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第十二話「余計なお世話」


 伊吹に連れられて来てみればそこは五北会のサロンで、しかも兄から衝撃の事実を聞かされた。この兄は一体何をしてくれているのか……。


 もちろん本人からすれば善意なのかもしれない。俺が伊吹と仲が悪いと聞いて接触する機会を作って仲良くなれるようにしてあげようくらいのものだったんだろう。だけどそれは俺にとってはありがた迷惑だ。俺は伊吹やえんじゅ達と接触する気なんてない。仲良くならなくていいからなるべく接触しないつもりだった。


 それなのに兄が余計な気を回してくれたお陰でますます伊吹達と接触する機会が増えてしまう。こんなことは俺は望んでいないし頼んでもいない。子供の善意だから我慢するとしてもさすがにちょっと怒りと呆れとショックを隠せない。


「咲耶は余計なことをして、と思っているのかもしれないけど」


 げっ!兄がコソッと話しかけてきた。しかも当たってる……。露骨に顔に出すぎだったかな……。一応ポーカーフェイスしていたつもりだけど……。


「今年はまだ良いよ。だけど来年からは僕は卒業している。その時に伊吹君達と反りが悪いと何かと大変だろう?」


「そうですね……」


 兄の言うことはわかる。というかむしろ兄は本当に小学生か?ってくらい頭も切れるし気が利くな。でも俺は来年兄が卒業したら五北会もスルーするつもりだったわけで無理に伊吹や槐と親しくしておく理由はない。そこまで考えて行動していた兄にも驚きだけどそれでも俺に相談の一つでもして欲しかった。そして相談されたら即座にお断りしていた。


「咲耶ちゃんもこっちへおいでよ。皆でお話しよう」


「はい。今参ります」


 上級生達に呼ばれたから行くしかない。五北会の家はこの国でもトップクラスの家ばかりだ。九条家もその中に入ってはいるけど九条家だからといって絶対的な地位というわけでもない。実際ゲームでは咲耶お嬢様は好き勝手にしすぎて五北会からも煙たがられて、ルートによっては五北会の他の家からもやられてしまうことになる。


 無理に逆らったり敵対したりせずほどほどに目立たないように付き合うのがコツだ。俺は五北会とはそれなりに距離を置いてあまり関わらない方針で行こうと思う。何しろ五北会は伊吹と槐の傀儡というか、思いのままというか……。奴等のシンパになる奴ばかりだからな。


 基本的に咲耶お嬢様は伊吹や槐と敵対関係というか煙たがられるというか、そういう立場に落ちる。そうなれば当然伊吹達に従う五北会も咲耶お嬢様に対してそういう態度になるのもわかるだろう。


「咲耶ちゃん可愛いね~。まだお見合いとかもしていないんだろう?好きな男の子とかいるのかな?気になる子とかは?」


「いえ……、私はまだそういうことは……」


 何なんだこいつは……。やたらと切り込んでくるな。いい加減その話題からは離れて欲しいんだが?俺が男に興味なんてあるわけないだろ。お見合いさせられたって断るに決まってる。そもそも母は俺をあまり外に出したがらない。母の理想のご令嬢像とかけ離れている俺はあまりそういう場に出さないようにされている。


 もちろんそれは俺の望みとも合致しているので利害の一致だ。母は俺を外に出すと九条家の評判が下がりかねないと思ってそういう場には出したくない。俺はご令嬢として振る舞うのも疲れるし男達に近寄られるのも嫌なのでそういう場には出たくない。見事二人の利害は一致しており結果俺は今まで社交界だのパーティーだのというのには顔を出したこともなかった。


「それなら今度俺とデートしない?」


「……は?」


 こいつは馬鹿なのか?小学生同士とはいえ小学校六年生が一年生をナンパするか?頭が沸いているんじゃないだろうか?


「おい水木……、咲耶に手を出したらどうなるかわってるだろうな……」


 お兄ちゃん……。庇ってくれるのは良いけどお兄ちゃんも何かおかしい!何なんだこの空間は!さっさと帰りたい!


「水木!何してやがる!」


「何だ?伊吹も咲耶ちゃんが気になるのか?でも咲耶ちゃんは俺が先に予約したから」


 おい……、予約って何だ。予約って……。仮にも女の子に向かってだな……。もうちょっと言い方があるだろう?そもそも俺はお前に予約された覚えはないしお前は誰なんだ……?


