第四十七話「絶体絶命」
今回の投稿は某所で開催した
「その無限の先へ」リスタートプロジェクト第三弾「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いたゆノじさんへのリターンとなります。(*´∀`*)
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絶望的な存在との遭遇。正に奇跡とも呼べる偶然によって助かったあと、そこから拠点まで戻れた事も奇跡に近い。なんせ、どうやって帰ったのか、道中の記憶がないのだ。
ゴブリンに絡まれたくらいならどうとでもなるし、一度も遭遇していない事は考え難いので、そこら辺は多分どうにかしたんだろう。実際チケットも回収していたらしいし。
万が一、道中でモドキに遭遇していたら、それが柚子だろうが蒲公英だろうが確実に死んでいたはずだ。
あとになってから花に聞いたが、表面上はぼんやりしていたくらいで、受け答えもはっきりしていたらしい。そんな状況になったからたとえが浮かばないが、多分泥酔と大差ない精神状態だったんだろう。
遭遇しただけでRPGの状態異常みたいな事になるとか、改めて考えてもどんだけのプレッシャーを受けていたというのか。
確実に勝てない。戦闘状態に至った時点で敗北が確定する。アレはそういう理不尽な相手なのだ。
「ミュータントの変異体相手に似たような経験はあります」
そう言いつつ花が語ったのは、九十九姉妹の中から初めて犠牲が出た時の話だった。と言っても、俺同様に本人は覚えていないのをあとから聞かされたらしいが。
遭遇した敵と力の差があり過ぎて脳が理解を拒んたとかそういう事なのかもしれない。
「多分ですけど、待雪もあの動画実況の神様候補さん相手に似たような印象を抱いていたと思います」
「マジかよ」
だが、確かにあり得ないって事はないかもしれない。俺の持つ印象からは想像できないが、相手は候補とはいえほとんど神のような超存在なのだから。
俺は使徒だからその範囲から除外されていたかもしれないし、放たれるプレッシャーの範囲外だったのかもしれない。
九十九世界での遭遇は正にそういう状況で、むしろあの状況で目前まで肉薄できた柚子がおかしいのだ。
実際、ウチの神様を前にした時のリョーマやあかりの反応なんて、それそのものだった。失神したり失禁した奴らを笑えない。
これが本当に格の違う存在相手に真の意味で敵対した状態か。思い出しただけで手が震える。
……だが、幸か不幸か判断は難しいところだが、まだ折れずにはいられる。
敵対的でないとはいえ、より圧倒的な存在相手に感じていた恐怖がまだ俺を踏み留まらせている。アレと比べればマシだと。
「……大丈夫ですか?」
「あんまり大丈夫じゃないが、まだ虚勢は張れる。だから大丈夫だ」
花はそれって大丈夫なのかって目を向けてくるが、口にしても意味がないと分かっているのか黙ったままだ。
駄目だと口にしたら本当に駄目になりそうな、そんなギリギリ具合だから助かる。案外、そういう経験があるのかもしれない。
「……とはいえ、どうしたものか。まるで好材料がないぞ」
柚子と遭遇した事は単純にFOEが増えたというだけではなく、より巨大な問題を孕んでいる。蒲公英の時点で想定はしていたが、それは本格的に九十九姉妹全員がモンスター化している可能性が現実味を帯びてくるという事だ。俺もかなり強くなった自覚はあるが、たとえ一対一だろうが彼女たちを相手に勝てると思うほど自惚れていない。
それでも、蒲公英一人ならまだ目はあった。正常でないせいか全力は出し切れていないようだし、戦術も何もないゴリ押ししかしてこない相手なら、《 マテリアライズ 》を中心に搦め手を多用すれば勝ちを拾えたかもしれないと、それくらい楽観的な希望すら感じていた。
しかし、柚子の場合はそのゴリ押しだけでもスペック差で圧倒される。下手に技を使われるより、そのほうが危険だ。小細工が効かない。
「花としては、あいつら……蒲公英や柚子に限定してもいいから、勝つ方法とかないか? 無茶言ってるのは自覚してるが、できれば勝率高めの」
これは、あいつらを殺す方法を考えてくれと言っているのに等しい。
本来、未成年の庇護対象で配慮すべきという、これまでもできていた気がしない大人の建前は頭から投げ捨てるしかない。それくらいに追い詰められている。
「私とか、そういう一般人がって事じゃなく、加賀智さんがって事ですよね?」
「ああ」
この状況に至っても生き残りそうな九十九花が一般人枠かどうかはともかく、条件としてはそれでいい。さすがに一般人がアレに立ち向かうのは無理ゲーだ。
すでに俺の身体能力が一般人のそれから逸脱しているのは自覚しているし、戦力的な枠からも逸脱しているだろう。
