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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

月を希う

作者: 水奏樹

【注意事項】

※独自の世界観を前提においたものです。所謂オメガバースの、『ヒート』『番』の概念を取り払った物だと御考え下さい。

水霊の笑い声が部屋に木霊する。



どこか焦点の合わない視線の先で、妹が駒にて遊んでいる。

駒は僕だ。

後ろ手の縄を馬銜として。

雉撃ちの為の銃座を鞍に。



彼女――僕の最愛の妹は、常日頃から乗馬を嗜んでいて、どこだかの国際大会に代表として出ないかと声を掛けられたこともあったのだ。


そんな優秀な妹が、何故だか冴えない僕を横に乗馬に勤しんでいる。


嗚呼 いったい如何してこんなことになってしまったというのだろう。


騎芸に興味がないではないが、気を紛らわす為にも少し語らせて貰いたい。












----




彼女と出会ったのは、今朝――いや、もう真夜中を超えた時分故、昨日の早朝と呼ぶべきか――だった。


妻――否。

結婚の為の挨拶に来たのだから正確に記すのであれば、未だ妻と呼ぶべきではない。


彼女はそう呼んで欲しい様子を度々みせるが、籍をいれるまで耐えるべき処だ。


そう、妻ではなく――ただ、僕の最愛。


その女の、最愛の妹御が、彼女だ。




初めて出会い、存在感と表情の豊かさに気圧された。


あのとき古びたインターホン――カメラもないタイプだ――を押すと、彼女は生返事と共に扉を開け、その姿をみせたのだ。


薄手の寝間着ひとつを纏い、とても嫁入り前の娘が露け出してはならぬだろう姿で。

それでも初めの印象は、似ているな、ということだった。


女の美点である、切れ長で怜悧な眼差しや、背筋が伸びるほどに清涼な声色こそないものの。


痩身ながらよく鍛えられた刃の如き美ではなく、骨細ながら慈愛と包容に満ちた美ではあったものの。


――困った。要素を書き出しては一切似ているように聴こえない。


だが、それでも第一印象は「似ている」だった。

だからこそ、明確に姉妹なのであろう。




兎にも角にも、そのような女性が薄手の寝間着1枚で急に眼前に飛びだせば誰もが魂消よう。


もっとも、姉のみだとばかり思っていたのであろう彼女はすぐに悲鳴と共に去ってしまったが。


齢は二十一になると聞くが、乙女の園での純粋培養が故だろうか。


大人びた容姿――豊満な体形を除けば、少女然とした要素も多いのだが、ひどく蠱惑的がすぎる――と裏腹の、幼気な振る舞いがひどく印象に残っている。


それは今も変わらない。

幼気に木馬に跨る童女のように。

手練手管で命を啜る淫魔のように。


「ね。出して、出してよぉ……」


鈴のように澄んでいて、蜜のように甘い、泪交じりの蕩け声。


女以外に催せなくなりどれだけ経つだろう。

「わたしにはこれしかないの。おねぇちゃんに勝てるところなんて……」

「だから、『それ』ならぜんぶあげるから、わたしからおねぇちゃんを、盗らないで……!」


並の益荒男であれば――否、喩え禰宜や宮司の類だろうと無礼を免れないような、そんな音色が鳴り響く。

ややもすれば家の奥にまで――女の処まで届いているかも知れない。

そちらへ魂が引き寄せられ、陽が微かに火を宿す。


威勢を増した馬へと笑みを深め、豊満な肉体を押し付けるように身を寄せる。

口吻を交わす。


初めての口吻は、微かに酒精の苦味があった。火が熾る。

強い酒気が鼻腔を刺激し、思考に靄がかかる。火勢が増す。

ああ、酔っているのか。理解が及ぶもなにかが変わることはなく。


ふ、と。微かな物音に意識が吸い込まれる。


演奏をこよなく愛する女は、耳が良いのだ。


それに惹かれてしまった僕も、また。




頭がさっと冷え、最愛の妹をみる。

溢れる清きに負けじと薫る、真朱の水が若草に映え。

天女の如きかその絵を前に、不埒の焔は空へと消ゆる。


ただ、この時にこそ、決定的に壊れてしまったのかも知れない。

確かに思ってしまったのです。

最愛の女以外を、世界で一番美しい、と。









----




嗚呼 甘い蜜に混じって微かに うぐいすの軋む声がする。


何故こんな、冴えない僕を受け入れてくれたのだろう。


今度こそ、見限られてしまう日が来たのかな。




うぐいすが部屋の前に止まる。妹は気づいていない様子だ。


スパン――小気味の良い音をあげて襖が開かれる。


畳上にては足音もなく、近づく気配もなお薄い。

その微かな衣擦れすら、激しく琴線掻き鳴らす。

子獅子のような妹の姿、他意ある営みは喪われ。

嗚呼 まってくれ 今は ちと拙い。

君の声を 産まれて初めて 聴きたくないと願った。


「それで、何してるのか説明してもらって、良いかしら?」


強い怒りに、どこか呆れを宿した音色。

恋い焦がれていた、妙なる調べ。

馬の耳へと届いてしまう。念仏であれば、救いもあろうか。




真っ白な雪原へと、胤は蒔かれた。




これが僕への、初めの洗礼だったんだ。

恥の多い生涯を送って参りました。




酒と煙草の味を初めて知ったのは中学の時分です。




けれど あゝ けれど




祖母の戒めが故でせうか。


怪しげな薬や不埒な遊びには手を出しませんでした。




そんな、ささやかな、矜持のひとしずく。


それを、貴女は――

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