――― 監察者の決断 ―――
◆ 答え合わせ と 辺境の武人。
あるいは、騎士爵家三男の『本懐』
眼下で『茶番劇』が、催されていた。 演目参加者は高貴なる方々で、観客は今年成人した者達とその家族。 観客の中には、不穏なモノを感じ、早々に謝恩会を抜け出している者もいた。 アレ等は、良く状況を見、観察し、自身で決断を下せるホンモノと云う訳だ。
なかなかに、面白い物を見せて頂けた。 と、その時、小さな物音が耳朶を打つ。 咄嗟に注意がそちらに向き、護衛態勢を整え、何時でも抜刀できる態勢を整える。 薄ぐら闇の中でも判るくらい、この場の皆様の視線が、その物音のした方に向けられたのが判った。
予想される訪問…… と云う事か?
私が入室した扉が小さく開き、そして閉じられる。 ゆったりとした歩調で、此方に向かう一人の人影。 警戒をしつつも、その装いに目を凝らす。 それが、『成人の誓い』を、立てた相手…… つまりは第一王子殿下である事が見て取れた。
真っ直ぐに、真摯な視線を向け、何かを決したような表情を浮かべておられる第一王子殿下。 害意や殺意などと云うモノは存在しない。 端正な御顔から、窺い知れるのは、強い、強い、想いのみ。 護衛対象者に対する害意は無い。 臨戦態勢を解く。 ただ、その挙動に視線が付いて行くばかりになった。
並ぶ高位高官の前を、殊更ゆっくりと歩みを進めた第一王子殿下は、一段高い場所に居られるお二人の前で行く歩の先をお二方の方へと変えられた。 その場から五歩進まれると、膝を突き胸に手を当てられる臣下の礼を取られた。
―――― 国王陛下は、静かに言葉を紡がれた ――――
「決まったな」
「弟は…… 視野の狭さが何よりの懸念点では御座いました。 そして、耳に心地よい言葉を聴き、箴言を遮断する心根は、『王の資質に欠けた者』であると、言わざるを得ませんでした」
「お前の双肩にかかる重圧、計り知れぬが担えるか」
「この身、砕けようとも、王国の屋台骨を支えましょう」
「アレの醜態で、お前の『覚悟』は決まったと云う所か。 …………公女よ、まだまだ雛ではあるが、こ奴を支えては貰えぬか?」
「支える…… のではなく、共に道を歩むのであれば、『 諾 』と申しましょう。 殿下、『同じような経験を致しました者』と致しましては、第一王子殿下に申し上げる事柄は『一つ』」
「……何だろうか、公女」
「腕を組み、目の前の困難を切り拓き、明日へと、未来へと、共に歩む事を誓いましょう」
「…………なんとも、熱烈で在り、冷徹なる告白と誓い。 より良き未来の為に、私と共に有ると、そう申されるか」
「誓って。 多くの『良き朋』と共に、殿下と歩みを一つにし、敬愛を捧げ、この国を守護いたしましょう。 我が心は、誰にも侵されぬ神聖な物。 その意思を以て、『我が心』を、殿下に捧げましょう」
「…………『同じ痛みを持つ者』が故に、その言葉の重み、心に沁み入る。 礼を言う、ありがとう。 重き荷を担い、坂路を登るがごとき『治世』は、公女に大きな負担も掛けよう。 が、私の誓いでもある一つの言葉を君に贈る。 君は一人では無い。 困難な時に隣を見よ。 必ず、私は其処に居る」
「有難く…… 有難く、存じ上げます」
公女様は席から立ち上がり、第一王子殿下の傍まで歩を進まれた。 護衛の私はその五歩後ろを歩く。 途中、軍務卿の倅の後ろを通る。 視線だけで、大変なことに成ったなと、会話を交わす。 公女様が第一王子殿下の元迄進まれると、殿下は公女様の右手を取り、その甲に唇を落とされた。 殿下は立ち上がられ、公女様の手を取り、更に五歩前に進まれる。 此処で、わたしはお役御免と成る。 未来を誓われた公女様が、共に歩まれると決めた方と御一緒の場合、十歩以上の距離を詰める事は典範より禁止されている事項。
さらにいえば、公女様の護衛の任は、その将来を捧げる方の権能の内と成り、公女様が御自身で任命された護衛の職務はこの場で解消されたと、解釈しても良い。 単なる辺境騎士爵家三男の護衛よりも、研鑽を積んだ本物の近衛護衛騎士が、近くに存在するのだから。
足早に下座に下がる。 入口の扉の近くまで下がる。 いや、ここでも不十分なくらいだ。 隣に後宮女官長がするりと扉と私の間に入られた。
