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「え? 振られたのですか?」

「振られたのではなく、断られたんだ」

「……何が違うのか私にはわかりませんが、それでどうなさるのですか?」

「明日、改めて説得するつもりだ」

「いや、そこは口説きましょうよ」

「何が違うのかわからないな」

「……」


 夜になり訪れたルバートの執務室で、エリオットは聞かされた話に突っ込まずにはいられなかった。

 それでも意味がわからないとばかりに眉を寄せるルバートを見て、呆れのため息が洩れる。

 これではプロポーズを断られても仕方ないだろう。

 だが、エスクームにとって好条件のこの縁談を、ローズがロマンスが足りないからと断ったとは考えられず、エリオットも眉を寄せた。


「北の城に残してきた女性達のことが心配なのでしょうか? それともまさか、エスクーム国王に何か言われているのだとすれば……」


 エスクーム国王は先代国王以上に狡猾で非情だというのが、エリオットの印象だった。

 五年前の戦の後、捕虜になっていた山岳部族の男達がモンテルオ国王の温情でエスクーム側に引き渡された時のことを思い出す。


 部族の男達は故国の地を踏んだ途端、エスクーム国王軍の手によって殺されたのだ。

 確かに、エスクーム王家は長年山賊まがいの彼らに手を焼いており、この機会を逃す手はなかったのかもしれない。

 しかし、仮にも王女を嫁がせ縁戚関係を築いた相手にそれほど残酷に振舞えたことに、エリオットは酷い嫌悪を覚えた。

 国王軍はさらに残っていた部族の女性や子供達までも手に掛けようとしたのだ。彼らの住む土地もわずかながら鉱石が採れるとわかっていたために。


 それはまるで、ブライトン国王が娘であるレイチェルを介してモンテルオの土地を掠め取ろうとしていた状況によく似ていた。

 結局、女性達は住み慣れた地を離れることで命を救われたのだが、最近知った話ではそれもローズの懸命な嘆願のおかげだったという。


「あの時……あの男を玉座から引きずり降ろせばよかったな」


 ルバートがエリオットの心情そのままを言葉にした。

 ふっと現実に返ったエリオットは皮肉っぽく唇を歪める。


「今からでも遅くはありませんが?」


 大胆な発言をしたエリオットをちらりと見て、ルバートは首を振る。


「もう十分多くの血が流れた」

「そうですね、失言でした。申し訳ありません」


 今度は後悔のため息を吐いて、エリオットは謝罪した。

 それからは、午前中に面談した使者が携えていたモンテルオ国王からの親書について話し合い、夜は更けていった。



 * * *



 ローズは真夜中を過ぎてもまだ起きていた。

 眠ることは諦めて、先ほどから寝室を行ったり来たりと歩き回っている。

 薄い夜着一枚のままだが寒さも気にならないほどに、頭の中を占めていることがあった。


(もう十分、素敵な夢を見たわ。だから……)


 さっさと国に戻るべきなのだ。

 そして当初の計画通り従妹達を説得して、自分は北の城へ帰り、苦労はしながらも穏やかに暮らすのだ。

 決して、ルバートの花嫁になれるかもしれない従妹達を羨んだり、未練を残したりしてはいけない。

 何度も何度も自分にそう言い聞かせているのに、何度も何度もあのプロポーズの場面を思い出しては後悔してしまう。


(もし、お受けしていれば……)


