前に進む君と
初投稿です。よろしくお願いします
私はいつも、傷つくことを恐れて前に進めないでいた。
幼少期は違ったと思う。友達と遊んで、時にはケンカして、すぐに仲直りして、また遊ぶ。そんな毎日を繰り返していたと思う。
ーいつからだろう。遊ぶ時には友達がやりたい事を聞いてからそれに賛同する事しかしなくなったのは。
ーいつからだろう。顔色をうかがいながら話してケンカにならないようにしだしたのは。
誰と何をするにしても不安が付き纏う毎日で、ストレスばかりが溜まっていく。
嘆くだけで現状を変える努力もしない私自身が一番のストレスだということは、よく分かっているつもりだ。
だから、私はーーー
「また難しい事考えてない?三島さん」
眉間に皺寄ってる。なんて笑いながら額をつつくのは、女子たちから王子様と持て囃される如月君だ。
「いえ、特には何も考えてないです。」
「三島さん嘘つく時に左手握る癖あるの知ってた?」
咄嗟に隠す。…ニヤニヤと笑う如月君が目の前にいる。
「嵌めましたね。訴訟します」
「どこにさ。相変わらず可愛いね?警戒してるところが猫みたい」
「犬派なので気の所為ですね」
意地の悪い笑顔を浮かべる彼がそれでも王子様と呼ばれるのはやはり顔だろうか。
「そろそろ帰らない?春とはいえ陽が落ちて暗くなるのは変わらないよ」
「?あれ、もうこんな時間ですか。勉強を教えてくれてありがとうございます」
「気にしないでよ。人に教えると俺自身の為にもなるからむしろ助かったかも」
行こうか。とさり気なく気遣いが出来るところが王子様と呼ばれる所以なんだろう。
人気者の彼と、地味で偏屈な私が軽口を叩きながら放課後、一緒に過ごすような関係になったのは去年の秋頃だった。
「せっかく彼氏とデートなのにいきなりノート集めて提出しろとかマジツイてないんですけど~」
「友美かわいそー。あたしはこのまま帰りまーす」
ギャルだ。どうでもいいけど扉の前で集まるのはやめてほしい帰れない。…あ、目があった。嫌な予感がする。
「三島ちゃーん!ごめんけどノートの提出友美と代わってあげたり出来ない?」
「ちょっ、ストップストップ!!いきなりそんな話されても迷惑でしょ!!三島さんも気にしないでね!!」
「えー。何事も助け合いでしょ。てか聞いてみないとわからなくない?」
「…大丈夫ですよ。用事があるわけでもないので、遠慮しないでください。」
「ほんとに?大丈夫?」
「助け合い、ですからね何事も」
尚も申し訳無さそうにしながら、ほんとにありがとー!!と去っていく彼女は良い子なんだろう。
…さっさと片付けて帰ろう。
「…。相変わらず不器用だなぁ」
「どしたん如月?」
「いや、別に?…俺ちょっと用事思い出したから先帰ってて」
「今日アイス奢ってくれるとか言ってなかったっけ?ってもういねーし…帰るか」
流石にクラス全員分あるとノートといえど少し重いな。
「手伝うよ」
「…!?え。別に大丈夫ですよ」
「いいから。俺も職員室にちょっと用事あったしさ、なんならついでに持ってくよ」
「…じゃあ半分だけよろしくお願いします」
はーい。なんて言いながら大半が私の手元から取られていく。…いや半分とは。持ってくれるのは有り難いけどさ。
「…」
お互い、特に会話をすることもなく放課後の閑散とした廊下を歩いていく。…如月君とは同じ委員会に所属していて、たまに話をするくらいの関係性だ。彼は有名なので一方的に知っていることは多いが。
如月優真。顔良し、性格良し、文武両道でクラスどころか学年中の女子人気を手に入れた男。かと思えば男子から嫌われているという事もなく人当たりの良さからむしろ頼られているという完璧超人。…申し訳ないけど胡散臭すぎると思ってしまうのは私の性格が歪んでるからだろう。
「三島さんさぁ、結構めんどくさい性格してるよね。自分が損するタイプの」
「…………えぇ」
前言撤回。クソ野郎だ。
「さっきのも断ればいいのに」
「…まぁ、予定なかったのは事実なので」
「それ」
…?どれだよ。主語をつけなさい。
「言いたいことあるのに自分の中で我慢するところ」
「もう少し適当に生きてもいいと思うけど?疲れない?それ」
「…そうですね。これからは少し考えてみます」
少し呆れた顔をしてこっちを見る如月君は要領がいいんだろう。こんな腹黒でも人気者の王子様だし。…言われなくても分かってるよ。
「失礼しました」
「おお、ありがとな!もう外も暗いし気を付けて買えるんだぞ」
