8:芋くさ令嬢と感極まる公爵令息
普通の令嬢は、質素で厳しいこの国の修道院には行きたがらないはずだ。
「なんというか、人生に疲れてしまったんです」
まごうことなき今の本音なのだけれど、目の前の美青年には私の考えが不思議に思えた様子。
「疲れるも何も、君はまだ十七歳だったような?」
こんなのでも、結婚を言い渡された相手だものね。
一応、ナゼルバート様は私について調べたみたいだ。
「……エバンテール家は、とても厳しいところなんです」
「ああ、それは社交界でも有名な話だな。厳格にルールを守る家だと」
正確には、大昔にできた変なルールを、時代に合わせて改変せず律儀に守り続けているだけの家です。
「あと、両親は私に『早く婚約者を捕まえるように』と、うるさくて。いつも玉砕覚悟で脈のない相手に突撃させられていました。誰も私なんかと結婚したがるわけがないのに。そういうの、もう嫌なんですよね」
ナゼルバート様は、なんともいえない表情を浮かべた。困らせてしまったかな。
でも、家でも外でも罵られる日々にうんざりしていたのは事実で、今回の件でも行き先が修道院ではなく辺境になるだけだと思っている。それに……
「むしろ、先ほどもお伝えしたように、私の方がナゼルバート様に申し訳ないと思っています。どう考えても、私はあなたに相応しくないですから」
身分も力も美しさも王女殿下には遠く及ばない。
不名誉な、罰として与えられるような令嬢だ。
「婚約のことで、ナゼルバート様は傷ついておられますよね。でも、きっと大丈夫ですよ。陛下がなんとかしてくださいますから。王女殿下だって、今はあんな感じですけれど、すぐに自分が間違っていたと思い直すはずです。あなたは素敵な男性ですもの」
王女殿下が妊娠しているから、事態は難しくなっているかもしれない。
それでも、どうか落ち込まないで欲しいと、私は懸命にナゼルバート様を励ました。
あの場にいたロビン様より、ナゼルバート様の方がよほど優しく紳士的だ。今は道ならぬ恋に燃えている王女殿下も、すぐに彼の良さに気づくはず。
けれど、ナゼルバート様はどこか困ったような微笑みを浮かべた。
「別に、俺はミーア王女が好きなわけではないよ? 婚約は幼いときに定められたものであり、それを義務だと重んじて行動してきただけだ。将来女王となる彼女を支えるため、この国のため、長年厳しい教育に耐えてきたんだ。だというのに……」
自由奔放なミーア王女殿下は、男爵家の庶子の子供を宿してしまった。婚約者としてやりきれない思いだろうということは想像に難くない。
「ええと、その……」
続ける言葉が思い浮かばず、気まずくなった私は目を泳がせた。
しかも、ナゼルバート様は、大勢の前であらぬ罪を被せられてしまったのだ。
「でも……」
一緒にいる時間は短いけれど、彼がそんなことをする人間とは思えない。
「私は、あなたを信じていますよ。パーティーのとき、困っていた私に唯一手を差し伸べてくださった方です。なんの得にもならない『芋くさ令嬢』を助けてくださるような人が、あんな罪を犯すはずがありません。それだけは言い切れます!」
「……アニエス嬢」
なぜか、ナゼルバート様が感極まった様子で私の名を呼ぶ。
いやいや、普通に考えれば、皆ナゼルバート様の無実がわかっているに違いない。
あの場では、王女殿下が怖くて言い出せなかっただけで。
「なにがあろうと、俺は巻き込まれてしまった君を守ると誓う」
「え? あ、はい。どうもありがとうございます?」
よくわからないまま返事をすると、ナゼルバート様が真剣な様子で私の手を握った。
なんだろう……「色々あるけれど、俺はお前の味方だぜ!」みたいな感じかな?
ひとまず納得し、用意された部屋に向かう。
同じ建物で暮らすとはいえ、私は「芋くさ令嬢」だから、間違いなど起きようはずがない。
安心して熟睡できる。