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騎士爵家 三男の本懐  作者: 龍槍 椀
第二幕 辺境の過酷な現実
32/144

――― 煉獄への入口 ―――

 


 父上の決断により、わたしの騎士爵家での立ち位置が決定した。


 帰郷して、何かしらの役に立てれば良いと思っていたが、まさか我が家存亡の危機に立ち会うとは思わなかった。 魔法学院で学んだ事柄が無ければ、成人したての凡庸な末の息子には、状況を傍観するしか無かったであろう事は、容易に想像できた。


 伯爵級の内包魔力が有った。 それが、騎士爵家にとって、どれ程の恩恵を齎したかを考えると、神とやらの過酷な采配も間違っていなかったと云える。


 無為に生きた魂に罰を与える為にこの世界に再誕させた事は、無為に生きた者に何かを成せと命じられたも同義である。 『神の御意思』ならば、神託とも言えよう。 ただし、命じた内容は甚だ曖昧で、茫洋とし、掴み処が無かったがな。


 神が与え給もうた、己の『内包魔力量』と『技巧(スキル)』は、無為に生きれば何も意味は無い。 過酷な現実に流されるように生きた『俺』は、今を生きる現世に於いて『過酷な現実』に対処する力と成さねば成らなかった。


 前世と比べ、現世の状況は過酷であり、人が生きる為には懸命に努力をし続けなければならない。 前世と違って、命を脅かす「人ならざる物」が、人の生活圏の直ぐ傍に存在し、安寧を脅かし続けている。 何も手を打たず、状況に身を任せる様な者は『生きる権利』すら、すぐさま剥奪される。


 なげやりに生きれば、この世界でも生きられよう。 しかし、その結果は前世よりも惨憺たるものに成るのは必至なのだ。 弛まぬ努力を怠れば、『魔の森』は人の生活圏を侵食し、人々の生活における『安寧』と『倖せ』が、容易に『混乱』と『嘆き』と『後悔』に置き換わる。



       ――――



 辺境に於いて、恐怖と共に語られる言葉が有る。


『 魔の森に沈む 』


 魔物、魔獣の発生原因は良く判っていない。 個体の多さから通常の繁殖だけでは説明が付かないのだ。 『魔の森』では無い、人が手を入れ作り上げた森には魔物魔獣は発生しない。 食物連鎖の頂点に『人』が居る。 野獣も存在するが、それも又 狩人達の生活の糧となる程しか居ない。 均衡が取れていると言い換えても良い。


『魔の森』は違う。 森が養える生き物の数を大幅に超える魔物魔獣が発生しているのだ。 弱肉強食は常ではあるが、『魔の森』の中ではそれが顕著なのだ。 そして、個体そのものの強さは、普通の森の野獣を大きく超える上、奴等は魔法すら使ってくるのだ。


 森の中の食料となるべき植物は、天候や条件により増減する。 そして、十分な量の実が結実しなかった場合…… 『魔の森』は煉獄の様相を呈する。


 弱い魔物魔獣が強い魔物魔獣の餌に成るのだ。 


 森には浅層、中層、そして深層という区分が有る。 奥に行くほど、生物とは思えない程強い魔物魔獣が生息している。 逆に個体数は深層に至る程少なくなる。 奴等が喰い散らかすからだ。 森の恵みが豊かならざる場合、深層に生息する魔物魔獣が腹を満たす為に、中層…… そして、浅層に遣って来る。


 ――― と、どうなるだろうか。


 そう、中層から大型中型の魔獣達が浅層に進出し、浅層の中型小型の魔獣達が恐慌状態と成り『魔の森』から『人間の生活圏』に大挙してやってくるのだ。 これが『魔物暴走(スタンピード)』と呼ばれる現象なのだ。


『 魔の森に沈む 』 とは、暴走した魔物魔獣等が『人の生活圏』を破壊し、人が住めなくなった地域が、再び『魔の森』になる事を言う。 事実、滅んだ国も存在する。 よって、辺境の『魔の森』と接する場所は、何よりも『魔物暴走(スタンピード)』を恐れる。


 故に、魔物、魔獣達の動向を監視する為に、軍事力を整備する必要が有ったのだ。


   ―――


 我が騎士爵家に於いても、おおよそこの過程を踏んで、家臣団が軍団を形成していった。 遊撃、主力、守備の三部隊を編成し、其々に成すべき主たる任務を付与された。


 遊撃部隊は、森の中の偵察。

 主力部隊は、直接的な対応。

 守備隊は、街、村、邑々の者達の守護と、緊急時の避難誘導、そして、遊撃と主力の兵站を担う。



 わたしが父上に願い出たのは、遊撃部隊の指揮官。


 長兄はこの郷土を護るべく、守備隊の指揮官に。 力よりも頭働きを強く求められる場所に座ったのだ。

 次兄は、その技巧(スキル)故、騎士爵家の精鋭を率いる主力部隊の指揮官に。 支配地域の安寧の為に不可欠な存在となった。


 騎士爵家の中で、もっとも身の軽い存在である三男の ” わたし ” が、遊撃部隊の指揮官と成り、『尖兵』と成るのはこの流れから、当然の事柄だと思える。


 成人したてという若輩者が、遊撃部隊の指揮官に任命されるのは相当無茶な事なのだが、王都で『軍事』を学んだ者という事で、落ち着いた。 森の中を偵察し、危機的状況になる前に、その状況を発見通報する事がお役目。 そのために、森に隣接する村々からの、生の情報に極めて敏感に反応しなくては成らないのだ。