提出を終えて窓の外を見ると先生の言う通りもう空は暗くなっていた。家まで遠くはないけどこの時期の静かで暗い道を通るのは少し怖さがあるな。
「…今日はありがとうございます。流石に少し重かったので助かりました。」
「いや、実際に用事あっただけだから気にしないで。……もう結構暗いね」
「…はい。秋ですからね。お気を付けて」
ではまた明日、学校で。そう言って帰ろうとすると後ろから腕を掴まれた。
「いやいや、暗いから送ってくよ。家まで来られるのが嫌ならそこの大通りまで」
「…いえ、そう遠くないので大丈夫ですよ。気にしないでください」
正直今はこの人から離れたい。
「なんでこういう所では意地張るのかな?…さっきのが気に障ってるなら謝るよ。ごめん」
謝らないでほしい。余計に私自身がみじめに思える。
…大通りまで、お願いします。
さっきよりも沈黙が重い。元々、彼のようなタイプは苦手なんだ。
「…好きな食べ物ってなに?」
「…急にどうしたんですか。」
直球過ぎて今どき聞かないぞ好きな食べ物。
「さっき結構言ったけど、俺が三島さん見て感じただけで三島さんのことに関してはあまり知らないなって思って」
…それだけで。それだけで、わざわざ普段まともに会話をすることの無いような私の事を知ろうと行動出来るのか。
「別にいじめたくてさっきのも言った訳じゃなくてさ。俺自身、色々求められることが多くて昔は結構窮屈でさ、ちょっと気になったんだ」
…そういうところだ。どんなに完璧超人でもみんなから嫌われない理由。気になることがあったら行動出来て、自身の発言の客観視も出来て、周りの事をよく見ていて、でも全然辛そうじゃなくて自然体で。……もう、いいか。彼なら吹聴するようなこともないだろうし。
「苦手なんです。如月君のこと」
彼が少し目を見開く。…面と向かって苦手だなんて言われたことないか。
「私は、傷つきたくないんです」
「わざわざ言わなくて良いことを言うのも」
―相手の中の正解があるなら同調した方が楽だ
「ケンカをするのも」
―周りにみっともなく見られるのが嫌だ
「頼まれ事を断るのも」
―その後どう見られるかが怖い
「どうせ傷つくくらいなら流れにまかせておきたいんです。…余計なことをしなければ、傷ついた理由を心の中で人のせいに出来るから」
「……人の為にアドバイス出来たり、人のことを考えてフォローしたり、私のしたくてもやれないことを出来る如月君を見てると、私が醜いことを再確認させられるから、私は、如月君が」
苦手なんです
あの帰り道の日から数日、初めは人気者に暴言を吐いた事実に戦々恐々としていた私だったが、特に何事もなくいつも通りの日々を過ごせていた。やはり、というべきか如月君はあの時の事に関して誰にも話していないらしい。…良いことだ。きっとこのまま、お互いにあの時の事は忘れて過ごしていくのだろう。私と彼の時間があんなにも交わる事はそもそもありえないのだから。
なんて、思っていた時が私にもありました。
「ありがとね。三島さん」
「…いえ、頼まれたのは私もですから」
提出物を先生に渡して、如月君の少し後ろを歩きながら答える。たまたま席替えがあり、たまたま隣同士になり、たまたま先生に提出物を頼まれる……厄日だろうか。
「ちょっと不満そうだね。それとも気まずいのかな?」
…エスパーかなにかだろうか。私が真剣にお祓いに行くことを考えていると如月君はそう言った。察しているのならそっとしておいて欲しい。
「…すみませんでした。あれはただのやつあたりで如月君は悪くないんです」
そう、本当に如月君は悪くないのだ。何も出来ない私のやつあたりで。
「あの時言われたこと、俺なりに色々考えてみたけどさ」
…真面目か。彼からすれば勝手にヒステリックになった私に好き放題言われただけだろうに。
「傷つきたくないなんて皆思ってることだし、その為に自分を押し殺してその場を流すなんてよくやることだよ」
…やめてほしい。
「俺だってつまんない時とか曖昧に笑って誤魔化すしさ」
…
「だから、三島さんが考えてるほど立派な奴なんていないし、少なくとも俺は違うよ」
…そういうところが、
「何が言いたいかって言うと」
「そういうところが苦手なんです。あの時言ったのに分からないんですか?」
…止まらない。
「如月君はそうやって前に進めるんです。どれだけ失敗しても、間違っても、それを糧にして、自分を変えてどんどん成長していけるんです」
