【第5部〜旧世界の魔神編〜】 第3章 正体がバレた!?
退院して帰って来ると、1ヶ月振りに麻生さんを抱いて結ばれた。ようやく許してもらえた気がした。何度も耳元で愛を囁きながら抱いた。麻生さんは今までに無いくらいに感じて、喘ぎ声を出していた。あの件にはもう触れないと約束したから、お互いに口には出さないが、麻生さんも私が他の女に寝取られたショックと、取り戻した喜びで一層萌えたのだろう。私達はもう大丈夫だ。ようやく立ち上がり、前を向いて歩き始めたのだ。
出勤すると、会社は自殺未遂をした事は知らず、体調不良で1日入院した事だけが知られていた。「ご迷惑をお掛け致しました」と上司に謝罪をした。
仕事をしていると、何だか階下が騒がしく感じた。しかし誰も事情は知らず、クレーマーでも来て騒いでいるのだろうと思っていた。
「この建物は、我々神の使徒であるアストピアが占拠した。死にたく無い者は食堂に集まれ!繰り返す…」
大音量で館内放送が鳴った。大人しく食堂に行った者は正解であった。むざむざと捕まりに行くのは愚かだと、他の階へ向かった者は全員、生命を落とした。3階から下は神経系毒ガスVXが充満していた為だ。
揮発性が低い為に、その場に長時間に渡って留まり続ける。気付かずにフロア内に入り、階下に降りる前に力尽きて血の泡を吹いて痙攣し、意識を失った。VXの存在に気付く者は皆無だろう。無色透明で無臭。知識を持つ者も少ないが、知っていた所で防ぐ方法が専用の防護服だけ、となれば回避不能だ。
アストピアの占拠に、またか?みたいな空気が流れ、自分達の死を身近に感じている者など皆無であった。だが今回ばかりは様子が違った。
「異教の邪神が天に帰ったと見せかけて、潜伏している。速やかに姿を現せ!さもなくば1人ずつ死ぬ事になる」
そう言うと信者は、近くにいた1人を射殺した。悲鳴が上がり、恐怖で震え、パニックになった。キャアキャアと混乱している社員達に、容赦なく銃弾を撃ち込んだ。
「騒ぐな!皆殺しにするぞ!」
恐怖のあまり、失禁する者もいた。
「男は下着、女は全裸だ。早くしろ!」
全裸になれと言われて、反論しようとした女性は、有無を言わさずに射殺された。再び絶叫がこだまする。
「早くしろ!死にたいか!」
銃口を向けられると恐怖で従い、大人しく脱ぎ始めた。隣にいる麻生さんも脱ぎ始めた。生命の危機が迫っていると言うのに、美しい彼女の裸を、他の男性社員の目に触れさせたく無くて、私の身体で庇う様にして隠した。男性社員達も、なるべく女性社員の裸を見ない様にしていた。この窮地を逃れる事が出来た後からセクハラで訴えられる事を恐れているからだ。だが中には、ジロジロと見て来る男性社員も少なからずいた。死ぬかも知れない、だからその前にせめて目の保養を、そんな所だろう。
「貴様、何おっ勃ててやがる!」
そう言った信者は、他の信者に目配せをすると、その男性社員を数人がかりで押さえつけた。
「貴様の様な邪な奴は、去勢してやろう!」
「うわあぁぁ、止めて!止めて下さい!ギャァアァァ!」
その凄惨な光景に、女性社員は目を瞑り、耳を塞いだ。切り取った男性社員のモノをぶら下げて、女性社員達に見ろ!と言って強要した。去勢された男性社員は、血の泡を吹いて絶命していた。医学知識も無い素人に、切り落とされたのでは、当然死亡率が上がる。
「おい!この中にいるはずだ。女神アナト様の名を騙る邪神が。さっさと出て来い!出て来なければ、当たり(邪神)を引くまで犠牲者が出る事になる」
そう言って更に5人に発砲し、撃ち殺した。狂信者達相手には、どの様な説得も不可能だ。
「さあ、どうする?まだ出て来ないのか!」
シーンと静まり返る食堂に、啜り泣く女性社員の声だけが響いた。意を決した男性社員が声を掛けた。
