魔王を殺した男の話
「さて、マーチ……いやチマ兄」
「あの、兄はいらないです」
「わかってるよ、つい、だ」
俺とチマは向き合い、座る。今頃は、エフィが村のみんなにチマの帰郷を伝えに行っているころだ。それを知った村人たちが押し寄せてくるかもしれない。
あまり、時間は残されていない。手短に済ませよう。
「ここ……ラーダ村が、お前の故郷だったんだな」
「いえまあ……元の生まれは別の場所なんですが。いろいろあってこの村にたどり着きましてね。もう二十年ですか……ここが、私の故郷みたいなものです」
「……」
いろいろあってこの村にたどり着いた……か。そこになにがあったのかは知らないが、まあそれは置いておこう。
今知りたいのは、別のことだ。
「あの時答えを聞けなかった質問だ。どうして、あのときあそこにいた? どうして、魔王を倒した?」
「……」
質問をすると、チマは口を閉じる……
……だが、今回はあのときのようにだんまりを決め込むつもりはないようだ。軽くため息を漏らしてから、口を開いた。
「あのとき、あそこにいたのは……復讐のためですよ」
「……復讐?」
あまり穏やかではない単語に、思わず眉をひそめる。
「あいつらは……魔族は、私の妹を……目の前で……」
「……妹?」
「えぇ。……ずいぶん昔に、生き別れた妹です」
チマの話を要約すると、こうだ。チマは生まれて間もなく、親に捨てられた。彼には、双子の妹がいた。
結果として妹とは生き別れになり、チマは一人放浪し、この村にたどり着いた。
「苦労しましたよ、この村にたどり着くまで……いや、私の苦労話はいいか。私は今、まあ商人のようなことをしていまして」
チマは、遠くの国まで商売しに行き、そこで得たお金や物品、食料をラーダ村に届けているらしい。
そして、奇跡が起こった……ある国で商売していたとき、生き別れていた妹と再会した。
「妹って……わかったのか? 二十年以上会ってなかったんだろ?」
「わかりますよ……妹ですから」
妹も兄に気付き、二人は久しぶりの再会に喜んだ。その国はチマの生まれた国ではなかったが、妹は独り立ちして一人そこにいたとのこと。
妹には婚約者がおり、三人で仲良く飲み、笑い合った。
……その、次の日のこと。
「魔物の大群が、国を襲いました。私は朝一番で国を出たため、異変に気付いて戻った頃には……魔物が、人々を襲っている姿でした」
「……」
「私は、恐怖から『スキル』を発動し、成り行きをただ見ていました」
……その『スキル』は【透明化】。体や、触れているものを透明にすることが出来る。
それに、俺やゲルドたちも気づけないほどに気配を遮断する力にも長けている。獣の本能しか持たない魔物には、気づかれなかっただろう。
「私は、臆病者です……目の前で、人々が……笑い合った人が、助けてくれた人が……妹が、食われているのに……ただ、見ているしか……」
「悪い、つらいこと思い出させた」
「……いえ」
チマの声は、震えていた。目尻には、光るものも……これは、まぎれもなくチマの本心だ。
魔物の恐怖は、俺はよく知っている。だからこそ、ただ見ているしか出来なかったチマを、責めることは出来ない。
「……そこで、私の中のなにかが、切れる音がしました。気付けば、私はあの場に居て……魔王を、殺していた」
「……水を差すようで悪いけど、あのとき夢のお告げとか言ってなかった?」
「よく覚えていますね。だってあのとき、皆さん私を殺す勢いで見てくるんですもん。咄嗟に変なこと言っちゃったんです」
……チマの言葉に、おそらく嘘はない。妹が食われる場面を見れば、誰だって狂う。
その後チマは、気配を殺して魔物を追いかけたのだろう。そして魔族の統治する土地にたどり着き、そこで魔王を見つけ……
「自分でも信じられませんよ。あのとき、見ているしか出来なかったくせに……魔王を殺すために、あんな土地まで乗り込むなんて」
「……そっか」
まだ俺は、チマのことをよく知らない。だが、彼も被害者だ……
それに、エフィがあれだけ懐いている。それだけで、信じるには充分じゃないだろうか。
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