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第14話 野生のアリエスが現れた

レヴィア「誰かが俺を守護(まも)らねばならぬッッ!」

 巨大羊が大地を揺らして歩く。

 巨龍が唸り声をあげて威嚇する。

 どちらも人智を超えた化物であり、今の人間では歯が立たない英雄の時代の生き証人だ。

 メグレズがまだ呪いを受ける前に作り出した最強のゴーレム、レヴィア。

 ルファスに仕えた12の星の一角、牡羊のアリエス。

 対峙するだけで相手の戦意を奪いかねない巨獣が二匹、ゆっくりと互いの射程圏内へと近付いて行く。

 ガンツ達はもはや何も出来ず、事の行方を見守るばかりだ。


「ルオオオオオオオオオオッ!!」

「メ゛エ゛エ゛エエエエェェェエエッ!!」


 咆哮。

 それだけで突風が吹き荒れ、背筋が凍る。

 この中でアリエスの咆哮に萎縮していないのなど、精々メグレズくらいのものだ。

 その彼にしても額には一筋の汗が輝いており、決して余裕などないと分かる。

 メグレズは今の己が最盛期にまるで及ばない事を自覚している。

 レヴィアは最盛期の時に作った最高傑作のゴーレムだ。その戦闘力は今の己を超える。

 だがもしレヴィアがやられれば、同じゴーレムを作る事はもう出来ない。

 そうなれば今を凌いだとしても、守りの要を失ったこの国はいずれ滅ぼされるだろう。


 レヴィアは出来ればギリギリまで動かしたくない抑止力だった。

 この国には守護神がいるから迂闊に手を出すなという牽制。その役割があった。

 つまりここでレヴィアを失う事は国の敗北を意味する。

 何とかレヴィアを残したまま、あの怪物に勝たねばならないのだ。


「……行け!」


 先手必勝。

 メグレズはレヴィアに命令を下し、アリエスへ飛びかからせる。

 互いの属性は水と火。正面から激突すれば有利なのはこちらだ。

 レヴィアの牙がアリエスに食い込み、しかしアリエスは顔色を変えない。

 全身を覆う分厚い体毛が牙を遮ってしまってるのか、ダメージがほとんど通っていない。


「グアアッ!」


 アリエスが食い付かれたまま逆にレヴィアの胴に噛み付く。

 だがレヴィアの身体は水。物理的な攻撃はほとんど意味を成さない。

 アリエスの牙で裂かれた身体はまるで何事もなかったかのように即座に繋がり、距離を取った二匹は再び睨み合いへ戻った。


「……メ゛エェ」


 アリエスが一鳴きし、狂気に満たされた瞳が輝く。

 すると彼の全身を包む虹色の毛に異変が起きた。

 まるで毛が炎上しているかのように逆立ち――否、実際に炎上している。

 全身の毛が虹色の炎へと変化し、その身を炎の化身へと変じさせたのだ。


 『メサルティム』。

 己の全身を炎とし、接触するだけで敵に継続ダメージを与え続けるスキルだ。

 かつてルファスが彼に与えた技能。

 かつて裏切ってしまった戦友の忘れ形見。

 それが牙を剥く事にメグレズは歯がゆい思いをする。


「……厄介な」


 メグレズは即座に結界を展開し、街と兵士達を守る。

 こうしなければあの熱気の余波だけでレベルの足りない者は蒸発してしまうからだ。

 だが裏を返せばこれでメグレズは動けなくなってしまった。

 防御を解けば自らは無事でも後ろの人々が死ぬ。

 攻撃の為に少しでも結界を緩めれば耐え切れない誰かが焼け死ぬ。

 メグレズに選択肢はなかった。


「ッシャアアアアアアア!!」

「メ゛エ゛エ゛エエエエェェェッ!!」


 巨獣が二匹、再び組み合う。

 大地を揺らし、風を巻き起こし、絶大な圧迫感を伴いながら激突を繰り返す。

 二匹が動くだけで大地が罅割れる。

 どちらかが倒れれば近くの小山が崩れ、余波だけで木々がへし折れる。

 そうして何度も衝突を繰り返しながら、しかし形勢は除々にレヴィアに傾いて行った。

 二匹の属性は炎と水……属性相性を言うならばレヴィアが圧倒的に有利だ。

 むしろこれがあるからこそ、レベルに300の差がありながら互角に戦えている。

 レヴィアの突撃がアリエスを吹き飛ばし、大きく弧を描いて地面に衝突した。

 再び砕ける大地。揺れる地面。

 すぐにアリエスが立ち上がるが決してノーダメージではない。

 効いている。確実にその体力を削っている。


「い、いける! いけるぞメグレズ様!」

「勝てる! この勝負勝てるぞ!」

「賢王万歳! 大いなる守護神レヴィア万歳!」


 後ろで兵士達が歓声をあげる。

 しかし彼等は気付かない。今本当に苦しいのはこちらなのだと。

 メグレズは眉をひそめ、悪態を吐きたいのを必死に堪えた。


(……不味い……身体を構成する水そのものが蒸発させられている!

これでは回復も出来ん……!)