 あり得ない未来を思い描いて幸せに浸り、現実に戻っては虚しさに襲われる。

 役立たずの自分が見るには過ぎた夢なのだ。

 ローズはベッドに戻って腰を下ろし、ぼんやりと宙を見据えた。


 幼い頃から容姿の冴えないローズは政略の駒としてはあまり役に立ちそうもなく、父親には疎まれていた。

 それでもようやく嫁ぎ先が決まった時は、ローズも希望を抱いていたのだ。

 野蛮な山岳部族の許へ侍女達が同行することを拒み、付き添いの者がほとんどいない中で花嫁衣装を身にまとったその時までは。

 花婿である部族の長――ビスレオは皆の前で花嫁の容姿を貶して笑い物にし、傷ついたローズのことなどお構いなしに、初夜ではただ乱暴に振舞っただけだった。

『この役立たずめ!』

 そう何度も罵るビスレオの声は今でも耳に焼きついている。

 十二歳で母を亡くしていたローズは寝室での務めなど何も知らなかったのだ。


 その後もビスレオは事あるごとにローズを罵り、月のものが来れば殴られもした。

 嫡子のいない国王の後継者に、ビスレオは自分の息子をと野望を抱いていたらしい。

 だが幸いなことにマリタをはじめとした部族の女性達はローズにとても優しかった。

 そのため、昼間は農作業を手伝うなどして穏やかに過ごすことが出来たのだ。

 ただ、夜だけがとても恐ろしかった。

 それでも自分は、エスクーム王家と山岳部族との長年の不和を解消するために嫁いだのだと素直に信じて耐えていた。


 そうして一年が過ぎた頃、ビスレオは笑いながらローズに言った。

『お前が俺の女房になったせいで、ブライトンの王女はモンテルオに嫁ぐことになったそうだ。フェリクス国王は俺に感謝するべきだな。俺と違って美しい王女を手に入れたんだから』

 その言葉の意味をよく理解しようともせず、夫や部族の男達が昼間に何をしているのか知ろうともせず、ローズは花嫁となるブライトンの王女の幸せを祈った。

 どうか、モンテルオ国王が優しい人でありますように、と。


 ローズは今いる寝室を見まわし、苦い笑いを洩らした。

 カーテンの隙間から射しこむ月明かりで、銀色に輝く室内はとても美しい。

 肖像画で見たレイチェル王女にぴったりの、自分にはあまりにも不相応な部屋だ。

 ゆっくり立ち上がったローズは窓辺へと歩み、カーテンを大きく開けた。

 この部屋からはカントス山脈は見えないが、あの地のことははっきり覚えていた。

 そして、ビスレオがモンテルオで戦死したと知らされた時のことも。


 悲しみよりもほっと安堵してしまったことはずっと罪悪感として心に残っている。

 だがローズの一番の罪は何も知らなかったことだ。

 何も知らず、知ろうともせず、自分の不幸を嘆いていただけ。

 だからこそ、戦後の混乱を死に物狂いで乗り越えたあと、ローズは現実をしっかり見据えて生きていこうと心に誓ったのだ。


(でも、何も変わってないわ……)


 ブライトン国王は残酷だとのエスクームでの噂を信じ、従妹達を守るために嘘までついてこの国にやって来た。

 本当のルバートはとても優しい人物だったのに。

 そして真実がわかってもなお、ローズは嘘をついたまま現実から目を逸らし、恋に浮かれていた。

 正直に打ち明けて援助を乞うこともできず、うじうじと悩み、楽になりたくて信用すべきでない人を信じてしまった。

 少しも成長していない自分の愚かさがいやになる。


 ローズは深く息を吐いて、カーテンを閉めた。

 室内は暗闇に包まれたが、ぼんやりと様子はわかる。

 再びベッドに入ろうとした時、浴室へと繋がる扉から小さな物音がした。


「ルー、引っかいてはダメよ」


 そっと扉を開けて、子猫のルーを小声で叱る。

 しかし、ルーはお構いなしにローズへと飛びつき、嬉しそうに喉を鳴らした。


「もう、今日だけよ」


 何度目かの『今日だけ』を囁いて、ローズはルーを抱いてベッドに入った。


「あのね、ルー。わたしは二、三日のうちにエスクームへ帰ろうと思うの。だからあなたも一緒に帰ってくれる?」


 独り言めいた問いかけに、ルーは応えて小さく鳴いた。

 くすりと笑ったローズは胸元で丸くなるルーの温もりにほっとして、それからはあっという間に眠りについた。




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