事に行く。夜は勉強して寝るだけだ。土日祝のような休日も習い事に行くだけで俺はそれ以外に何も時間を使っていない。
そう考えたら何だか小学生とは思えない人生だなぁ……。前世の俺だったらさすがに小学校低学年くらいまではまだ外で友達と遊んだりしてたぞ。それも年が上がるにつれて徐々に減って塾だの家庭教師だのが増えていったけど……。
「う~ん……」
駄目だ……。まったく出てこない。どうすればいいんだ?
「茅さんならどうされますか?」
「私?私ならお友達と何かを観に行ってから食事に行ったりショッピングに行ったりかしら……」
割と普通だな。ただその観に行くというのがただの映画とかじゃなくて能とかかもしれないけど……。食事やショッピングというのは確かに女の子が好きそうだ。多少の年齢や家に関わらず大抵の女の子はそういうのが好きそうなイメージがある。
ただやっぱり小学校一年生の子供がそんなことをして楽しいのか?という思いは拭えない。おませな女の子なら高学年くらいになってくればお店にショッピングに行ったりしているのを見たことがあるけど、さすがに一年生でショッピングを楽しむものなんだろうか?
やっぱり六年生の茅さんとでは少々違うかもしれない。参考にはなったけどまったく真似するというのは無理なようだ。そもそも俺が映画や劇に興味がない。観ても聴いてもわからないのに俺から誘うのはおかしいだろう。言いだしっぺが全然わかってなかったら観たり聴いた後で話す時に恥をかくことになる。
「咲耶様!私も入れてください」
「薊ちゃん」
門流の人達との話が一段落したのか薊ちゃんがやってきた。チラリと茅さんが視線を向けてきたから頷いた。たぶんさっきの視線は先ほどの話は黙っておいた方が良いのかという意味だと思う。だから俺は薊ちゃんにはしないようにと頷いた。
そもそも茅さんは六年生だし察しが悪いわけじゃないからもうわかっているだろう。もし薊ちゃんが無関係ならば俺は一番最初に薊ちゃんや皐月ちゃんに聞いているはずだ。同じ学年なんだからもし茅さんに聞いたことを知りたければ親しい同級生である薊ちゃんや皐月ちゃんに聞くのが一番筋だろう。
それなのに薊ちゃんや皐月ちゃんに聞かないということはその関係者であるということだ。俺は最初から内密にしてくれと言っていたんだから茅さんは黙っていてくれるだろう。その後は予想通りというか期待通りというか、茅さんはその話題には触れることなく薊ちゃんとお話していたのだった。
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その日の帰りに百地流の道場に寄った俺は師匠に頭を下げていた。
「師匠!再来週の木曜日はお休みをください!」
「ふむ……。理由は?」
俺が頭を下げて頼むと理由を聞かれた。それはそうだろう。師匠なら許可するとしても理由を聞いて納得してからだろう。まぁこちらが習いに来ているんだから都合が悪いから休ませてくれと言ったら普通黙って休ませてくれるものだろうけど……。ともかく説明しないことには師匠は納得しないだろう。
「はい……。実はその日にお友達が家を訪ねてくることになりました」
「なるほどな……。よかろう」
「えっ!?」
マジで!?師匠がそんなにあっさり許可してくれるとは思ってもみなかった。そりゃいくら門下生とはいっても家に訪ねてくる人がいるから都合が悪いと言っているのに休ませないなんてことは無理だろうけど……。でもこの師匠がこんなにあっさり許可をくれるとは思いもしなかった。
「何をそんなに驚く……。わしが許さんとでも思っておったのか」
「あ~……、いえ~……、その~……」
思ってました……。でもそうは言えない。言ったらあとが怖い。
「ふんっ……。まぁ良い。上流階級の者が色々と外せぬ用があることくらいは承知しておる。それよりも……」
きた!やっぱり何か条件が?それともその日の分の修行を前倒しで終わらせるとか?
「その相手は誰だ?何故訪ねてくる?来て何をする?」
「ぅ……。それは……」
そんなプライベートなことまで言わなきゃならないのか?別に隠さなければならないことでもないけど、遊ぶために修行をサボりますって言ったら怒られるかな……。まぁ正直に話すしかないんだけどね!
というわけで薊ちゃん達のグループが来るということは説明しておいた。ただ何故と言われても遊びに来るという話になっただけだし、何をすると聞かれても答えはない。だって俺自身まだ何をすればいいのかもわからないし……。それらを正直に話したら師匠はじっと目を瞑って聞いていた。
「ふむ……。ならばその子達を持て成すのに茶の湯にしてはどうだ?学園が終わってからだというのならそれほど時間もあるまい?茶の湯なら丁度良かろう」
「え゛っ!?」
小学校一年生相手に茶の湯……?無理があるだろ……。
確かに俺は師匠から茶の湯も生け花も習っているけど小学校一年生を持て成すのにすることじゃないだろ。そもそもお茶を飲めるのか?子供の舌で飲めるものじゃないと思うけど……。
「外で行なうもよし。茶室に招くもよし。花も生けておくと良い。どうじゃ?中々よかろう?」
「え~っと……、さすがにそれは私の一存では決められませんのでお相手の方とよく相談してから決めさせていただきます……」
あまり下手なことを言ったら師匠に押し切られてしまう。俺一人だったなら確実に師匠の言う通りにさせられるだろう。相手を持ち出せばさすがの師匠でも無理は言わない。何しろ茶の湯だって相手を持て成す心が重要だと師匠自身が言っている。それなのに相手を無視して茶の湯を押し付けてはそれは最早持て成しではないだろう。
ということで何故か師匠も嬉々としてあれやこれやと俺に意見を出してきた。修行をしている間中ずっと師匠にあれはどうかこれはどうかと言われながらも何とかのらりくらりとかわして逃げ切ったのだった。