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クリスマス・隠し事2

「どうして?」


 櫂人が、姫芽の質問に質問で返す。姫芽は丁寧に言葉を選んだ。


「……気になってたの。私の前世って、どんなんだったのかなって。前世の園村くんが、大切にしてた人なんでしょう?」


 櫂人にとって、いや、櫂人の中にいる前世の櫂人にとって、その思い出はとても大切なものだろう。姫芽がたとえ本当にセリーナという姫の生まれ変わりだったとしても、踏みにじっていいものではない。

 姫芽がセリーナに対して嫉妬のような感情を僅かでも抱いていたとしても、今の櫂人に悟られてはいけない。


「セリーナ様は──」


 櫂人は、ゆっくりと話し始めた。

 いつもの櫂人よりも落ち着いた話し方だ。まるで、櫂人ではない誰かがそこにいるかのような違和感がある。


「……愛らしく、聡明な方だった。少々お転婆で我儘なところもあったが、国民のために自身の役割をしっかりと果たそうとする真面目さがあった」


 櫂人の瞳は愛おしいものについて語るときのそれのように、甘く、優しい色をしていた。姫芽が見たことのない色だ。

 セリーナは、王女らしい、しっかりした人物だったようだ。『少々』の部分に含みは感じられたが、それすら親しみ故だろうと思わされる。きっと、前世の櫂人は、セリーナと良い関係を築いていたのだろう。

 本当にただの主従だったのだろうか。姫芽は櫂人の瞳の中に、熱情が混じっているような気がしてならなかった。鼓動が速くなる。今、櫂人がその瞳を向けているのは、目の前にいる姫芽なのだ。

 違う。違う。

 違うのに、勘違いしそうになる。


「ルビーの瞳は全てを見透かしているかのように深く、プラチナブロンドの柔らかな髪が風に揺れると、まるで天使のヴェールかと見紛うほどの美貌──」


「──……あ、あのー」


 姫芽はそれ以上聞いていられないと、真っ赤な顔で口を挟んだ。

 なんだか、他人の愛の告白を盗み聞きしているような罪悪感にさいなまれる。


「どうした?」


 それに、話を聞いていてどうしても納得ができないことがあった。

 櫂人の話を聞く限りでは、セリーナという王女は随分な人格者だ。それなのに。


「その人が私の前世だったとか、あり得ないでしょ。なんか徳が高そうな人だし。もし転生してたとしても、絶対どこかの高貴なお嬢様だよ」


 そう。姫芽のようなどこにでもいる普通の人間に転生するなんて、信じられないのだ。

 姫芽は信心深い人間ではないが、それでももしも生まれ変わりがあるのならば、セリーナのような人はもっと素晴らしい人間に生まれ変わると思っている。

 しかし櫂人は──櫂人の顔をした知らない人は、目を伏せ、表情を寂しげに歪めた。


「いや──……きっと姫が、そう望まれたのだろう」


「それってどういう──」


 姫芽が問いかけた言葉を遮るように、下校時刻のチャイムが鳴った。それが合図だったかのように、櫂人の瞳が姫芽のよく知るものへと戻る。

 姫芽はその変化に、内心でほっと息を吐いた。櫂人のあの目を見ていると、おかしくなってしまう気がする。自分が自分でなくなってしまうような、変な感覚がする。

 それは、姫芽の中の『誰か』がそうさせているのだろうか。

 いつの間にか、姫芽は櫂人の前世の話を事実であると信じてしまっていた。


「……帰ろう、姫芽ちゃん。途中まで送らせて」


「う、うん」


 姫芽は机の上のノートと問題集を片付けて、鞄にしまう。教科書は明日も数学があるから、置いていっても良いだろう。

 櫂人が自分の机に戻って、やはり持ち帰るものを選んでいるようだった。

 二人並んで、教室を出る。

 校門を出たあたりで、姫芽の鞄が櫂人に奪われた。もういつものことだと、姫芽もいちいち文句を言うことはない。ただ、ありがとう、と自然に言えるようになった。

 こんな日々、まやかしだろうといつも思っている。

 どうしたって姫芽は姫芽でしかなく、櫂人は櫂人でしかないのだから。





 かりかりとペンが紙を引っ掻く音が響く。かつかつとペンが机を叩く音もする。時折、溜息も混じっているようだ。

 それら全ての音を支配するチャイムが、昼下がりの教室に響き渡った。

 監督をしていた教師が、テスト用紙を集めて回る。


「終わったー……!!」


 姫芽は握っていたシャープペンを机の上に放り、うんと大きく伸びをした。

 五日間に渡る期末テストが終わったのだ。これを喜ばなければ学生ではない。結果がどうこうの心配は、テストが返却されるときにすればいいのだ。

 前の席の美紗が、くるりと振り返って笑顔を向けてくる。


「お疲れ、姫芽ちゃん」


「美紗ちゃん。お疲れ様ー」


「どうだった?」


「中間よりは、できたと思う……」


「良かったじゃん。私も今回は、助かっちゃった」


 ほうと大きく息を吐いた姫芽に、美紗が笑う。

 姫芽が櫂人から勉強を教わった放課後以降、櫂人も教室に残って勉強をするようになっていた。すると、歩と美紗も一緒に勉強し始め、気付けば毎日四人で勉強会をしていたのだ。櫂人と歩は、学年一位と二位だ。姫芽も美紗も、すっかり世話になってしまった。


「おーい、クラス委員。クリスマス会の企画しようぜー!」


 クラスの中心の方で、クラス委員の男子の周りに人が集まり始めていた。櫂人も別の男子から、行くよな、と声をかけられているようだ。


「クリスマス会?」


 姫芽が首を傾げると、美紗が頷く。


「終業式、クリスマスイブだし。その後でカラオケとか行くんじゃない? 自由参加だけど、姫芽はどうする?」


「行く! え、誘ってもらえるかな」


「今更不安になることないでしょ。姫芽ちゃんが行くなら私も行こうっと」


 自由参加なのは、恋人や家族と過ごす人達のためだろう。姫芽は家族とクリスマスもするが、クラスのクリスマス会に参加できないということはない。


「じゃあ、プレゼント一緒に選びにいこうよ」


「そうだね! 多分交換すると思うし」


 姫芽と美紗は、やっと終わった定期テストの解放感と楽しいイベントへの期待に胸を弾ませていた。

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