――― 興味が尽きぬ面白き漢 ―――
『砦』の執務室に皆様をお迎えしても…… 十分な『供応』は成せない。 こんな高貴な方の前に出せるような、侍女も侍従も従僕も、茶器ですら『砦』には存在しない。 あちらは、それも承知の上だったらしい。 案内をするまでも無く、簡素なソファにドカリと腰を下ろされた宰相閣下。 お茶すら出ない場所で、いきなり御言葉を賜る。
度肝を抜かれるとは、この事だろう。
「あぁ、自己紹介だのなんだのは面倒でいけねぇ。 貴様に対し『貴族の仕儀』など、必要ねぇだろ? 早速だが、確認したい事が有る」
宰相様は絶妙に品の無い御方だった。 これが『地』なのか? まぁ、辺境の騎士爵家の三男に貴族的言い回しを使う方がどうかしている。 こちらの方が話しやすくも有る。 宰相様の隣のアイツを見ると、顔を掌で覆い横を向いていた。 想定した何かしらの『挨拶』やら『紹介』などから『大きく逸脱』して、思う所があるのだろう。
しかし、宰相閣下はそんなアイツの『思惑』など何処吹く風だ。 いきなり間を詰めて来られて、此方に質問をぶつけて来たのだ。 私の隣に座る兄上も、かなり驚いておられた。 日頃から魔物と対峙している私には、そんな宰相様の御様子は好ましい物に受け取れる。 決して宰相閣下が魔物だと云う訳では無いが、気迫とか鬼気とかが非常に似通っているのだ。
飾り気のない、『本来の宰相様』を曝け出して居られると云う事なのだろう。 真剣に腹を割って話したいとの思召し。 謹んでお受けする事にする。
「何なりと」
ポンと、粗末なテーブルの上に放り出された書類の束。 なにやら、見覚えがある。 そうだ、それはアイツに『私見』として出した書状だ。 私の拙い文字が躍っていた……
「まずは、コイツだ。 近衛参謀の執務室からガメて来た。 詰めたら、コレを綴ったのはお前だと聞いた。 何だこれは?」
「『何だ』と申されましても…… 返答に困ります。 先ず、前段に近衛参謀様からの『お手紙』が御座いました。 その中に『考察せよ』との御指示が御座いましたが故に、北の帝国が考えそうな事を『我が国との闘争の記録』を参考に致しまして、考え得る帝国の動きを記しただけに御座います。 公文書にてのお問い合わせでは無く、『私信』としてのお問い合わせだったので、魔法学院の級友と云う立場にて、わたくしもまた『私信』として『考察見解』をまとめたモノに御座いました」
「……あっちと通じている訳じゃねぇよな。 今までの『いざこざ』から導き出した、あっちの行動原理からの予測と云う事か…… 騎士科 座学首席は伊達じゃねぇな。 終戦が決した今、戦役を俯瞰的に見れるから言うんだが…… ” 帝国の『作戦根幹』 ” を見破ったのは、国軍参謀本部の中には居ねぇんだよ。 あちらの布陣に関して今までとは違げぇもんだから、国軍統帥部 作戦会議の席では、軍務関連の御歴々共が『相当に混乱』してたんだぜ。 そん時にコイツが持ち込んだんだ。 コレをな。 荒れたなぁ、あの時は……」
” 遠い目 ” をした宰相閣下。 会議は相当に踊ったようだ。 さらにアイツは悄然と項垂れる。 すでに両手で顔を覆っているのだ。 まぁ、私からの私信を、公的な会議でぶちまけたと成れば、そうなるか。
「” 軍事的常識 ” とやらに囚われて居て、ほぼ狂乱状態になっていた国軍参謀本部 迎撃軍司令部をサラッと纏め上げたのは、コイツの手腕だ。 しかし、その元になった帝国の思惑に関して、此処までは読み切れてなかったらしい。 突然、言い出しやがったんだ。 気になって、後で詰めたらゲロった。 そう云うことだ。 それと…… お前の兄貴…… たしか騎士爵家の次男だったな。 あれが『調略』を独自で仕掛けていたのにも参ったぜ…… 王家の諜報がやろうとしていた事を、帝国兵との『小競り合い』を逆手にとってやったんだ。 此方に大義名分を持たせる形でな。 『辺境』とは、そんな事は無縁の世界だと思ってたんだがなぁ! 色々と吹き込んだのはお前か?」
「その辺りの事情は、騎士爵家の根幹と成ります故、ご容赦を。 しかし、『辺境』とはいえ、そこまで単純なモノでは御座いません。 皆、生きる事に精一杯では御座いますが、その為に出来る手段はすべて取るのが常道。 ……侮りを受ける謂れは御座いません」
「そうかい、そりゃ済まなかった。 …………公女殿下が御執心な訳か。 どうだ、コイツと一緒に王宮で働いてみないか? お前の頭脳は、辺境に置くには勿体ない」
「……拒否権は?」
ギラリと宰相閣下の瞳に光が灯る。 まるで獲物を前に今にも襲い掛からんとする魔物の様な気迫。 どうにも逃げようがない視線だったのだ。 舌なめずりをしながら、私を喰らおうとする意志さえ見え隠れしている。 私の問い掛けに、そんなモノは無いとばかりに言葉を綴られる。
「私的な場所の私的な打診だ。 勿論ある。 だが、『正当な理由』なくして断る事は出来んよ」
「『正当な理由』とは?」
「この地を離れる事が出来ない、『正当な理由』だ」
ふむ…… 取り込もうとして来るか。 しかし、私には約束が有るからな。 隣の兄上を見る。 兄上は私が視線に込めた『意思』を過たず理解し、頷かれる。 ならば、私的な場所であり、『貴族社会』では取るに足らぬ騎士爵家子倅の『戯言』として御話しよう。