 ――― わたしが指揮権を戴いた 『 遊撃部隊 』 は、そんな部隊だったのだ。



    ――――



 少し前まで次兄が指揮していた部隊でもある。 その主な任務は、魔物や魔獣の出没連絡を受け、実態を正確に把握する為の威力偵察部隊。 前世で云う特殊作戦部隊となる。 王国軍とは比較に成らない程、小さな軍勢ではあるが、辺境の生命線である事に疑いの余地は無い。


 死傷率も高く、10年で半数は入れ替わる。


 そして、今回の大幅な人員移動により、遊撃部隊に回せる人員構成が大きく変化する事になった。 次兄は常に兵を鍛え、その任務に値する精兵を維持する事に腐心されていた。 その結果、多くの有能で勇気ある者達で構成された、近隣の騎士爵家でも一目置かれる部隊と成っていた。 が、今回の騒動で、その多くが主力に編入され、現在の遊撃部隊は新兵を主力とする、部隊と成っている。


 遊撃部隊の多くの作戦を、主力が担ってくれている現在、わたしの役割は遊撃部隊を実戦投入できる迄、鍛え上げる事だった。 その為の方策を次兄は用意してくれていた。


 次兄は、基幹要員と成る者達を、遊撃部隊に残してくれた。 いずれも五年兵に相当する猛者たち。 威力偵察に於いて、小型の魔獣に囲まれても独力で排除帰還できる者達でも有った。 新兵は辺境の若者達で、年齢最下限が十二歳。 上は二十歳と成っている。 


 国軍の平均よりも遥かに若い。 しかし、辺境の民となれば、基礎的な運動能力も優れている。 それに、各人がそれぞれに ” 武人系統 ” の技巧(スキル)を授かっている為、王国軍一般兵を凌駕する精強さの萌芽は見られる。 それでも、次兄が残してくれた兵達からすれば、見れたモノでは無いとの事。


 わたしの副官には、長兄が直々に付けてくれた古兵が一人付いた。 これは、嬉しい誤算でも有る。 古兵の知恵は、御婦人方が心を奪われる『宝石』にも例えられる。 古兵達の『経験則』と『戦闘の流れ』を読む能力は、学ぼうと云っても一朝一夕には身に付けられる物では無い。


 それに、もう一つ理由も有った。



若様(ぼん)。 基礎訓練は順調ですな。 訓練指揮官の目に止まる者達も出てきました。 予想より早く実戦化(バトルプルーフ)が、出来そうですな」


「爺。 貴方が副官に任じられたのは、わたしにとって、望外の喜びだよ。 だけど、『楽観』は死に繋がるよ。 確かに動きは良くなった。 王国兵、練兵基準ならば、既に中級兵として任じられても可笑しくは無い。 けれど、遊撃部隊が担う作戦を考えると、もう少し練兵は必要と思う」


「ほう。 その根拠は?」


「ちい兄様…… いや、次兄様が残して下さった猛者達はいずれも、一級の『戦士』。 威力偵察にしても、襲撃偵察にしても、個人で(こな)す能力が有るのだが、その領域まで兵を鍛えるとなると、時間がいくらあっても足りない。 その間の兵達の損耗率を考えると、胸が悪くなりそうだ」


「確かに、その通りでは在りましょうな。 しかし、それが騎士爵家の軍団に入ると云う事。 命の危険と、民の安全を天秤に掛けようと思う者は、軍団の徴兵に応募はしないでしょうな」


「言っている意味は理解できるよ。 爺、わたしはね、訓練をし、鍛錬を積んだ者が、易々と命を投げ出す様な事を憂いているのだよ。 それだけの兵を作り上げるのに、どれ程の金穀が消費される? 人が成長しその能力を十全に果たす。 誠に素晴らしい事なのだよ。 それをむざむざ死地に送り込むのは、如何なものかと思うのだ。 生残率を上げる方策を練るのは、指揮官としての職務と心得ている。 わたしはね爺、もう少し遠距離偵察を出来る者を増やそうかと思っている」


「……それは。 難しく在りましょうな。 遠距離偵察は、広範な『索敵魔法』を行使出来る豊富な内包魔力を持つ者がする事。 体内魔力をほぼ持たぬ民草にそれを期待するのは、少々酷かと。 地道に潰して行くことが肝要かと」


「『()』は……有るのだよ爺。 午後に皆を集めて欲しい」


「…………承知」



 ――― そう、『方策』は有るのだ。



 わたしはその『方策』の為に、自身が王都にて『稼ぎ出した金穀』を、惜しげも無く投入していたのだ。




皆様のお陰で140萬pvを突破しております。

有難い事です。 中の人は驚愕と畏れに打ち震えております!!


楽しんでもらえたら幸いです。 まだまだ続きます、どうぞよろしくお願いいたします。


龍槍 椀 拝

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今まで見たファンタジー世界の小説では、現代風な会話やったせいか何も思わんかったけど、この作品読んで改めておかしい思うたわ。 中世な世界観ねんからそら今と言い回しとか違うもんな。 最初は慣れんかったけど…
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