四侯。モールゼイ登場(お父様視点)
(前回までのあらすじ)
結界が国を守るキングダム。その結界を守る四侯の娘、リーリアは、転生者だ。生まれた時、母をなくし不幸に育つところだったが、持ち前の明るさで周りを巻き込み家族にも愛をもたらした。しかし、一歳を過ぎた頃さらわれ、辺境で暮らすようになる。それでも四侯としての力は隠せず、その力を狙うものが現れ始める。果たしてリーリアは無事家族の元に帰れるのか……
キングダムの結界は五つの魔石を使って作られている。一つ一つが大人のこぶし大の大きさで、それ一つで優に一つの町に結界を張れるという。それを五つ組み合わせることで、五つの町どころか一国を覆う結界が作れるようになった。
しかし、五つの魔石のそれぞれにある程度魔力が残っていないと結界そのものが発動しない。ゆえに、王家と四侯がそれを維持し、同時に国を治める。一侯でも欠ければ、結界の存続が危うくなることから、我らの権力は揺るがない。
しかし実質は、王家も四侯も、結界を維持することから逃れられない奴隷のようなものである。だからこそ、いくら貴族は他者の見本であれと言われても、その息苦しさに権力を振りかざして他者を虐げる者もいれば、リスバーンの先代のように、女色に溺れる者もいる。
逆に無気力になり、魔石を維持する以外の仕事にまったく興味もやる気も示さない者もいる。幸い、今代の四侯は極端に寄るものはいない。いないはずだ。
「オールバンス」
結界に魔力を充填し終わって、城の結界室から出て来た時、珍しく私に声をかけてきたのはモールゼイの当主だ。
「ハロルド」
私は少し意外に思い足を止めた。オールバンスが淡紫の目を持ち、リスバーンが夏青の目を持つように、モールゼイは、冬雲の目を持つ。銀と言うには少し濃い灰色の髪と、同じように冬の重い雲と同じような灰色の目だ。
ハロルド・モールゼイはその寒々しい外見に見合うように他者を寄せ付けず、興味を持たない事で知られている。40にかかるかどうか、私とスタンより年上なためあまり親しく接する機会はなかった。自分の分の政務と義務を淡々とこなすだけの人物であると、そう思われている。
監理局にはまことに都合のいい人物である。
もっとも、私もそう思われていたらしいので人のことは言えないのだが。今は監理局には問題児とみなされているようだ。が、どうでもいい。
そしてハロルドは私のことはディーンではなく家名で呼ぶ。オールバンスとはつまり私のことなので今まで大して気にはしていなかったのだが。
「ディーンと」
ハロルドが何のことだという目で私を見た。
「そろそろディーンと呼んでくれてもいいのではないか」
リアが生まれたことで、正確に言うとリアが私を家族と認めてくれたことで、世界は色鮮やかになった。今までどうでもいいと思っていたことが、そうでもないようだと最近思うようになった。
「名を呼ぶほど親しい仲だとは思えぬが」
しかしモールゼイはそう返した。私は肩をすくめた。そう思っているならそれでもいい。
「何か用か」
私はそれた話を元に戻した。
「オールバンス、貴殿にここで会うことはほとんどなかった」
確かに、今まではそうだった。たいていは5日に一度、政務の前に城のこの部屋に来て魔力を充填していく。そして決まり事ではないが、それぞれの充填が重なることはほとんどない。
しかし、最近の私はそのリズムで充填に来ていない。それはたいていの四侯が守っている充填のリズムがリアの捜索で崩れたからだ。
だからこうして、他の四侯と重なることもよくある。
「もちろん、大切な娘がさらわれたという経緯はわかっている。だからと言って四侯の義務を放棄していないこともな」
「同じ日に充填していくのが不快か」
直截に聞いた私の言葉に、ハロルドは首を横に振った。
「不快であれば、あるいは集中できなければ部屋に入る時間をずらせばいいだけのこと。そうではない」
「ではなんだ」
回りくどい言い方は好きではない。
「オールバンス、最近は5日に一度、そのリズムではないな?」
5日に一度と言うのは長年の慣例に過ぎない。監理局の者にはもちろん文句を言われたが、結界が正常に動いているなら文句を言われる筋合いはない。
「ああ。6日に一度、そしてできればさらにその間隔をあけたいと努力しているところだ」
「やはりか」
ハロルドは少し目を細めた。
「知っての通り、モールゼイでは私の息子が無事成人し、今は私と息子が交互に役割を果たしている。だからそれぞれに10日の自由があるが、貴殿のところは一人。確かに5日に一度の割合はつらかろうが」
「それで結界が揺らいではならぬと?」
ハロルドは頷いた。
「監理局と同じことを言う」
私は鼻で笑った。
「貴殿の言う通り、5日では娘を探しに行く余裕すらない。息子の成人まではあと7年。だから6日空けても、7日空けても充分なように魔力を充填している、と言ったら?」
「ばかな。いかに魔力の多い我らといえども、毎回限界近くまで使い切っているはずだ。まさか」
ハロルドはその冬雲の目を大きく見開いた。
「魔力の量を増やしている。それだけのことだ」
私はくるりと踵を返した。私だけではない。スタンも同様に苦労しながらではあるが魔力量を増やしつつある。ルークもギルもだ。
しょせん、結界を決まり通りに維持することしか頭にないのであれば、四侯といえど、監理局と同じ。話してやる価値はない。
「ま、待て」
待てと言われても待つ必要はない。私はすたすたと歩き始めた。はて、これと同じようなことを誰かがしてはいなかったか。
「待ってくれ! 魔力量が増えるというその話」
私は足を止めた。
「もう少し、詳しく聞きたいのだが」
「何のために?」
私とルークが命を危険にさらして手に入れた方法だ。何の努力もせず監理局の言うがままの輩に軽々に教えたいとは思わない。
「知っているかどうかわからぬが、私の息子は魔力量が四侯にしては少な目だ」
知らなかった。学院が同じででもなければ、そこまで詳しくは知らないことだ。
「一族の他の者は?」
「息子が群を抜く」
オールバンスには成人で魔力量が多いのが私だけなのだから、モールゼイよりさらに状況は悪いのだが。私は内心苦笑した。むしろ私が相談するべきではないのか。
「今は私がいるから問題ない。むしろ他家より楽なほどだろう。しかし、次代が成長するまで支えてやりたいと思っても人の命はままならぬ。今より少しでも、息子が自由になる方法があるのであれば、知りたい」
そう語ったハロルドの顔にあるのは、家族への愛だろう。
「魔力量が上がると保証はできぬが、考え方の基本と訓練の仕方なら話はできると思う」
「是非に頼む。オールバンス」
ハロルドは頭を下げた。
「私より、私の息子のほうがより詳しい。学院が休みの時にでも来られるがいい。ところで」
私はにやりとした。したつもりだ。
「まだオールバンスと?」
「……ディーン」
私は頷くと踵を返し、歩き始めた。なぜだか何かに勝ったような気がした。
その時の私は思いもしなかった。ルークの夏休みもとうに終わり、秋の気配が濃厚になってきた今、やっとリアの消息が知れようとしていたことを。
今日から6回、お父様視点になります。リーリアとラグ竜の登場は、その後です!