その祠を探してはいけない
怖い話を聞くと、シャンプーの時目を瞑れなくなるタイプです。
あれはもう二十年近くも前の事でしょう。
なにぶん、大分前の事ですので、一言一句全てを思い出して語る事は出来ないのですが、出来る限り言葉にしたいと思います。
私が中学生の時の話です。夏休みの少し前の時期、友人達と一緒に近所の公園に花火をしに行く事になりました。
その時集まった人数を正確には覚えていないのですが、多分七人か八人だったと思います。
何かと多感で怖いもの知らずな、無防備で無思慮な時期です。恥ずかしながら私もそんな年頃でしたので、花火をしてはいけないと言われている公園と知っておきながら、その集まりに参加してしまったのです。
まあ若気の至り的に何事もなく、何かあったとしても、せいぜいお巡りさんに注意されるくらいで終わるかと思っていました。
でも、今にして思えばこの夜の集まりが悲劇の始まりだったのかもしれません。
事の始まりは遡ること数時間前。
昼、学校の休み時間に仲良しの友人──ここではユウちゃんと呼ぶ事にします──と当時好きだった芸能人について話したりなどしていた時だったと思います。
ユウちゃんと仲の良い男子で──ここでも偽名を使います──大地君という子が話しかけて来ました。
「今晩、KやS、それにiで花火やるんだけど、来ないか?」
そんな感じだったと思います。
ユウちゃんは軽く承諾し、ユウちゃんにべったりだった私もついてく事になりました。ユウちゃん居る所に私ありだったのです。
その夜は暑い夜でした。暗闇に蝉の音がジリジリと響き、濃い紫色の靄が立ち込めて、草の香りでむせ返りそうでした。夜の9時とかそんなくらいだったと思います。本当に蒸し暑くて、膨れ上がった空気に押し潰されてるような。そんな言い様の無い息苦しさがありました。
虫除けスプレーをしたのに、公園に着いた頃は足のあちこちが痒くてたまりませんでした。電灯の白い光に虫が何匹も群がってとても気持ちが悪かった覚えがあります。
公園は、昔は川だか何かだったらしく、横長で、ちょっとした渓谷の底にあるような場所にあります。
住宅街が挟むようにしてあるのですが、公園沿いの街灯の明かりは下までは届かなく、公園内も入り口以外は電気がありません。
私達は公園の一番奥、明かりから最も離れている広場に行きました。そこは遊具なども無い、野球などを行うだだっ広いスペースです。
待ち合わせの花火会場には既にK君やS君、i君が居ました。他にも二人ほど居たのですが、よく覚えていません。その日に急遽集まったものですから。
K君とS君はかなりヤンチャな子達で、いわゆる不良に近かったような人達でした。恐くはないけど、ちょっと近寄りにくい感じ。
でも、早速花火を点けると、とても楽しくてそんな事は少しも気にならなくなりました。
暗い闇夜の中にユウちゃんの緑色の顔や、大地君の赤い横顔、そこら中を漂う薄い煙やツンとした火薬の臭い。S君やK君が振り回す火花の閃光が何度も瞬いていました。
その内、S君がロケット花火を打ち上げました。ヒューッと鋭くいななく音は、夏の夜の蒸し暑さを掻き消そうとしているように感じました。
幸い、特に通報される事もなく、私達は沢山用意した花火が無くなるまで楽しんだのです。
「なあ、怖い話しね?」
花火が全部バケツの中に沈んでしまった頃、誰かが唐突にそんな事言いました。
「夏は怖い話だろ」
その時の私は「ああ、ユウちゃんの気を引くために言い出したんだろうな」と妙に達観した感想を覚えたものです。ユウちゃんはクラスでもかなり可愛い子だったので。
「怖い話か」
「じゃあ、iからな」
「えー、俺かよ」
本当は花火が終わったならやる事も無いし、さっさと帰れば良かったんです。でも、同級生と夜中に暗い所に居ると、なんだか大人には言えない秘密を味わってるようで、私も子供っぽくその企画に乗りました。
「俺の先輩から聞いた話なんだけどさー」
そんな感じで大した事のない話が続きました。
やれ、踏み切りに下半身の無い霊が出るだの、近くの神社は夜になると首に縄を掛けた女の人が出るだ、病院のナースさんが消えて生爪が見つかった······とまあ、どこかでなんか聞いた事のあるような話ばかり出てきました。
私はと言うと
「私のおばあちゃんが子供の頃の話らしいんだけど~、病院で迷子になって変な所に行ったら変なおじさんが居てねー、そしたらそこは霊安室でー」
人の事とやかく言えないくらいコテコテでした。でも、祖母直伝の本怖です。
こういうのが好きなのか、S君はいくつもいくつも似た話をペラペラ話していました。みんな合わせて適当に相づち打ったりしてました。
