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第三十九話「遊ぶ約束」


 もうかなりの日数が経過しているというのに噂は一向に収まる気配を見せない。普通もうこれだけ日数が経っていれば飽きたり、次の話題が出てきて消えそうなものだけどまるで誰かが噂が下火にならないように次々燃料を投下しているかのようだ。


 五北会では茅さんとはお友達になれたし、他のメンバー達も近衛、九条、鷹司、徳大寺といった派閥、門流の長がおさえたことで先の問題はそれほど触れられなくなった。もちろんまだ納得していない者や不満のある者もいるんだろうけどそれもこの一ヶ月ほどの間に徐々に薄れてきたと思う。


 噂を払拭するためには俺が行動で示して時間をかけて証明するしかないということになった。だから学園でも五北会でも俺は伊吹や槐、茅さん、それに皐月ちゃんやもう一つの件の当事者である薊ちゃんと一緒に行動している。


 いくら俺のおかしな噂を流そうとしたって、当事者である伊吹や薊ちゃんが俺と親しくしていれば噂の信憑性も薄くなる。徳大寺家は九条家に比べて家格が劣るから脅して黙らせたとか従えたと言われる可能性もあるけど、九条家よりも上というかこの国のトップである近衛家が、それも『俺様王子』伊吹が俺と仲良くしているというのが大きい。


 九条家や俺が近衛家や伊吹を脅したり下につけたり出来るはずがない。それなのにやられたはずの伊吹が俺とそれなりに親しくしているということは俺にとって不利な噂の根拠が弱くなるということだ。


 もちろん本当に殴って投げ飛ばしたわけだしそれは否定しない。でも俺と伊吹の間でそのことについて遺恨もないし何の問題もないとなれば周囲がとやかく言うことではないだろう。それを証明するためにあまりうれしくないけど伊吹ともちょくちょく話したり一緒に行動したりするようになった。


 皆が見ている前で俺と伊吹が話したり一緒に行動していれば、俺が伊吹を殴って投げ飛ばしたからといって両者の間では何の問題にもなっていないという証明になる。そのお陰か薊ちゃんや伊吹との件の噂も徐々にトーンは落ちてきている。


 でもトーンが落ちているだけで相変わらずなくなっているわけじゃない。これが不思議でならない。普通そんなことが有り得るか?当事者達がもう仲良くしているというのに噂だけが一人歩きしているなんてどう考えてもおかしい。


「確かにこれだけ経って、それに当事者達がこれだけ親しくしているのに噂だけ一向に下火にならないのはおかしいね」


「やはりお兄様もそう思われますか……」


 帰りの車の中で兄に意見を聞いてみたら同じ考えだった。やっぱりあまりに不自然すぎるよな。


「もう一ヶ月くらいにはなるのにこれだけ噂だけ一人歩きしているのは……」


 誰かが広めている……、と言おうとしたんだろう。兄はそこで言葉を飲み込んだ。あまり迂闊なことは言うべきではない。良実君はそれがよくわかっている。俺もわかっているつもりなんだけどよく口が滑ったり手が動いたりする俺は良実君に感心するばかりだ。本当に小学校六年生なのかな?もしかして転生者とかじゃない?


「そういえば……」


「ん?」


 ボソッと呟いた俺の言葉に兄が顔を向けてきた。でも別に人に言おうと思って言葉が出たわけじゃない。つい口から言葉が出てしまっただけだ。


「あっ、いえ……、何でもありません」


「……そう?」


 兄はそれ以上追及してこなかった。俺が言うつもりはないとわかったからそれ以上聞いても無駄だと思ったんだろう。俺も人に言うつもりもないからいくら聞かれても言わないしな。


 この噂が広まりだしてから一ヶ月近くが経っている。それはつまり……、俺が母と口をきかなくなってから一ヶ月近く経っているということだ。俺はあれ以来未だに母と一言も話していない。


 父や兄は今でも普通に俺と話してくれている。でもあれ以来母は一言も俺としゃべろうとはしなかった。食事の時に全員が集まっていても母だけは口を開かない。俺のいない所では父や兄と話しているのかもしれないけど俺がいたら絶対に一言もしゃべらない徹底振りだ。


 これもどうにかしなければな……。でもそうは思うけどどうすれば良いのかはわからない。時間が解決してくれるかと思ったけどそんなこともないようだ。むしろこれだけ時間が経ってしまったから今更どうすれば良いのか余計にわからないと言うべきだろうか。


