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ふりだし廻りの転生者  作者: チリ—ンウッド
第六章 転生者への試練
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439マス目 壊す者



 机の上には、何枚もの紙が並べられている。

 これはテンダーやククル、亜人体のメンバーに、騎士団、それから冒険者と。

 手広く情報の種を探した結果がこれだ。


「人龍の情報、どれもおとぎ話の域を出ないな」


 書籍から噂話まで幅広く調査した結果、大まかな内容はダブってばかり。

 箇条書きでまとめるまでもなく、10に満たない紙幣に書ききれてしまう程度。

 

 人龍は不定期で現れ、人間を愉悦的に殺害する厄災的怪物。

 全長は山より大きく、川より長く、地を這って襲い来る。

 子供の肉を好み、首を斬り落とす。

 人語を理解する知能はあるが、対話は不可能。

 国一つを咆哮で吹き飛ばす、現在確認されている唯一のレベル9である。


「どこまで裏を探っても、絵本レベルの事以上にはわからない。

どうなってんだ……、噂話や伝承なら多少なりとも尾ヒレが付いたっておかしくないのに」


 この世界の人間は過去の事情に関心が薄い。

 語り継ぐという事柄について軽視しがちだ。

 それも相まってというのは、絵本などでの話の広がり方から鑑みても不自然なレベル。

 

「世界や歴史レベルでの情報操作……」


 この異世界に存在する強者の理不尽さを考えれば、それくらい想定しても破壌はしないかもしれない。

 そうとなれば、これ以上の情報集めは無意味だろう。


「交渉も情報戦も無理とくれば。

いよいよ俺との相性最悪だな……」


 これまでの強敵達との顔を思い浮かべるも、彼らはまだ会話というフィールドに引き込める利点があったのだが、今回はそれがない。

 それでも、ここで弱気になって事態が好転などしないことは、痛いほどに分かっていた。

 だからこそ今できる事、今判明している事で有利に進められることはないか。

 深い思案と塾考が時計の秒針音を際立たせ、その一音だけに支配される。


「……地形だ」


 顔を上げると、時計の針は五分間だけ進んでいる。

 想像より早く、俺の脳は一つだけ事態の好転に届きかけていた。








 国をぐるりと囲む城壁。

 その上に立ち、眼下に広がる草原に視線を下す。


「奴が来る方向はわからない。

ただあいつも転生者を阻むための舞台装置だとしたら」


 少なくとも七竜は転生者に試練を与えていたような素振りだった。

 それらを乗り越えた人龍という超常的存在も同じであるならば。


「六人目、つまり今ふりだしを繰り返している俺を狙うって事だろうか」


 確実に俺が居る方向への直進。

 そこへ誘き寄せることができれば、勝機は見えるかもしれない。

 

「この国を守れるかどうか。

いや、むしろ俺が……」


 振り返り、視界に広がる鮮やかな街並みを眺めながら、俺は口元を覆う。

 それは一度悪へ落ちてしまったが故の思想か。

 それとも俺の心が、もうすでに人間として外れてしまったのか。

 わからずとも俺の口元に浮かぶ邪悪な笑みは、普通とは到底呼べないものだったに違いない。

 






 

