【第9部〜巨人の王国編〜】 第33話 遺灰のキミ
「陛下、お目覚めですか？」
目が覚めて、ボーっとしていると、声を掛けられた。もう少しだけ、微睡時間を堪能していたかったのだけど、と思いながら寝たままの姿勢で、両手を頭の上に伸ばして背伸びをしながら、大きく欠伸をした。
「ふわぁ～あ。早啊（おはよう）」
「早上好（おはようございます）、陛下」
魔王アーシャに挨拶をして起き上がり、侍女に差し出された銀の水桶で顔を洗った。
「アーシャ、後で高を呼んで来てくれる？」
「畏まりました」
侍女が引いた椅子に座って、紅茶の香りを楽しみながら、ゆっくりと飲んだ。
「はぁ～、癒される」
芳しい紅茶の香りを堪能していると、魔王ビゼルが慌ただしく入って来た。
「ノックくらいしなさいよ。どうしたの、お前らしくもない」
私はビゼルを問い詰めると、ビゼルは侍女からポットごと奪い取って中の紅茶を飲み干した。
「はぁ、はぁ、はぁ…大変です…」
ビゼルが息を切らせながら報告するのを聞くと、私は青ざめた。既に東洋天界と修羅界は巨人族によって征圧され、皆殺しにされたと言うのだ。
「嘘でしょう？帝釈天や舎脂も？」
梵天や阿弥陀如来の援軍は間に合わず、ロキの策にはまって壊滅させられたと言う。
神々は降伏したがそれを許さず、巨人族は城内に入るなり無抵抗の女神や天使を凌辱し、男神は生きたまま皮を剥がされて殺された。
中でも東洋天界の天帝である帝釈天夫婦は、取りわけ酷い最期を遂げた。舎脂は抵抗した為に両腕を斬り落とされ、夫である帝釈天の目の前で凌辱された。帝釈天は目を背けた為に顔の皮を剥がされて、瞼を閉じれない様にされてから、妻が犯される様子を見させられた。
帝釈天は絶命するまでの5日間、妻が凌辱される様を見させられたまま少しずつ身体を削られて、嬲り殺しにされた。
舎脂は夫の死を聞かされた後、猿ぐつわをされていた為に舌を噛む事が出来ず、自らの意思で呼吸を止めて壮絶な死を遂げたと言う。しかしロキは自死を許さず、腹を割いて内臓をぶち撒けて晒し、まだ生き残っていた男神達にその遺体を犯させた。
これを聞かされた者は怒りで震え、血の涙を流して復讐を唱えた。
「何て酷い事を…許さない。絶対に許さないわ」
怒りで我を忘れて東洋天界に向かおうとした私を、ビゼルが止めた。
「まだ話は終わっていないのです」
これ以上、何があるのかと思い、報告を聞いた。
援軍は間に合わず、梵天や阿弥陀如来らは巨人族の伏兵にあって壊滅させられ、生き残っている者は僅かだと言う。
「今、東洋天界に向かっても、万全の態勢で待ち構える巨人族に対して、飛んで火に入る夏の虫ですぞ」
私は天を仰ぎ見て目を瞑り、涙を流した。
「こうなってしまっては、西洋天界の兵力を合わせて戦いましょう」
魔王ルシエラの進言を聞いて、西洋天界に向かう事にした。
「ところで高は何をしているの？呼んだはずだけど？」
「申し訳ございません。それが…」
「…分かったわ。こちらから向かいます。ついて来てアーシャ」
「是、陛下（はい、陛下）」
「是」の発音は難しく、中国人ですら正しい発音が出来ない人がいると言われている。華流ドラマを観てても、シュー、ビーシャアと聞こえたり、シェア、ビーシャアと言っている様に聞こえる。もっともシェアの時は恐らく、是啊、陛下と言っているのだろうけど。どちらも「はい、畏まりました」の意味で使われている言葉だ。
高の部屋をノックしたが返事が無いので、無理矢理にこじ開けて押し入った。
「ちょっと、返事くらいしなさいよ！」
麻里奈の遺灰を握り締めたまま、ブツブツ口元で呟いている。髪もボサボサで、髭も伸び放題。かつてのイケメンの面影すら無かった。正直こんな男の何処に、麻里奈は惚れたのだろうとすら思う。
私はアーシャに目で合図を送ると、アーシャが時間魔法を唱えた。すると高が、大切そうに握り締めている麻里奈の遺灰から、徐々に元の姿を形造った。
「あっ、ああぁ…」
高が感涙で声も出ず、彼女に飛び付いて抱き締めた。彼女も泣いて高と抱き合っていた。その光景に私は感動して涙を流していた。
私達が見ているのも構わずに口付けを始めたので、思わず咳払いをした。
「ゴホン、ゴホン」
彼女は私を見て言った。
「どうやら上手くいったみたいね、瑞稀」
「ええ、貴女のお陰で生き返れたわ、麻里奈」
「あいつらは倒せたの？」
「楊主席の事かしら？倒したわよ。それよりも、貴女の力が必要なのよ麻里奈」
私は手短に、現在の切迫した状況を話した。
「状況は分かったわ。西洋天界に向かうのね」
私達は、それぞれが軍を率いて西洋天界へと向かった。
