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転校・出会い2

 次の日も、その次の日も、更にその次の日も、姫芽に友人ができることはなかった。

 高校二年の夏休み明けという時期も悪い。この時期になると仲の良いグループは既にできていて、今更割って入れる雰囲気はない。それでも普通の転校生なら、きっと自然にどこかのグループが声をかけてきてくれただろう。

 姫芽は普通の転校生だと自負している。普通でなかったのは、園村櫂人の方なのだ。それなのに櫂人が高熱を出して休んでいるせいで、姫芽への誤解は解けないままだ。

 結局今日も姫芽は購買で買ったパンを持って、一人で中庭に逃げてきてしまった。

 転校して五日、中庭の端の木陰に姫芽はすっかり馴染んでいる。まだ暑い九月に外は避けたかったが、仕方ない。姫芽も教室や食堂で独りきりは嫌で、トイレで食事はしたくなかったのだ。


「──……学校はまだ好きになれないけど、ここのパンは美味しいのよね」


 スマホを取り出して、通知を確認する。前の学校の友人から、姫芽を心配する内容の連絡が来ていた。姫芽はそれに返事をしながら、買ってきたタマゴサンドを口に放り込む。

 行儀は悪いが、誰に見られているわけでもないから良いだろう。家でやったら、きっとすぐに母親に叱られてしまう。

 一人で食事をしているせいもあって、姫芽はあっという間にパンを食べ終えてしまった。

 授業が始まるまではまだ時間がある。このままここでスマホを見ていようか、それとも校内を歩いて少しでも教室の位置を覚えるべきか。なんとなく考えているうちに、腰が重くなってくる。

 姫芽がここ数日の間に学校で会話した内容といえば、必要事項と、櫂人との関係を探られるばかりだったのだ。当然、友人などできるわけがない。

 それどころか有名人らしい櫂人のせいで、他のクラスから姫芽を見に来る生徒までいた。本当に良い迷惑だ。

 そう思うと、無闇に校内をうろつく気にもなれない。


「君が、和泉姫芽ちゃん?」


 がさりと音がして、姫芽しかいなかった場所に見知らぬ男子生徒がやってきた。茶色に染めた髪をワックスで遊ばせている、見るからに軽い印象の男子に、姫芽は僅かに身を引いた。

 こうして姫芽に声をかけてくる場合、次の言葉は決まっているのだ。姫芽はびくりと肩を揺らして、男子生徒の目を睨むように見据えた。


「俺、飯島歩ってーんだけど。櫂人が──」


「私っ、あの人とはなんの関係もありません!」


 反射で言葉が飛び出した。これまでクラスメイトや野次馬達に笑顔で対応していた姫芽にも、ついに限界がきたのだ。

 この木陰なら誰にも邪魔されないと思っていたのに、わざわざやってきて、探りを入れられるとは思わなかった。

 心に何の防御もしていなかった姫芽の頭の中は途端に真っ赤になって、瞳から反射のようにぽろりと涙が零れる。

 最悪だ。初対面の男子の前で、泣いてしまうなんて信じられない。

 それでもこれまで堪えていた涙は、一度溢れ出すと止まってはくれない。次から次に落ちていく雫を、持ち上げた両手で隠した。


「あ、あー……ごめん。ごめんなさい。そういうつもりじゃなかったんだけど」


 歩が、気まずそうに目を逸らす。


「……そういう、つもりじゃな、かった、って……っ?」


 嗚咽と共に問いかけるが、返事はない。代わりにがさがさと草をかき分けるような音がして、すぐに姫芽の頭に大きな手が乗った。男性的な硬さのあるその手は妙に心地良く、しっくりと馴染む。

 まさかこの歩という男子が撫でているのかと思い、慌てて顔を上げると、そこにはまだ学校にいない筈の園村櫂人がいた。なにやら、困ったように笑っている。

 あまりの衝撃に、姫芽の涙は一瞬で引っ込んだ。

 ちなみに歩は、姫芽から離れた場所で降参を示すように両手を軽く挙げている。


「──……園村、くん? あの、何してるの?」


「申し訳ございません。つい癖で」


 櫂人が、何事もなかったかのように姫芽の頭から手を離す。

 姫芽は突然目の前に現れたイケメンに、どうして良いか分からなかった。

 ここ数日、肩身が狭い思いをしたのは間違いなく櫂人のせいだ。だが、今朝も学校を休むほどの体調不良に見舞われていたというのは事実のようで、純粋に心配だった。

 そう思うと、どことなくやつれたようにも見えてきてしまう。元々の櫂人の細さなど、姫芽が知る由もないのだが。


「べ、別に良いけど。園村くんは、今日も休みじゃなかったの?」


「今日は休みでしたが、ひめ様の様子が気になってしまいまして」


 櫂人が、びしりと背筋を伸ばして言う。


「ちょ、ちょっと待って。どうして私の名前知ってるの? それに、何で敬語!?」


 姫芽は何かがおかしいと思った。自己紹介をしたとき、櫂人は姫芽のことを知っている様子だった。しかし、確かに姫芽と櫂人は初対面のはず。一度会って忘れるような顔ではない。

 しかし櫂人は嬉しそうに──それはもう嬉しそうに笑った。


「おお、これは。ひめ様のお名前は、姫芽様というのですね!」


「は?」


「私は、私が姫と仰ぐ貴女を姫様とお呼びしていただけでございます。それに姫芽様に気軽な言葉など、使えるわけがないではありませんか」


 姫と仰ぐと言われても、姫芽には何が何やらさっぱりだ。これは、何かおかしなものでも食べたのか、それとも長過ぎる厨二病か。

 困っている姫芽に、黙って話を聞いていた歩が口を開いた。


「な? こいつ、熱が下がってからずっと、姫芽ちゃんのことになるとこの調子で……正直俺にはどうしようもないから、本人にどうにかしてもらおうと思ってさー」

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