リアの一日
みんなで一斉に家を出ると、それぞれの仕事場に向かった。私はアリスターと手をつないでてくてくと道を歩いていく。すぐに広い道路に出た。
「わあ」
そこは昨日も通ったはずの道だったが、朝だからか人の数が違った。たくさんの人が忙しそうに仕事場へ向かっているようだ。中には職場に子どもを連れて行く人もいるようで、小さい子の姿も多い。
「おや、新しい子かい?」
「ああ、拾った」
「はは、またかい。しっかりね!」
こんなふうにバートもアリスターもあちらこちらで声をかけられている。みんな私の髪と目の色を見ると一瞬驚くが、次にアリスターを見てそんなものかと納得するようすが何となく伝わってくる。四侯についてはアリスターで驚きつくしたのであろう。助かる話だった。
カーン、カーンと山のほうから鳴りだした鐘の音に、人々は足を速め始めた。朝の仕事の合図らしい。
「やばい。遅刻だ」
アリスターもそう言うと私を抱えて走り出した。とはいえ、すぐに大きな店の前で立ち止まった。そこは両開きのドアのある店で、もう何人か人が並んでいた。
「ちょっとごめんよ」
アリスターとバートは横の小道に入ると、裏口からその店に入っていった。
「やっぱり疲れたか、昨日の今日だもんな、あ?」
そうからかうような声は怪訝そうに途中で止まった。
「ブレンデル、こいつが昨日話した拾いっ子だ」
「俺が拾った。俺が世話をしてる。リアだ」
説明するバートにかぶせるようにしてアリスターがそう言った。
「ほう、アリスターが」
「そうだ」
アリスターは抱えていた私をそっと下に降ろした。
「りあでしゅ」
そう挨拶して見上げると、ブレンデルと呼ばれた人は一瞬目を見開き、
「ブレンデルだ。ここは細かいものも多い。おとなしく出来るかな」
と優しく言った。
「あい」
「いい子だ」
そうして頭をわしわしと撫でてくれた。茶色の髪茶色の瞳、年は50歳くらいだろうか。手は大きくて節くれだっていた。ブレンデルは私を撫でた手を顎にあてた。
「しかしな、どこにいてもらうか」
「あしょこ」
私は、店からつながっている工房の隅っこを指さした。
「あー、木っ端が散らかってるけど大丈夫か」
「しょれ、だいじ」
どうやら魔道具をおさめる箱を作るための木切れが置いてあるらしい。面白そうなんだもの。
「結局どこかにいることになるんだから、そこらへんでいいんじゃね。リア、大丈夫だな」
「あい」
ブレンデルは心配そうだったが、それは私にはどうしようもない。私はとにかくその木切れのそばに行きたくてうずうずした。
「じゃあ、俺たち仕事を始めるからな」
その言葉と同時に木切れのほうへ移動した。ブレンデルの声が追いかけてきた。
「あーあーよちよちしてやがる」
「よちよちしてにゃい!」
「おっとすまんかったな」
まったく誰もかれも。しかし、その木切れは幼児にとって宝の山だった。
「ひとーちゅ、ふたーちゅ」
そりゃ積み重ねるでしょう。まず大きさと形で木切れを分ける。大きいほうを下に、小さいほうを上に、一つずつ積み重ねていく。
「これで、おちまい!」
背の高さまで積み上げたら、大成功。よし。
「おおー」
店のほうからたくさんの声がする。私は振り返ると、腰の両側に手を当てた。
「ちごと、しゅる」
「怒られちまったぜ」
「あーあ」
店の者たちは笑いながら仕事に戻っていった。アリスターだけはちょっとうらやましそうにこっちを見ていた気がする。しかし、私も積み木の塔を三つ立てたところで飽きてしまった。
それでは少し散策しよう。工房はバートたちの家に似ていて、作業をするためのテーブルと椅子がいくつかあり、奥の棚には箱が整然と並べられている。
見える範囲の箱をのぞいてみると、桶の水を温めるための魔道具と同じくらいの小さい箱、薄青く光る石板、薄赤く光る石板などがいろいろな大きさにカットされて並べられている。モフモフした苔のようなものもある。磁石の粉のようなものもある。触ってはいけないのだけれど、なんだかわくわくした。
一通り見終わってもお昼はまだのようだ。ブレンデルともう一人の従業員は客の対応をしている。客はと言えば、魔道具の箱そのものを持ってきてそれを見せながら相談しているものもいれば、袋から大事そうに魔石を取り出して、同じような大きさの他の魔石と交換して行くものもいる。
私はそろそろとカウンターのそばに近付いていった。
カウンターの内側には、先ほど見た色のついた石板や、大きさごとに分けられた魔石が、小さめの箱にきちんと納められ並んでいる。
「お、お前。いたずらすんなよ」
「あい」
そう従業員に声をかけられながらおとなしく見ていた。しかし近くによると、今度はカウンターが高すぎてカウンターの上が見えない。きょろきょろすると、ちょうどいい大きさの箱があったので、よじ登ってみる。よし。立ち上がると、ぎりぎりブレンデルの手元が見えた。あれは桶の水を温める箱に似ている。
ブレンデルはその箱の魔石の収まっている上半分をかちっとはずした。中にさっき見た磁石のような黒い砂が敷き詰められている。そして赤い小さな石板に、青い石板。ブレンデルは青い石板を外すと、カウンターの下から同じ大きさの石板を取り出し、交換した。
上半分を戻し、かちっとスイッチを入れると、すぐスイッチを切った。
「石板がいかれてたんだな。魔石はまだ持つし、石板の交換だけで済むがどうする」
「夏だから、お湯はいらないっちゃいらないが、やっぱり交換しといてくれ」
「あいよ。じゃあ小さい石板だから3000ギルだな」
「高いなあ」
「こればっかりはなあ。まあ、箱自体はまだ何年ももつし」
「ほらよ」
「毎度あり」
こんな調子だ。なるほど、石板は魔石と発熱素材をつなげたり外したりする役割を持つのか。
「あ、リア、危ない!」
あ、アリスターに見つかってしまった。箱の下に降ろされる。
「飽きちゃったのか」
「あい」
「もうお昼だからな。もうちょっと頑張れ」
「あーい」
仕方ない。積み木でも片付けておこう。私はすごすごと木切れのところに戻った。意外と何もしないというのは難しいものだ。
まあ、1歳児は積み木はあまり重ねられないような気はします。むしろ一列に並べていたような……。