「咲耶、あいつには気をつけろよ。あいつは広幡ひろはた水木みずき。とても女癖が悪いことで知られている。あんな男には騙されちゃだめだぞ」


「はぁ……」


 いや……、こんな奴に騙される女とかいるのか?見た目はまぁそこそこ良いのかもしれない。『恋花』には登場していなかったけど『恋花』の攻略対象になっていてもおかしくないような容姿だ。だけど性格がチャラすぎる。俺がイメージしていた五北会のメンバーとはあまりにかけ離れすぎている。


「俺がこんな奴のことを気になるわけないだろ!」


「だったら良いじゃないか」


 水木と言われた奴は伊吹を軽くあしらっている。まさかこんなキャラがいたなんて……。ゲーム内では俺様王子に逆らえる者は存在しない。槐は伊吹に注意くらいは出来るけどそれでも完全にコントロール出来ているわけじゃないような描写だった。それなのにこの水木という奴は伊吹をからかったりして大丈夫なのか?


 別にこいつを気にしているわけじゃないけどこれで俺様王子がぶち切れてこっちにまでとばっちりがきたら堪らない。余計なことはしないでそっとしておいて欲しい所だ。


 まぁゲーム中では高等科の間しかない。兄と同級生であるこの広幡水木は中高になれば五北会で顔を合わせることはなくなる。ゲーム内では登場していなくても現実でならば伊吹にちょっとくらい口を出せる者もいてもおかしくはないか。


「広幡家は近衛家と関係が深くてね。幼い頃から顔見知りで年の差もあるから水木は伊吹君の兄貴分のようになっているんだよ」


「あ~……、そういうことですか」


 まぁ簡単に言えば親戚のお兄ちゃんみたいなもんだろう。小さい時から知ってるし年の差が結構あるから幼い間は敵わない存在だ。その関係性を保ったまま大人になるか、大人になって家格の差が出て二人の関係が変化するかどうかはわからない。ただ現時点では五つも年上の兄貴分にはまだ勝てないということだ。


 この後は何人かに話しかけられて自己紹介しあったり少しおしゃべりをして過ごした。伊吹と槐は皆の集まりの中心のようになっていたけど俺は少し離れてお茶を飲みながら全体の様子を窺う。


 やっぱり伊吹や槐はあちこちで顔が売れているんだろう。皆顔見知りみたいな感じで兄以外に知り合いがいない俺とは対照的だった。それから兄も伊吹達と仲良くしている。


 伊吹達が可愛がられているのはよくわかった。これはそりゃぁ伊吹に嫌われたら五北会を敵に回すも同然になるわけだ。俺からするとゲームの俺様王子は結構面倒臭い鬱陶しいキャラだったけど現実だとそうでもないのかな。それとも今はまだ小学校一年生だからだろうか。


 何にしろここはあまり下手に目立ったり敵を作ったりしないことだ。俺は大人しく……、影になって小さく隅の方で過ごしておこう。今日は五北家の子供だけが紹介される日だったようだけど学校が始まれば薊ちゃんや皐月ちゃんも五北会に顔を出すようになるだろう。出来れば俺はあの二人と隅の方でゆっくりお茶をするだけでいい。


 まぁ?五北会にいる上級生達の女の子も可愛い子がチラホラいる。中にはちょっと残念な感じのご令嬢もいるけどそれは止むを得ないだろう。全員が全員美形な方がおかしい。小学生なのにケバい子とか、古き良き昔ながらのお多福だったりするけど気にしてはいけない。


 五北会に入れるような家は古い名家がほとんどだから顔が少々古めかしいのは止むを得ないだろう。あと成金とまではいかないけどそれに近いような者もいるからケバいのも仕方がない。そんな中でちらほら将来美人になるであろう女の子達もいる。ああいう子達とは仲良くなっておきたいなぁ……。


「咲耶、どうだい?皆と仲良く出来そう?」


「そうですね……」


 伊吹と槐がいなければね……。俺の懸念はあの二人だけど今日の感じだとこちらから近づかない限りは向こうから来ることはないようだ。二人とも皆の中心で話をして盛り上がっている。こうして少し離れている俺とは関わりを持つことはなさそうだ。


