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第三十四話「この学園には危険人物が潜んでいる」


 何か皆さん物凄い形相でこちらを睨んでいる。特に近衛家の門流の上級生達の顔が怖い。他は少々驚いているという感じだったり信じられないものを見ているような顔がほとんどだろうか。一体何故皆こんな顔をしているのかわからない。一体何が……。


「ちょっ、ちょっと待って!皆落ち着いて!これにはわけがあったんだよ!」


 ……槐?


 こちらに迫ってくる五北会のメンバー達の前に槐が立ち塞がった。『白雪王子』槐がこんなに慌てているなんて珍しい。一体何があったんだろう?


「一体何事ですか?」


「九条さん……、本当にわからないの?」


 俺が後ろから槐に問いかけるとちょっと呆れたようにそう言われてしまった。一体何事だというのか。


「もしかして皆様薊ちゃんを心配して来られたのでしょうか?」


 それならわかる。皆突き飛ばされた薊ちゃんのことを心配しているんだろう。女の子だもんね。もし擦り傷でも出来ていたら大変だ。


「あのね……、九条さんが伊吹をノックアウトした所を皆見てたんだよ……」


「はぁ?」


 確かに掌底を食らわせて投げ飛ばしたけど……、っていうか伊吹もいい加減起き上がれよな。いつまで転がってるつもりだ。


「近衛様、いつまで転がっておられるおつもりですか?いい加減立たれてはいかがですか?」


 そういって伊吹の方を覗いてみれば……。


「こっ、こいつ……、死んでいる!?」


 バルコニーに倒れている伊吹は白目を剥いて死んでいた……。一体誰が伊吹をこんな姿にしたというのか。恐ろしいこともあるものだ。そうだ!そんな凶暴な人物がいるかもしれない所に薊ちゃんを置いておくわけにはいかない。早くこの場から離れなければ……。


「いや死んでないよ!勝手に殺さないで!?っていうかこれをしたのは九条さんでしょ!?」


「え~……、私はこんなひどいことはしていませんが?」


 俺は女の子の細腕でちょっと掌底を食らわせて背負い投げしただけだ。どちらも致命傷になるような攻撃じゃない。普通なら『いてて』とか言ってすぐに起き上がってくるような攻撃だ。これは俺が投げ飛ばした後に誰かが伊吹に止めを刺したからに違いない。


「それは無理があるでしょ!?皆見てたよ?九条さんが伊吹をノックアウトした所!?」


「私はただ薊ちゃんを突き飛ばした上に私をベアハッグしてきた暴漢から身を守っただけですよ。それに女の子に少し撫でられて背負い投げされたくらいでこうはならないでしょう?」


 師匠との修行ではいつも『そんなことでは赤子一人殺せぬわ!』って怒られるし実際師匠に本気の一撃を入れてもまったく効いている様子はない。師匠も結構良い歳のはずなのに投げ飛ばしたってピンピンしてるし、不良の番長も片手で捻りつぶす『俺様王子』伊吹がこのくらいでダメージを受けるはずもない。


 それに俺はいつも修行で師匠にもっとボコボコにされている。俺がぶち込んだ掌底の威力も手数も百倍くらいは急所に攻撃を受けるけどピンピンしているんだからこの程度で伊吹がどうにかなるはずないだろう。


「ちょっと撫でただけって!九条さんにとってはあれがちょっとなの!?っていうか、じゃあこの伊吹の惨状は誰がやったっていうつもりなの!?」


「さぁ?私が投げ飛ばした後に止めを刺した暴漢でもおられたのではないでしょうか?」


「無理ありすぎでしょ!?どう考えてもやったのは九条さんだよ!?」


 う~ん……。そうなのかなぁ?それは良いとしてさっきから槐が随分うるさいな。何かゲームの『白雪王子』槐のイメージと全然違う。所詮現実になったらこんなものかもしれないけど……、何ていうか……、やっぱりゲームは日常部分が見えないから良く見えるんだよね。どんな美男美女でも日常部分が見えてしまったら結構幻滅するものだ。


「二人でコソコソと何を話しているんです!近衛様にこのようなことをして……、ただで済むと思わないことですね九条咲耶!」


「えぇ……、私がですか?」


 何か絡まれたし……。槐が俺を犯人に仕立て上げようとするから五北会の人達まで何か俺が悪いみたいに思ってるじゃないか……。どうしてくれるんだ……。


「咲耶様は何も悪くありません!近衛様が私をいきなり突き飛ばしたから咲耶様は私を庇ってくださっただけです!」


「薊ちゃん……」


 何かこれは……、ゲームでの薊ちゃんが……、現れたような、そんな感じがする。今まではどこか余所余所しくて咲耶お嬢様と取り巻き側近の薊ちゃんという感じはなかったけど……、今の薊ちゃんはまさしくゲームの薊ちゃんそのもののような感じだ。


