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デート・家族4

 昼食を終えて、店を出た。


「それじゃ、行こう」


 櫂人が当然のように姫芽に左手を差し出す。姫芽がその手に手を重ねると、きゅっと軽く握られた。手を握られた温度が途端に身体中を駆け巡る。温かさと共に伝わるのは、痺れるような多幸感だ。

 この感情に任せてしまったら、あっという間に駄目になってしまいそうな気がする。

 それでも抗い難いのは、慣れてしまったからか、それとも姫芽の中のセリーナの感情か。櫂人の前世を信じるのなら、姫芽の無意識下にセリーナがいる。

 この感情がセリーナのものではなく姫芽自身のものであると、どうして言えるだろう。迷いながらも、繋いだ手を離す勇気もない。


「学校がないと、姫芽ちゃんに会えないんだよね」


「それは、そうだよ」


 櫂人の言葉に言外の意味を拾った姫芽は、頬を僅かに赤くする。ついそっけない返事になってしまったが、気を悪くさせていないだろうか。

 そう思った姫芽はそろそろと顔を上げて櫂人の表情を確認する。視線が顔まで行き着いたそのとき、穏やかに微笑む櫂人と視線が搦んだ。


「ちょっと寂しいなって思って」


 口元には微笑みをたたえたまま、僅かに目尻を下げる。その表情は、櫂人の顔に載ると破壊力が絶大だ。

 姫芽は咄嗟に俯いて顔を隠す。こんなところ、見られたくはない。

 櫂人は姫芽の状況を知ってか知らでか、視線を前方に戻した。姫芽にあわせてゆっくりとした歩調にしてくれているのがまた、姫芽の乙女心に刺さる。

 櫂人はあえて話題を変えることにしたようで、近くのパティスリーを指さした。


「──あ、あの店入っていい?」


「うん、いいよ」


 姫芽は頷いて、櫂人についていく。

 可愛らしい店だった。ケーキと、焼き菓子と、チョコレート。そのどれもがショーケースの中に行儀良く並んでいる。


「姫芽ちゃん、この店来たことある?」


「うん。ここ、ケーキ買ったりしてる」


「そっか。ケーキ以外でおすすめは?」


「それなら、マカロンかなぁ。美味しかったよ」


 櫂人は頷いて、姫芽の言う通りマカロンを選んだ。誰かへの贈り物にするのだろうか、ピンクのリボンをかけてもらっている。

 姫芽は店の端でそれを眺めながら、ほうと小さく息を吐いた。なんだか、今日はずっと鼓動が煩い。こんなことは初めてだった。落ち着かなくて不安になるはずなのに、嫌ではなかった。

 その感情の名前を、姫芽は知っている。しかし素直に認めたくないものであることも、同時に理解していた。

 受け入れるのが怖い。

 この気持ちを受け入れてしまえば、逃げられない。姫芽自身の感情であると認めてしまったら、もう戻れなくなってしまう。

 櫂人と出会う前の日常に、戻れなくなってしまう。





 買い物を終えた二人は、駅の改札前で足を止めた。

 もうすぐ日が暮れる。まだ遅い時間でもないが、朝から一緒にいたのだと思えば、そろそろ帰る頃合だった。

 姫芽は家まで送るという櫂人を説得し、電車で帰る櫂人を駅まで送ってきた。


「姫芽ちゃん」


 櫂人が姫芽の名前を呼ぶ。


「今日はありがとう。これ、良ければ帰って食べて」


「そんな、何で」


 櫂人が姫芽に差し出したのは、さっき買っていたマカロンだ。確かに姫芽のおすすめを聞いていたが、こうして贈られるとは思っていなかった。


「付き合ってくれたお礼。今日はありがとう、楽しかった」


「そんな。私も楽しかったから、貰えない──」


 姫芽が咄嗟にそう返すと、櫂人は目を見開いて固まった。

 姫芽は、言葉を切って櫂人の顔をまじまじと見詰める。


「楽しかった?」


「……うん」


「そっか。良かった」


 瞬間の笑顔を、どう表現したら良いだろう。姫芽にはとても思い付かない。姫芽の心に刻まれたのは、この笑顔を誰にも見られたくないという幼い独占欲だ。

 櫂人が改めて袋を差し出し、姫芽の手を取って持ち手を握らせる。


「やっぱり、それは受け取ってよ。代わりに、俺ともう一回約束してほしい」


「約束?」


「そう。この冬休み中に、また姫芽ちゃんの顔が見たいから」


 手が、離れる。

 いつの間にか日が沈んでいた。駅の構内に、蛍光灯の明かりが眩しい。

 温もりを失った手が、強烈に櫂人を求めている。

 瞬間、姫芽は、呼吸を忘れていた。


「──……いい、よ」


 頷いた姫芽に、櫂人がまた微笑む。

 姫芽が言葉を見つけるよりも早く、アナウンスが響き渡った。櫂人が乗る電車がもうすぐ着くらしい。


「それじゃ、また連絡するね」


「うん。ありがとう。気を付けてね!」


 手を振った櫂人が、改札の向こうにある階段を一段飛ばしで駆け上がっていく。高校生男子らしいその背中に、思わず笑いが漏れた。

 見えなくなるまで見送って、くるりと駅に背を向ける。

 今から帰ったら、夕食の支度を手伝えるだろう。そう思って歩き出した姫芽の進路を、スーツ姿の見知らぬ男性が遮った。


「和泉姫芽様でいらっしゃいますね。少々、お時間をいただけますか」


 有無を言わさぬ口調は、不審者のそれというよりは職務に忠実な印象を受ける。

 息を呑んだ姫芽の脳裏に、誰かの泣き顔が浮かんだ気が、した。

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