 こうしてこの日は思わぬ形で五北会に初めて顔を出すことになって入学式を終えたのだった。




  ~~~~~~~




 入学式を終えて五北会でのお披露目も終わったけど俺の一日が終わるわけじゃない。今日はすぐに終わるから入学式が終わったら絶対に来いと百地師匠に言われている。師匠に逆らったら修行を増やされるから逆らうわけにはいかない。


「あの……、百地師匠……、これは何でしょうか?」


「修行だ」


 いや……、それはそうかもしれないけどこれは何か意味があるのか?俺は今頭の上に熱湯が入ったお椀を乗せられている。そのまま歩けと言われて歩いているけど零しそうで怖い。零したら頭から熱湯を被ることになる。


「遅い!もっと早く歩け!」


「ひぃっ!」


 ゆっくり慎重に歩いていたら怒られた。出来る限り急いで歩いているけどこれ以上は無理だ。これ以上無理をしたら零れてしまう。


「早くしろ!」


「こっ、これ以上急いでは零れてしまいます……」


「なにぃ?零れる?それは歩き方が間違っておる!良いか。良く見ておれ!こうだ!」


 師匠は自分の頭の上に同じようにお椀を乗せるとスルスルと歩き出した。滅茶苦茶速い。何だあれは?しかも全然揺れてない。動いていないのかと思うほど上下も左右も揺れずにスルスルと早足で移動していた。


「これに何の意味があるんでしょうか?」


「色々だ!」


 あっ……、説明を端折った……。師匠はあまり修行の意味を説明してくれない。まぁワックスをかけたりペンキを塗ったりしてたらいつの間にか強くなっている修行もあるんだから何か意味があるんだろう。


 この前なんてずっと正座させられてお茶を点てさせられて突然頭を竹刀で殴られて何事かと思ったらちゃんと避けろと怒られたことがあった。師匠が言うにはどういう状況でも即座に動けるようにとのことだったらしいけどそれならそうと言っておいて欲しい。


 俺はまたお茶の点て方が悪くて怒られたのかと思って素直に殴られてしまった。避けて良いのなら避けて良いと言っておいて欲しい。まぁその後避けて良いとわかってからも一発も避けられなかったけどね。師匠の攻撃というか手は速過ぎる。あれを見切って避けるのは俺には無理だ。


「遅い!十周追加だ!」


「ひぇっ!」


 師匠がいる道場の端までついたと思ったらお椀を替えられた。理由は熱湯が冷めてお湯になっているから熱湯を入れたお椀と入れ替えるためだ。しかも今度は肩にまで乗せられた。頭だけでも気になって集中して歩けなかったのに肩にまで乗ってたら中途半端に見える分だけ余計意識がそっちにいってしまう。


「体を揺らすな!足を上げるな!すり足!膝を曲げて腰を落とせ!もっと早く!」


「注文が多いです!」


 精一杯急いでいるけどそんなの無理!しかも何周も何周も道場を端から端まで中腰で歩いているから筋肉がプルプルしている。確か俺は子供の頃から鍛えすぎたらよくないからってフィットネスクラブでも水泳を中心にしていたはずなのに……。師匠の修行は大丈夫なんだろうか?


「考え事とは随分余裕だな?もっと早く!」


「痛い!熱い!痛い!熱い!」


 ビシッ!と竹刀で足を叩かれた。痛みで揺れたから熱湯が零れて頭と肩を濡らす。そして熱湯を浴びて体が勝手に反射を起こしてますます熱湯を零す。悪魔の負の連鎖だ。


「湯の追加じゃ」


「ひぃっ!」


 零れて減った熱湯を追加で注がれてしまう。折角被って減らしたのに……。


「今からは竹刀も避けよ。ほれ!ほれ!」


「ひゃぁっ!無理!無理です!ちょっと待って!」


 ビシン!バシン!と師匠が竹刀を振るう。もちろん手加減されているから避けることはそれほど難しくないんだろう。だけど竹刀を避けようとすると熱湯が零れる。熱湯を零さないようにしようと思ったら竹刀に叩かれる。その速度と威力の加減が絶妙だ。師匠は絶対俺の限界を理解した上で力加減を変えている。


 避けたら熱湯が零れる。零さないようにしていると叩かれる。そして叩かれると痛みの反射と衝撃で結局熱湯が零れる。さらに熱湯が零れて減ると追加で注いでまた満杯になる。何だこれ?どんな拷問だよ!小学一年生を相手にやっていいことじゃないだろ!虐待だ!


「まだ余裕がありそうじゃな?」


「うひっ!もう無理です!」


「無理と思ってからが本番じゃ」


 師匠のその言葉通りこの後結局足腰が立たなくなるまで歩かさせられたのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 師匠の歩き方の話聞いてたら、ユーロビートをBGMに、未成年の頃からコップに水入れて零さないように運転して豆腐を配達する、某豆腐店の息子を思い出してしまいました~♡(笑)
[一言] すごいことやってるな
[一言] 熱湯はマズいです~(゜ω゜)
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