 五北会の上級生達相手にも一歩も引かず主張を通す薊ちゃんは格好良い。俺まで薊ちゃんに惚れそうだ。何でこの子がライバル令嬢じゃなくて咲耶お嬢様みたいなポンコツお嬢様がライバル令嬢だったんだろう……。明らかに製作側のミスだよな。


「とっ、徳大寺さん?一体どうしたのですか?貴女も九条咲耶に被害を受けたのでしょう?はっ!もしや……、脅されているのですか?そうなのでしょう?そうなのですね!なんて卑怯な九条咲耶!」


 何か上級生達がオロオロしながら妙なことを言っている。何故俺が薊ちゃんを脅さなければならないというのか。これまでのことを見てきて一体どこをどう見て、どう考えたらそんな結論に行き着くのか聞いてみたい。


「とにかく皆一度落ち着いて!」


 槐も必死に両者を止めようとしているけど槐じゃ迫力が足りない。興奮状態にある五北会のメンバー達を止めるには力不足だ。こんな吹き曝しのバルコニーでやんややんやといつまでやってるつもりかなぁと思いながら皆の様子を眺めているとモゾモゾと動き出した奴がいた。


「う~ん……。俺は一体…………」


 最悪だ。多分これは最悪のタイミングじゃないだろうか。伊吹が生き返りやがった。あのまま死んでいればよかったものを……。この状況で伊吹が俺に何か言ってきたら余計ややこしいことになる気がする。どう考えても俺が悪者として断罪されるんじゃないだろうか。


 …………いや、待てよ?もしかしてこれも伊吹と槐の策略か?


 五北会のメンバーがいる前で俺を悪者にして断罪するためのイベントだったとしたら……、全ての辻褄が合う!


 そうか……。そういうことだったのか。今回の件は伊吹が俺をバルコニーから突き落として抹殺するつもりだった。でもそれは失敗したから今度は自分が返り討ちに遭ったにも関わらず俺を悪者として断罪しようっていうんだな。道理であの程度で伊吹が失神したかのようなフリをしていたわけだ。全てはこうなるように仕組んでいたというわけだな。


「目が覚めたんだね伊吹!皆を止めて!このままじゃ九条さんが悪者にされちゃうよ!」


「う~ん……」


 まだフラフラしているようなフリを続けている伊吹はモソモソと立ち上がった。そして……。


「九条咲耶は何も悪くない!今までの噂も全部嘘だ!これから前の一件で九条咲耶を非難したりデマを広めたりしたら俺が許さない!それは近衛家と九条家を敵に回すことだと覚えておけ!」


 デデーン!と伊吹は五北会のメンバーを指差しながらそう宣言した。


 …………いや、待て!勝手に九条家を巻き込むな!?何をサラッと『近衛家と九条家を敵に回す』とか宣言してんだ!?九条家は関係ないだろ!やりたきゃ近衛家だけで勝手にやってろ!うちを巻き込むな!


「あっ、あの……、近衛様……?噂の件がどうであったにしろ……、少なくとも今九条咲耶に殴られて投げ飛ばされたことは……?」


「あ?……そういや俺は何でこんなとこで寝てたんだ?う~ん……」


 腕を組んで顎に手を当てて首を捻る伊吹。どうやら俺に殴られて投げ飛ばされた後に本当に誰かに襲われて意識を失い記憶が飛んでいたようだ。可哀想に……。一体そんな酷いことをした奴は誰なんだろう……。この学園にそんな凶暴な人物がいるなんて思いたくないけど……、周囲から恨みも買いやすいであろう『俺様王子』のことだから誰か恨まれている相手にやられたんだろう。


「伊吹は九条さんに打撃を受けてから投げ飛ばされたんだよ……」


 槐がサラッと余計なことを言う。確かに掌底をお見舞いして背負い投げしたけどあれは殺す気でやった本気の一撃というわけじゃない。掌底は首を折ったり急所に入らないように注意していたし、背負い投げもちゃんと落とした時に手を引いてやった。まぁ本人が受身を取らなかったからそれでも相応にダメージはあっただろうけど背中を強打しただけですぐに復活出来る程度だ。


「俺が咲耶に?槐……、馬鹿を言うなよ。俺がこんなドン臭そうなお嬢様にやられるわけないだろ?」


 悪かったですねドン臭いお嬢様で……。確かに咲耶お嬢様はドン臭いお嬢様だった。中身が俺に変わっているとは言っても基本性能はそう変わっていないだろう。伊吹の分析は正しい……。そもそも不良の番長を片手でシメる『俺様王子』近衛伊吹が女の子にノックアウトされるはずがないだろう。


「とにかく!俺がこう言うんだからお前らがとやかく言うことじゃねぇんだよ!さっさと散れ!それから今後絶対に咲耶のデマとか流すんじゃねぇぞ!前の件も全部間違いだからな!」


「近衛様がそう言われるのでしたら…………」


「我々は何も…………」


 いや……、絶対に納得していない。チラチラと明らかにこちらを睨んできているし言葉とは裏腹に絶対納得していないというオーラが漂っている。これは……、いいのか?本当に?このままこの場で伊吹の強権で有耶無耶にしてしまったら後で余計に面倒なことになるんじゃないかなぁ?


