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「殿下」


 パーティーが終盤に差し掛かった頃、オリヴィアはバルコニーで涼んでいたエドワール王太子に声をかけた。

 エリザベート妃は王族専用の席でティアナたちと談笑中のようだ。

 サイラスは先ほどアランに呼ばれて、一時的にオリヴィアのそばから離れている。

 エドワールと二人きりで話すチャンスは今しかなかった。

 オリヴィアが近づくと、エドワールはまるでオリヴィアが話しかけてくるのを待っていたかのように振り返った。


『一人になったら話しかけてくると思ったよ』


 エドワールがフィラルーシュ国の言葉で答える。内緒話をするにはフィラルーシュ国の言葉を使うのが得策だろう。オリヴィアもすぐに言葉を変えた。


『先ほどのお話の件ですが、例の町がどこか、具体的に教えて頂いても?』


 ブリオール国とフィラルーシュ国の国境付近に位置する町はいくつかあるのだ。オリヴィアはどうしてもその町の場所を知る必要があった。


『ウィンバルの町だよ』

『ウィンバル……』


 オリヴィアは頭の中に地図を描いた。

 エドワールはじっとオリヴィアの顔を見やったあとで、唐突に話題を変えた。


『どうしてアラン王太子と婚約を破棄したのかな?』


 遠慮して訊ねないようにしているのかと思ったのに。オリヴィアは思考を中断して顔を上げ、仕方なく答える。


『それは殿下に聞いていただけると』

『なんだ。てっきり君の方からフッたと思ったのに、その様子じゃ違うのかな』

『ええ、まあ』

『なるほど。……もしかして、アラン王子は破滅したいのかな』


 エドワールが小さくつぶやくが、オリヴィアは聞かなかったことにした。

 オリヴィアはそんな世間話よりも大事な話があるのだ。話の腰を折られてはたまらない。


『エドワール殿下。勝手なお願いとは承知していますが、ウィンバルの町の件、少しだけわたしに預からせていただけませんか?』

『おや、他国の町のことが、王太子の元婚約者様に何の関係があるのかな?』


 エドワールは意地悪な質問を返した後で、すぐに相好を崩した。


『冗談だよ。私としても、できれば今回の件については事を荒立てたくはない。こちらにもさほど利はないだろうし、面倒ごとが増えるだけだからね。君が解決してくれるなら、願ったりだ』


 エドワールはそう言って立ち去ろうとして、思い出したように振り返った。


『そうそう。よくわからないが、私がこの話をアラン殿下に持ち掛けた時、彼の新しい婚約者のティアナ嬢が、きみならいい答えを導き出せるかもしれないと言っていたが、あれはおそらく善意からの言葉ではないだろうね。君も大変なようだが、まあ、悪意には気をつけておいたほうがいいだろうよ。特に君は頭はいいようだが、少々鈍感なきらいがあるようだからね』


 エドワールがひらひらと手を振りながら去っていくと、入れ替わるようにサイラスが戻ってきた。


「何を話していたの?」


 わずかに曇ったオリヴィアの顔に、サイラスが心配そうに訊ねたが、オリヴィアはゆっくりと首を横に振った。




     ☆




「オリヴィア」


 図書館に向かっている途中のことだった。

 階段を下りていたオリヴィアは、背後からアランに呼び止められて、わずかな驚きとともに振り返った。

 婚約破棄をしてからこの方、パーティー以外でアランがオリヴィアに話しかけてきたことは一度もない。

 どうしたのだろうかと振り返ると、アランはオリヴィアの隣に並んでともに階段を降りながら、言いにくそうに問いかけてきた。


「その、だな。書類は片付いたのか?」


 書類とは、ティアナのかわりにやっている、王太子に割り振られている仕事のことだろう。


「ええ、さきほど」

「そ、そうか……」


 オリヴィアがこともなげに答えると、アランが狼狽を浮かべる。

 わざわざ仕事が片付いたかどうかを確かめに来たのだろうか? それとも、オリヴィアがさぼっていると思ったのだろうか。どちらにせよ、アランの用事はこれで終わりだろうと、階段を降り切ったオリヴィアが図書館のある庭に出ようと歩いていくと、どうしてか彼もついてくる。

 オリヴィアは城から庭に出たところで立ち止まった。


「殿下、まだ何かご用事が? わたしは今から図書館に向かうところです、殿下には面白みのないところかと」

「い、いや。私も一緒に行ってもいいだろうか」

「図書館にですか?」


 オリヴィアが目を丸くすると、アランは挙動不審なのかと疑いたくなるほどに視線を彷徨わせながら頷く。


「図書館はわたしのものではありませんから、ご自由になさればよろしいかと」


 オリヴィアが言えば、アランはほっとしたように笑った。

 そしてオリヴィアの隣を歩きながら、どこかそわそわしながら口を開く。


「その、オリヴィアはフィラルーシュ国の言葉が喋れたのだな」

「ええ」

「い、いつ学んだんだ?」

「詳しくは覚えておりませんが……、十歳前後ではないでしょうか? 使わないと忘れますから、今でもたまに教師につくようにはしています」

「そ、そうなのか……」

「ええ」

「そうか……。えっと、オリヴィアは図書館が好きだな」


 アランがまた唐突に話題を振ってくる。 

 オリヴィアはアランが何をしたいのかわからなくて怪訝に思ったが、答えた。


「本が好きなんです。それに、あと三日もすれば、城の図書館には簡単に出入りできなくなりますから」

「どうして?」

「図書館に自由に出入りできるのは、レモーネ伯爵令嬢のかわりに書類を引き受けている間だけです。あと三日もすれば約束の一か月。わたしが城に来る理由はありません」

「………」


 オリヴィアは図書館の重厚な扉を開くと、目当ての本を取りに向かった。

 本を持って窓際の席につくと、ややして、アランも自分が読もうと思う本を持って戻ってくる。そして、席はたくさんあるというのに、オリヴィアと同じテーブルについた。


「い、いい天気だな!」

「え? ……ええ、そうみたいですね」


 オリヴィアは窓から入り込んでくる日差しを確かめるように顔を上げて、ひとつ頷く。雲一つないとまではいかないが、今日はなかなかにいい天気だ。

 オリヴィアは本に視線を戻したが、その後も、アランはぽつぽつと話題を探すように話しかけてくる。彼の手元の本は一向にページが進んでおらず、そもそも読む気があるのかと疑いたくなるほどだ。

 オリヴィアはいい加減鬱陶しくなってきて、アランの顔を見やった。


「殿下は先ほどから何かを遠慮なさっているのでしょうか。おっしゃりたいことがあればはっきり言っていただいて構いませんよ」


 するとアランは途端に狼狽えて、何を思ったのかこんなことを言い出した。


「お、お前が城に来なくなるのは、その……、淋しいと思う」

「はい?」


 オリヴィアは自分の耳がおかしくなったのかと思ったが、アランの顔が真っ赤に染まっているのを見て、ああと合点した。


「殿下、熱がおありなんですね。お休みになられた方がよろしいですよ」


 熱のせいの妄言だと決めつけてかかったオリヴィアから、アランは不貞腐れたように顔をそむけた。


「思うに、お前はたまに無神経だと言われないか?」


 オリヴィアにはアランが何を言いたいのか、よくわからなかった。


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