「す、すみません。もしも本当に女神アナト様の名前を騙る邪神が、もういないとしたら、どうなるのです?」
「ははは、その時は異教徒のお前達が全員死ぬだけの事だ」
そう言うと、その男性社員に対して銃を向けた。
「待って下さい!なります!なります信者に!アストピアに改宗致します。だからどうか生命ばかりは、お助け下さい!」
そう言って銃を向ける信者に、ひれ伏した。
「そうか…改宗するのか?では、この銃で隣の異教徒を射殺しろ!そうすれば改宗したと信じよう」
信者から銃を渡されると、隣にいる社員に銃口を向けるフリをして、その信者に対して銃を向けた。
「ここから出て行け!早くしろ!さも無いと、こいつを撃つ!」
だがその信者はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべるだけで、焦りの色が見えなかった。
「どうした?早くしろ!脅しじゃないぞ!」
「だったら早く撃てよ!」
そう言われると、四方から一斉に銃弾を撃ち込まれて、その社員は絶命した。
「馬鹿な奴だ。異教徒の言葉など、我々が信じるとでも思っているのか?」
その社員が握っていた銃が、私の目の前に転がって来ると、奪われると思ったのか、私に発砲し弾が腹を貫通した。
「うぅ…」
「嫌ぁ!」
隣にいた麻生さんが、叫んで回復呪文を唱え様とした。
「ほう?こいつは美しい娘だ。お前には教祖様の子を宿す、栄誉を与えてやろう」
そう言って全裸の麻生さんの手を引っ張り、何処かに連れて行こうとした。麻生さんは、私の下から離れようとはせず、抵抗した。
「死にたいのか?」
信者は、麻生さんのこめかみに銃を当てた。
「止めろ!止めてくれ…」
撃たれた腹を押さえながら、声を振り絞った。
「この男にトドメを刺したら、大人しく付いて来るのか?」
私に銃を向けた。
「ダメ!止めて、止めて下さい。付いて行きますから。この人を殺さないで…お願いします…」
麻生さんは立ち上がり、信者に付いて行こうとした。
「待て!私だ。私がお前達が探している邪神だ。ただし、本物のアナトだが」
「お前が?笑わせるな!男じゃねえか?」
揶揄われたと思った信者は、至近距離から引き金を3度引き、全て胸に当たった。絶命する寸前に唱えた。
『女性変化』『衣装替』
麻生さんや山下だけでなく、その場にいた誰もが目を疑った。
「嘘っ…」
麻生さんは目を見開いて、1番驚いていた。
「お前達は、私の大切なモノを壊した。許さない!」
『死誘鎮魂歌』
信者達は全員即死した。
『死者蘇生』
殺された社員を全員、生き返らせた。
「青山…くん…なの?」
「そうだよ」
「神崎さん!神崎さんが…先輩だったんですか?」
「そうだよ」
「信じられない…」
よろめく麻生さんを抱き止めると、『衣装替』を唱えて服を着せた。
「皆さん、私のせいで巻き込んでしまって、申し訳ありませんでした」
そう言って、皆んなの前で頭を下げた。
「凄えよ!青山が女神様だったなんて!」
皆んなに取り囲まれて、騒がれた。
「私、平穏に生活がしたくて、黙っていました。ごめんなさい」
「通りで華友(会社)に現れる訳だ」
「これからどうするんだ?」
「ど、どうするって?」
「女神様の姿でいるのか?今までの姿でいるのか?って事だよ」
「えっ?そ、それは…」
「まさか正体を知られたから、もうここにはいられないとか、おとぎ話みたいな事を言わないよな?」
「皆んな…」
確かに、もうここにはいられないと思った。ここにいても良いんだ?正体がバレた時、その発想は無かった。周囲を見回すと、皆んなが頷いてくれていた。
「良かった…もう、ここに居られないと思っていた…」
私は涙を流して、皆んなの気持ちが嬉しくて泣いた。