「違えられぬ『誓約』が御座います。 個人的な約束でも有りますが、違えれば『この世界』にも影響が出ましょう」
「ほう、大きく出たな。 『世界』と来たか。 お前、森の中で何をした? 掴み切れていないが、帝国の精鋭重歩兵旅団が二個…… 消滅した。 帝国の主力だ。 そいつの消滅が、今度の戦役終結の『直接的要因』だ。 お前の手紙に在った背面攻撃を担う者達であったはず。 つまりは、戦略の根幹を失ったのだ。 言い換えれば、奴等は『魔の森』を乗り越える技術を持っていた…… そう判断しても良い。 そいつらが消えた。 お前かッ」
「その御答えを致します前に、会って頂きたい人物が居ります。 が、この『砦』に招聘する事は難しく、わたくしと御同行して頂かなくては成りません。 事は重大事なので、護衛の方々はご遠慮申し上げたい。 『魔の森』に入ることに成りますが故、慎重なる熟考の後『ご判断』を頂きたく存じます」
「その『会うべき人物』と会わないと何もしゃべらんと云う事か? 面白れぇ漢だな貴様は。 供周りも無しか。 増々、面白れぇな。 よし、連れて行け。 会ってやる」
宰相閣下の即断に言葉を失いそうになる。 なるが…… 此処が決め処なのだ。 息を整え言葉を紡ぐ。 もう…… 本当に後戻りは出来なくなったのだ。
「御言葉、頂きました。 兄上は如何なさいますか?」
「私は『砦』に残る。 私自身は力不足だが、万が一の場合、主力部隊を率いて救援に向かう」
「有難う御座います。 では、出立の御準備を」
近衛参謀に成ったアイツは、事の成り行きについて行けず、目を白黒させていた。 きっと厳選したであろう護衛の方々も同様にだ。 用意された百戦錬磨の『護衛』無しに『魔の森』に宰相閣下をお連れしようと云うのだ。 驚くに決まっている。
しかし 、それは必須条件なのだ。 今以上に彼女等の事を公にする事は出来ない。 が、” 彼女 ” に会わせない限り、宰相閣下は納得しない。 故に、私が妥協できる点は此処までなのだ。 もし、私が彼女に会わせようとしなければ、宰相閣下は『なにか裏が有る』と、そう確信してしまい私と騎士爵家を何時までも『猜疑の目』で見るだろう。
今後の事を鑑みるに、国政の最高指揮官たる宰相閣下の猜疑を受けるのはマズい。 本当にマズいのだ。 だから、秘密の共有を狙う。 『敵対』するより、限定された人と『情報を共有』し『抱き込んでしまう』のだ。 ……『自爆特攻』と精神的には同じこと。 既に退路は断たれたのだ。 辺境の政治的安寧の為には、遣らねば成らぬ。
――― 私は、賭けに出たのだ。
手早く装備、装具を準備して御二人に装備して頂く。 魔法学院の騎士科卒ならば、森歩きもこなせるだろう。 遊撃部隊主力を伴い、直ぐに森に入る。
既に、『浅層の森』には縦横に小道を設けている。
格段に歩きやすくなっているのだ。 初めての『魔の森』内部に入る貴顕のお二人は、見るもの聞くもの全てが目新しく、小声で私に色々と尋ねて来る。
特に近衛参謀のアイツに至っては、『索敵魔道具』には御執心の様で、色々な角度からの質問が飛ぶ。 いい加減、面倒に成り濁す言葉も尽きた頃、一つの妙案が思い浮かぶ。 小さな嘘を交え、私の望みを叶えるのだ。
「近衛参謀閣下。 そして、宰相閣下。 『索敵魔道具』の詳細がお知りに成りたければ、わたくしより適任が居ります」
「誰だ?」
「魔導卿が御子息。 錬金塔にてわたくしと研鑽を重ねた朋に御座います。 魔道具の軍事利用に反対を表明し、上級伯家より出奔した『貴族の義務』より『人の信念』を優先した漢に御座います。 朋は今、『抗命罪』で王国司直の追っ手から逃げております故、探し出す事は難しく有りましょう。 戦役も終わり、もう魔道具の軍事利用はしないと発布されましたら、朋も見つかるかもしれません。 魔導卿の片腕となるべき人材かと愚考いたします」
「成程な。 まぁ、今回の件で、色々と無理を言ってしまった者達も居る。 憶えているぞ、その『反骨者』の事は。 『良く見える眼』を持つ お前がそう云うのならば、一考の余地はある。 考えてみよう」
「有難く」
確約では無いが、これだけ『索敵魔道具』に並々ならぬ興味を示した近衛参謀が、また色々と暗躍するだろう。 それだけは確信が持てた。 何故なら、彼の目の奥に『独特の光が灯った』のを私は見逃しては居ないからな。 ……朋よ済まん。 貴族の柵が、お前を絡めとるぞ。
かなりの時間が掛かっていた、『浅層の森』の踏破は、小道の整備で相当に早く動けるようになった。 『番小屋』も各所に設置してあり、事が有ればすぐにでも長兄様に救援を請う事が出来るので、かなりの安心材料だ。 さらに、遊撃部隊の主力は帝国の侵攻を止めた猛者たち。 兵達が周辺を固めている事で、私はなんの心配もしていない。
――― 私達の行軍は、物見遊山の森歩きの様相を呈していた。
次回、第三幕 最終話。
本日 23:00に投稿致しますので、宜しくお願い申し上げます!
本作を読んで頂いた皆様、良いお年を!!
御礼! 600萬PV 楽しんで頂ければ幸いです。
龍槍 椀 拝
楽しんで頂ければ、幸いです!