そんな風に、なんとなく白けた雰囲気が漂い始めた時でした。
「あたしもあるよ。怖い話」
と、ユウちゃんが意外な事を言ったのです。
私がびっくりして
「え、ユウちゃんそんなのあんの?」
みたいな事を言ったら、ユウちゃんは笑ってました。
「あたしの体験談とかじゃなくてうわさ話だけど。ていうか、みんなも知ってんじゃない?」
ユウちゃんが話し始め、みんながちゃんと耳を傾けました。
「あのさ、あっちの○○団地の方分かる? ほら、あっちの○○小とか○○幼稚園とかがある方」
「ああ、あっちか」
「森とかある方だろ?」
私の住んでいた地域は、いわゆるベッドタウンというやつで、都市郊外の田舎でも都会でもないという中途半端な場所でした。
そんな町は、駅側から国道のある方はそれなりに栄えていたのですが、逆の北側などにはちょっとした山や森、田んぼなどがありました。
「あそこの森さ、ほら、“びっくり”の森。あそこにさ、なんか変な祠あるんだって」
びっくりの森とは、森というよりは雑木林的な場所です。田んぼや畑、小川の近くにある森で、私はほとんど行った事は無いのですが、私のお父さんなどは子供の頃にカブトムシなどを捕りに行ってた場所だそうです。
「その祠のうわさ知ってる?」
私は知りませんでした。K君も、S君も、i君も、他の子も。
「あ、もしかして、首無し地蔵の祠?」
大地君がそんな風に、知ってるような口ぶりをしました。
「確か、森の奥に古い神社があって、そこには首の無い地蔵が並んでるんだよな?」
「えー、違うって。変な祠があってー、そこの中に藁人形があるんだって」
「いや、首無し地蔵だって」
ユウちゃんと大地君の問答はあーでもない、こーでもないと続いてましたが、ある所で一致したのです。
「それでよ、二十年くらい前にそこで自殺あったんだってさ」
「あ、それはあたしも聞いた。その森の祠の近くで自殺あったんでしょ?」
自殺。という言葉はやはり刺激的でした。死という話題はたちまちの内に私達の興味を集めたのです。
「二十年くらい前にね。その祠のある森で高校生の男の子が死んだんだって」
ねっとりした暑さは闇の中からまとわりついてくるようでした。見えない息遣いが闇になって包み込んでくるような。そんな感じでした。
「その人はお調子者で、学校ではちょっとした有名人だったんだって。マンションの屋上とか、深夜の市役所の敷地に入ったりして話題を集めてたの」
ユウちゃんはひそひそと囁くように話してました。花火用に用意しておいた蝋燭の炎が音もなく微かに揺れていました。
「ある日。彼は学校から帰ると、カメラを持ってどこかへ出掛けた。行き先も伝えずに、でも何か企んでるように浮き立っていた」
それまで聞こえていた虫の音が途端に小さくなったような。そんな風に感じました。
私は思わず目を辺りに配りました。まるで、見えない誰かがそっと忍び寄って私達の話を聞いてるような······そんな気がしました。
「それで、その人は夜になっても帰ってこなかったんだって。それで家族が色んな家に電話して居ないか探した。でもね、どこにも居なくて、次の日になっても帰って来なかった。それで警察に捜索願いが届けられて──彼の親しい友人が『あいつは、びっくり森に心霊写真を撮りに行くと言ってた』って話した。それで警察が森を調べると······その高校生が木に縄をくくりつけて首を吊っていたんだって」
「その話は俺も知ってる」
そこで聞いていたi君も話に加わったのです。
「行方不明になった高校生が首吊りで殺されたって話だろ? そこがびっくり森だったのか」
「殺されたんじゃなくて自殺だよ。俺もその話は聞いた。それで、その高校生が行こうとしてたのが森の奥だったんだよ」
「そう。その高校生は森の祠の噂を聞いて写真を撮りに行ったの。もうその頃から心霊現象が起こるって噂だったから」
ユウちゃん、大地君、i君の三人がそのまま話を続けましたが、それ以降は三人の話が食い違っていたので、あまり覚えていません。
所詮はよくある話。ただの噂話。こういう怖い話が好きな人達が語り継いできた作り話。
でも······私には何か嫌な胸騒ぎがしたんです。
何故かは分かりません。でも、その日、帰る時も、帰ってお風呂に入った時も、ベッドへ入った時も。ずっと言い様のない不安みたいなものがまとわりついて離れなかったのです。
本当にどう表現していいかは分からないのですが······誰かが私のそれからの行動を監視している。そんな気の迷いを抱いていたんです。
それが気の迷いならよかった。
その次の日か。それとも少し経ってからか。
ユウちゃんがこう言ったんです。
