別れの時
一緒に、この国を出よう……その申し出は、ディアに却下された。
その理由は……
「……ごめんな。迷惑ばかり、かけて」
「ううん。ロアのためにできることがあるなら、私は嬉しい」
「……」
「あなたが国から逃げれば、逆恨みでゲルドや王子が、あなたの故郷に手を出すかもしれない。だからといって、ここに残ったままでも、常に狙われることになる」
俺は、ゲルドに命を狙われた。この時間軸では会っていないが、王子にも狙われることだろう。
狙われ続けるのがわかっていて、国に残り続ける選択肢はない。かと行って、逃げればあいつら、俺の故郷になにをするかわからない。
たとえ俺が、故郷をまもるために故郷に滞在したとして……今度は俺ごと、故郷が狙われるだけだ。
「そして、それは私も同じ」
ディアは、俺を守ってゲルドと敵対した。ここでディアまで逃げたら、ディアの故郷にも危害が及ぶ可能性がある。
ただ、俺との違いは……ディアは神官。それも大神官という地位にあるということ。
それほど高位な地位にある者なら、命を狙われる可能性はぐんと減る。そんな立場の人間を、理由もなしに狙うことはできないからな。むしろ、この国を出た方が、命が危険にさらされる。
「そっかー、まあお前は行かないよな」
「それがわかってて、私を誘ったの? 意地悪だなあ」
「いや……ごめん。ただ、着いてくって言われたら、止めるつもりでさ」
「ふぅん」
ディアは、なおも疑いを含んだ目を俺に向けてくる。
しかし、軽くため息を漏らしては、笑った。
「大丈夫、私が、あなたの村に手出しさせたりなんかしない。その力が、今の私にはあるんだから」
「……そう、だな。頼もしいよ」
「えへへ。……そのためにも、私はここに残るわ」
改めて、ディアはここに残ることを、宣言する。心配しない気持ちが、ないわけではない。
ここに居ても、命の心配が完全にないとは言えない。それでも、俺はディアを信じることしかできない。
「だからロアは、遠くに……誰も追いかけてこないような、遠くへ向かって」
「あぁ。……はるか遠くかぁ」
「……ごめん」
「なんでディアが謝るんだよ」
国を出て、遠くへ、遠くへ……その途中、故郷へも立ち寄らない方がいい。
万が一、国の追手が故郷に向かった時……みんなには、俺の存在を知らせるべきじゃない。匿っているとか、それすらも思わせてはいけない。
「……ホントは、もっと、力になってあげたいけど」
「なに言ってんだ。これだけでも、充分だ」
ディアのおかげで、故郷に危害が及ぶ可能性を、気にしなくていい。これだけでも、ずいぶんと助かっている。
村に戻れないことにも、国を離れることにも、未練はある。ドーマスさん、ミランシェ、リリーに別れの挨拶すら出来ないことも。
だが……一番、未練があるのは……
「……」
「……」
ようやく"再会"出来た、この幼馴染と……もう、会えない可能性が高いということ。可能性はゼロじゃない、それでも……
俺すらも、どこへ行くのかわからないのだ。俺から、またこの国に来ようとしない限り……
もう、ディアとは……
「……」
「……ん」
互いに、見つめ合い……今度は、どちらともなく顔を近づけて。互いの唇を、重ねた。
ディアも、わかっているのだ……もう、会えないかもしれないことを。
「……ロア、元気でね」
「あぁ……ディアこそ、な」
ディアの瞳は、濡れていた。それを、見て見ぬふりをして……俺は、ディアの体を、そっと抱きしめた。
このまま、ずっと離さないでいたい……その気持ちを、そっと押し殺して。俺は離れた。
「出る時は、ちゃんと気を付けなきゃ、ダメだよ」
「あはは、わかってるよ」
この建物の周囲に、人の気配はない。それでも、油断はできない。
俺は、そっと外の様子を確かめる。……うん、どこにも、誰もいないな。
建物を出る……前に、振り返る。ディアと、目があった……だが、互いに言葉は、もう交わさなかった。
俺は、建物を出て……誰にも見つからないよう、ファルマー王国を、出た。
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