表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士爵家 三男の本懐  作者: 龍槍 椀
第一幕 『魔の森』との共存への模索
91/144

――― たとえ朋だとしても ―――

 

  なにも、妖艶な『朋』に危機感を覚えた訳では無い。 今後の彼への対応を考えねばならない事が第一義でもある。 それに、彼が『砦』を拠点とするならば、準備の確認も『砦』の主たる私の仕事となる。 


 友誼を結んだ朋であっても、この国の貴族家に属する者ならば、『爵位』と言う身分制度を考慮に入れねばならない。 騎士爵家は、貴族階層とはいえ最下位であり、上級伯家は数少ない貴顕の御家柄なのだ。 通常ならば、騎士爵家の者は上級伯家の有職者として上級伯家に雇われる事すら出来ない階層でも有るのだ。


 それが、実情が逆転してしまっている。


 朋の意思に対して許可を『与える』のが騎士爵家…… マズいのではないか? それを宰相府は容認できるのか? 貴族院の高貴な方々にとっても、面白くない事には違いない。 ……一つ幸運と云えるのは、国王陛下の勅許が在る事。 面白がられているのかも知れないが、それはそれで怖くもある。 厳然として存在する身分制を歪めはしないか。


 その様な事ばかりが頭の中をぐるぐる回るのだ。 王都の魔法学院に於いて、この国の貴族制度は嫌と言う程に叩き込まれたのだ。 しかし、『朋』なのだ。 様々な思いが胸中に渦巻く。 公式には、上級伯家の御次男が、辺境に位置する騎士爵家の一角に研究室を設け、民草の為の魔道具を研究している…… となる。 そう、対外的には。 そのお手伝いをしているのが騎士爵家と見なされる筈なのだ。


 決して、気安くはしていないと、対外的には喧伝せねばならないだろう。 彼の従者に関しても同様だ。 心証を悪くすれば、吹けば飛ぶような騎士爵家など、あっという間に消えてなくなるのだ。 気を付けねばならない。 型破りな朋を持つ故の悩みとなるであろう事は、確実なのだからな。


 『砦』に於いて、早々に『朋』の受け入れ態勢も作り上げねば成らない。 彼が『男性』であれば、何も問題は無い。 『砦』に遣って来る貴人の例も無くはない。 近隣の騎士爵家の御継嗣様方が、御視察に来られる事だってある。 お泊りになられた事もな。


 だがしかし、『女性の貴人』が『砦』に来ることは無い。 よって、女性が逗留される事を想定した “ お部屋の準備 ” など、経験した者など『砦』に居よう筈も無い。 何か重要 且つ 緊急の対応を求められるかもしれない。 対応策を構築しておかねば、どのような失態を犯すか判ったモノではないだ。


 例え、朋が “ 私は男だ! ” と宣ったとしてもな。


 それに、今日は疲れた。 肉体的にでは無く、精神的に。 今宵は、一人、考えたくも有る。 善き考えは出ないだろう事は『予測』済みだ。 それでも、今は朋の傍に居る事は出来ない。 私にも私の中で幾つかの折り合いを見つけねば成らないのだから。


 厩で騎馬の用意をしていると、第一班の班長たる射手が飛び出して来た。



「御帰りですか、司令官殿!」


「あぁ、『砦』に帰る。 お前達は、明日でも良い。 丁度、休暇日程に入る筈だしな」


「ならば! わたくしは、司令官の護衛に付きます。 休暇は『砦』にて頂きます」


「無理はするな」


「あちらで、通信士の“お姉さま方”に習い事をしているのです!」


「ほう…… そうなのか。 判った。 では馬の轡を取ってくれ」


「了解いたしました!!」



 夜道を射手と二人して行く。 煌々と降り注ぐ月の光が夜道を明るく照らし出していた。 整備された石畳は、道行に苦労を感じずともよい。 魔導通信線が埋め込まれた道の端には、要所 要所に街灯も立っている。 夜行性の野獣が動き回る時間でも、精強な兵と云える射手と私ならば排除に困難を感じる事も無い。 至って平穏な道行だった。


 馬の轡を取りつつ、無言を貫く射手。パカポコと馬の蹄の音だけが妙に耳に着いた。 月光に照らされた、射手の担ぐ『銃』の筒先がゆらゆらと揺れていた。 思い立って聞いてみる。



