表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士爵家 三男の本懐  作者: 龍槍 椀
第一幕 辺境武人の子
18/144

――― 茶番劇 ―――



◆ 断罪者の愉悦



 暗い回廊から、眼下にみえるは、光に満ちた王城大広間。 あちらからはこちらは全く見えないだろうな。 『謝恩会』の開催の宣言を成される第二王子が壇上に登壇される。 周囲に侍るのは何時もの面々。 本来ならば、各人の御婚約者様方が傍に居られる状況なのだが、今はそうなっていない。 明かり魔法灯火の元、輝く様な金髪と、海の様な瞳を持つ第二王子殿下が声を挙げられた。



「皆の者、成人となった事を言祝ごう! 本日より、貴殿らは王国に忠誠を誓い、国王陛下の藩屏たる貴人として公に認められし者達と成る。 王国の発展と富国強兵に今後も邁進する事を期待する。 皆の勇躍飛躍を期待し、開会の辞と成したい所だが…… その前に、皆に伝えねば成らぬ事が有る!」



 傲然と顔を上げ、拡声魔法により、若々しくも朗々とした声が、王城大広間に響き渡る。 王族 第二王子。 それも、王太子に最も近い方。 行く末を約束された、そんな人物の言葉は、大広間に集うこの国を支える、成人に達した貴種の者達と、その家族に等しく広がる。 状況は、圧倒的。 王者の風格すら既に纏い始めている第二王子。


 誰しもが、第二王子が続ける言葉に耳を傾け、広い王城大広間には(しわぶき)一つ起こらない。 真剣な、幾多の視線が壇上におわす第二王子に注がれる。 ただし、その視線には、幾分訝しげな『色』も乗っている。


 何故なら、本来その側に立つはずの人物が居らず、その代り豪奢なドレスに身を包んだ子爵令嬢が立っていた為だった。 今にも笑みが零れそうな、子爵令嬢。 感情を表に出しているのは、如何ともしがたい教育の敗北の象徴。 王国にとって重要な式典に於いて、なにもかも足りぬ彼女が、第二王子殿下の側に立つ事の意味に気が付いた者達の間に、困惑の感情が見て取れた。



「魔法学院が入学には婚約者を建てねば成らぬ。 それは、たとえ王族と云えど違える事は出来ぬ。 がしかし、魔法学園に学籍が有る内に、婚約者に支障あらば婚約の白紙化を唱える事も可能であり、生涯の伴侶を見極める期間でも有る。 私も悩んだ。 わたしが幼少の頃より、仕え、支えてくれた大公家の令嬢たる婚約者は魔法学院入学前は善き伴侶と成ると、そう期待した。 しかし、残念な事に、彼女は大家の驕りを顕わにした。 その事実を突きつけられたのは、此処にいる子爵家の令嬢たる貴種の素晴らしい令嬢に対し、有ろうことか悋気を発し、学園より排除しようとした。 私はその事に、驚きと怒りを禁じえなかった」



 朗々とした声音で、話は続く。 何故に、子爵令嬢を側に置くのかを説明しているつもりなのだろう。 悪手と云える。 魔法学院内では周知の事実としても、事、公の行事たる『成人の儀』の謝恩会にて話す内容では無い。 それも、当事者が堂々と述べる内容とは言い難い。


 何方かと諮ったのか? 誰の許可を以て、発言を始められた? それは、執政府でもある朝議の場に於いて、賛同を以て決せられた事柄か? 暗闇に沈む回廊で、椅子に座り成り行きを見守っている方々は、ただ、ただ、淡々と見詰められている。 高貴な方々の内心、国王陛下の御宸襟、王妃殿下の思う所は、きっと暴風雨の海上にて、波に翻弄される小舟の様な様相を呈しているのだろうな。


