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遅かったじゃない

 スニーカーを通した足の甲に何かが潰れるような嫌な感触を感じたのは気のせいだったろうか。

 いずれにしてもそれを想像しただけで同じ男として直樹(なおき)の背筋には悪寒が走る。


 実際、叫ぶ間もなく(ゆたか)はその場で昏倒していた。


「……泡って本当に吹くのね。それに白目も……ぴくぴくしてるけど、大丈夫なのかな……」


 流石の若菜(わかな)も昏倒している豊のそんな様子に同情するような素振りをみせていた。


「いや、泡を吹いてるから大丈夫だろう?」


 自分で言いながらも根拠がないなと直樹は思う。ただ今後の生殖機能に関しては大いに心配しなければいけないのかもしれない。


 いずれにしても可哀想な部分はあるが、今はそんなことに構っている場合ではない。


「若菜、こいつは取れるか?」


 直樹は若菜に背を向けると結束バンドで後ろ手に縛られている両手首を振ってみせた。


「ちょっと、食い込んでるじゃない。凄い血よ!」


 若菜が短い叫び声を上げる。幾度か無理に動いたからだろうか。実際、拘束されている手首は今もかなりの痛みを訴えていた。


「どうだ。取れそうか?」


「食い込んでるし、ハサミとかがないと無理よ」


 その言葉に直樹は軽く舌打ちをする。既にできてしまった傷はともかく、手首に食い込んでいる結束バンドが取れれば、この痛みもマシになるはずだった。この状態では今も腕を軽く動かすだけで、結束バンドが肉に食い込んで痛みが走る。


 床で昏倒している豊のポケットなどを探せば、ナイフの一つでも出てきそうな気がする。もしくはこの部屋のどこかにあるかもしれない。


 だが、いつ蒲田・川崎狂走会(きょうそうかい)の連中が戻ってくるか分からない。ここはこの状態のままで逃げるのが得策だろうと直樹は思う。


「あいつらがいつ戻ってくるか分からない。このまま逃げるぞ」


「で、でもその手を……」


 処置、手当が先だと若菜は言っているのだろう。後ろ手に縛られているので、直樹には実際に手首がどうなっているのか分からない。根っこは優しい人間なのかもしれない。皮肉なつもりはなかったが、直樹の中で若菜に対してそんな思いが浮かびあがる、


 痛みもそうなのだが、若菜が二の足を踏むぐらいなのだ。手首はきっとそれなりに酷い状態なのだろう。その酷い手首の状態を想像して直樹は軽く顔を顰めた。


「大丈夫だ……」


 直樹がそう言った時だった。人の気配と共に視界の片隅に黒い影があった。自分の心臓がトクンと一つだけ派手に音を立てた気がした。


 直樹は黒い影に視線を向ける。金色の長髪を後ろで束ねている男……そこには木下(きのした)が無言で立っていた。木下は一瞬だけ直樹を睨みつけるような視線を向けた後、その視線を次いで泡を吹いて床で倒れている豊に向ける。


「……お前がやったのか?」


 木下は再び直樹に視線を戻すとそう口を開いた。木下の顔には何の表情も浮かんではいない。


 木下の言葉を否定しようがなかった。直樹は無言で頷く。他に人の気配はない。どういう理由なのかは知らないが、どうやら木下は一人で戻ってきているようだった。


 未だ後ろ手に縛られているものの、相手が一人であればどうにか対処できるかもしれない。木下が近くにあるいるかもしれない仲間や、あるいは刃物などの武器を手にする前に……前蹴りが中段回し蹴りを……。


 直樹がそう思って一歩を踏み出そうと時だった。


(たけし)、遅かったじゃない」


 若菜が木下に向かってそう口を開いた。

 

 ……知り合い……ということらしかった。

 直樹は驚いて若菜の顔を見る。そんな直樹をよそにして、若菜は顔に薄ら笑いのような物を浮かべていた。


 その場には少しそぐわないような若菜の顔を一瞬だけ見た後、直樹は再び木下に視線を戻した。今、武と若菜に呼ばれた木下は憤怒に近いような表情を浮かべている。


「遅かった? ふざけるな。厄介ごとに巻き込みやがって!」


 武と呼ばれた木下のそれは怒声に近かった。

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