新しい家
四人の、いや、アリスターを入れて五人の家は、確かに広かった。
「もとは魔道具屋の店だったんだ。ほら」
キャロが指し示したのは、ドアを入ってすぐの空間だ。確かに、店舗だったらしく、バーのカウンターのようなものがあり、カウンターの奥には、オープンになっている棚が何段か、そして下の方は鍵をかけられる扉のついた棚が何段かあるようだ。また、さらにドアが一つあり、奥にカウンターの手前にもいくつか棚があり、そこにも商品を置いていたことがうかがえる。
今はただ、皆の私物が乱雑に置いてあるだけだが。
「で、店の奥が、よっと」
キャロは私をカウンターにひょいっと乗せた。高い所に座るとわくわくするのは体が幼児だからに違いない。
「リアは高い高いが好きだぜ」
クライドが自慢そうに言った。
「ほんとか! 今度やってやるからな」
「キャロ、ひくい」
「ばかだな。低いには低いなりの面白さが、ってリア!」
ちょっと怒られた。キャロがカウンターの端をひょいっと跳ね上げるとカウンターの中に入り、私を左側に抱えてドアを開けた。
「わあ!」
「な? ちょっと汚いけど、後で掃除してやるから、ここでリアが遊べるかな」
そこはおそらく工房だったのだと思う。20畳ほどの四角い部屋に、作り付けの棚、雑多に詰め込まれた道具、そして端に寄せられたテーブルと椅子。窓から夕方の日差しが差し込み、少し明るい。
「こほっ」
「ははっ、まあ、ここは俺らまったく使ってねえからな。まず掃除が必要だなあ」
「あい」
確かにものすごくほこりっぽい。
「次に居住区な」
「あーい」
もう一度カウンターの外に出て、今度はカウンターの並びにあるドアを開ける。
「はい、食堂だぞ」
「わー、あ、あーい」
「どうした?」
キャロが抱えた私を覗き込む。大きなテーブルのあるそこは、調理場も付属しており、つまり大きなダイニングと言うことになる。しかし、
「きちゃない」
「え、そうか?」
「あぶら。べとべと」
「茶碗は洗ってるんだけどなあ」
むしろ茶碗しか洗っていないからこうなるのだ。要掃除である。しかもそんな中、ミルがせっせと旅で余った食材などの整理をしている。食材は大丈夫だろうか。
「リア用の椅子を用意しような」
「あい」
「なあ、リア、そろそろ歩きたくないか?」
アリスターがそわそわしてそう言った。私は床を見た。べとべとしている。
「にゃらにゃい」
「だってさ、二階に歩いて行きたくないか? 寝るとこは二階なんだぜ」
「いく!」
私は階段の手前でキャロに降ろしてもらった。
「アリスター、大丈夫だって。お前のリアは取らねえから」
キャロが笑いを含んだ声でそう言った。
「べ、別にそんなんじゃないし。けど、リア、歩くの好きだし。な?」
「ありゅく、しゅき」
「ほらな?」
実は抱っこも好きなのだが、今は言わなくていいだろう。しかし試練はすぐに待ち構えていた。
階段は汚かった。ここに手をついて上がるのは無理だ。
「リア、どうした」
「て、よごりぇる。だっこ」
「しかたないなあ」
結局くすくす笑うキャロの声を背後に、にこにこしたアリスターに抱っこされながら階段を上がることになった。仕方がない。だって、手を使わずに階段を上がり下りすることはまだ難しいのだから。
幅の広めの階段を上がりきると、階段の両側にドアがいくつもあった。
私を下ろしながらアリスターが説明する。
「昔は従業員や見習いがいっぱいいて、そのためにたくさん部屋があったんだって。だから俺たちが一人一部屋ずつ使っても、まだ余ってるくらいだよ」
それでは私が一つ部屋をもらっても大丈夫だろう。
「ここが俺の部屋」
アリスターが示したのは、階段を上がったすぐの部屋だ。ドアを開けると、木の柱と天井に、白い漆喰の壁のこじんまりとした部屋だった。シンプルなベッドと、小さな書き物机と椅子の他には私物がほとんどないから、広く見える。
「リアは俺と一緒でいいよな」
私は生まれた時から寝るときは一人だった。何なら昼間も一人だった。別に一人でも構わないのだが。
「りあ、ひとり。いちゅも」
だから、一人でも大丈夫。そう言ったつもりだった。しかし、アリスターは、かがんで私をぎゅっと抱きしめると、
「大丈夫。これからは俺がいるから。一人じゃない」
と言った。
「アリスターに飽きたら俺もいるからな」
「俺もな」
入り口から覗いていたキャロとクライドもそう言った。
「キャロもクライドも部屋を片付けてから言ってくれよ」
「やべ」
「それは言われたくなかった」
アリスターの反論に部屋に笑いがあふれた。一人でつらかったのはアリスターかもしれない。もう少し大きくなるまでは、一緒でもいいか。
「小さいベッドを作るか」
「そうだな。ま、仕事の合間に作ってみるか」
え? それまでは? アリスターを振り返ると、
「俺と一緒でいいだろ」
と言った。アリスターの寝相、大丈夫だろうか。男の子は寝相も乱暴だ。しかし、悩んでいる合間に、
「おーい、飯調達してきたぞ」
とバートの声がした。
「めし!」
「飯だ」
そう叫ぶとキャロとクライドは一階に走って行ってしまった。私とアリスターは、顔を見合わせてくすっと笑うと、今度は手をつないでゆっくりと階段を歩いて降りた。
「手すりも付けるか」
「そうだな」
これもキャロとクライドだ。私が不思議そうな顔をしていたのか、
「俺たちはさ、大工だから」
キャロが自分を指さしてそう言った。あれ、しかし虚族を狩っていたではないか。
「みんな、はんたー」
「おう、リア、よくわかってるな」
バートがにっこりした。
「けどな、ハンターは年を取ってまでやれる仕事じゃねえ。そこまでに結構稼ぐけど、だからってそれで一生暮らせる保証はねえんだ。だからハンターの合間に別の仕事もするものも多い。そしてハンターを引退してもその仕事をするのさ。ちなみに俺は、魔石屋さあ」
バートが照れくさそうに言った。それで、キャロとクライドは大工なのか。
「べっど」
「ああ、俺たちが作るからな」
キャロが言い、クライドが頷いた。じゃあミルは?
「俺? 俺は食堂の手伝いをしてる。つまり、料理人だな」
それで旅の間も料理担当だったんだ。じゃあアリスターは?
「俺はまだ決めてないけど、今のとこブレンデルの魔石屋を手伝ってる」
なるほど。
「りあは?」
じゃあ私は? その私の問いに微妙な沈黙が訪れた。明日から私はどうすればいいのだろう。