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第二十五話「パーティー始まる」


 今日はとうとう伊吹のパーティーがある日だ。俺は今兄と一緒に会場に向かう車に乗っている。


「うぅ……」


「どうしたんだい咲耶?緊張しているのかい?」


 シクシクと痛む胃を押さえていると兄に話しかけられた。


「はい……」


 緊張というか、胃痛というか……。まぁ胃が痛い理由も緊張だろうから緊張だと言えば済むんだろうけど……。まさか小学校一年生から胃痛持ちとは……。


「この一ヶ月、百地先生に稽古をつけてもらったんだろう?自信を持っていけば良いさ」


「はい……」


 俺だってそう思いたい。少なくとも暗殺への対策はばっちりだと思う。無味無臭と言われている毒でも見分け、嗅ぎ分け、万が一間違って食べても無効化する術を身につけてきた。師匠並の暗殺者が正面から攻めてきたら対抗する術はないけど、人の多いパーティー会場でそれはないだろう。暗殺なら手段が限られてくるから何とか凌げるはずだ。


 問題なのはそれよりも俺の作法の方だ。確かに作法もみっちり習ったはずだけどそれでも不安はなくならない。そもそも百地流というだけで他のマナー教室から爪弾きにされるんだ。仮に俺が完璧に百地流をこなせたとしても、それは世間一般では笑われるようなことかもしれない。


「そんなに気にするなら……、ああ!そうだ。習うより慣れろとも言うよ。今日は初めてなんだから多少失敗したっていいじゃないか。こういうものは数をこなしていればそのうち身に付くよ」


「お兄様ぁ……」


 だからそれが困るんじゃないですか……。伊吹と槐は俺がパーティーで失敗して大勢の前で恥をかき、社交界で笑い者にされるようにしようとしている可能性が高い。そしてそうなれば九条咲耶は社会的に抹殺されたも同然だ。この界隈では一度でもそういう評判がつけば全てそのせいで足を引っ張られることになる。


 俺個人の名声や評判なんてどうでもいい。別に社交界で結婚相手を見つけるとかそんなつもりがない俺にはどうでも良いことだ。ただ俺の名声や評判というのは九条家にも関わってくる。将来どのルートに入っても破滅する九条家のフラグを回避するためには一見つまらない、無関係のことのように思えるものでも細心の注意を払わなければならない。