同時に、もっと必要なのは戦闘への慣れ、殺しへの慣れで、そこら辺は花もクリアしている気もするが、身体能力の方が追いついていない。端から戦闘を手伝わせる気はないが、能力敵に厳しいのは明白だ。
「ついでに、あまり自我がなさそうで、本来の実力は出せてなさそうっていう条件を加えてもいい」
「正直なところを言うと、今ある手で立ち向かうとするなら……蒲公英相手ならそれなりに勝機はあると思いますけど……柚子はちょっと」
「……だよな。俺も同意見だ」
かなり楽観的な目算ではあるが、あの蒲公英相手なら絶対に無理とまでは思わない。本物ならともかく、現在の最大の武器ともいえる《 マテリアライズ 》を駆使して環境を構築、 不意打ちなどあらゆる手を駆使すれば五割は無理でも三、四割は勝利が見込めると思っている。もちろん、離脱と再挑戦を考慮しての可能性で、一発勝負なら一割も上手くいく気はしないが、それでもチャンスは見出だせる。
だけど、柚子相手はどうあがいても無理だ。あのプレッシャーに晒されたら戦闘にすらならないって前提を無視するにしても、あの身体能力でゴリ押しされたら手が出ないし、今の状況だとむしろそのゴリ押しがメインになってくるだろうからだ。
蒲公英相手ならそれなりに盾や壁として機能しそうなアイテムでも、あいつは平然と切り裂いてくるだろう。逃走どころか時間稼ぎすら怪しい。前回のようなアホゴブリンが乱入してくるような奇跡は二度とないだろうし、期待してもいけない。
初めて会った時のように話術でどうにかする事すらできない。……今思うと、あの状況ですら相当手加減されてたんだな。
「一応、ホムンクルスや類似する戦力が敵になった場合の想定はしてましたけど、こちら側の戦力想定もホムンクルスなんですよね……」
「まあ、普通はそうなるよな」
花一行は基本的にホムンクルス依存で、それ以外の戦力は本人を含めてほとんど存在しないはずだ。むしろ、そんな状況になったら詰みって状況である。
逆に考えるなら、それくらい割り切っていたからこそ生き残れたのかもしれないとも思う。
「他にもいそうって問題もあるんだよな。……待雪が出てきたら、更にどうしようもない気がする」
「加賀智さんから聞いてる限りの条件……自我がないって前提だと、待雪より柚子のほうが危険だと思いますよ」
「そうなのか?」
「待雪はかなり理論派なので、武器となる思考が使えないなら、実力の落ち幅は柚子より大きいかと」
ああ、言われてみればそうかもしれない。待雪のアレは理屈を極限まで煮詰めたモノって気がするからだ。
「つまり、この条件で想定できる最強戦力は柚子って事か」
「……多分」
最強が二人目で出てくるなよって感じだな。
まあ、柚子よりマシかもってだけで、待雪でもどうしようもないのは変わらないんだが。というか、普通なら他の誰でも絶望的だ。
「可能かどうかは別として、二人で戦闘になるように誘導するとか」
「ゴブリン共は味方判定じゃないみたいだったが、ホムンクルス同士はどうだろうな。案外認識した時点で殺し合うかもしれんが」
試そうにも、その状況を成立させる事すら絶望的だ。柚子を誘導する難易度を考慮するなら、蒲公英は個別に倒したほうがマシだろう。
……いや、この場合、蒲公英を誘導するのか。それなら……上手くやれば、柚子の索敵に引っ掛からずに逃げられるかもしれない。それで自滅させると。
不可能とはまではいかないが……いや、無理だ。あまりに非現実的だ。そんな極小の可能性を拾えるほど、俺は自分に自信を持っていない。
そもそもの話、柚子が絡んでくる時点で難易度が激増する上に、それで順当に蒲公英を脱落させたところでどうするんだって話だ。
「柚子を脱落させられるならまだしも、対処し易い蒲公英を倒してもメリットはほとんどないんだよな」
一階の探索が多少安全になるだけだ。完全に安全地帯にできるならアリだが、柚子の驚異は消えない。
「そうですよね。二人共自我がない状態で小細工なしの勝負じゃ、蒲公英が柚子に勝つ目がないですし」
「……ひょっとして、素の状態なら蒲公英にも勝ち目はあるとか?」
「え? ええ、まあ。もちろん、柚子が優位なのは変わらないですけど、模擬戦でも別に全敗ってわけでもないですし」
明確に実力差があるといっても、ホムンクルス同士でそこまでの差はないって事か。少なくとも、俺が柚子と戦うよりは可能性があるのは間違いない。
ここにいるのが俺じゃなく正常な状態の蒲公英なら、あるいはすべてのホムンクルスもどきを蹴散らす事すら可能だったかもしれない。花としてはそっちのほうがマシだったかもな。
……本当に?
「…………」
「あの、何か……」
「いや、なんでもない」
他にアテになりそうな材料がない今、判断材料として浮上しそうな花の主人公補正を基準にしてみると、こういう構図になったのにも意味があるとか?
