――― 監察者 ―――
◆ 審問は密やかに、そして、厳格に
「お連れ致しました」
後宮女官長の声で、重厚な扉が開く。 女官長に続き扉を抜けると、ピタリと扉は閉じられる。 幾許かの魔力の流れも感知できた。 つまりは、この場所に強い結界が張られたと云う訳だ。 とても…… とても暗い場所。 かなりの段数の階段を上った事を考えれば、相当に高い場所と云える。 天井裏とも云える場所と考えられもする。
成程、視線を巡らさば、ほぼ水平方向に大広間の巨大なシャンデリアが見て取れる。 つまりは、そう云う場所なのだと、理解する。 大広間に向かって大きく取られた窓…… と云うより、回廊の様な雰囲気すらある。 天井を支える梁が、巨大なアーチを構成し、その末端は床へと沈み込んでいる。
次第に暗がりに目が慣れてくると、其処にはかなりの数の人影が見えた。 重厚で貴顕が座す椅子が並ぶ。 そして、着席するのは見知らぬ壮年の男女と令嬢達。 一人、二人と記憶にある顔があった。 その中の一人に、言葉を交わした事はあるが、御姿を間近で拝見した事は無い方が此方を見ておられた。 その方を、遠目に見たことが有ると云うだけなのだが、その存在感は魔法学院で知らぬ者は居ない。
「来て下さったのね。 ありがとう。 貴方も関係者の一人と云う事で、お招きしました」
「御趣旨は…… 『監察』の結果確認でしょうか、公女様?」
「ホホホ…… 良く見える眼をお持ちですね。 そうです。 今宵、これから始まる『茶番劇』を、観劇しましょうと、お誘いした迄。 …………おや? お連れ様が居られるの?」
「はい。 朋と呼べる方と、その御婚約者様に御座います」
「そう…… 軍務卿、御話をされたの?」
傍らに座る、壮年の高位貴族にそう語り掛けられた大公令嬢。 凛としつつも鈴を転がす様な透明感が強い声音。 しかし、その中に叱責と云うべき『色』が含まれることは、誰が聴いても明らかなのだ。 器用な声の出し方だと、ただただ感嘆する。 その問い掛けに、憮然とした声が応える。 重厚な声音が、幾分強張った『色』を醸した事が、驚嘆に値する。 そうなのだ、この壮年の高位貴族の方は、大公令嬢に気圧されておられるのだ。
「公女、わたくしは『守秘義務』を負うたのです。仮令家人とは云え、話す訳は御座いませぬ」
「そう、ならば、御子息が彼に接触したのは、彼自身の判断と云う訳ね。 成程、それは重畳。 まさに、軍務卿の教育の賜物ね。 教育の神髄を受るも受けぬも、その人の為人と。 成程、『 責 』は、卿には無いと云う事ね。 一人は失敗したけれど、もう一人は成功したと…… その差は本人の為人と、心内に産れし、貴族の『責務と矜持』の在り方と。 善き事ですわ、軍務卿。 卿の家への『お咎め』は、陛下と宰相様と相談と成りましょう」
「ふぅ…… 首の皮一枚と云ったところでしたな。 ……おい、此方に来て座れ。 令嬢、少々込み入った事情がある。 今から起こる事、しっかりと目を見開きよく考え、未来に備えよ。 我が侯爵家の奥向きはそなたの細い肩に掛かる事と成る。 心せよ」
アイツは…… 驚きつつも自身の予見した事柄が、正鵠を射ていた事に満足していた。 が、その結果何が起こるのかを理解して、顔色を無くしていた。 御令嬢は既に卒倒しかけている。 まぁ無理も無い。 軍務卿の御言葉では、御継嗣の変更が告げられたようなモノだしな。 頑張れよ、未来の軍務卿殿。
「貴方にも席を……」
「それには及びませぬ。 小身、辺境の末端貴族家である騎士爵家の子倅に、この場は余りにも過ぎるもの。 その上、着席など思いもよりませぬ。 どうかこのまま」
「…………ならば、誰ぞ、この者に護剣を。 そう、近衛の剣を。 あぁ、大公家の衛剣でも構いません」
「??」
「今、この場のみですが、貴方をわたくしの護衛として任じます。 席の背後に侍り、わたくしを護りなさい」
「御意に、公女様。 暫し、御待ちを」