 錬金術師はそのスキルでゴーレムを修理し、回復してやる事が出来る。

 だが身体を構成する水そのものが減ってしまっては修理どころではない。

 失った物までは取り戻せない!

 かといって魔法で生み出した水などは錬金術の材料に使えない。

 マナで生み出した炎や水は自然物ではない。

 あくまで空気中のマナを炎などの事象に変換し放つだけであり、役割が終わればマナへ還元される。

 いわば万物の代わりとなる万能エネルギー。

 これを利用したのが魔法機関であるが、これはエネルギーとして燃やしてしまう使い捨ての使用法だから成立する。

 だが錬金術は物質としてそこに半永久的に残さなければならず、すぐに消えてしまう魔法では意味がない。

 仮に魔法で生み出した水を元にゴーレムを作ってもすぐにマナに戻って消えてしまうのだ。


 現状互角に見える戦い。

 だが実際には押されているのはこちらだ。

 仮に勝てたとしても、このまま戦いが続けばレヴィアは弱体化し続け、次の襲撃に耐えられなくなる。

 だが、そうと分かっていてももうレヴィアに頼り続けるしか方法はないのだ!


(……許せ……レヴィア……!)


 荒い使い方をするしかない己の最高傑作に心の中で詫びつつ、メグレズは再びレヴィアに突撃命令を送る。

 アリエスが倒れるか、それともレヴィアが先に消えるか……。

 分の悪すぎる賭けに身を投じるしかない事に、メグレズは今、誰よりも苦しい思いをしていた。



*



「この戦い、どう見ます? ルファス様」

「……この戦いに限るならばレヴィアの勝ちだ。しかし……」


 ディーナの質問に俺は自分の予想を返す。

 現状有利なのはレヴィアだ。

 水と炎という相性はやはり大きい。

 残念ながらレベル800のアリエスのHPとSPは俺には見えないが、目に見えてダメージを負ってるのは見て分かる。

 アリエスには一応回復系の技能も持たせているが、恐らく回復も間に合わないだろう。

 だから、このまま戦いが続けば勝つのはレヴィアだ。

 ……しかし……。


 【守護神レヴィア】

 レベル 500

 種族:人造生命体


 HP 103567/103567



「だが最終的に負けるのはレヴィアの方だ」


 レヴィアの最大HPそのものが減らされている。

 アリエスの奴、とんでもない事をするな。

 レヴィアを構成する水そのものを蒸発させる事でレヴィアを弱体化させ、後の優位を取るか。

 つまりこれはこの場限りの戦術ではなく、後の戦いまで見据えた戦略!

 この場での勝利を相手に譲る事で、最終的な勝利を掴むというアリエスの策だ。

 一見狂気に身を委ねているようだが……意外と冷静だな、アリエス。


「なるほど……つまり」

「ああ。アリエスの奴は最初からこの戦いに勝つ気がない。

最後の決戦を挑むと見せかけてレヴィアを動かし、弱体化を図ったのだ」


 おかしいとは思ったのだ。

 いかに200年前より質が落ちているとはいえ、魔物側が明らかに弱すぎた。

 だがアリエスの戦いを見て納得がいった。

 あれはいわば、全滅覚悟の餌。レヴィアを動かす為の囮。

 一度の進撃ではどう足掻いてもレヴィアを崩せないと判断したアリエスの策略だったのだ。


「アリエスはもう撤退まで計算に入れて戦っているはずだ。

そしてメグレズとレヴィアは決して深追い出来ない」

「国の守護者ですもんね……なまじ頭がいいから、『もしかしたら誘いで、離れた間に他の魔物が来るかもしれない』……きっとメグレズはこう考えてしまいます。だから絶対に動けません」

「……アリエスの奴、随分と狡猾さを身に付けたようだな」

「元々そういう戦いばかり教えたのはルファス様でしょうに」


 さて、これはいよいよ傍観ばかりしているわけにはいかなくなったな。

 あまり大勢に姿を見られるわけにはいかないので、今回はまだ『ルファス』としてアリエスの前に出てやる事は出来ない。

 というかそれをやったら最悪、レヴィアに後ろから攻撃されてしまう。

 だがアリエスを撤退させるくらいは充分可能だ。


「往くぞディーナ、しっかり掴まっていろ」

「え? まさかここから飛び降りるんですか?」

「他に何がある」


 俺はそう言うや否や、土台の上から飛び降りた。

 翼は未だローブの内側なので当然飛行は出来ないし、元よりする気もない。

 重力による加速に身体を乗せ、更に念力で己自身を砲弾として加速する。

 狙うはレヴィアと組み合っているアリエス! その頭部!


「ひょええええええええ~!?」

「余の為に頑張っている忠臣を蹴るのは気が引けるが……悪いなアリエス!

生憎と復讐など余は望んでいないし、其方等に頼んだ覚えも毛頭なし!