 はぁ……。何だか問題ばかりで疲れるな……。咲耶お嬢様なんてお気楽な人生かと思ったけどまったくそんなことはない。むしろ大変なことばかりでこれなら多少貧乏でも普通の一般庶民にでも生まれた方がまだしも気楽だろう。金持ちのは金持ちにしかわからない悩みがあるというのは良く聞いたけど実際その立場になって初めて実感出来るというものだ。




  ~~~~~~~




 俺だけ降ろしてもらって道場に入ると師匠に頭を下げた。


「本日もよろしくお願いいたします」


「うむ」


 百地流の修行をしながらふと師匠にも意見を聞いてみようかと思って声をかけてみた。


「師匠」


「どうした?」


 修行中に集中を乱すな!とか怒られることもなく話を聞いてくれそうだったからざっと事情を説明する。前にいくらか説明していたからその後の経緯を説明して相談すればいいだけだ。


 ちなみに本当に集中しないといけない修行の時は声をかけたりしたら本気で怒られる。俺だって馬鹿じゃないしもうかなり百地流に通っているからそれくらいはわかっている。今は話しかけても大丈夫な状態だったから声をかけただけだ。


「……というわけなのですが、師匠はどう思われますか?」


「まず間違いなく裏で噂を流している者がいるな」


 まぁそうだろうな。それはちょっと事情を知っている者なら誰もが考えていることだ。問題は誰が、何故、ということとどうすればそれらを払拭出来るのかだ。


「どうすれば良いと思いますか?」


「すぐに噂を払拭したいのならば犯人を捕まえてつるし上げることだ。それが無理なら当事者の相手である二人にもっと積極的に情報を発信させるしかない」


 う~ん……。やっぱり師匠も同じ考えか……。じゃあどうしようもないな……。


「時間をかけてじっくりやるつもりなら今咲耶達がしているように自分の行動で周囲に示すしかないな。まぁわしならそこに手を加えるが……」


「え?どういうことですか?」


 ほとんど俺達と同じ考えかと思った師匠が何かアイデアがありそうだということで聞いてみた。


「なに、大したことではない。相手が情報戦を仕掛けてきているのならばこちらも情報戦を仕掛けるのみ」


「えっと……?」


 もう悪い予感しかしない。というか師匠が悪い顔になっている。ああいう顔をしている時は碌なことは言わない時だ。


「行動で示すだけではなく、こちらにとって都合の良い情報も合わせて流す。そして情報戦を仕掛けてきている相手をあぶり出し逆に嵌めるのだ」


「う~ん……」


 言うのは簡単だけどそううまくいくかな?それに俺は別に噂を流している者に何か償いをさせたり報復したいわけでもないし……。


「信じておらんな。わしに任せれば三日で咲耶の評判を変え、犯人をあぶり出し、そして相手を徹底的に追い詰めてやろう。どうする?」


 どうする?ってどうもしねーよ……。滅茶苦茶悪い顔してるぞこの爺さん……。そういえば忍者って元々はようは諜報員とか情報収集とか情報操作が仕事だもんな。ゲームやアニメで忍術を駆使して戦う超人みたいに思われがちだけど実際は地味な裏方の仕事だ。


「私は相手にそのようなことをするつもりもありませんし師匠のお手を煩わせるほどのことでもありません……」


「ふむ……。まぁその気になればいつでも言うが良い」


 何でそんなに残念そうなんだよ……。そんなに小学生をいじめたいか?いくら家の争いとは言っても相手だって小学生だぞ?そもそも噂を広めている者がいるとしてもその者自身にどうこうしようというつもりはない。ただ俺の変な噂がなくなって皆が普通に接してくれるようになればそれで十分だ。


 ただ……、やっぱり時間をかけて俺自身が行動で示すしかないということだな……。人の信頼を得るのに近道はなく、一度失った信頼は簡単には取り戻せない。そんなことわかっているつもりだったけどまさか小学校一年生の時点でこんなに人間関係に苦しむとは……、つくづく俺は金持ちの世界は肌に合わない……。




  ~~~~~~~




 翌日、薊ちゃんグループ達と昼食を一緒にしていたら薊ちゃんが急に変なことを言い出した。


「咲耶様!今度咲耶様のお家に遊びに行ってもよろしいでしょうか?」


「…………え?」


 薊ちゃんの言葉に手が止まって固まる。薊ちゃんが?俺の家に?遊びに?