「さぁ、もう着いたよ。そんなに緊張しないでリラックスすればいいさ。咲耶が何か失敗しても僕がフォローしてあげるから」


「ありがとうございますお兄様」


 小学校六年生の良実君に励まされフォローされるとっくに成人していた元男の俺……。何か普通逆だよな。


 でも前世の俺は社交界に関わったこともないただの一般人だった。こんなパーティーにも出席したことがないんだから仕方がない。


 車を降りた俺は兄にエスコートしてもらいながら近衛家のパーティー会場へと足を踏み入れたのだった。




  ~~~~~~~




「わぁ……」


 まだホールに入っていないのにこの会場の建物だけでもすごい。入り口で招待状を見せて、中へと案内されていく。現代日本でも未だにこんな……、物語の王侯貴族のパーティーみたいなことを本当にしている所もあるんだな。まぁここは『恋花』のゲームの世界に酷似しているから現代日本とも言えないけど……。


 それでも前世の俺にはまったく縁のなかった世界であって実際に体験どころか見たことすらない別世界だ。いつの間にか緊張は解けていて周りを観察するのに夢中になっていた。


「くすっ。そうしていると咲耶も一年生らしい気がするね。いつもは大人びていてまるで僕より年上みたいだしそうしている方が本当に妹だっていう気がするよ」


「ぁ……。申し訳ありません……」


 兄にエスコートされながら会場を歩いていた俺はあまりにも夢中になって周りをキョロキョロ見すぎていたようだ。はしたないし田舎者丸出しのようで恥ずかしいよな。少し自重しよう。周りがあまりにキラキラしていてつい夢中になってしまっていた。


 実際前世も加えれば俺の方が長く生きているわけでそれなりに経験も積んでいるはずだ。社交界なんてのとは無縁だったけどそれでも社会経験は俺の方が長いわけで、小学校六年生に子供のようだと言われたら少し情けないし恥ずかしい。


「さぁ、この扉を潜ればパーティーホールだよ。準備は良いかい?」


「はい」


 ここからはしっかりしなければ……。本当ならここに来るまでもしっかりしていなければならなかったんだけど少し浮かれてしまっていた。気合を入れなおして兄に向かって頷く。


「それじゃ行こう。これが咲耶のお披露目だ」


「…………」


 それは違うと思うけど……。伊吹だって俺のお披露目のためにこんなパーティーを開いたわけじゃない。表向きの理由は藤花学園の生徒関係者を招いての親睦会だ。今年の新入生達を中心に、そして当然上級生達も招いて藤花学園に通っている家格上位の家同士の結束を固めるための催しとなっている。


 でも俺は知っている。これは俺を、九条家と九条咲耶を貶めるための伊吹と槐の罠に違いない。邪魔者である咲耶お嬢様を社会的に抹殺するために仕組まれたパーティーだ。


 だから俺は今日何一つ失敗出来ない。全てを完璧にこなして伊吹と槐の策略を乗り越え九条家と咲耶お嬢様を守り通すんだ。


 ボーイが開けてくれた扉を潜ると……。


 大勢の人達が煌びやかな衣装に身を包んで思い思いにすごしている。それぞれの話し声はそれほど大きくないけどこれだけいればそれなりの音となっていた。でも扉が開いて兄と俺がパーティーホールに入ると周囲は静けさに包まれた。


 一瞬音がなくなったのかと思うほど静まり返り、動いているのは兄と兄にエスコートされた俺だけかと錯覚するほどに誰もが動きを止めてこちらを見ている。


 俺は一切油断することなく気を引き締めて百地師匠に習った通りに全てに気を配る。足の運び、呼吸、指先に至るまで全てに全神経を巡らせ視線一つすら油断しない。無駄にキョロキョロせず、だけど視線はある程度流して周囲に視線を送る。兄の歩幅と歩く速度に合わせ乱れることなく二人の呼吸を合わせる。


「あれは九条家の良実様……、ということはあのエスコートしている女の子は……」


「あれが噂の九条家の秘蔵っ子か……」


「確か名前は……」


「「「「「九条咲耶様」」」」」


 徐々に……、俺達が入り口からホールの中へと歩を進めていると次第に周囲がヒソヒソと話し始めた。全てを完全に聞き取れているわけじゃないけど俺のことが注目されているのはわかる。


 大体ほとんどの反応としては九条良実が見ず知らずの女の子を連れて歩いているということについてヒソヒソと会話しているようだ。それはそうだろうな。普通俺くらいの年齢ならとっくに社交界デビューしているはずだ。それが今頃のデビューなのだから色々と噂されるのも止むを得ない。


 俺はこれだけ注目されているんだから失敗は何一つ許されない。全て完璧にこなしてみせる。この一ヶ月の地獄の修行を思い出すんだ。師匠の修行に比べたらこんなもの大したことじゃない。


「こんばんは良実さん。九条さんもこんばんは」


「槐君こんばんは」


「鷹司様、御機嫌よう」


 ホールの真ん中辺りまで来た時に槐が話しかけてきやがった。さっそく俺に恥をかかせて潰そうってわけだ。これだけ注目の中で俺が失敗すればそれはさぞ効果的だろう。出て来たばかりの九条家のお嬢様がいきなり失敗したとあってはさぞ笑い者になるに違いない。


 でも残念だったな。俺は一ヶ月前までの俺とは違うんだ。この日のためにこの一ヶ月間血反吐を吐きながら修行に励んできた。血反吐というのは冗談でも比喩でもない。本当に血反吐を吐いた時は自分でも驚いた。その修行の成果を見せてやる!


「おう!来たか!遅いぞ!」