「これ以上は御下がりに成られぬ様に。 このお部屋に御招待された方の面目にも関わります故」
「左様ですか。 ならば、この場で。 ……後宮女官長殿」
「はい、なんで御座いましょうか?」
「わたくし…… 何時までこの部屋に留まる事に成るのでしょうか?」
「は? えっ? あ、申し訳ございません。 もう暫く…… もう暫く」
なんだかわからないけれど、後宮女官長殿は、大きく動揺を見せられ、わたしが勝手にこの場所を去る事をとても警戒されておられた。 小身の騎士爵家三男の子倅が、この場に同席するのは甚だ疑問に思うのだが、どうも、わたしは必要とされているらしい。 訳が判らない。
玉座前にて臣下の礼を捧げる第一王子殿下と、大公家御息女のお二人を眼下に見られた国王陛下は、玉座から立ち上がり、天命を宣するが如く、勅を発せられる。
「第一王子、王太子に冊立する為に、成せねば成らぬ事が有る。 数多の貴族家の合意を得る為には、お前を王妃が養い子と成す。 血の継承は、そなたの肉体に流れる朕が血脈。 貴族家が血統の頂点として、選ばれた妃、及び、側妃。 どちらも優劣付け難いが、内包魔力が幾分多い妃が、この国の国母となった。 故に、そなたを母方の血筋を統合する。 生母の側妃と養い親の正妃。 これで、血統と血統の血の盟約は果たされる。 諸卿よ、良いな」
「「「「御意に御座います」」」」
「王妃も。 この場に居らぬ側妃には了解を取り付けてある。 どうだ」
「御意に。 事、此処に至っては、致し方ございません。 肚を痛めし男児なれど、あの思考方法と性格は矯正できぬでしょう。 願わくば、命までは奪われぬ事を希望いたします」
「王領の小領に於いて、その地を治めさせる。 王都内への出入りは禁止する。 さらに、周辺に軍施設を置き、監視下に置く事とする。 妃は…… あ奴からの希望通り、あの子爵令嬢を妃とする事とする。 『断種措置』と『魔封じ』は必須ではあるがな。 妃よ、辛かろうが堪えて欲しい。 王太子冊立への試金石にと…… 為した事で…… このような…… 馬鹿げた事になるとは……」
「……陛下。 それは、アレの為人に御座います。 陛下は、アレの助命を聞き入れて下さいました。 分け身への深き愛情と慈愛に、感謝申し上げます」
「妃よ…… アレも又、我が子ゆえな。 ぐっぅ…… 諸卿よ。 次代はコレで定まった。 次代と目された第二王子は、自身の言動、所業によりその資格を喪失。 その側近たるを自負したる者達に於いては、各家の采配に任せるが、第二王子が断種、魔封じの上、王領の一角に『終生逼塞幽閉』と云う罰を受ける事を鑑み、各家当主には相応に処遇を考えて貰いたい。 王家は、貴族家が独立性を侵犯したくはない。 しかし、貴族間の均衡を崩す様な事柄には、寛容を示しはしない。 諸卿よ、良いか、宰相と諮り、各家に於いて『愚か者達』、処遇を決めろ」
「「「「「 御心のままに。 我等一同、藩屏たる矜持を持ちて、御言葉、承知いたしました 」」」」」
遠く、低く聞こえる、国王陛下の御声。 朝臣方の陛下の藩屏たる誓い。 成程、今の王国は盤石なのだと、そう理解した。 そして、第一王子がそれを覚悟を以て引き継がれる。 うむ…… 『善き事』なのだな、コレは。 あの子爵令嬢もまた、使い勝手の良き駒であったと云う事か。
その婚約者であった『わたし』は、関係者とは云え、ほぼほぼ傍観者。 自身の研鑽を第一に考えた魔法学院での『あの日』からの日々。 その知識と技を以て辺境に帰り、あの厳しき故郷を支える一人と成るのだ。 それが、私の……
――― 騎士爵家三男の本懐とも云えるのだ ―――
うん、そう云う事だな。
もう、王都では見るモノは見た。 聴く事も聴いた。 晴れやかに、大手を振って故郷に帰るとするか。 この先、色々と、発表の仕方や、此処に集う高位の方々の『沈痛な思い』もまた、何時の日か昇華される日もこよう。
国王陛下の御宸襟にある感情により、心苦しき日々は続くとは思う。 が、陛下並びに、王国の舵取りをする皆様は、『負の感情』に負けはしまい。 ならば、なにも問題は無いのだと心内で『安堵の息』が漏れる。
私は満面の笑みを浮かべ、眼に映る情景をしかと脳裏に刻み込んだ。 そう私は……
―― 暗い回廊の其処に『王国の未来』を見たのだ ――