隠し部屋 2
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オリヴィアはユージーナたちとともに、一階のサロンにいた。
リッツバーグが地図と実際の部屋の大きさを調べて違和感を覚えた五つの部屋のうちの一つだ。
エドワールたちのチームが二階から調べると言ったので、ユージーナたちのチームは一階から取りかかることにしたのである。
オリヴィアはぐるりと室内を見渡して、おかしな部分はないか調べはじめた。
ユージーナが持参した城の見取り図を見ながら、オリヴィアに倣って部屋の検分をはじめる。
「こう言うのはあれかな。壁の絵を動かしたりすると扉が現れるとか?」
イーノックが壁にかけられている絵のうしろを確かめつつ言う。
「そういう可能性もありそうですけど、この部屋には当てはまりそうにはありませんね」
オリヴィアは窓のすぐ横にかかっている絵を見て言った。絵の奥の壁に扉があったところで庭に続いているだけだ。隠し部屋が作れるほどの壁の厚さはない。
サロンには部屋の中央に長方形のテーブルと、ソファが四脚置かれていた。
このサロンは城にある五つのサロンの中で一番小さな部屋で、二人掛けのソファが二つと一人掛けのソファが二つあることから見ても、六人以上が談話をするには向かない。
しかし見取り図通りの対比で設計されている部屋ならば、もっと大きいはずである。
(もっとこの部屋は南北に長いはずなのよ。だったら……)
部屋の東側には窓があり、窓の外は庭になっている。
部屋の西側には入口があって、こちらの壁も部屋を作るほど分厚くない。
南にはオリヴィアの腰丈ほどの高さの飾り棚が置かれていて、壁紙には特におかしなところはない。
北側にはクローゼットがあるが、使われてはいないようで、クローゼットの扉の前に棚が置かれて、花が生けられていた。
「ユージーナ様、クローゼットが怪しいと思いませんか?」
「クローゼット?」
「はい。だって、クローゼットがあるサロンなんて、少なくとも、わたくしは一度も見たことがありません」
「なるほど、言われてみればそうですわね。わたくしが生まれたときからこうなので、こういうものだと思っておりましたけれど……サロンにクローゼットは不要だわ」
「よし、確かめてみよう」
イーノックが棚の上の花瓶をテーブルの上に移動した。
イーノックの友人の、同じチームで動いている伯爵と侯爵がそれぞれ棚の両端を持って、入り口側の壁に移動させる。
オリヴィアは床から天井までの高さのあるクローゼットを開けて中を覗き込んだ。それほど奥行きがない。というか、この奥行きなら、ドレスを斜めにかけなければ入らないだろう。
ユージーナとイーノックも中を覗き込んだ。
テイラーもオリヴィアのうしろからクローゼットの中を覗き込んで、「狭すぎませんか?」と不思議そうな顔になる。
「こんなに狭かったら、子供服でもぎりぎり入るかどうかですよ」
「そうね。外から見たらクローゼットなのに、クローゼットとしての役割を果たしていないわ」
「怪しいですね」
イーノックがクローゼットの奥の壁を叩きながら言う。
オリヴィアも手伝おうとしたが、ユージーナがイーノックに任せておけばいいだろうというので、邪魔にならないようにうしろに下がった。
イーノックが奥の壁を端から細かく叩いて行き、右の当たりで手を止める。
クローゼットの右端の壁に手を添えて眉を寄せた。
「へこむ? いや……、ここだ。オリヴィア様、ここが動きますよ」
やはりクローゼットの中だったらしい。
壁は奥に向かって開く隠し扉だったようで、オリヴィアたちはイーノックに続いて、開いた扉から隠し部屋を覗き込んだが、中は真っ暗だった。窓がないからだろう。
テイラーが、サロンのテーブルの上に置かれていた燭台を持って来た。イーノックが蝋燭に火を灯して、それを持って中に入り、それからオリヴィアたちにも中に入って大丈夫そうだと告げた。隠し部屋は全員が入っても問題ない広さがあるようだ。
隠し部屋はサロンの半分ほどの広さがあった。
壁際に木製のテーブルが置かれていたので、イーノックがその上に燭台を置く。
部屋はずっとあけられていなかったようで、中は埃臭かった。
テーブルと、一脚の椅子しかない部屋で、ほかにあるものと言えば壁に張られたフィラルーシュの地図だった。テーブルは装飾も何もない、シンプルなものだ。引き出しの中に面白いものでも入っていないだろうかと思って開けてみたが、何もなかった。新しい発見がないだろうかとわくわくしていたオリヴィアはちょっぴり落胆する。
地図の方はというと、ずいぶん古い地図のようだった。黄ばんだ紙に書かれている地名が今と違う。フィラルーシュ国の国境の超えた先に、ブリオール国とグラノリア帝国と書かれていたので、どうやらフィラルーシュが建国して間もないころのもののようだった。落胆していたオリヴィアは、古い地図に胸のときめきを覚えて食い入るように地図を見つめた。
帝国が解体する際に、まずブリオール国ができて、その数年あとにフィラルーシュ国が興った。そして最後まで帝国として残った場所に、グラノリア帝国の最後の皇帝を討ち取った初代レバノール国王が国を興し、ルノア三国ができた。この地図は、まだレバノール国ができる前のものだろう。
(素敵……。レバノール国が興る前なら、それこそ初代国王の時代……六百年以上も前のものだわ。こんな古いものが残っているなんて……)
それこそ、国宝にされていてもおかしくない代物だ。本来、宝物庫に収められているはずのものである。それがこんなに無造作においてあるなんて……怪しい。
「ピンがさしてありますね」
食い入るように地図を見つめていたオリヴィアは、ふと、不自然な場所に金色のピンが刺されているのを見つけた。
「……これ、本物の金かもしれませんね」
「どれですの? ……そうね、鑑定してみないとわからないけれど、この大きさにしては重量がありますわ」
純金は柔らかすぎるので、銅や銀などが混ぜられているのは間違いないだろうが、メッキとは違う光沢がある。そして何より、このピンが古いものならば、まだメッキ技術は存在していなかったはずだ。もちろん、古いものではない可能性もあるから確信は持てないが。
「でもなんでこんなところに刺してあるんでしょうか……」
「たまたまじゃないかしら?」
「でも、地図を止めるピンはちゃんと四隅にありますし、地図を止めているピンは錆び具合から見て鉄でできているみたいですよ。これだけどうして金のピンなのか、気になります」
「そう言われると、そんな気もしますけど……」
ピンが差されているのはフィラルーシュの北東、グラノリア帝国――現在のレバノール国――の国境付近の町で、旧地名はクァルーツェ。まだこのころは、グラノリア帝国時代の地名をそのまま使っていたようで、今のフィラルーシュ語にはないグラノリア帝国時代の文字の綴り方で書かれている。
「たまたまピンを刺しただけではございません?」
エドワールもサイラス同様、地図にはさほど興味を示さなかった。
ユージーナは、金のピンにはさほど興味を引かれなかったらしい。
部屋の中にほかに珍しいものはないかと壁や床を探して、何もないとわかると、がっかりと肩を落とす。
「ここに選定の剣はなさそうですわね」
「簡単に見つかるとは思っていなかったけれど、手掛かりもなさそうだ」
ユージーナとイーノックが、ここには何もないと結論づけて、次に行こうと言い出した。
オリヴィアは古い地図がもっと見ていたかったが、二人の決定に逆らって残るわけにもいかない。
(クァルーツェ……部屋に帰ったら念のため、メモをしておきましょう)
気のせいかもしれないが、オリヴィアはこの地図に選定の剣のありかが隠されていると思えてならなかった。