一度頭を冷やせ、この戯け者!」


 俺にしがみついてディーナが奇声をあげているがそれを無視し、アリエスへ特攻。

 スキルは何も使わない。

 元より、グラップラーとチャンピオンをレベル100で極めている俺は常時素手攻撃力が上昇している状態にある。

 パッシブスキルってやつだ。

 だから下手な攻撃スキルなど、ここでは要らない。

 レベルを上げた物理攻撃――要するにただの通常攻撃があれば、それで充分に通用する。


 ……いや、念のためウォーリアのスキル『峰打ち』を起動しておくか。

 このスキルを使った次の攻撃は絶対に相手のHPを0にしないという手加減専用スキルだ。

 この技の面白い所は峰打ちなんて名前のくせに峰のない武器や、それどころか素手にも適用されてしまう事である。

 これ、スキル名『手心』とかでいいんじゃないか、と思わないでもない。


「!?」


 アリエスが俺に気付くがもう遅い。

 充分な加速をした俺の蹴りがアリエスの頭部にめり込み、100mを超えるその巨体を吹き飛ばす。

 いくつもの岩山を砕き、転がり、また進行方向にあった岩山を砕き、距離にして凡そ1kmほど吹き飛んだ所でアリエスは止まった。

 そして着地した俺とディーナに、メグレズ達の唖然とした視線が集中する。


「苦戦しているようだな、賢王殿。

この国に立ち寄った縁だ……力を貸そう」

「お、お前達はディーナにスファル!?」

「おお、ガンツ。無事そうで何よりだ」

「はらほれひれはれ」

「……ディーナの嬢ちゃんが無事じゃねえぞ、おい」


 とりあえず遠目で見てわかっていたがガンツの無事を近くで確認出来て一安心だ。

 肩と足に傷があるが、あの程度なら跡も残らず治るだろう。

 メグレズは……怪しむような視線をこちらに向けていた。

 そりゃまあ、そういう反応になるな。

 こんな怪しい赤マントがいきなり出て来て12星天を蹴り飛ばしたんだ。

 間違いなく200年前に関係した人物だと見抜かれる。

 だが今はさして問題じゃない。

 メグレズに姿を見せるのは予定調和だし、要は他の奴に無駄に姿を晒さなければそれでいいのだ。


「その力……君は一体……?」

「その問いには後ほどお答えしよう、賢王殿。

しかし今は人の目が多い……余にも事情があるのだ。今はまだ明かせぬと理解して欲しい」

「!? その口調……それにその声……いや、まさか……そんなはずが……!」


 おや、流石にメグレズには今のでバレたかな。

 口調はまあ、気にしないで欲しい。

 いくら直そうとしても、まるでこれが長年使い続けた口調であるかのように勝手に口から出てしまうのだから、俺はもう諦めた。

 意識すれば多少は砕けた口調にも出来るが、本当に多少だ。

 メグレズをそこに放置して軽く地面を蹴り、アリエスとの距離を詰める。

 敵との距離を一行動で0にするストライダースキルの一つ、『瞬歩』。

 グラップラーとの相性が極めていいので、ストライダーとグラップラーを合わせ持つプレイヤーは多い。

 俺もその一人だ。


「グ、ゥ……何者、ダ……!」


 あ、喋った。

 何だアリエス、お前ちゃんと喋れたのかい。

 さっきから「メエェ~」しか言わないから喋れないと思ってたぞ。

 しかしこうして見ると相変わらず圧巻だな。

 初めて出会った時は俺よりも小さかったのに、随分と成長したもんだ。


「済まぬが、今はその問いに答える事が出来ぬ。

あの兵士達の中にはエルフもいる……迂闊な事を話せば即座に広まってしまうのでな。

故に、今はただ一つだけの『命令』を其方に下そう」



「――退け」



 ずっとOFFにしてきた『威圧』をONに変える。

 勿論こんなものでアリエスは行動不能になどならないが、多少なりともこちらの正体に勘付けるはずだ。

 気付かないまでも、今の傷付いた身体で勝てる相手でないという事くらいは理解してもらえるだろう。


「――! コ、コノ威圧……! マサカ、オ前ハ……イヤ、貴女ハ……!?」

「その問いに答えるべきは今ではない。しかしこれだけは言っておこう。

余はきっと、其方の望む答えを返してやる事が出来る、とな」

「……!」


 アリエスの目から狂気が消える。

 どうやら俺の正体に勘付けたようだな。

 しかし今はまだ疑惑半分、信じたい気持ちが半分、といったところか。

 彼は俺に背を向けると、ノシノシと地面を揺らしながら帰路へ就く。

 時折こちらをチラチラ窺うのが、何か昔のアリエスっぽくて思わず笑ってしまった。



 ……ん? 昔のアリエス?

 何かまた、俺っぽくないルファス的思考をしていたよーな……まあいっか。



【別に覚えなくてもいい設定】

テイマーが連れるモンスターはゲーム上ではプレイヤーの後ろをちょこちょことデフォルメされた姿で同行し、普通に街に入ってもそのまま後ろを付いて来る。

ルファス(の中の人)はこれを全く気にしていなかったが、この世界に当てはめて考えると、100mの羊を連れて街をウロウロしていた事になってしまう。

一体この世界のルファスはどうしていたのだろうか……。


ルファス「さ、流石にあの大きさのまま街に入れたりしてないよな……(;´д`)」

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