 時間の許す限りを訓練に費やす。

 そんな騎士達の様子を横目に、俺は今日も人の少ない謁見の間に足を踏み入れる。


「君たちが帰って来て三日。

まさかもう策が出来たと?」


「……ええ」


 本当はもっと早くに作戦の目途は立っていた。

 だがこれを国王に話すなど、そんな暴挙が許されるのか。

 その覚悟の方に時間を要した。


「まず、人龍は翼がありません」


 数ある記述、文献や絵画の中にも空を飛んだという記録がない。

 どれも地を這い世界の果てから襲い来る事が一貫されている。


「これらを踏まえ、俺たちは人龍を落下させることで身動きを封じます」


「それは、穴でも掘るという事だろうか?」


「……」


 俺は言葉を紡ぐでもなく拳を握る。


「どうしたのだ?」


 これで本当に人が救われるのか。

 必要以上に多くに人を苦しませる選択かもしれない。

 だが、もし人龍という相手がこれまでの誰よりも強いのなら、やれることは全てやり切る。


「国王様」


 冷や汗の垂れる額を拭い、世界で一番不敬な発言を突き立てる。


「俺にこの国を、滅ぼす許可をください」








 作戦の詳細を伝えきった後、国王様は憔悴した様子でうな垂れていた。

 面倒な話になるからと念の為護衛の騎士も出払ってもらっていたので、話を聞いたのは王様一人。

 だが内容を耳に通したところで、簡単にイエスと言える案件でないのはわかっている。


「この話、広めないのであれば他者への相談も構いませんし、作戦を棄却するのであれば従います。

ただ、伝説と正面から勝負するならば、このくらいはやる必要があると判断したまで。

きっとこれ以上の戦法は思いつかないことを、念頭に置いて判断してほしいです」


 それだけ言い残し、俺は王様を置いて出て来てしまった。

 今は空を眺めながら、そこらのベンチで出店のアイスクリームを味わっている。


「新作のサンダーチェリーアイス、なかなか美味いな」


 炭酸のようなシュワシュワ感が癖になるアイスを舐めていると、不意に太陽の光が日傘に遮られる。


「こんなところで油を売って、暇そうですわね」


 目を向けると、エリザベートが俺と同じアイスを片手に笑っていた。

 俺がエリザベートの分のスペースを開けると、彼女は間髪入れずに座り込んだ。


「そういうお前はどうなんだ?

旅に出てた間に仕事が溜まっているだろうって、戦々恐々としてたじゃねぇか」


「人龍への対抗を優先するために、交易やら税金、その他制度全体が滞ってますのよ。

ま、戦争とも違って世界の危機ともなれば、悠長に国を回している場合でもなくなりますわね」


 お役所関連今どうなっているかは知ったこっちゃないが、疲れていた顔のエリザベートがこうしてのびのびとアイスを食えている事実が、俺はなんだか少し喜ばしかった。


「しかしこれ美味しいですわね、……もう一個買ってきてもよろしいですの?」


「なんで俺に聞くんだよ?」


 ぺろりとアイスを平らげ、即座におかわりを買ってきたエリザベート。

 平穏そのものな光景に、俺は思わず見つめてしまう。


「……わたくしの顔に何かついてますの?」


「いや美味そうに食うな~って」


 俺は食べ切った自分のカップを軽くいじりながら、視線を前に向ける。

 広場で遊ぶ子供たちの数は以前よりも減り、お気に入りの出店もいくつか無くなってしまった。

 何度かお世話になっていたパン屋にかけられた臨時休業の札は、今日も外されてない。

 それでもまだ確かに、ここは平和である。


「なぁエリザベート。

俺さ、この国壊そうと思ってる」


「ふーん」


 エリザベートはアイスを食べる手を止めず、美味そうにスプーンを動かす。

 

「あなたが決めたんでしょう?

そして、そうする事が正しく働くと読んでいる」


「……驚かないんだな」


「あら? わたくしからすれば。

あなたはいつも意外な事ばかり言うから慣れっこでしてよ」


「そっか」


 俺は立ち上がり、エリザベートから空のカップを受け取ると、自分のと合わせてゴミ箱に捨てる。

 

「話を聞いてくれてありがとよ」


「あ、一つ言っておきますわね」


 振り返って見たエリザベートの顔は、なんだか悪戯っぽい笑みで。


「国を単独で滅ぼすような常識外れの存在を、人はレベル8と恐れ戦きますのよ」


 レベル8。

 それはフリギアと同等の称号。


「……ありがとよ。

なんかちょっと元気出た」


 エリザベートに背中を押されるようにして、俺はいくらか軽い足取りで歩き始める。

 この国の平穏を守り、破壊するために。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 久々に更新されたと思ったら超展開が始まった。オラわくわくすっぞ!
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