表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士爵家 三男の本懐  作者: 龍槍 椀
第一幕 辺境武人の子
14/144

――― 一世一度 ――― 



◆ 王国の権威を垣間見る。



――― 第二成人を祝う、式典当日を迎えた ――― 



 用意された正装を纏う。 ピタリと体に沿う礼装。 十六歳のわたしの体躯は、まだまだ発展途上。 つまり、この式服はたった一度切りしか用を成さない。 それだけの為に大枚をするりと出すのは、流石、高位の侯爵家御令息だと苦く笑う。


 何時もは、身体の発達も予想し、少々大きめの魔法学院からの支給品しか着ていない。 寮の部屋に作り付けの姿見の中、自身の姿を見るに、前世の諺が浮かび上がる。 



 “ ……馬子にも衣装か。 垢抜けぬ辺境の男でも、装いを正せば、見れるモノに成るのだな ”



 昨日の内に、寮に付随する施設で、短く整えた髪。 平凡なりに精悍にも見える顔つき。 贅を凝らした服地で整えられた正装。 腰に剣でも下げれば、一端の騎士の礼服とも見受けられる。 勿論、襟周りには何の徽章も無い。 胸ポケットには略綬の一つも付いていない。 無いが故に、最もシンプルな軍服で有名な、国軍予備参謀将校に見えなくも無い。 あいつ…… 狙っていたな。


 使い込まれ、良く磨かれた靴に履き直し、寮の部屋を出る。 この礼服を着用すれば、自ずと背筋も伸びようと云うモノ。 礼法の教育もまたしっかりと行われる魔法学院での授業を思い出しつつ、服に負けぬ作法通りの振る舞いを自身に課す。 


 寮内で、行き交う級友たちの “ 誰だ、アレは? ” の視線と、その婚約者達の微妙な “ ぬくもり ” を感じる視線を受けながら寮を出て式典の行われる式典会場に向かう。 寮の前の車寄せはごった返していた。 多くの者達は、自家で用意した馬車に乗り込み、紳士も淑女も、爵位に基づき式典会場に向かうからだ。


『成人の儀』が挙行される場所は、本来ならば魔法学院の大講堂だったが、本年は王族が成人されると云う事も有って、特別に王城大広間にて挙行される。 慣例の様なモノだった。 わたしは馬車など用意するような機会も財力も無い。 よって、徒歩にて会場に向かう。


 魔法学院と王城との距離はそれ程 離れていない。 騎士科の実技で鍛え抜いたわたしならば、四半刻もあれば到着する。 魔法学院の寮から王城迄は貴族街を抜けるのだが、そう云えば貴族街に足を運んだことは無かった。 物珍し気に、立ち並ぶ高位貴族邸を見てしまう。


 辺境の我が騎士爵の邸など、この壮大で美麗な建物群の前では納屋に等しい。 ふと、故郷を想う。 国境の魔物の森に程近い故郷。 魔物魔獣の脅威に晒され、いつも緊張状態が続く我が家。 臨戦態勢が常だったと、しみじみ思う。 王都はそんな命の危機を感じる事は全くない。 


 無いが故に、人と人の間に在る種の壁の様なモノが出来ていると、そう田舎者のわたしは感じてしまう。 そう、辺境では常に危険と隣り合わせ。 命の危機が添い寝している様なモノ。 ならば、人はより強く結びつき、思う事は口にし、注意を周囲に払い、互いが互いを護らんとする意識が強いのだと理解する。


 自嘲気味に薄く笑みが浮かぶ。 魔法学院に於いて、真に誰かとの友誼を得たかと云うと、同年代の者達とは、ついぞ結ぶことは無かった。 何かしらの思惑の元に、繋がりは付けたと云ったところか。 反対に、教諭陣には良くして貰った。 間違いの無いようにしなくてはならないのは、わたしの生きる場所は辺境で在り、王都では無いのだと云う意識。 よって、現状にはさほど不満は無かった。


 まだ午前中でもあり、日差しは強くない。 汗ばむ事も無く王城に到着する。 白亜の巨城である、我が国の王城。 政治の中枢である事は勿論、陛下、妃殿下を筆頭に王族の方々が住まう場所。 威厳も威信も十全に備わった場所で在り、高々騎士爵家の…… それも三男である私が足を踏み入れる事など、無い筈の場所。