「大地達が例の森の祠を探しに行くって言ってるの。○○ちゃんも来る?」
私は驚いてユウちゃんの顔を見ました。
「そんな所行ってどうするの?」
「本当に祠があるか探すんだって。それで見つけたら写真とか撮ってくるんだってさ」
「えー。なんか嫌だな。やめといた方が······ユウちゃんは行くの?」
「あたしは嫌。虫多そうだもん」
私の知らない所で話は進んでいったようで、結局、K君とS君、そしてi君の三人で行く事になったのです。これは、後で知った事ですが。
私は家に帰り、夕方頃に姉からの横暴オーダーを受けてコンビニにアイスを買いに行きました。まだ明るい夕方で、日暮の物悲しい鳴き声が例の森の方から聞こえていました。
(あの森に誰にも知られない祠があるのかな)
そんな事を考えながら家に帰りました。
夜になって、夕飯を食べ終え、居間でバラエティを観るのが我が家の団らんの時間です。
私、母、父、姉の四人でアイスなどを食べながら、クイズ番組などを観ていた時です。
「ねえ、お父さん。びっくり森の噂知ってる?」
私はそんな風に唐突に尋ねたのです。
「昔、自殺があったって聞いたんだけど」
「ああ、あったなそういや」
父はビールを飲んでいました。
「俺が大学生ぐらいの時だったかな。なんか近所の子が死んだって聞いたな」
「あら、やあねえ」
別の県出身の母は薄気味悪そうにしてました。
「そこにさ、祠とかあった? もしくは首なし地蔵とか、廃墟になった神社とか」
「いや、どうかな。なんか祠はあるって聞いたような気はする。ああ、そうだ。爺ちゃんが言ってたな。祠がある所まで行っちゃ駄目だって」
思いもよらない証言に、その時の私は興奮して、身を乗り出していました。
「うそ? 本当に祠あんの?」
「いや、知らん。あるって聞いたけど、行った事ない。なんでも、もう使われてない道の先にあって、森の所有者とかじゃなきゃ迷うらしいからな」
迷うと言っても大きな森じゃないので、きっと探しに行った男子達は見つけるだろうと思いました。
そして、その次の日の事でした。
「あったらしいよ。祠」
朝、ホームルームの前にユウちゃんが言いました。
「SとK、iの三人で行ったんだって。それで、結構奥に行った竹林の中にあったらしいよ」
それからS君達が証拠の写真を見せにきたのはすぐの事でした。
「マジであったんだ」
「大地、今度一緒に行こうぜ。もう道は大体覚えたからさ」
大物を獲ってきた漁師はこんな感じなんだろうなと思うように、S君達は得意げでした。
あの夜、怖い話に加わったメンバー以外の人も集まって写真を見ました。
そこには、ライトで照らされた夜の森の写真が何枚もありました。どれもこれも不気味で、ライトの明かり以外全ての暗闇に何か潜んでいるんじゃないかと目を凝らしたくなりました。
そして──祠は確かにあったのです。
それは小さな祠でした。よく、神社などに行くと境内の片隅や、本殿の隣などに置かれているような物で、一緒に写っているK君とS君と背丈はそれ程変わりませんでした。
「へえー、祠ってこんなのなんだ」
ユウちゃんも、大地君も、私も写真を興奮したように見ていました。
「それでさー、扉が閉まってたから開けてみたんだ。それがこれ」
そう言ってS君が机の上に置いた写真。そこには祠の中の御神体らしきお稲荷様が写っていました。フラッシュの加減なのか、お稲荷はいやに白く輝いているように見えました。
「首無し地蔵はなかったのか?」
「藁人形は?」
「祠だけだったぞ。他は何もない」
「獣道の先にあったんだ」
ユウちゃん達は噂の真相を確かめるように、あの晩の続きをするように話していました。
でも、私は一人で写真をじっと見ていました。
その写真のお稲荷様の目の部分。
そこから涙が流れてるように見えたから。
強い何かを訴えているように見えたから。
その次の日か、そのくらいしてからの事でした。
S君が体育の授業中に倒れて保健室に運ばれました。熱中症でした。
「よく体を冷やすように」
幸い、それほど大事にはならず、軽い処置を受けてからS君は早退しました。
そして。それからS君は学校に戻ってきませんでした。
それからすぐ、夏休みが始まりました。
夏休み、真面目に宿題をやっていた私の携帯にユウちゃんからのメールが届きました。
『あたしも祠探してみようかって思うんだけど、○○ちゃんも一緒に行く?』
そんな内容だった覚えがあります。
私は驚いて、ユウちゃんに何回もメールを送りました。内容はあまり覚えていません。だけど
『行かない方が良い』
と、しつこく送った事だけは覚えています。
でもユウちゃんは
『大地と二人で行く』