まさか、俺がここにいる事が花の生き残る最良の可能性だったとでも? 前提が前提だけに参考程度にしかならないが、まるっきり無視もできそうにない。
「あの……元に戻せたりはしないですよね。やっぱり」
「そりゃ、戻せるならそれにこした事はないが……」
倒したら元に戻るってくらい単純な話なら、この状況にも活路は見出だせるが、あいつらがどんな状況なのかも分からないし、手がかりすらない。
そもそも本物なのかすら怪しい。同じように徘徊しているゴブリン共が倒せば消えるような存在なのに、あいつらは違うとは言い切れない。
倒したら普通に< コモン・チケット >を落とすかもしれない。
「むしろ、そっちは何かアテがないのか? 元に戻す方法。似たような経験とか」
「自我を失った相手との戦闘はありましたけど……」
本人が戦ってるわけじゃないにしても、かなり歴戦だよな。フィクションの主人公でもなかなか見られない体験してそう。
「その時はどうしたんだ?」
「普通に倒しただけです。知り合いですらありませんでしたし、元に戻そうとか考えてなかったので」
「そういう前提ならそうだよな。戻す理由すらないわけだし」
「……後付けの知識ですけど、不可逆の改造でそもそもどうにもならなかったという資料だけは見つけました。……脳の半分ほどが機械化されてたみたいです」
参考にならねえ。花たちのいたのが極めて倫理観のぶっ壊れた世界だったって事を再認識させられただけだ。
それよりはマシ……なのか? だからって、何一つ状況は好転しないんだが。
「……駄目だな。特に柚子相手の活路がさっぱり見当たらない。あえて好材料を探すとするなら、あいつがいたのがおそらく地下二階以下で、俺とニアミスしたあともそちらに戻っていったって事くらいだ」
「遭遇の可能性を捨てるのは危険ですけど、確かに蒲公英対策に割り切るほうがマシかもしれませんね」
対柚子の優先度を下げて対蒲公英に向けた準備と対策を進めるべきだ。たとえ蒲公英を倒したところで、このフロアの安全性がある程度確保されるだけで、柚子と遭遇する可能性も残ったままっていうのが厳しいが、チケットを稼ぐために安全性の確保は必要なのだ。
「一応、蒲公英を排除できればチケット回収が楽になるって展望はあるから……ガチャから何か出る事を期待できなくもない」
「…………」
花はアレに? って表情を隠せていないが、俺も同感だ。コモンしか出ないガチャでどうしろというのか。何が出たらどうこうって願望すら抱けない。
単に強化枠があるってだけじゃ意味はないが、特殊な能力や効果、強化済みのモノは大抵アンコモン以上で排出されてくるのだから。
ただ、それしかないのも、それを口にしても仕方ないのもお互い分かっている。
いつものガチャが使えるなら運で巻き返す期待もできたけど、コモンしか出ないガチャじゃそれも期待できない。
可能性として挙げられそうなのは、純粋な科学を使った商品なら出てくるかもしれないって事くらいだろうか。いくらい奴らが頑丈でも、強力な爆弾などが手に入れば火力の面では打倒可能にはなるはずだ。それはそれで当てる方法や自爆の対策を考慮しなければならないのだが。
とはいえ、なんか劣化してる感じのカードが多出しているとその可能性も期待値が下がる気がするな。暴発の危険があるような火器を使いたくないし。
◆ノーマル
< 塩パン >
< 瓶コーラ >
< 古古米 >
< 熱湯 >
< 爆竹 >
< 折れた矢 >
< 銭束 >
< 爪楊枝 >
< 詩集 >
< 虫歯 >
< 禍々しい壺 >
< 春画 >
< 耳毛 >
< 六角棒 >
< 割れた蛍光灯 >
< 砂利 >
< 桃缶 >
< 曰く付きの扇子 >
< 眼帯 >
< まな板 >
< 机の天板 >
< 壊れた木魚 >
< 運河の鍵 >
< 側溝の蓋 >
< 鳴らないフルート >
< 怖い饅頭 >
< 神棚 >
< 使用済みビンゴカード >
< カラーボール >
< 痴漢対策マニュアル・金的編 >
< 砕けた墓石 >
< スーパーのチラシ >
< 角砂糖 >
< Bボタン >
< 土嚢 >
< 寝袋 >
< 三角コーン >
< トランペット >
< 毛抜き >
< 蜘蛛の糸 >
< 潰れた空き缶 >
< 蝉の抜け殻 >
< 錆びたH形鋼 >
< リザードレザー >
◆イクイップ
< 三度笠 >
< ヘアバンド >
< 網タイツ >
< レインコート >
◆スキル
< ジャブ >
< アウトサイドキック >
◆ベース
< 折れた電柱 >
< 壊れた自動販売機 >
< 道路標識 >
……そもそも、そんな懸念をするまでもなく、火器そのものが出てきていないわけだが。
以前、吉田さんの拠点でやった電車の《 マテリアライズ 》みたいな、超質量による圧殺が一番現実的なんだろうか。生半可な質量だと避けられそうなんだよな。
蒲公英はそれでなんとかするにしても、柚子に至っては本能というか、勘に頼った動きが主体っていうのもマイナスだ。
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そうして、極限の精神的負荷を受けながらの探索作業を再開する。
