【第5部〜旧世界の魔神編〜】 第2章 新生活
就職は、本州の最西端にあたる山口県の宇部市にある工場の事務職に就いた。これでも宇部市は、山口県の中では栄えている方で、人口13万人足らずだが、数多くの芸能人を輩出している。有名な所では、西村◯美、元モー◯ング娘。の道重◯ゆみ、元EXI◯Eのボーカルの清◯場俊介、YO◯SOBIのAy◯se(各敬称略)らがいる。またエヴァ◯ゲリオンの総監督である庵◯秀明氏の出身としても知られる。2021年に公開された映画の中では、宇部新川駅が登場し、宇部市はエヴァ◯ゲリオン一色で故郷おこしを始めた。更に常磐公園では、遊園地と世界中の猿を集めた、ときわ動物園があり、お散歩コースには、数多くの芸術作品が展示されているが、その中の1つに全長7mを超えるロンギヌスの槍も展示された。
「神崎さん、これのコピーお願い」
「はい、畏まりました」
神崎と言うのは、母の旧姓だが、男女の性別が入れ替わり、母が父親となった為、名字を変えたのだ。私の名前は幸いにも女性に使っても変では無いので、そのまま名乗る事にした。だから今の私は、青山瑞稀ではなく、神崎瑞稀と名乗っている。
あの事件後、春町の皆んなもそれぞれが、県外に就職や進学した。政府の研究機関と称する団体から、人体実験紛いの事をされた人もいたが、結局いつまで経っても元の性別に戻れる気配は無く、春町の人達は落胆し、半ば諦めて現状の性別を受け入れ始めた。肉体の変化は、精神にも左右するのか?次第に心も変化して行った。
高校3年の時、友梨奈は友徳と改名すると、男性として生きる決意をした。そして、別れを切り出されて私達は終わった。その後、友徳は他に彼女を作った為、なるほどそう言う事かと思い、深く傷付いた。しかし友徳からは、「ちゃんと別れてから好きになった相手だから、付き合ってる時は瑞稀が1番好きだったよ」と言われた。なら何で別れたんだ?と、余計に立ち直れなかった。
それからは半分自暴自棄になり、ナンパされた相手と付き合ってみたりした。当然、私が春町の出身だとは伏せていた。春町の女は全員、元男だと知られているからだ。付き合っても長続きせず、数人の男性と付き合ったが、キス以上は決してさせなかった。口付けも正直、気持ちが悪い。感覚的には、女装している男が、男とキスしている様なものだ。しかし、自分も元々男性だったのだ。付き合っているのに、キスもさせないなんて流石に有り得ない、と思っていたから仕方がない。
友梨奈は、元彼女だったし、見た目も好きだったけど、心と言うか性格も好きだったのだ。性別が入れ替わっても、友梨奈だけは特別だった。もう私は、誰とも恋愛が出来ないかも知れない。いや、私の心が男性のままであれば当然、女性が好きだ。しかし付き合えば、それは百合だ。それも1つの愛の形だろう。だけど女性となった自分の身体を見慣れたのが原因なのか分からないが、女性を見ても全くトキメかない。エロ本を見ながら自慰行為をしてみた事もあるが、興奮もしなければ、濡れもせず気持ち良くならなかった。逆に、男の友梨奈に抱かれている時を思い出しながら、1人Hをして絶頂に達した。
私は友梨奈を忘れる為もあり、春町から離れて、この遠い山口県まで来たのだ。正直、春町から遠く離れるなら鹿児島でも、熊本や長崎でも良かったのだ。ちょっと歴史が好きで、幕末の維新の志士達がいた県はどんな所だったのだろう?と思って、1人ぶらり旅をした時に見た長閑な風景が、私の失恋の心を癒すには適している気がしたのだ。
仕事は、朝8時から夕方5時までだ。事務職の私はほとんど残業がない為、ほぼ定時で帰る。
「お疲れ様でした」
「お疲れ」
「あ、神崎さん。お疲れ様です」
「お疲れ様です」
すれ違う度に挨拶しながら会社を出た。
私は免許を持っていないので、バスと電車を乗り継いで出勤している。春町では、ほとんどの主要地に電車が通っているし、10分おきには来るので便利が良かった。しかし山口県は、J◯しか鉄道会社が無く、地下鉄も走っておらず、1時間に1本しか電車が無い為、乗り遅れると大変な事になる。
足が無い為、よく乗せて帰ってくれようとする男性社員もいるけど、全て断っている。以前、会社の上司に好意で送ってもらった事があるが、人気の無い場所に停車されて、襲われた事がある。無理矢理にキスをされ、下着の中に手を入れられて胸や性器を触られた。抵抗しても力には勝てず、犯されそうになり、半分泣き真似で半分本気で泣くと止めてくれた。上司は、ずっと私に好意があったと言って謝り、2度としないから誰にも言わないで許して欲しいと言われた。妻子持ちだったし、セクハラで訴えられるのを恐れたのだろう。私が頷くと、ずっと謝り続けていた。その上司は暫くして、異動になった。その時のトラウマがある為、送ってもらう事を恐れている。
「ねぇ、ねぇ、お姉さん。美味しい物でも食べに行かない?」
「あ、結構です。今お腹空いて無いので」
「じゃあさぁ、じゃあさぁ、カラオケに行こうよ」
「ごめんなさい。子供が待っているので、晩ご飯の支度をしなくちゃいけないので」
「何だお姉さん、結婚してるの?」
「いやぁ、美人だね。旦那さんと上手くいっているの?羨ましいねぇ」
「あははは、ありがとうございます」
笑って誤魔化しながら、早歩きでその場を後にした。どうやら私は、そこそこ可愛いらしい。1人でいると良く声を掛けられる。勿論、結婚しているとか、子供がいるなんて嘘だ。そう言えば大抵、言い逃れられるから使っているが、社内ではそうはいかない。だから、婚約中の彼氏がいると嘘をついている。
まだ友梨奈との失恋を引き摺っている私は、今は誰とも恋愛する気にはなれない。それに、男性を好きになれるのかも分からない。これまで付き合った7人の男性とは、キスくらいは許してあげようと嫌々していた。中には、それより先の関係になろうと服の上から胸を触って来た人もいた。鳥肌が立ち、その相手に平手打ちして別れを告げた。別れた理由は、全員ともに私の身体に触れたからだ。私だって元男だったのだ。彼らの気持ちは、よく分かるつもりだ。付き合っている彼女と、キスだけで満足なんて出来るはずが無い。それでも私は嫌だったのだ。
どうして女性の身体になったのだろう?考える度に何度も悩み、涙を流した。私の平穏な日々を、幸せだった日々を返せと、人知れず泣いた。