公女様の御言葉に従う。 騎士爵家の者ならば、護衛の任に就くのも有りがちな事。 背後から護剣を手渡された。 鯉口を三センばかり抜き、刀身が真剣である事を確認した後、腰に吊るす。 佩刀を履けば、臨時に騎士となる。 これで、公女様の護衛は勤められる。 ならば、職務を遂行するまで。
これでも、その手の教育は魔法学院騎士科に於いて、しっかりと教授されている。 ならば、その成果を示すまで。
公女様のお座りに成る椅子の背後に侍り、周囲に警戒監視の視線を向ける。 臨時とはいえ、護衛騎士となったのだ、それ相応の態度を示し、以て公女様の安寧に勤めなくてはならない。
――― クックックックと、低く重厚な笑い声が耳朶を打つ。
その方に視線を向けると、一段高い場所に座る一組の男女。 一段と昏いその場所に、誰が座っているのかは見えない。 が、見えずともこの場所に集っている者達が誰かが想像出来れば、それが誰かは自ずと答えが出る。
――― 我が国の 国王陛下と、王妃殿下のお二方……
まさかと思ったが、公女様の護衛に任じられてしまった今、陛下に対しての礼の姿勢は取れない。 任命されてしまった『 職務 』が、わたしにそれを許さない。 従って、高貴なる面々の前に於いて、甚だ不敬ではあるが、直立したまま動けなかった。 ただ、ただ、公女様の守護を司る、騎士でいなくてはならなかった。 その様子を楽し気に見詰められた国王陛下は、おもむろに公女に問いかけられた。
「……公女よ、気に入ったか?」
「陛下、この方は『貴族の心根』を持つ方ですから、その様に。 ……中々の者ですわよ」
「そうか、そうか。 豪胆にして実直か。 忠義に厚き、『辺境の武人』と云う訳か。 成程な。 昔…… 看破した、『 王国が矜持は辺境に在る 』 と、云うのは、今も変わりないか。 そうか、そうか。 ハッハッハッ。 善き哉!」
陛下に褒められている? なんだか、身の置き場が無いな。 いや、なんで居るんだよ、こんな場所に、この国の最高権力者が…… 本来は、王城の最深部におわす方では無いですか。 それを、このような場所で……
いや、待て。 と云う事は、つまり…… 何らかの重大な、国家の行く末を決断するような『裁定』を下す場面だと云う事か。
そして この場に、国王陛下、王妃殿下、軍務卿が居られると云う事は、その他の朝議に参加される貴顕の面々も居られると云う事。 大公家の御息女が居られると云う事は、その周囲に侍る第二王子殿下周辺に侍る者達の御婚約者達も居られると云う事。
この方々は、本来 『 主賓 』として、扱われても当然な、家格の方々。 『謝恩会』には、参加されないのか?
ふと、眼下のメインホールに目を遣る。 煌びやかな集団があちこちに佇んでおり、謝恩会の開始を告げる『宣言』を今や遅しと待っていた。 成人を迎える者達、そして、その家族達は、誇らしげに家運の隆盛を願いつつも、謝恩会を楽しんでいる。
その中の一集団に、煌びやかな装いに身を包んだ女性達が居た。 その装束は、この薄暗い場所におわす、高貴な方々の家格に準じた装い。
身代わり?
いや、前世の言葉を借りるならば、影武者と云う事だな。 当然の如く、公女様の影武者も居られる。 良く顔を観察させぬ様に、上手く扇で顔を隠してらっしゃるが…… アレは、軍務卿の連枝が上級伯家の御嬢様だろうな。 歩き方に特徴が有るんだ。
幼き頃に、ご家族で移動されている時に、魔物の襲撃に合い、上級伯様と奥様は身罷られ唯一の子であった、彼女も又深き傷を負われたとか。 その時の傷が元で、今は公女様付に侍女として、公女様に公私に於いて献身を捧げる存在となったと…… 噂には聞いていた。
そうか、あの方が……
立ち姿、その醸す雰囲気など、公女様と瓜二つ。 『影』として在ろうと、相当に研鑽を積まれたのだろう。 ……歩き方は、如何ともしがたいが、判る者にしか判らないだろうな。 皆様、相応に色々と『役割』を振られているようだ。
今から始まる事の重大さに、一層身が引き締まる。 今も、この瞬間も、公女様に於かれては、身の危険が有るのだと、そう理解した。 より一層、護衛に心を砕かねば成るまい。
―――― そして、茶番劇の観劇と仰られたと云う事は……