「その銃の使い心地はどうか。 初期の性能に近いかそれを上回ると聞いたが?」


「はい…… その様です。 使い勝手は、さらに向上しました。 狙いの正確性も上がりました。 弾道は何処までも真っすぐで、今まで以上に素直に成ったと云うか…… でも……」


「なにか、不満な点が有るのか?」


「し、指揮官様から頂いたものなのに、良いのかと…… 大切な方から頂いた装備です。 それなのに…… こんな事で喜んでも良いのかと、不安になります」


「君。 それはな、『善い事』なのだよ。 より善き状態に装備を改装する。 より頑健に、より使い勝手良く、より正確に。 それが、我等遊撃部隊の生残性向上に繋がるのだ。 私一人の知恵と工夫だけでは限界が訪れる。 朋の力はこんなモノじゃない。 だが、アレは兵器の製造を心から忌避している。 対魔物魔獣戦専用の武器と言う事で、手伝ってくれている。 有難い事にな」


「そう…… なのですか?」


「我が朋は心優しき御仁なのだよ。 人が傷つく事を何よりも忌避する。 例え自身が傷ついてもな。 それが故に、今戦役に於いて、高名な御実家から逃散した。 身を隠し、性別を変えて、貧民窟にまで潜り込んで、人を傷つける道具の作成を拒否したんだ。 馬鹿者と云う他、形容のしようが無い。 捕縛されたら反逆者として処刑される事も考えられたというのにな。 本当に、馬鹿者だよ」


「……ご自身の信念と本懐に殉じる覚悟をお持ちなのかと」


「かもしれん。 だからこそ、あそこまで突き詰めた馬鹿を見放す事が出来んのだ」


「……友達だからですか?」


「あぁ、朋だ。 性別が異なっても、心根は変わっていなかった。 無鉄砲で、考え無しに行動して、あんな貴族令嬢が居たら、家人は大変だったであろう。 対応出来たのは、私ぐらいしか居なかっただろう」


「指揮官殿はッ! あの方をッ!!」



 詰まる言葉の続きを射手は紡げなかった。 馬の轡をしっかりと持ったまま歩を止め、夜道に佇んでしまった。 ん? どうした? 怒っている様な、そして寂しそうな表情を私に向けたまま射手は固まっている。 何を言うのかと待っていても、一向に言葉は聞こえない。 月の光が冴え冴えと彼女を照らし出していた。 フウゥと、大きな溜息が落ちる。 そう、朋への対応を考えねば成らなかったな。



「アレは朋なのだよ。 何処までいっても朋なのだ。 善き着想を互いに出し合い、善きモノを生み出す切っ掛けとなる事を紡ぎ出し合う錬金塔時代からの『仲間』なのだよ。 しかし、アレは王都にて王宮魔導院が正魔導士。 更に言えば、上級伯家の御次男だ。 貴族階層としては、雲の上の御仁だ。 普通ならば、御言葉を賜る事すら難しい方なのだよ。 ただ、近しく言葉を交わす事を許されているだけだ。 あの方の傍付も皆爵位持ちの方々。 朋の我儘に振り回されておられるのだよ。 決して(のり)は超えては成らない方々でもある。 用心に越した事はない。 君も気を付けなさい。 貴族社会の人々とは、悪意か善意かの判断が付きづらい仮面を付けて近寄って来るのだから」


「……はい」


「夜半に成る前に『砦』に着きたい。 行く」


「はい」



 射手と二人の道行は、そのまま無言となった。 私の中でも固まった。 朋は朋。 だが、あまりに近しくすることは出来ない相手なのだと云う事を再確認できたと思う。 射手への言葉でそれを確認できたのは善き事と思わざるを得ない。 仲良く、そして、礼節を守って交流して行く事にした。 道行は終わりを迎え、夜半に成る前に『砦』に入る事が出来た。




 それは、それは、静かな夜の事だった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
射手の真っ直ぐな好意はいつ伝わるのかなあ はっきり言わないと駄目みたいだなあ
フラグがガンガン立てられてるので主人公とTS娘の関係性の行方がどうなるか本当にワクワクしますね……!
やはり…天才か…!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ
OSZAR »