「それは私達も参加しても良いのでしょうか?」


 それを聞いて椿ちゃんもそう言い出した。さすがに一ヶ月近くも皆と一緒にこうして接していたら薊ちゃんグループの大半は俺と普通に接してくれるようになった。茜ちゃんはまだちょっと固いけど、それでも前までよりはずっと仲良くなったと思う。少なくともこうして一緒にご飯を食べておしゃべりするくらいにはなっている。


「椿……、こういう時は遠慮しなさいよ……。折角私が咲耶お姉様と二人っきりで……」


 薊ちゃんがブツブツ言っているけど聞こえない振りをしておこう。


「え~……、それでは今度皆さんでこられますか?何もない家ですけど……」


「行く行く!」


「私も行きたい!」


 俺がそういうと皆がそう言ってのってきた。一人だけまだはっきり返答していない茜ちゃんに視線を向ける。


「じゃあ……、私も……、行ってみる」


「はい。それでは皆さんでご一緒に遊びましょう」


 やった!茜ちゃんものってきてくれた。ここで茜ちゃんだけ来ないとかいう話になったらまた面倒な所だった。でも別に茜ちゃんも俺のことを嫌っているわけじゃないからそうはならないだろうとも思っていた。


 女の子達と遊ぶのかぁ……、って、ちょっと待て!つい勢いで了承したのはいいけど一体どうやって遊べばいいんだ?小学校一年生の女の子って何をして遊ぶんだ?おままごとか?おはじきか?おてだまか?あやとり?ゴム飛び?わからん……。


「私が咲耶お姉様と遊ぶはずだったのに……」


 薊ちゃん……、まだ言ってるよ……。確かに薊ちゃんと二人で遊ぶのも良いだろうけど皆で仲良くワイワイするのもいいと思うよ?ただ問題はどうやって、何をして遊べば良いのかさっぱりわからないことだけど……。


 それに俺は毎日ぎっしり習い事が詰まっている。最初は休みもあったんだけど伊吹のパーティーの件で空いている日全てに百地流の修行を入れた後からずっとそのままだ。師匠は今でも時間も日数も足りないからもっと増やせって言ってくるくらいだし、元の日時だけに戻そうというのは無理だろう。


「それではいつにしましょうか?」


「え~……、私は今週一杯はちょっと……」


「私が空いてるのは六日後と十日後とそれから……」


 え?え?何この会話?本当に小学校一年生?皆自分のスケジュールを確認しながらいつが空いてるとか相談し始めたぞ……。マジか……。俺が小学生だった頃はもっとこう……、『今日○○行こうぜ!』『おう!』みたいな……、そんな感じだった気がするんだけど……。この子達はこの年でもうスケジュールぎっしりの完全に管理された生活を送っているのか……。


「う~ん……、それでは再来週の木曜日ですね」


「そうだね」


「うん。その日なら大丈夫」


 皆それぞれ予定を確認しながら日取りを決めてその場で書き込んでいた。う~ん……。とてもじゃないけど小学校一年生の集まりとは思えない行動だ……。まるで社会人のようなやり取りの皆を見つつ……。


「あっ!」


「え?どうしたの?咲耶ちゃんの都合が悪い?」


 急に声を出して立ち上がった俺に向かって椿ちゃんが心配そうに聞いてくれた。


「いえ……、そういうわけではありません。お気になさらず。おほほっ……」


 やばい……。今の俺のスケジュールだとその日は百地流の修行の日だ……。他の習い事ならともかく師匠に友達と遊ぶからその日を休みにしてくれと言って大丈夫だろうか……。もしかしたら俺はその日無事に生きていないかもしれない。


 怒られるくらいならまだいい。問題なのは今でも百地流の修行は限界一杯一杯なのに一日空けるためにその分の修行を全て前日までに前倒しされたら確実に俺が死ぬということだ。


 でも今皆ようやく都合のつく日が決まって楽しみだ何だと話しているのにそこに水を差すことも出来ない。どうしたものかと思いながらも師匠に懇願するしかないと覚悟を決めたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言]  1ヶ月経っても未だ鎮火せず広がり続けている……そしてお母様とも会話なし……お母様もしかして噂だけ信じてるパターン?でも流石に娘目の前にいて問いたださず1ヶ月経ってるってことはそれはないか……
[一言] いや、あの師匠でもそんぐらい許してくれるだろ
[一言] むしろ見学させに来いとか言われないだろうな(゜ω゜)
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