 槐の後ろから伊吹もやってくる。ここでさっそくおっぱじめようってわけか。いいぜ!受けてやる!


「近衛様、本日はお招きいただきありがとうございます」


「おう!」


 ……こいつ何かいつも『おう!』しか言わないな……。いくら『俺様王子』伊吹でももうちょっとマシな語彙があったはずなんだけど……。まだ小学校一年生だからかな?


「今日は咲耶の社交界デビューの日だから多少のことには目を瞑ってあげてね」


 兄よ~!何を余計なことを言っているんだ!?これはもう戦争ですぞ!九条家と近衛・鷹司連合の戦争だ!その相手に慈悲を乞うようなことを言うんじゃない!


「まぁまぁ!ようこそいらっしゃい咲耶ちゃん!伊吹の招待に応じてくれてうれしいわ」


「ご無沙汰しております近衛様」


 伊吹のかーちゃんまでやってきた。俺はこの人が苦手だ。やたらグイグイくる。しかも俺と伊吹を婚約させようとか平気で言ってくるから恐ろしい。もしかして九条家を潰すために婚約させて表向き両家を接近させて内情を探ろうとしているのかもしれない。


 近衛母子に槐に兄に俺にと、普段滅多に見ない組み合わせでホールのど真ん中で会話する。こんな目立つ位置でこんな目立つ面子で話しているんだ。当然周囲には注目されまくっている。絶対失敗出来ない俺は全神経を集中して一切の隙を見せない。これくらいは師匠との修行でやってきたことだ。


「ああ、こんな所で引きとめてしまってごめんなさいね。ダンスまでまだ時間があるからそれまでお料理を楽しんでね。ここのお料理は絶品なのよ」


「はい。ありがとうございます」


 近衛母がそう言って話を打ち切って他へと行ったので伊吹と槐も一度離れて俺と兄は端へと移った。いつまでもホールのど真ん中に陣取っているわけにもいかない。


 料理を食えと言われたから取るしかない。ここで何も飲み食いしなければ作法に自信がないのだと認識されてしまう。完璧にこなせ!師匠との修行を思い出せ!百地流の作法が一般的におかしいとしても関係ない。どんなものでも極めれば素晴らしく見えるものだ。


「僕が取ってあげようか?」


「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」


 兄では毒の見分けは出来ないだろう。俺が自分で毒を見分ける必要がある。それに取る前までは毒がなかったとしても天井から毒を垂らされる恐れもある。のほほんとした兄には任せられない。


 毒の仕込まれていない物を選ぼうと思ったけどパッと見た感じどれにも毒は仕込まれていない。でもまだ油断は禁物だ。上から垂らされたり、近寄ってきた人が取った分に投げ入れてくることもあり得る。


 これだけたくさんの客人を招いているんだからランダムに料理に仕込む可能性は低い。あるとすれば俺が取った分だけにどうにかして仕込んでくることだ。だから取る時に毒の有無を確認するだけじゃなくて取った後の皿にも注意を払う。


 …………でも、誰も毒を仕込んでこなかった。まだ早いということか?最初に仕込もうとしたらこちらも警戒しているからやりにくい。時間が経過してこちらも疲れて警戒が緩むのを待っているのかもしれない。油断せずに料理を口に運ぶ。


「…………さすが近衛家が用意したパーティーですね。大変素晴らしいお料理です」


「そうだね。咲耶も緊張が解けて気に入ってくれたのならよかったよ」


 緊張は解いていない。ただ確かに料理は素晴らしい。俺だけじゃなくて他の家も来ているんだから顰蹙を買うようなパーティーは開けないだろう。


 このパーティーに呼ばれているのは藤花学園に通っている子供を持つ上位の家が中心だ。そして他の家は親が来ている家も多い。生憎とうちの両親は今日来れないと言っていたけどそれでも顔を出せたら出すと言ってた。


 こういう場は他の家とパイプを持つために利用される場だ。だからほとんどの家は出来るだけ顔を出すだけでもする。親達はこういう場で挨拶回りをして他の家との繋がりを作ったり関係を強化したりするのが仕事だ。


 このパーティーは他の家を呼ぶにしては招待のタイミングが遅すぎた感は否めない。どこの家も大きな会社の経営を行なったりしている。そんな家の親を呼ぶのに一ヶ月前の招待では遅すぎるくらいだろう。うちの両親だってそのお陰で日程が合わず行けたら顔を出す、という程度に留まっているんだからな。


 それでもこれだけ多くの家の大人達が顔を出しているのはそれだけ近衛家のパーティーが重要だということだ。実際には子供達の親睦会より親同士の付き合いのためのパーティーだろう。


「咲耶ちゃん、御機嫌よう」


「皐月ちゃん!御機嫌よう」


 会場の隅で気配を消してひっそりと過ごしていた俺の前に可愛いドレス姿の皐月ちゃんがやってきたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言]  咲耶ちゃんの勘違いの加速っぷりが天元突破しそうだ……そしてこれ周りからは緊張しながらも健気に近衛君のために作法を勉強したって感じに映ってない?大丈夫?やっぱり婚約しちゃう??  最後にで…
[気になる点] 血反吐吐いたのって毒の訓練したからじゃ( [一言] これって端から見ると好きな男の子の為に礼儀作法を頑張ったように見えるのでは(゜ω゜)
[一言] ほんとこの子は人をどんなど畜生だと思ってるのか 斜め上よりさらなる高みって、真上にぶっ飛ぶ気ですか?
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