 俺に関わってこないなら別にここで五北会と伊吹が決裂したとしても仲違いしたとしてもどうでも良いんだけど……、俺に関わることだったら勘弁して欲しい。これ以上ややこしくしないで欲しい。俺はただ隅の方で静かにしていたいだけなんだ。何も余計なことはしないから君達も俺に構わないでくれ……。


「咲耶様!大丈夫ですよ!きっと私が咲耶様をお守りいたします!」


「薊ちゃん……、あまり無理をしてはいけませんよ。薊ちゃんはか弱い女の子なんですからね」


 言葉は頼もしいけど薊ちゃんも危なっかしい。ゲームでは薊ちゃんは咲耶お嬢様のためなら何でもする結構危ない子だった。その兆候が出始めている気がする。


「私の心配をしてくださるのですね!うれしいです咲耶お姉様!」


「ちょっ!薊ちゃん……、皆様が見ているから……」


 まだ五北会のメンバーや伊吹達がいるのに薊ちゃんが再び俺に抱きついて来た。俺としてはうれしいけどあまりこういう所は人に見られない方が良いんじゃないだろうか。俺は別に良いんだけど薊ちゃんは、というか徳大寺家は伊吹と薊ちゃんの結婚を狙っているらしいしあまりよくないと思う。


「わかったらとっとと散れ!帰れ!」


「「「「「…………」」」」」


 伊吹にそう言われて五北会のメンバーはゾロゾロとバルコニーから出て行った。いや、校舎内へと入った、だな。その後に伊吹と槐が続き最後に俺と薊ちゃんが校舎内へと入る。兄、良実君がチラリとこちらを見ていた。その表情はどう受け取れば良いのかわからないものだった。




  ~~~~~~~




 はぁ……。何か色々と疲れた。しかもまだ何も解決はしていないのかもしれない。それどころかさらに問題の上に問題が重なっているような気すらする。


 まぁいいか……。別に俺は伊吹と結婚するつもりもない。周りや伊吹からどう思われようとも関係ない話だ。むしろ嫌われて関わってこないようになってくれる方が助かる。


 俺にとって大事なのは『恋花』に出て来た可愛いお嬢様達や女の子達と仲良くなってキャッキャウフフすること。そして伊吹や槐関連のフラグを建てずに九条家の破滅フラグをへし折ること。その二つが守られさえすれば俺個人の名声とか評判とかはどうでもいい。


「咲耶お嬢様……」


「椛?どうしたのですか?」


 自室で寛いでいたら椛が声をかけてきた。いつもの最後の用事の確認かな?


「咲耶お嬢様はどのようにして徳大寺家の娘を手懐けられたのでしょうか?」


「…………は?」


 ……何?手懐け……?


「椛……、今後二度と薊ちゃんに対してそのような言い方をすることは許しません!良いですね!」


「――っ!申し訳ありませんでした……」


 俺が怒ったからか椛が一瞬驚いた顔をしていた。でもそりゃ誰でも友達をあんな風に言われたら怒るだろう。椛は一体どうしてしまったんだ?


「はぁ……。もういいです。今日はもう下がりなさい。お疲れ様でした」


「それでは失礼いたします」


 でも椛ももうケロッとしている。所詮小学一年生に凄まれても大した効果はないということだろう。別に椛を恐れさせようと思ってやったわけじゃないから良いんだけど……。


 今日の椛は一体どうしてしまったというのか。話題も言い方も何もかも変だった。いや……、俺は何年も一緒にいるのに椛の何を知っている?本当に今の椛が変だったのか?普段の椛こそが本当の椛ではなく今の椛こそが本当の椛なのだとしたら…………。


 なんてな……。何を考えているんだ俺は……。本当の椛も嘘の椛もない。椛は椛だ。


 ゴロンとベッドに横になった俺はしばらくそんな益体もないことを考えていたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 誰かこのアンジャッシュ状態を解決してくれw
[気になる点] 流石に無自覚すぎて、キチっぷりがやばい
[一言] 椛さん……どんな過去が( ˘ω˘ )
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