 目の前にお座りに成っている公女様は、なんの感情を浮かべる事も無く、静かに王城大広間をご覧になっている。 さも、当然と云う様な雰囲気すら感じられる。 これには…… わたしも参った。 不当で謂れなき不名誉を擦り付けられようとも、この方は、確固たるご自身を揺るぎなくお持ちなのだと感服する。 


 あの日、あの時、あの渡り廊下で、お会いし言葉を交わさせて頂いた時と、何の変りも無く…… ただただ、清冽で、苛烈で、矜持に満ち満ちた方だった。 眼下では、勝手な言葉が引き続き第二王子殿下の口から流れ出ているのだ。 そんな現状にすら、小動もせぬ公女に頭が下がる思いが胸に競り上がる。



「…………子爵令嬢は、この国を率いるべく研鑽に勤めるわたしに、優しき眼差しと慈しみの心を示してくれた。 当然、彼女にも婚約者は設定されている。 故に、私は節度ある距離を持ち、接していた。 しかし、彼女の婚約者は彼女を放置し続け、贈り物の気遣いすら無く、彼女を傷つけ続けた。 彼女の『寄り親』も、その現状を察知したのか、彼女の婚約を極めて異例な処置として、解消された。 これは、彼女の名誉の為に云う。 『責』は全て、彼女の婚約者であった、辺境の最下層爵位である騎士爵の子倅にある。 彼女に何の非も無い。 所詮は田舎者。 内包魔力が有るが故に、魔法学院での研鑽を認められただけの下種。 そんなモノに彼女の様な高貴で慎み深く、慈しみ深い者が釣り合う筈はない。 断じて無い! これにより、いかなる不利益を被るか判らぬ彼女に、私は最大限の保護を申し出、魔法学院内で十分な淑女の研鑽を積んでもらう事とした」



 身勝手な論法だ。 自身の目にする事、耳にする事を鵜呑みにした結果の語り…… もし、周囲に散りばめられる『声』に耳を傾け、状況を整理し、己を律するならば、自ずと違う答えも導き出されただろうに…… 王子殿下の考えを肯定する者ばかりで周囲を固め、自身の持つ権限を偏ったまま行使し続ければ、その眼に写るモノは、それに則したものとなり、その現状認識に立脚した思考は自身の置かれている状況をまともに理解する事を阻害する。


 なんとも、基本的な貴族の思考から離れた御方だ。 王家の黄金の鳥籠に生れ落ち、金枝、銀枝に抱かれ、宝石を食していた第二王子殿下には、野生で育った『夜の蝶』になる前の極彩色の芋虫(・・・・・・)が、それまで見知った者よりも遥かに優美に映ったのだろうな。 これは、王家の初等教育の敗北の結果。 大事に育てるが故に、現実を直視する時が失われ、『黄金の鳥籠』のみが世界だと認知してしまったからだ。


 とても…… とても、残念な事だ。 賢王との誉れ高い国王陛下と、国内の女性貴族の頂点に立つ王妃殿下の間に産れ、特権を享受し権能を生まれながらに与えられて来た男にしては…… 甘い。 甘すぎる……


 もし、第二王子殿下が、この国の王として至高の階の上に座す玉座に、このままの思想思考で座されるのならば、王国の未来には暗い闇が置かれるやもしれない。


 聞こえの良い言葉を鵜呑みにし、現実を直視せず、周囲の風評で事を断じてしまう御気性は、幼き頃からの習いであろう事は、想像に難くない。 視野がとても狭い。 自分が見るモノが全てであると、そう断じている者の驕慢さが窺える。


 情報を収集し、断片から全体像を想像し、『噂話』の裏の裏を読み、全体像を把握する。 低位貴族ですら、まして、末端に位置する騎士爵家の私ですら、幼き頃よりそう仕込まれている筈の『貴族としての常識』が、あの尊き方には欠落している様に見受けられる。