遭遇イコール死みたいな相手と、遭遇ニアイコール死みたいな相手、FOE二体を警戒しつつの探索は俺の精神を確実に摩耗させていった。
あまりのストレスに、使徒になった影響で精神が強化されている自覚まで生まれるほどの負荷だ。人間のままだったら絶対ハゲてる。
ゴブリン共を無音で暗殺する事にもすっかり慣れてしまった。音出したら見つかる危険が増えるので必死である。あいつら相手ならそろそろプロのアサシンを名乗れそう。
◆ノーマル
< 宇都宮市グルメマップ >
< 吸い殻 >
< アップリケ >
< 泥 >
< ピアノ線 >
< ポテトチップス >
< 麦茶 >
< 尿瓶 >
< 便座カバー >
< 額縁 >
< 鈴 >
< 深呼吸 >
< 着古したワイシャツ >
< ビタミン剤 >
< 羊羹 >
< ビニール袋 >
< VHSビデオデッキ >
< 壊れたスロットマシン >
< パチンコ玉 >
< 朱肉 >
< 埃 >
< 小麦粉 >
< 重曹 >
< 水道水 >
< 薬缶 >
< 悲鳴 >
< 住民台帳 >
< 梨 >
< バーベル >
< LANケーブル >
< メモ帳 >
< トイレットペーパー(シングル) >
< 粉末ジュース(グレープ) >
< 鼻輪 >
< 私の耳朶 >
< ラブレター >
< 余った皮 >
< 除毛剤 >
< 六角棒 >
< 脛毛 >
< 土偶セット >
< 褪せた値札 >
< 感光紙 >
< 裁縫セット >
< 安産お守り >
< 御神籤(凶) >
< 金平蓮根 >
< キャベツ(半玉) >
< 遺跡の石版 >
< 古文書(源氏物語) >
< 空気 >
◆イクイップ
< 足袋 >
◆スキル
< パイルドライバー >
◆ベース
< 貯水タンク >
< 革命後の玉座 >
花がまとめてくれたガチャ排出メモを見つつ、これらの使用用途を検討する。単純な使い方はもちろんだが、どこかに状況打開の芽はないかと。
いつもなら< VHSビデオデッキ >は喜んでいただろうが、今出てきても質量武器にしかならない。そもそも見たいテープは持ち込んでない。
「こうして見ると、直接的な戦力化に繋がりそうなものは少ないが、《 マテリアライズ 》用に使えそうなモノは出てるんだよな」
「食料になりそうなモノも結構出ますね。現時点でも、以前よりはいい食生活送れてます」
「初期のガチャ生活と比べてもマシだな」
決して豪華ではないし基準を引き下げても仕方ないが、腹が減ってモチベーションを維持できないってほどじゃない。だからって、この生活を長く続けたいわけじゃないが。
常に焦燥感に塗れる環境に比べれば、深夜番組のノリでもあの拠点での生活のほうが遥かにマシだ。花はどうか知らんが、ホムンクルスをすべて失った今とこれまでじゃ比較どころの騒ぎじゃないだろうし。
「それなりに日数経ったけど、生活に不便は?」
「今のところは……水や食料はそれなりに、持ち込んだ簡易トイレや寝具もありますし。あえて言うなら洗濯やお風呂とか?」
「確かに問題だよな……って、結構な期間風呂もシャワーもなしだけど大丈夫なのか?」
「……あんまり慣れたくなかったんですけど、慣れてますし。……匂います?」
「別に気にしてなかったけど、匂い云々だと俺のほうが確実にやばいだろ」
「まあ、それも慣れているというか……」
むしろ、なんでこの状態でその容姿を維持できてるのか不思議でならない。普通なら髪とかボサボサになりそう。
凹凸のないスタイルは別としても、美少女はケアしなくても最低限美少女を維持するというのか。いろんなところから反感買いそう。実はウチの世界の花が虐められていたという原因かもしれない。
「ある程度水に余裕ができたら体拭くくらいはなんとかするから、しばらくは我慢してくれ」
「多少余裕あっても、水は節約すべきでは?」
「ガチャ次第だからな。たとえば、有り余るくらいジュースが出てきたら、水使ってもいいだろ」
「あー、ガロンサイズでも出てくるくらいだし、そういうパターンもあるんですね。どうしても汚染されてない水は貴重ってイメージが抜けなくて」
「サバイバル生活なら、それが普通なんだけどな」
物資の供給源がガチャだから、どうしても基準がおかしくなる。たとえコモンだろうが巨大なモノは結構あるし。
「……< 貯水タンク >が通常通りに使えれば、解決したかもしれないんだがな」
「ベースカードってやつは機能してないって事ですよね、コレ」
ガチャで排出されたベースカード< 貯水タンク >。色々懸念はあったもののダメ元でセットしてみたのだが、結果は失敗だった。
現在の拠点もどきに< 貯水タンク >は出現する事なく、ベースゾーンが一箇所専有されただけという、予想はできていたものの最悪の結果だ。
いつも常設している< 武装実験場 >が存在していない事から薄々そうじゃないかと思ってはいたものの、ここは完全に俺の拠点とは別物と確定したわけだ。
どの道、セットしたカードの入れ替えについてテストが必要だった上に、ベースゾーン自体が機能していないなら特に問題はないのだが。
まあ、名前的にベース施設として機能しててもただのタンクって可能性はあったわけだから、そこまでのダメージではない。というか、だからこそマテリアライズせずに試したというのもある。
