一方のファルマー王国での出来事
……前王であるザラドーラ・マ・ファルマーが亡くなって、もう一年が経とうとしている。彼は、勇者一行が旅ってからしばらくして、病により命を落とした。
急性的な心臓の病だったという。彼の死は王城に、そして全国民に深い衝撃と悲しみを与えた。
前王の意思を継ぐこととなるのが、ザラドーラ・マ・ファルマーの一人息子に当たるザーラ・マ・ファルマーである。一人息子であるがゆえ、他の妹たちとは違い唯一、次期国王としての地位を約束された者だ。
そして……勇者一行として共に旅をした、リリー・リリエット……否リリー・マ・ファルマーの実の父親である。
「お父様、お仕事お疲れさまです」
「リリーか、いつも悪いな」
自室にて作業していたザーラ、その部屋を尋ねるのは、かわいい一人娘のリリーだ。彼女は、手に盆を持っている。
その盆の上には、淹れたばかりの熱い紅茶が置いてある。
「本来、こういうのはお付きの女性にやってもらうもんなんだけどな」
「ダメです、これは私の役目ですから」
ザーラの言うとおり、これは本来王女の立場にあるリリーのやるべきことではない。だが、リリー本人がこれは譲らないと断った。
リリーは、父に……現在、国王として君臨する男の前に、紅茶の入ったカップを置いた。いい香りが、鼻をくすぐる。
「ありがとう」
勇者一行が旅から戻った頃。当時は前王が亡くなった混乱から、王子のままであったザーラだったが、一応の落ち着きを取り戻した後、正式に国王へと迎えられた。
それに伴い、リリーも王女としての地位に収まった。
当時は、幼い娘を危険な旅に同行させることに心配はあったが……こうして、凛々しくたくましく成長し、帰ってきてくれたことは嬉しく思う。
「お父様、少しは休んでくださいね」
「……そうしたい、ところだけどな。そうも言ってられないさ」
紅茶を口に運び、一口。うん、おいしい。毎日紅茶を淹れているためか、ずいぶんとうまくなったものだ。
彼女の言うように、休みたいのは山々だ。しかし、王の実務とは見えないところで忙しいものだ……
特に、ここ最近はとある業務に追われ、ろくに休めていない。その理由とは……
「……また、その資料ですか?」
「ん? あぁ」
手元の資料に、視線を落とす。そこには、一人の男の似顔絵が、描かれている。
『スキル』【絵画】を持つ者により、まるで本物と見間違えるほどの絵だ。そこに描かれている男性が、ザーラが業務に追われる理由。
そこに描かれた、男性は……
「……ロア、兄ちゃん……」
リリーが、その名を呟く。ザーラの持つ資料、そこに描かれている人物の名前だ。
ロア。【勇者】という名の『スキル』を持ち、実際に勇者パーティーの中心にいた人物。平民でありながら、無事魔王を倒した暁には勲章の授与も考えられていた男だ。
しかし彼は、今この国にはいない。
「あの、本当、なんですか? ロアに……ロア様が、兵士を殺して、逃げただなんて」
「やはり、信じられないか?」
「はい……」
リリーが話を聞いたときには、全てが終わっていた。ロアが、王城への同行を断り、あろうことか兵士の数人を殺して逃げたと言うのだ。
その現場を、リリーは見ていない。見ていたのは、兵士を除けばゲルドとシャリーディアのみ。
しかし、二人とも口を開こうとはしない。ゲルドは意地悪なところもあったが、確かな信念を持っている人のはずだ。それに、シャリーディアまでもが口をつぐんでいる理由が、わからない。
「……」
納得できない……しかし、ありえないと断ずるだけの、証拠がない。
今や、指名手配犯となってしまった……かつての仲間、ロア。実際に探しても、彼はもうこの国にいない。彼を探して、ザーラは寝る間も惜しんで業務に、明け暮れているのだ。
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