空は青くはない
崩れ落ちたと言っても、気絶したわけでもなく、座っていたのがあおむけに倒れただけだ。空は残念なことに真っ暗なだけで、まったくさわやかではない。
そこをアリスターに抱え起こされた。
「リア! なんて無茶なことを!」
「ちかたにゃかった」
「ブフォ」
アリスターがその声をしたほうをきっとにらむ。
「すまねえ。けど、こんな大変なことをさ、仕方ないなんて言う幼児、リアしかいないなと思ったらおかしくてな」
腹を抱えて笑っているのはキャロだ。
「キャロ、リアじゃなかったら多分二人とも死、死んでたかもしれないんだ。そんな笑いごとにするなんて!」
「わりいわりい」
キャロはまじめな顔を保った。
「とにかく結界の中に戻るぞ」
油断なく目を光らせているバートの声に従って、全員で警戒しながら50メートルほどの町長の敷地までの道を戻った。
「エイミー!」
レイが父親に抱きかかえられたエイミーに駆け寄る。
「よかった!」
「兄様! リアが守ってくれたの」
「リアが?」
レイは不思議そうな顔してこちらを見たが、そのことがおかしいかどうか考えるより、エイミーが無事な事のほうが重要だったらしく、特に何も言われなかった。
一緒に外にいたノアは、バートに食って掛かっている。
「父さんが……遠くてわかりにくかったけど、でも父さんがいたんだ! 確かに父さんだったんだ! なんで剣を向けた! なんで父さんは消えた!」
バートは何とも言えない顔でそれを眺めているだけだ。アリスターは私をそっと下ろすと、ミルに私を預け、ノアのほうに近付いた。それに気づいたノアが、
「なあ、アリスター、ハンターなら父さんのことだって守れただろ」
と言ったとたん、アリスターはノアの頬をパーンと力いっぱい張った。倒れこんだノアに向かって、アリスターは、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「馬鹿だろお前! 確かにハンターには魔力も必要だよ。けど、魔力がなくてもハンターをやっている奴もいる。なんでお前が結界の外に連れて行ってもらえなかったか。それは父親が虚族にやられたことの意味を知ろうとしない馬鹿だからだろ!」
ノアは倒れたままアリスターのほうを向くと、必死でこう言い募った。
「だって、虚族にやられたって体は残るだろ。父さんは体だって残ってやしなかった。もしかして生きているかもって、だってさっきだってバートが剣を向けるまで」
「現実を見ろよ! あれはお前の父さんじゃない! 虚族だ!」
叫ぶアリスターがまるで泣いているようだった。
「そうやって剣を向けるのをためらったら、他の誰かが虚族にやられて死ぬんだ! ハンターだって死ぬんだぞ! 今回はバートが切り捨てなかったら、リアかエイミーが死んだかもしれないんだ!」
「それは……」
「そもそもなんでリアが結界の外にいる! 俺たちがここのそばで狩りをしていなかったら、間に合わなかったんだぞ!」
その言葉にノアとレイがうつむいた。
「お前ら、お前らが原因か!」
「アリスター、落ち着け」
ミルがアリスターの肩をポン、と叩いた。
「何が起きたかは、ちゃあんと聞かなきゃわかんねえだろ。今はリアとエイミーを休ませて、みんなから話を聞く時じゃねえのか」
「……うん」
アリスターはうつむいて手をぎゅっと握った。
「リアが言ったの。ノアのお父様はもういないって。そう言われなかったら、エバンスさんだと思って、虚族に近付いて、私は死んでたかもしれないの」
エイミーが小さい声でそう言った。
「エバンスさんの姿をしていたけれど、エバンスさんじゃなかった」
「そんな」
「もしお前の父さんだったら、切ったくらいで消え去ったりしない」
アリスターは下を向くノアに背を向けた。ノアのことは気の毒としか言いようがなかったが、私はすぐにこれだけは言わなくてはならなかった。
「ばーと」
「なんだ、リア」
「おむかえ、きたひと」
「迎え?」
「りあ、しゃらった」
大人たちは顔を見合わせた。
「こえ、おにゃじ」
バートは草原の向こうを透かし見るようにした。
「だめだ、夜の捜索は危険だ」
そうして首を振った。それを見てノアとレイを守っていた人たちが馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「ばかな、付き添いの私達ですら犯人が誰なのか見当もつかなかったというのに、赤子の言うことを信じるのか!」
「黙れ! あの状況の中、なんでエイミーが生き残ったと思う。リアの判断のおかげだぞ」
バートが冷たく返した。
「ハンターではないあんたたちが助けに向かっても共倒れだった。その判断は尊重する。しかし、町長の娘が助かったのを単なる幸運と思うなよ」
疲れてそれ以上何も言えず、ミルの胸に寄り掛かっていた私をバートは優しく見た。
「さ、リア、もう少し起きていられるか。今日中に話を聞かなければならないんだ」
「あい」
私の返事を聞いて、町長は大事そうにかかえているエイミーを揺らした。
「エイミーはもういいか」
「一歳児が起きていられるのに、自分の娘だけ大事にしようという話じゃないよな。安全なはずの町長の館に入ってちゃんと話を聞きたいんだが」
バートの皮肉に答えたのはエイミーだ。
「私、大丈夫。リアを外に連れ出したのは、私だから。ちゃんとお話しします」
泣きそうになりながらもしっかりとそう言った。
「エイミー、偉いな」
エイミーはバートの声に頷くと、町長の腕から下り、自分の足でしっかり立った。
「みりゅ、おりりゅ」
「大丈夫か」
「あい」
私もミルから下りると、そこにエイミーがやってきて手を差し出した。私たちはしっかりと手をつないだ。エイミーとは危機を一緒に乗り越えた同士なのである。
「家に入ろ?」
「あい」
本当はエイミーは私の巻き添えだ。私がさらわれるついでにさらわれただけで、それこそ途中で置き去りにされたかもしれなかった。大人はお互いに責任をなすりつけ合うだろう。でもそれは結局私に帰結する。「紫の目のリーリアがいなければ」ということに。
では私はいなければよかったのか。最初にお父様が言ったみたいに、私は生まれてこなければよかったのか。
「ちがう」
「リア?」
「まちがえにゃい。わりゅいのは、わりゅいひと」
私が生まれて悪かったわけがない。私を利用しようと考える人が悪いのだ。私はふんと鼻息を荒くし、胸を張るとエイミーと手をつないでさっそうと屋敷に向かった。
バートが後ろでみんなに何か言っている。
「俺たちが争っても意味がねえ。見ろ、あの二人を。つらい目にあってもあんなに仲がよくて。……よちよち歩いてやがる」
「よちよちちてにゃい!」
「おお、すまん。すたすた。ああ、すたすた歩いてるぜ」
それでいいのだ。
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