ベースゾーンにアンコモン以上のカードをセットした場合の挙動も気になるところではあるが、今のところ確かめる気はない。すでにセットしているモノは別として、ここから脱出するまでコモン以外のカードをセットする事はないだろう。
それよりも、やはり一度セットしたカードを入れ替えできそうもないって事実のほうが問題だ。
大した選択肢がなかったからセットは控えていたが、たとえいいコモンカードを手に入れても安易にセットできない。壊せば外れるにしても簡単に破壊などできないし、スキルカードなどはその概念すらないだろう。持ち込んだアンコモン以上のカードはエラー化して外れたけど、それこそ無意味だ。
たとえば、< アウトサイドキック >はスキルカードだが、こんなカードで枠を埋めるわけにもいかないし、< パンチ >のように多少が意味がありそうってくらいじゃ手を出せない。
いつものように自由に入れ替えできるなら、多少弱かろうが試す価値はあるんだがな。……《 マテリアライズ 》が使えるだけでもマシと考えるべきか。
「数は増えましたけど、やっぱり役に立ちそうなカードはないですね。……ですよね?」
「マテリアライズ用の弾や食料品を含めてまるっきりってわけでもないんだが、現状の打開に繋がりそうなものはないな」
「重そうなモノともかく、< 小麦粉 >とか何に使ったんですか?」
「トラップ」
「えっと……粉塵爆発とか?」
「いや、そんな危険な真似はしない。というか、十分な密閉空間も用意できないし」
フィクションでは時々見かけるが、上手くいく気がしない上にホムンクルスに有効かどうかも怪しい。そもそも小麦粉一袋で粉塵爆発なんて可能なんだろうか。
「< 埃 >と合わせて階段前を中心に振り撒いて、足跡が残るようにしたんだよ。< ピアノ線 >はワイヤートラップに使ったし、色々手探りで頑張ってる」
「ああ、なるほど」
最大の警戒対象である柚子が一階に来ているかどうかの判断材料になるだけでも十分過ぎる。今のところゴブリンの足跡しか残っていないし、あんまり長期間放置すると跡が残らなくなりそうだが。
ピアノ線も攻撃的トラップじゃなく、ゴブリンの背以上の位置に貼り付けて、やはり通過の痕跡を見ているだけだ。そのまま通過しても首が飛んだりはしない。
「単にトラップってだけなら他にも思いつくんだが、俺が自爆しそうなんだよな」
「なるほど。確かに自分が使うとなると危ないですよね」
「ただ、色々と物を置きまくった結果、それなりの成果はあったぞ。今後の展望に直結するかは怪しいけど」
そう、ここまで色々と試行錯誤を繰り返してきた結果、あいつの……というか多分モドキ共通の特徴らしきモノは掴めてきた。
まず、明確にマイナス材料として、おそらくあいつらは補給を必要としていない。すでに結構な期間観察しているが、そういった行動は見られないし、運動能力に変化も見られない。補給切れを狙えない以上、持久戦は不可能だ。
プラスの特徴としては、おそらく学習能力はほとんどない事が分かっている。蒲公英が馬鹿と言ってるわけじゃなく、これまで何度も干渉した結果、モドキの行動パターンはほとんど変わっていないのだ。索敵範囲はそこまで広くない上にゴブリンとの区別すらついていないのか、囮を用意するだけで簡単に注意を逸らせる。最低限動いていないと注意を引けないものの、虫ですらある程度は誤魔化せるんじゃないかってくらいだ。
その上、大型の設置物を置くだけで簡単に移動経路を誘導できる。あまり過剰に道を閉ざすと障害物ごとを破壊されるが、これである程度でも安全を確保できたのは大きい。
ただし、コレも毎回同じ手が通用するわけじゃない。ゴブリン共の行動パターンのようなランダム性ならいいのだが、少しずつでも学習はされているように感じる。
安易に同じ対策を続けるのは危険だ。
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◆ノーマル
< 火星の土 >
< 盗まれた財布 >
< 金剛力士像 >
< 自殺名所の踏切 >
< ボトルシップ(クリッパー) >
< 歪んだパイプ椅子 >
< 汚れた白板 >
< チョーク >
< ニッパー >
< ボールベアリング >
< 銅線 >
< 指揮棒 >
< 鼻栓 >
< 使い古した注射器 >
< キャットフード >
< イソメ >
< スルメ(業務用) >
< 塩胡椒 >
< メロンパン >
< 超大型プリン >
< 芋煮ラーメン >
< 鳩の死骸 >
< うどん粉 >
< 釣竿 >
< 通学路に捨てられたエロ本 >
< 小豆 >
< 無価値な骨董品 >
< 風邪薬 >
< 星型手裏剣 >
< エアロパーツ >
< 車庫のリモコン >
< インジェラ >
< 砂糖黍 >
◆イクイップ
< ナックルガード >
◆スキル
< ソバット >
< マッハジャブ >
< 大縄跳び >
< 疲れ目 >
◆ベース
< 破損した胸像(校長先生) >
< 古びた木箱 >
< ワイン樽 >
< 箪笥 >
結構な期間この生活を続けたのもあって、ある種の慣れと共に変わらない状況への焦れが生まれ始めた頃の事だ。
相変わらず状況の打開に結び付きそうもないガチャの排出リストを見てげんなりさせられていた。