…こんなこと言いたい訳じゃないのに、醜い私からはどんどん醜いものが零れ落ちてくる。
「…もう関わらないで下さい。あなたを見てるとどんどん自分が嫌いになる」
…如月君から逃げるようにその場から立ち去った私は、人気のない階段の踊り場で恥ずかしさや申し訳無さでしゃがみ込む。
「…最低だ。本当に嫌い」
「ねー人の心にズカズカ入り込みすぎだしデリカシーなさすぎー」
「いや、最低なのは私で如月君では、え?」
「いやー顔良いからあーゆーの許されてきたタイプっしょ」
ギャルだ。顔を上げたらそこにはギャルがいた。いつの間に居たんだ?というか会話成立してるあたりさっきの見られてたってことじゃ…
「へー。よく見ると分かりやすいくらい顔にでんね。おもしろ」
「あの、もしかしてさっきの話」
「あそこの自販機にしかいちご牛乳売ってないでやんのウケる」
おのれ、いちご牛乳…貴様のせいだぞ。
「そんな心配せんでもあたし以外には人いなかったよ。ってか腹黒に目つけられるとか災難じゃね?慰めてあげる」
そう言ってコーヒーを渡して彼女は隣に座りだした。…カースト上位陣は物理的にも心理的にも距離詰めるのはやいですね。
「…如月君が言ってたことは正しいですから」
「正論辛いときってあるじゃん?むしろそんなこと言われなくてもわかってるって感じじゃね」
…泣きそうになる。皆私より大人で、誰かを思う余裕があって、優しくされるたびにより強く惨めに思えてくる。
「…羨ましいんです。私だって頑張ってるのに上手くいかない事ばかりで」
「うん」
「せめて邪魔しないように大人しくしてたらもっと真面目にしてって言われるし」
「うん」
「何で私だけって、こんなことばかり考える自分が本当に嫌で、如月君たちみたいになりたいって思っても変わろうとする努力も出来なくて」
考えがまとまらない。心の中で思っていた言葉がポロポロと落ちてくる。…だめだ。ここ最近、感情の抑え方が分からなくなってきてる。
「もしかして三島ちゃんって人のいいトコ見つける天才じゃね?」
「…え?」
「だって自分が劣等感感じるくらい他の人のいいトコ見つけてんじゃん。天才じゃん」
…何を言ってるんだろうこの人は。
「まーでも自分のこといじめすぎなのはあんまよくないかもね。」
そんなだから、あーいうややこしそう奴沼らせるのかも。…相性は良さそうだしいっか。
「とりま、あの腹黒殴り行く?案外すっきりするかもよ」
「殴るのはちょっと…」
…そもそも如月君には殴られる理由はないし。
「理由なんてあとからつければいいっしょ」
ナチュラルに心を読まないで欲しい。
「顔に出てるだけじゃんね」
思わず顔を隠してしまう、彼女はニヤニヤしてるから嵌められただけだろう。恥ずかしい。
「ちょっと元気そうになったね。いいんじゃない?」
…たしかに自己嫌悪するヒマなんてなかった。
「…なんでこんなこと?」
「やっぱ何事も助け合いでしょ」
…少しは頑張れる気がする。如月君に謝って、それからありがとうを言おう。私の言ったことを考えてくれた事に対して。…正直嬉しかったから。
「ごめん!」
…先に謝られてしまった。
「誰だってあんなふうに踏み込まれたら嫌だよね。謝って許されるとは思ってないけど、ホントにごめん」
「…大丈夫です。むしろ私の方こそすみません。さっきもこの前も言いたい放題になって」
「…薄々、勘づいてるかもしれませんけど。」
―私は、如月君に憧れてるんです。
「私から見た如月君は、傷つくことを恐れないでひたすら前に進んでいるようなすごい人なんです。」
いつも、如月君たちを眩しく感じていたのはただの劣等感だけじゃなくて、なりたい自分そのものだったからだ。
―なんでそんなに人と仲良くなれるんだろう。
そう思ったのは一度や二度じゃなくて。高校生にもなって今更人に聞けないヒトヅキアイの仕方。
彼らみたいになれたら、だなんて思ってしまうと今までの私は何だったんだろうと感じてしまう。
―だから、人気者と私は違うと、自分から壁を作って、苦手だなんて嘯いてきた。
…でも、やっぱり私は、
「変わりたいって思ってしまうんです。前に進みたい…如月君に近付きたいって」
如月君は顔を手で覆っていてどんな表情をしているのかが見えない。分かっていても自然と顔を俯かせてしまう。…やっぱり気持ち悪かっただろうか。そこまで親しくないのに勝手に憧れられるのは。
「…ちょっとまってて。いろいろきもちおちつかせるから」
?どういうことだろう…?
