涙も出ちゃう
「だけど今すぐは無理だ。せめてあと一週間、待ってほしい」
アリスターは強い目をしてそう言った。
「一週間も待てというのか」
「待てねえんなら俺たちが後から連れて行くって言ってんだろ。気にしないで先に行って報告だけしたらいい」
王子のあきれたような声にバートがかぶせた。王子は少し考え、
「ふむ。ではそのように。一週間後、アリスター・リスバーンよ。そのとぼけた淡紫と一緒に領都に向かう」
アリスターは何か言いたそうだったが黙って頭を下げた。私だってとぼけた幼児とか文句を言いたかったが、大人げないので黙っていた。
「口を開かなければ開かないで何となく腹が立つ」
王子のその言葉は私に言っているのだと思うが、気にしないのである。私は積み木に戻った。後ろでアリスターは皆に囲まれている。
「いいのか」
「うん。いつかはこうなると思ってた。少なくとも、生まれてからずっと母さんと一緒にいられて、あちこち旅して楽しかったし、最後にここで落ち着いてハンター見習いになることができてよかったんだ」
「お前は落ち着いているし、ハンターとしての勘も鋭い。絶対いいハンターになれたんだが、うっ」
残念そうに言うバートのお腹にアリスターは軽くこぶしを打ち込んだ。
「バート、なんでハンターになれないみたいな言い方をするんだよ。俺は領都でだってハンターをする」
そしてそう宣言した。
「だけどよー、魔力入れるのって相当大変なんじゃないのか? 結界箱よりずっと大きい魔石なんだろ、きっと」
ミルが心配そうにそう言った。
「わからないけど、毎日そればっかりやってるわけじゃないだろ。それをやっていない日はハンターとして働いたらいいんだ」
アリスターは昨日までとはうって変わって明るい顔をしていた。
「そうだな、うん。そうだ。ハンターをやめろとは言われてねえよな」
ミルも明るい顔でそう返した。私は積み木を積みながら、ちらりと後ろを見た。明るい顔の二人とは違い、残りの面々は難しい顔をしている。
それはそうだろう。おそらく誰か貴族に預けられて、今までしてこなかった教育に加え礼儀作法や貴族の決まり事などを学ばなければならなくなるはずだ。
それにもしかすると、だが。私は兄さまの友達のギルの顔を思い浮かべた。やっぱりよく似ているような気がする。つまり、リスバーン家が引き取るというかもしれないではないか。そしたら一緒にキングダムに帰れる。
私はちょっと明るい気持ちになった。そしたらギルと一緒に遊びに来てくれるのではないか?
でもアリスターは、お母さんを不幸にしたリスバーン家をたぶん許していない。
それにキングダムに帰ったら、ハンターには決してなれない。私はちょっとうつむいて、自分勝手な気持ちを反省した。
そうしてやっと気づいた。そうだ、キングダムに帰ったら、もうアリスターには会えないのだ。バートとも、ミルとも、キャロとも、クライドとも。毎日一緒にご飯を食べたり、一緒に仕事をしたり、狩りに行ったりできないのだ。
うつむいていたから、涙は積み木にポタッと落ちた。
誰もかれもにそばにいてほしいなんて、わがままを言ってはいけない。みんなそれぞれの生活があるのだ。そうだ、バートたち4人組はまだ、嫁すらいないではないか。幼児なんて抱えてたら、ますます縁遠くなる。ぽたっ、ぽたっと涙が落ちる。声は出さない。
これでいいのだ。これで。私は、涙で半分色が変わった積み木を握りしめた。
「リア」
今話しかけないでほしい。
「リア、こっち向いて」
絶対に無理。
けれど、アリスターは、私の後ろに座って、片手を私のお腹に回すと、反対の手で、積み木を握った私の手をぎゅっと握った。
「リアが父さんや兄さんを忘れなかったように、俺だってリアのこと忘れたりしない。離れてたって、俺たちは家族だろ」
「……あい」
何とか声を絞り出した。
「リア、泣くなよ」
「にゃいてにゃい!」
私はごしごしと目をこすった。アリスターはお腹に回した手に少し力を込めた。
「そうだな。目に何かが入ったんだよな」
「あい」
それでいい。
<バート視点>
こちらに背中を向けてくっついている二人を見て、部屋の誰もが多かれ少なかれ思わず涙していただろう。
「ミル、せめてお前は鼻水を拭け」
「ハンカチを忘れたんだよ」
「リアにあれだけ言われてたのにか」
泣きすぎてこんな奴までいるくらいだ。俺はあきれてズボンからハンカチを取り出して渡した。
「しわくちゃじゃねえか」
「持ってないよりましだ」
アリスター親子がトレントフォースにたどりついた時でさえ、運命ってやつはひどいことしやがるって思ったものだった。けど、リアはどうだ。
親元からさらわれて、なんの因果かこうして辺境にいる。それだけじゃなく、またさらわれそうになった。それでも親のことを忘れずに、ちゃんと状況を判断して、しっかり帰ることを決めた。
正直、この数か月一緒にいた俺たちのことはどうでもいいのかよって思っていたことは認める。
だってさ。
「リアがかわいすぎるからさあ」
「お前は鼻もかめ」
手に持ったハンカチでチーンと鼻をかむのはやっぱりミルだ。そのハンカチは俺のだがな。
二人を見ながら、思い出すのは、この数か月の、小さい子のいる毎日だ。幼児用の椅子に座って足をぶらぶらさせるリア。つぶした芋が好きで一生懸命食べるリア。ブレンデルの店に来ると、たいてい積み木を積んでいるか、魔道具の箱をいじっているリア。いつも真剣にうつむいているから、真ん丸なほっぺが今にも落ちそうで。
おしゃべりなリア。何も言わなくても表情がくるくる変わるリア。よちよち歩くリア。生意気なリア。
それに寄り添ってずいぶんよく笑うようになったアリスター。それまで背伸びしていたのに、リアと一緒になって積み木で遊ぶようになった。本当は芋なんか嫌いなのに、おいちいねって言うリアにそうだなって言うためだけに一生懸命食べててな。
俺たちこんなに若いのに、子どもの面倒見るのに精いっぱいで、笑っちゃうくらいだけど、でもさ。
「楽しかったなあ」
勝手に終わったことにするなよ、ミル。
「さ、俺たちもどうするか、今夜二人が寝てから相談だぞ」
「わかった」
すぐにキャロが返事をした。クライドも大きく頷く。相談と言っても、たぶん俺たちの気持ちは同じだと思う。それにしても。
「かわいいなあ」
みんなそう思ってるんだよ。口には出さないだけで。
ほんとに残念な男だよ。ミル。