「コレとかどうなんですかね? 前の< パンチ >よりは使えそうな気はするんですけど」
「< マッハジャブ >と< ソバット >か……」
以前花が紛らわしい名前ネタをした< パンチ >は結局使わずに死蔵している。他に< パイルドライバー >なども出たが、スキル全般が未検証の状態だ。
主に取り外しができない今の使用が原因だが、そもそも俺はアクションスキルの有用性について疑問視している。< パワースラッシュ >や< ランスチャージ >を使った事はあるものの、使い勝手はかなり微妙だった。勝手に体が動く仕様は利点と言えない事はないが、基本的にはデメリットでしかない上に、威力だってそこまで上乗せされた気がしなかったのだ。
当然、< パンチ >なんて汎用性の塊みたいなスキルも、テストの必要性すら感じていなかった。< 大縄跳び >などは論外。
ただ、ここまで状況が硬直すると、なんとか使えるモノがないかと必要以上の期待を生んでしまう。おそらく度々提案をしてくる花はその類で、俺も似たような精神状況だったのは否定できない。
「確かに< マッハジャブ >なら……」
< パンチ >は発動したところでただのパンチでしかないだろうが、マッハなどと付いているなら普通よりは速いパンチを出せるかもしれない。実際に音速を超えたりはしないだろうが、俺が自力で繰り出せるよりはマシなパンチになるだろう。
それでもモドキ共を相手に戦力になるとは思えないが……。
「スキルのテストと割り切って試してみるか」
そこまで期待はできないが、試行錯誤の一環と捉えるなら候補としてはアリかもしれない。
あって困るスキルでもないし、暴発の危険もないだろう。武器がなくとも発動できる汎用性はテスト向きだ。
< パンチ >同様、数日前までなら試す気もなかったが、少しでも前進した感触が欲しかった俺は< マッハジャブ >をセットしてみる事にした。
「ど、どうですか?」
「……使い勝手は悪くないな。リングの上なら世界を狙えそうだ」
悪くないが、それだけとも言える。
まず、俺は左手でジャブを打つ動作自体に慣れていない。そんな、話半分に聞いただけのボクシング知識で打つよりはよっぽどいいジャブだ。
というか、全力でもこんなパンチスピードは出せないだろう。普通のボクシングならこれだけでも結構いい線いきそう。
しかし、これがモドキに通用するかというと……。
「柚子はもちろん、蒲公英相手でもダメージソースにはならないが……当てるだけならいけるか? 牽制として割り切るならなんとか」
かなり贔屓目に見てだが、無駄ではない。プラスかマイナスかと問われればと当然プラスだ。
とはいえ、ゾーンを一つ潰す価値があるかというと、さすがに肯定できない。そんな評価になる。もちろん、< ソバット >や他のスキルを試す気にもなれなかった。
それからしばらくは、空き時間を使って< マッハジャブ >の良かった探しを続ける事になる。花が苦行のようなガチャを回している横で、ひたすらジャブを繰り返すという良く分からない構図だ。
「前より様になっているように見えますね」
「分かるか?」
「ホムンクルスの訓練はさんざん見てきたので多少は。予備動作が一切ないのって結構すごいんですよね?」
「人間相手ならプロボクサー相手でも十分武器になるだろうな。本当に世界取れるかも」
「それは身体能力だけでなんとかなりそうですけど」
冗談っぽく言ってみたのは、正直なところあまり使える気がしなかったからというのが大きい。
無差別級でボクシングに挑戦しても十分通用するだろうって見込みは嘘じゃないが、本来想定している相手が相手だけに心許ないのは否定できない。
こうして良かった探しをするのも、空き時間を無駄にしないためだ。俺たちは間違いなく迷走状態にある。
「モドキ相手でも、数多ある手の一つっていうなら選択肢として十分なんだけどな。状況次第だが、多分当たりはするだろうし」
これだけでどうこうっていうのは無理があるものの、特筆すべき利点が見つからなかったわけでもない。使い方次第だ。
通常のジャブに混ぜて使うならパンチスピードの差で翻弄できるかもしれないし、スキルとして発動させる事でどんな体勢からでも予備動作なしに繰り出せる。
普通ならパンチを出せないような……仰向けに寝転がった体勢からでも< マッハジャブ >は発動できる。打ち終わったあとに筋肉が捻じ切れるかと思ったが、絶対に不可能な体勢以外なら、最悪発声すれば使えるのは強みだ。
まあ、思ったよりは使えるって評価に落ち着いた。
-4-
強烈なプレッシャーに耐えつつ、ダンジョン探索を進める。
ただ闇雲に歩き回り、ゴブリンを倒してチケット回収するだけじゃなく、《 マテリアライズ 》で誘導を兼ねた障害物を設置し、できる限り拠点へのルートを誤魔化すように。
無言のまま見つめる先……ゴブリンの頭上に< 金剛力士像 >を物質化させるべく、《 マテリアライズ 》を発動した。
「ギッ?」
カードイラストでは分からなかったが、土産物として売っているような小さいサイズの物だったらしく、コツンと頭にぶつかっただけだが、テストとしては上々だ。
それで気付かれてしまったので最近得物としている< 六角棒 >を振り抜き絶命させ、コモン・チケットも回収する。
