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クリスマス・隠し事5

 賑やかな周囲にふと顔を上げると、そこには大きなクリスマスツリーがあった。まだ早い時間だからか、恋人ばかりではなく、制服姿の学生や親子連れもいる。皆が輝くツリーを見上げていた。嬉しそうに写真を撮る者も多い。

 姫芽も足を止めて、そのツリーに見入った。

 きらきら、きらきら。

 いつもなら真っ先にスマホを取り出して写真を撮るのに、今はそんな気持ちになれなかった。代わりにどうしようもない無力感と脱力感が姫芽を襲う。

 クリスマスなのに、汚れた服を隠して、嘘を吐いて逃げてきた自分。本当のことを言っていたら、何か変わったのだろうか。


「姫芽ちゃん」


 背後からかけられた声に、姫芽ははっと振り返った。

 そこにいたのは櫂人だった。マフラーを雑に巻いて、手にバッグを持っている。来るときに着ていたコートは着ていないから、帰るわけではないのだろう。

 息を切らせているのは、走って追いかけてくれたからか。


「園村くん……どうして」


 姫芽の心が、ざわり、と波立った。

 櫂人ははあ、と短く息を吐いて、自分の首に雑に巻いていたマフラーを外した。それを姫芽の首にそっと掛ける。


「わっ」


 それから、左右に垂れたそれをふわりふわりと姫芽の首に回していく。

 柔らかな肌触りはカシミヤだろうか。茶色いタータンチェックのマフラーは中性的なデザインで、姫芽の服装にも違和感なく馴染んでいた。


「寒いからこれ、使って帰って」


「これ、園村くんの──」


「俺は平気だから」


 櫂人がそう言って、ちらり、と姫芽のスカートの裾に目を向ける。姫芽は気付いて、咄嗟にコートの裾を引っ張り隠そうとした。

 しかし櫂人はそれには言及せず、首を左右に振る。


「姫芽ちゃんが風邪引くといけないからさ、使ってよ」


 あえてそれに触れない優しさが嬉しかった。きっと何かがあったと気付いているのに、姫芽が言いたくないと分かっているのだろう。

 だから、姫芽はコートの裾から手を離して僅かに俯いた。


「でも、冬休みだから返せないよ」


「あ、そっか。じゃあ……これ、俺のID」


 櫂人がバッグからノートを取り出して、さらさらと文字を書きつける。それを雑にちぎって、姫芽の手に握らせた。

 姫芽は一瞬触れた櫂人の手の温かさに顔を上げた。目が合った瞬間、櫂人が嬉しそうに微笑む。


「あと、これも」


 櫂人が、バッグから取り出した小さな紙袋を、姫芽に渡してきた。

 咄嗟に受け取って中を覗くと、リボンをかけられた箱が入っていた。紺色の包装紙に、銀のリボン。いかにも冬らしい色使いだ。


「クリスマスプレゼント。帰ってから開けて」


「私──」


 姫芽も櫂人に用意していたものがある。

 慌てて鞄からボールペンが入った箱をとり出し、櫂人に押し付けるように渡した。


「これ、園村くんに!」


「──……俺に?」


 櫂人は受け取った箱をまじまじと見つめている。

 姫芽は櫂人の反応をじっと待つ。驚きが通り過ぎた後、櫂人の頬には確かに赤みがさしていた。櫂人が噛み締めるように、ありがとう、と言う。

 姫芽は嬉しくて、顔を上げていられなかった。

 私こそありがとう、と言い返して。マフラーで緩んでしまう口元を隠す。どこか甘さのある石鹸のような香りがして、姫芽はすぐにマフラーから顔を上げた。


「それじゃあ、気を付けて。急いで帰った方が良いから。……送ろうか?」


「ううん、近いから大丈夫。ありがとう」


 風邪を引かないか心配されているのだろう。姫芽は首を振って、笑顔を浮かべた。


「連絡待ってる」


 櫂人が手を振って、来た道を引き返していく。

 姫芽はその背中を見送って、自宅に向かって歩き始めた。


「あったかい……」


 マフラーに顔を半分埋める。さっきはすぐに顔を上げたが、今は誰にも見られていないから良いだろう。暖かくて、ほっとする。これは、櫂人の匂いだ。


「──……っ! はや、早く帰ろう!」


 姫芽の歩調が、勝手に早くなっていく。気付けば駆け足になっていた。

 玄関の鍵を開けて扉を抜けて、廊下に向かってただいま、と言う。今日、姫芽の両親は二人でクリスマスディナーに行っているから、家には誰もいないはずだ。

 姫芽はコートとワンピースを脱いで、シャワーを浴びた。

 部屋着に着替えて、明るい部屋でワンピースの染みを確認する。それから、仕方がないと思いながら、洗濯石鹸を混ぜたぬるま湯に浸けた。多少縮んでしまうかもしれないが、このまま着られなくなるよりは良いだろう。

 自室に戻って、櫂人から貰った紙袋をどきどきしながら開ける。

 リボンを取って包装紙を丁寧に開いていくと、ころんと小さな箱が出てきた。中に入っているのは、小さな白い花のモチーフがたくさんついたヘアクリップだ。繊細な細工が可愛らしい。


「可愛い」


 姫芽は鏡の前で、クリップを使って髪の上半分を纏めてみた。首を捻って確かめると、先にぶら下がったビーズが揺れて光を反射しきらきらと輝く。


「似合うって、思ってくれたのかな」


 櫂人がこれを選んでいるところを想像して、姫芽はくすりと笑った。

 こんなに可愛らしいもの、売っている店はきっといかにも女性向けの店だろう。姫芽のために、選んでくれたのだ。そう考えると、心が暖かくなる。

 姫芽はヘアクリップを鏡の前に置いて、ベッドに横たわった。スマホを手にメッセージアプリを開いて、キーボードに添えた指が固まる。

 マフラーとプレゼントのお礼を、櫂人に伝えたかった。

 初めてのメッセージはなかなか文章を決められず、送ることができたのは七時を回った頃だった。ようやく送ったメールにほっと安心して、姫芽は夕飯を食べるべく、キッチンに向かった。

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