と答えました。
その後の私の行動は、どうしてそんな事したのか未だに自分でもわかりません。ある種の勘のような······第六感とでも言うものが働いたのかもしれません。
私は宿題も放り出し、部屋着のシャツと短パンのまま飛び出してユウちゃんの家へ走っていました。夕方の事です。
ユウちゃんの家は割と近くだったので、5分かそのくらいで着きました。
チャイムを鳴らすと、ユウちゃんのお母さんが出てきて、私はユウちゃんが居るかと聞きました。
私の様子がおかしかったのか、おばさんはとても心配そうに私を家に上げてくれました。
ユウちゃんの部屋に上がった私は、そのままユウちゃんに飛びついて泣きました。
『行っちゃ駄目』『行かない方がいい』『祠は見ない方がいい』『行かないで』
そんな事を言ってた気がします。
私があまりに必死に止めたのを見て、ユウちゃんは祠探しを止めてくれました。
それが、私の様子を気味悪がっての判断だったのか、あるいは可哀想に思ったから止めたのかは分かりませんが、ユウちゃんは祠を探すのを止めてくれました。
ユウちゃんが止めた事により、大地君も行くのを止めました。
私は夏休みの間ずっと不安で、暗くなる前には家に帰るようにしていました。夜、出かける時も、森のある方を見ないようにしていました。
そして、夏休みが終わり、新学期になりました。そして、それからずっとS君は来なくなり、流石のユウちゃんや大地君も祠との関連を想起せざるを得なく、不気味に感じていたようでした。
K君は学校に来ていましたが、なんだか様子が変わっていました。
夏休みデビュー······と言うには異様でした。
静かになった。というよりは暗くなっているような感じでした。
K君はS君と仲良かったので、彼が学校に来なくなって落ち込んでいるのかとも考えられました。でも、K君だけではなくi君もどこか様子が変だったのです。
一つだけ確かな事は、祠の話は二度としなくなったという事です。
そして、i君は転校しました。お父さんの仕事の都合という風に話を聞いています。でも、あまりにもタイミングが合いすぎていて、私は恐怖を抱かずにはいられませんでした。
K君は日を追うごとに様子がおかしくなっていきました。無口になり、あまり笑わなくなったのです。以前はやんちゃな事をしてよく話題に上がるような人だったのに、そういう活動的な事もしなくなったのでした。
そんなある日。
冬休みの直前になってK君は交通事故に逢いました。
自転車に乗って走っていたところで、バイクに接触した事故でした。
その事故の事を詳しくは知りませんが、怪我は軽かったそうです。
事故の原因は、K君の前方不注意だったそうです。
K君はそれから学校に来なくなりました。
それからと言うもの。
私は夏が来る度にあの事を思い出します。
あの祠は今もあるのだろうか?
私はなんであんなに怖かったんだろう?
写真を撮った三人が居なくなったのはたまたまだったのだろうか?
今でもあの時見た祠の写真は忘れられません。
それから何年も経って、私も大人になりました。
今では結婚もして、二人の子供にも恵まれました。
あの不気味な夏も今では遠くにあります。
でも、今でも私のどこかに得体の知れない恐怖が潜んでいるのです。
その後、噂で聞いた話ですがK君は亡くなったそうです。
自殺。と聞きました。
もう一つ。
後で知った話があります。
結婚する少し前だったと思います。
お父さんが何かの弾みで森の祠の話を持ち出したのです。
その時、こう話したのです。
「何時だったか、お前は祠があるかどうかとか聞いてたな。この間、たまたま同級生に会ってな。そいつと祠の事について話しててな、そいつがこんな事を言ったんだよ」
なぜ“びっくり”森なのか。
「昔は“くびっくり森”つまり、『首括りの森』って言われてたそうなんだよ。なんでそう呼ばれていたかは分かんないんだけどな。なんか明治にあの森の奥にあった神社を取り壊した時に、関係者が次々に首を括ったからだっていう噂話もあるらしいがな」
私は今でもあの森には近づけません。
祠を探そうとも思いません。
子供を実家に連れて来る時も『森には入るな』とキツく言いつけてます。
昔、事故があったからと。
でも、その心配もないかもしれません。
これも噂で聞いた話になるのですが······。
今ではあの森の奥には入れなくなっているらしいです。立ち入り禁止の札を吊るしたロープが木に結ばれているらしいのです。
祠が今もあそこにあるのか、もう探しに行く人は現れないかもしれません。
また今年も暑い夏になりそうです。
いかがだったでしょうか?
涼しくなれば良いのですが。