 ――― 機会を得て、入場できる幸運を神に感謝を捧げよう。



 入城に際し、魔法学院の生徒だと云う事を証する。 衛士が証を見て、大いに驚いていた。 まさか、徒歩で登城するとは思ってもみなかったのだろうし、従僕すらもつれていないとなれば、疑いを持つのは必然だろう。 


 衛士の方々が、わたしの身分証明の提示を求めた。 魔法学院の『在学の証』は複製不可な代物な上に、偽造すれば首が落ちる。 それを知る衛士殿達は、わたしが『成人の儀』の出席者と認識してくれ、相応の対応をしてくれた。


 立場上、彼等を咎める事は何も無い。 職務に忠実な行いに、深く感動を覚える位だ。 よって、彼等の態度に対し、敬意を込めて見習い騎士の敬礼を捧げる。 その忠節と規範の高さに、正しく誠意を見せる事は、辺境に暮らす者にとって、とても自然な事だからだ。


 衛士達は、そこでまた大層驚いていた。 低位の衛士殿達に、きちんとした敬礼を差し出す わたしが、とても(・・・)珍しいと云う事か。 歩を進めながら、王城城壁内の美しい佇まいに目を慶ばせつつも、少々思考を弄ぶ。 民、在っての貴族。 民、在っての国であると、幼少のころより叩き込まれたわたしにとって、衛士達の言動は不可解に他ならない。


 何故、あれ程までに身を縮めて過ごさねば成らぬのか。 何故、あれ程までに卑屈になる必要が有るのか。 出自の差は有れど、この国に生まれ育ち、さらには王に忠誠を誓い忠義を差し出す者は等しく敬するべき存在であるべきなのだ。 職務に忠実で、危険から王城内の貴顕を遠ざける役割を担う彼等。 軽く見て良い訳は無いはずだ。


 敬意と云うモノは、その個人の心根と誇りに対して払われるべきモノで、爵位や財産で図られるモノでは無いと。 そう叩き込まれた。 よって、末端とは云え、誇り高く矜持を持った男に育つように、教育を受けた。 辺境の騎士爵家の男ならば、その思考は血肉と成っている。 故に、此処王都に於いて、わたしは違和感に常に晒され続けている。


 王城大広間。 噂には聞いていたが、それはそれは豪華な場所であった。 今年成人を迎える魔法学院の生徒全員を迎え入れても、まだまだ閑散とした印象を与えかねない程の広さ。 生徒の親族を迎え入れて、やっと魔法学院の騎士科の鍛練場ほどの密度だ。


 エスコートの必要が無いわたしは、壁際に立ち大ホール内を(つぶさ)に観察していた。 歴代の国王陛下の偉業を絵画に起こし、飾られている。 魔法学院の美術科でも、そうは御目に掛かれぬ、いずれも傑作と云って過言ではない名画の数々。


 幾多の戦いの記録でもあった。 戦史の授業に於いて、教諭陣より教えを受けた数々の戦役。 その過程に於いて、勝利の瞬間に於いて、はたまた壮絶なる撤退戦に於いて、その最前線を勤めたる者達。 それが、王家の男達であった。 後に国王となり王国を率いる為の試金石となった数々の戦役。 その最高潮となるシーンを筆致を極めた画家により描き出されている絵画の数々。



 ―――― 思わず唸らざるを得なかった。



 王国の周辺で、遠く辺境たる地で、王族の尊き血は流れ、高貴なる者達の誉れも又生まれて…… 消えた。 平和な王国を望む歴代の戦士たちの強烈な意思が、王国歴代の国王陛下と王室の皆様方の必死な思いに感激を覚える。


 ならば、わたしもその想いを継がねば成らない。 辺境の地に於いて、未だ穏やかならない場所を安寧に導かねば成らない。 それが、騎士爵家の男として生まれたわたしの矜持でも有る。


 グッと口元を引き結び、食い入る様に現国王陛下が王太子殿下の時の親征の一場面を切り取った絵画に向き合っていた。





    と、その時……  





        ――― 涼やかで軽い声がわたしの耳朶に届いた。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ
OSZAR »