「…………」
その間、俺は常に無言だ。動作の最小限で、極力音を立てずに行動し続ける。もちろん、モドキ対策である。
それならゴブリンに声を立てさせるなよと言われそうだが、コレはテストも兼ねているので仕方ない。
こうして極限の探索を続けていく中で成長したのは俺の暗殺技能だけではない。試行錯誤を繰り返した結果、現状最大の武器ともいえる《 マテリアライズ 》への理解が進んでいる。これは明確に武器となる数少ない好材料だった。
まず、これは念じるだけでも発動可能らしい。さすがにフリーゾーンに入れた状態からでは不可能だが、カードを手に持って念じれば物質化できる事が分かった。
発声がない分、意識の曖昧な部分に引っ張られる分失敗する事もあったが、訓練を続けた今ではまずミスらない。遭遇した際に蒲公英モドキ相手にも試してみたが、戦闘中でも発動だけならまず成功する。たぶん柚子モドキ相手だと無理。
そして、戦力化にも繋がる重要な仕様として物質化させる位置についてのルールもある程度把握できた。
先ほどやったように、《 マテリアライズ 》は他の物質に極力干渉しない場所であれば、使用者の認識する範囲内に狙って物質化できる。
これまでも大雑把に狙って物質化してはいたが、実はコレ、ある程度であれば相対位置での指定も可能らしい。発動から物質化するまでに必要なタイムラグを無視して、物質化の瞬間、相手の頭上に出現するなんて指定もできるようだ。そこから避けられる事もあるが、動き回る相手にはかなりの補正ともいえる。
ついでに離れた場所に置いたカードを指定して《 マテリアライズ 》できれば最高なんだが、最低限発動時には手元にないといけないらしいのは残念だ。
そしてもう一つ、物質化の出現ポイントは意識で指定した場所ではなく、カードそのものにする事もできる。
《 マテリアライズ 》を発動後、物質化までにカードを投擲すると、その時カードのある位置に出現させられるのだ。ある程度慣性も維持されるので、擬似的に重量物を投擲する事も可能だ。地味に攻撃手段としては大きい。
最後に、発動から物質化までにかかる時間はある程度遅延させられると分かった。短縮するのは無理だが、投擲する時間を稼ぎたい際などは狙って物質化を遅らせる事ができる。
元々、質量に応じて必要な時間に違いはあったが、これを任意に伸ばす事も可能なのだ。
おそらく元々備わっていたこれらの仕様を複合化し、臨機応変に使い分ける事で、俺は大量のコモンカードと《 マテリアライズ 》を戦力化する事に成功したわけだ。人間追い詰められれば成長するものである。
ただ、戦闘中はもちろん、平時でも未だ自由自在とはいかない。特に物質化の遅延に関しては難易度が高く、更なる訓練が必要と感じていた。
……そして、おそらく十分な訓練をする時間は残されていないようだ。
「……まずい」
柚子モドキの通過確認のため、定期的に巡回に訪れる地下二階への階段の踊り場。撒かれた小麦粉と埃で汚い空間に異変があった。
これまでに残っていた足跡はゴブリンと思わしきモノだけで、比較的高めに張ったピアノ線もそのままだったのだが、それが切断されていたのだ。
そこまで頑丈に張れなかったから、ゴブリンの棍棒に引っ掛かる可能性もあったろうが、切断となると話は別だ。一応剣を持ったゴブリンもいたが、奴らが持っている剣では不可能な切り口で切断されている以上、無理やりな楽観視もできない。十中八九、これは柚子モドキの仕業だ。
足跡を見るに、柚子は地下二階に引き返していない。もちろん、これだけ見え見えなトラップなら足跡を誤魔化す事は容易だが、モドキの状態を鑑みればそれはあり得ない。
柚子モドキは確実にこの一階を徘徊している。
……どうする? 拠点に引き返し、そこで時間経過を待つか? 多分それが最も無難な選択肢だろう。
障害物を大量に設置した事で物陰に隠れながらの移動はできるが、確認のために何度もここに戻るのは危険だ。遭遇の可能性を考慮するなら何度も往復するのは危険……いや、そもそもの話、柚子モドキが地下二階に戻るって前提からしてただの楽観論だ。実際、目の前の足跡は一階にいる事を示しているのだから。
奴の現在位置を把握したいところだが、それを探るのですら危険。どこにいるか分からない恐怖が近付いているのを感じていた。
そこから俺がとった行動は、やはり撤退だ。こちらから能動的に補足する事は選べなかった。危険なのはもちろん、俺がその勇気を持てなかった。
その判断が正解かどうかは分からないが、萎縮した結果なのは自覚している。結局、俺は臆病者のままで、最初のチュートリアルでゴブリンに殺された頃から本質が変わっていない。
ただ、その選択さえも迫る現実の前では無意味だった。
「…………」
辛うじて声を出さずにいられたのは成長だろう。
拠点に向かう通路の内、多重に偽装した障害物の内側に蒲公英モドキの姿を見つけてしまった。
その先にある障害物が無事なのは先ほど確認したばかりだ。完全に塞いだわけじゃないから無理をすれば通れるとはいえ、モドキがそれをする姿を想像できない。
これまであいつらは邪魔な構造物があると破壊するか、進路を変えていた。その行動パターンが変わった?