 あの方がもし、辺境にてお暮しに成る様な事態と成れば…… その様な認識と知恵と知識では、常時危険に晒されるだろう。 魔物、魔獣の襲撃は云うに及ばず、人々からの関係性の断絶、傷病に関しても特権は享受できないし、むしろ放置される…… 話を聴かないモノに、辺境の者達は冷たいのだ。 協力してさえ、生きていく事に汲々とする場所なのだからな。 うん、無理だ、 一年も持たず、永久の闇へと誘われるだろう。


 ――― 表情を変えず、ただただ、落胆の思いで、この茶番劇を眺める。


 生家が貶められようと、辺境を悪しざまに罵られようと、それは、あくまで第二王子殿下の個人的 『 感想 』 にしか他ならない。 事実、陛下を含め、この回廊に参集した方々には、その様な意思は見受けられない。 軍務卿に至っては、至極申し訳なさそうに此方を窺う事までして下さった。


 なに、高々、成人したての貴種に罵られようと、何も知らぬ赤子が泣くのと同じようなモノ。 敢えて言う。 気にする方がオカシイのだ。 ……あの馬鹿の演説は未だ終わらず、今度は標的を公女に切り替えた。



「………… そんな心優しく、慈愛の心を持ち、淑女教育に研鑽する彼女を、我が婚約者は排除しようとした。 自身の持つ権能と大公家の威光を以て、彼女から勉学の機会を奪おうとしたのだ。 許し難く度し難い。 子爵家に問い合わせた結果、魔法学院より退校の意思を問われたと。 伯爵級の内包魔力を持つ令嬢に、魔法学院で学ぶ機会を奪う様な横紙破りを出来る様な影響力を持つとすれば、それは王家以外には大公家くらいしか思いつかぬ。 立場が弱く、婚約者に蔑ろにされた哀れな令嬢に対し庇護を申し出た私への反意に他ならない。 このような心根の者に、我が妃は務まらぬ。 よって、成人の権利として、私に成された 『 婚約 』 を廃する。 これは、正当な成人の権利であり、正義は私に在る。 責は婚約者達に在る事は間違いない。 よって、この場で宣する。 私の傍を勤める有能なる者達も、それに賛同してくれた。 また、彼等の婚約者達も、公女に倣い、悪辣な姦計を成したと云う。 よって、彼等も又成人の正当なる権利を行使し、彼等の婚約も廃した。 公女 及び その取り巻き共には反論を許さぬ。 証左は詳細に国王陛下に提出している。 座して沙汰を待て。 正義は行使されたッ! そして、王国の未来を担う諸君、今日の善き日に、悪を退けた事を共に慶ぼう。 我らが王国の明日に光を! 我等を導いた全ての者達に感謝を! さぁ、謝恩の祝賀を始めようぞッ!」



 楽団が音楽を奏で始める。 遣り切った感を出し、にこやかに微笑む第二王子殿下。 その側には、件の子爵令嬢。 距離感はまるで婚約者の位置。 和やかに謝恩会は始まった。 ファーストダンスも始まり、第二王子殿下は当然が如く、件の子爵令嬢の手を取られる。


 まぁ…… そう云う事なのだろうな。 側近気取りの者達も、件の子爵令嬢の取り巻きだった子爵、男爵家の令嬢達に手を差し出していた。 周りは困惑を感じつつも、予定調和が成されているのであろうと、祝辞を述べあい、言祝ぎを第二王子に捧げている…………


 不味いな。 コレは……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
最初この作品癖ありすぎて切ろうかと思ったけど、不思議と惹き込まれるなぁ これからの予想ができない
主人公の「こいつは辺境じゃやっていけないぜ」ムーブ面白い 悪いというわけでもないけど第二王子はやっぱりどこか前線近くで鍛え直しですかね……
悪役令嬢の婚約破棄は乙女げーだから成り立つんだよなぁ… 謝恩会の出席者、おい、お前らも高等教育を受けた貴族だろう 寿いでどうする、この代の貴族の未来が暗すぎるぞ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ
OSZAR »