「…俺は君が憧れるような人間じゃないよ。いつも間違ってばかりだし」
「それでも、間違ったままにしているようには見えません。きっと間違えないでいるよりすごいことだと思います」
「気になる女の子に短期間で二度も泣かれるような事してるのに?」
「泣かれてるんですか」
というか好きな女の子いたのか。
「泣いた本人は自分の事だと思ってないけどね」
「……………あっ私か」
…いや、私のことなの!?
「そうだよ。流石に何とも思ってないのにあんなふうに不躾なこと言わないよ。好きな女の子なら不躾なこと言うなってのはそうなんだけどさ」
「な、なんで私なんか…?そんなに親しくない…ですよね?」
「親しくない…いや、まあそうか」
如月君のように目立つ容姿でもなければ、皆から好かれるような社交性もない、少なくとも私を好きになる要素はないはずだ。
「大抵のことは卒なく熟せてきたからさ、比例して周囲の期待も高まってくるんだ。話したこともない親戚とか、名前も知らない親友とか結構いるんだよねこれが」
…私には想像も出来ないような世界だ。
「どんなに努力しても当たり前って感じだったから最初は内心荒れてたけど、だんだん上辺だけ取り繕うのが上手くなって気づけば王子様とか言われてた」
けどさ、と彼は続ける。
「やっぱり疲れるんだよね。努力は認めてほしいし、俺を理由に何かを諦めたとか言われても知ったことじゃないし。」
それは、私が勝手に憧れてしまったのは、私が思っているよりも彼にとって迷惑な、
「三島さん、実は前にも努力してる俺がすごいって言ってくれたの覚えてないでしょ。」
『いつも努力してるのはすごいですけどあまり根を詰めすぎるのも良くないですよ』
『体調崩したら元も子もないですし』
そうやって言ってくれた人はあまりいないんだ。両親も仕事で忙しくて特に関わることもなかったし。
「なんでもないように言ってくれたその言葉は君が思っているよりも助かったんだよね。それから君の事を目で追うようになって、断るのが苦手な事も、自分の意見をあまり言わない事も分かったし、だからあの時は混じり気のない本音だったんだなってのもよく分かって、もっと君の事を知りたくなった。だけど君は俺に関わる気もないから全然話せないし、ようやく話せたと思ったら口から出てくるのは世間話くらいしかないし、この前は泣かせるし」
なんかホントに情けない。そういう彼の顔は見たこともないくらい赤くなっていて、私はきっともっと赤くなっていて。
「こんな感じで君が思うほど俺は立派じゃないよ。だけど、もし、君が」
―チャンスをくれるなら、君が憧れる俺になるから、君と一緒に前に進みたい
「…………如月君は、これまでも、今も、これからもずっと、私の憧れです。そんなあなたと」
―私だって、一緒に前に進みたい
「私、どうですかね、最近」
「可愛いね。どうしたの急に」
「…如月君から見ても頑張れてるかなって」
「少なくとも、あの時の君が憧れるくらいには頑張れてると思うよ」
「ありがとうございます。実はそう言ってくれると思って聞きました」
「そういうところ、あの子達に関わってから強かになったね。可愛いはスルーしてるけど」
「分かってるなら突っ込まないでください」
「可愛い」
やめろ。恥ずかしい。
…きっとこれからも、私が劣等感を感じ続けるのは変わらないだろう。持って生まれたものだ。簡単には変えられない。けれど前よりは着実に、一歩ずつでも進んでいけるのだろう。
―この人となら、きっと
お読みいただきありがとうございました!