障害物に異常はなかったはずだ。俺が確認して以降のわずかな時間で通過したのでなければ、もう一つの可能性が浮上してくる。……蒲公英の得意技能らしいテレポート。それで障害物を超えて移動したという可能性が一番納得できてしまう。
たまたまだとか、それ一回だけとか、そんな楽観的な考えはできない。少しずつでも奴は学習を始めた。そう考えるべきだ。
このままだと、移動の邪魔をするために積み上げてきた障害物が無意味になりかねない。
……いや、重要なのはそれじゃなない。今現在、直面している最大の問題は、あいつが移動している先が俺たちの拠点の方向だという事だ。
安全性を確保するために厳重に閉ざした通路を越えれば、ほとんど一本道。もちろん偽装はしているが、それが通用するかは賭けでしかない。
今の奴が辿るルート次第ではここで仕留める必要がある。偶然でもそうだし、学習した結果で目指しているなら尚更だ。そんな奴を放置すれば、チケット回収はおろか籠城すら不可能になる。
どうする。どうする。どうする。
もはや、どう考えても戦闘は不可避だ。少しでも今後を考えるなら、あいつの排除は必須に近い。
諦めろ。ここまでグタグタ引き伸ばしてきたが、時間稼ぎは限界だと。
-5-
意識を集中させる。無理やり意識を戦闘状態のモノへと移行し、可能な限り音を立てないまま有効射程へと距離を詰める。
――Action Skill《 マテリアライズ - < 折れた電柱 > 》――
発声せずに蒲公英モドキの頭上に物質化するのは、カードからサイズのはっきりしなかった金剛力士像ではなく、ある程度確実に質量の約束された電柱。
ダメージ確認をする余裕はない。直撃だったかはともかく、命中はしたはずだ。
――Action Skill《 マテリアライズ - < 砕けた墓石 > 》――
続けて、狙いもそこそこに、空中で物質化するように墓石のカードを投擲。
そのままその場から移動すると、案の定、例の鎖が一直線に飛来した。
「《 マテリアライズ 》っ!!」
――Action Skill《 マテリアライズ - < 道路標識 > 》――
移動した先で蒲公英モドキの位置を補足。より確実にスキルを発動させるため、声を出して道路標識カードを投擲した。
どれが当たったのかは分からないが、改めて確認した蒲公英モドキはダメージを受けている……ように見える。当たってはいるはずなのだが、纏う黒い靄のせいで怪我などが目視し難いのだ。
《 マテリアライズ 》のリキャストタイムを考慮し、握った六角棒を構えたところで、再び一切の予備動作もなく鎖が飛来して来た。
「っ!!」
だが、予め想定した攻撃でしかないなら対応は可能。武器の特性上、六角棒で打ち落とそうとすれば逆に絡め取られかねないため、ここは回避の一択。
奴がどの程度学習したかは知らないが、少なくとも直接的な戦闘経験はほとんど得ていないはずだ。
最初の時と同じく、横に振られた鎖を転がるように回避し、即座に体勢を立て直す。
蒲公英モドキは、そこでようやく戦闘状態に入ったと言わんばかりに対峙の姿勢を見せた。俺も改めて六角棒を構える。
何度もシミュレーションしたが、この状況から《 マテリアライズ 》を発動させるのは困難だ。
命中させる事が困難なのはもちろんとして、カードを取り出す動作が間に合わない。予め取り出し易いように準備していても、発動のために一呼吸以上の動作が必要となる。
どの道《 マテリアライズ 》だけで仕留められるとは思っていない。絶対にどこかで打ち合う事になるはずだと覚悟は決めていた。
問題は、複数回に分けてダメージを蓄積する予定が狂った事。ここに侵入を許した時点で、あとがない状況に追い込まれている。
「うおおおおおっ!!」
後ろに下がりそうになる足を気合で押し留め、逆に前へと踏み込み、蒲公英モドキへ肉薄する。
振った六角棒の初撃は命中した。掠っただけかもしれないが、感触はあった。しかし、続けた二撃目、三撃目は宙を切る。
「くそっ!!」
思ったよりも開始直後の《 マテリアライズ 》でダメージが通らなかったのか、相手の動きに影響が見られない。できればここでダメージを稼ぎたかったのに。
想定していた戦闘行動のサイクルはここまでで一巡。これ以上クロスレンジでの戦闘を続ければ簡単に引っ繰り返されるだろう。
幸いこちらのダメージはない。再度、《 マテリアライズ 》のための隙を捻出するために距離をと――
「っ!?」
――ろうとしたところで、蒲公英モドキが追いすがるように距離を詰めてきた。
警戒していた鎖での攻撃ではなく、直後鋭い衝撃が俺の脇腹を突き抜ける。ミドルキックだ。
辛うじて腕でガードはできたが、その上からでも強烈な衝撃を受けて体が浮かび上がる。脳内物質のおかげで痛みこそないものの、ガードした腕すら結構なダメージを受けているかもしれない。
まずい、続く攻撃が読めない。あきらかに接近戦の経験値が不足している。俺の中に、格闘術への対処方法がなさ過ぎた。
距離を詰めた事が失敗だったかもしれないが、今更そんな事を考えてもどうしようもない。
むしろ何か考えるほうが危険と、経験ではなく戦闘勘で切り抜けるべく、半ば本能と第六感に頼って体を動かした。そう意識を切り替えた。
少し前までの俺ならここで思考が飽和して致命的な隙が生まれただろう。正解かどうかはともかく、行動に踏み切れただけでも成長だ。
だから、ギリギリとはいえ追撃を避けられたのも成長のはず。
元々想定していたケースなら、ここは一旦引くべく体勢を整える場面。
だが、想定は想定でしかないと言わんばかりに体は動かない。それはキックによるダメージの影響か、恐怖によるものか。
何度か攻撃を躱し、何度か掠りつつも、戦闘状態を維持している中で気付いた正解は経験不足から来るペース配分のミス。
上手く呼吸ができていない。酸素が足りない。肺が縮んでしまったかのように、空気を吸い込めない。
これぞ実戦と言わんばかりに、訓練や想定とのギャップが攻め立ててきた。
そんな状況で曲りなりにも戦闘行動をとれるだけでもマシなのかもしれないが、目の前にいるのは十全の状態でも圧倒される化け物だ。
当然、あっと言う間に戦況は傾いた。
「ぐあっ!! ぎっ、がっ! いいいっ!?」
こちらの攻撃が届かない位置からの連打。鞭の如く縦横無尽に、理不尽な軌道を描いて振り回される鎖が俺の皮膚を抉り、ズタズタにしていく。
トドメに至らないの奇跡。このままでは数瞬後に死ぬ。ならば、と残る力を振り絞って六角棒を振るが、あっさりと弾き飛ばされた。
敗北を確信した俺は、無駄と知りつつも後ろへと距離をとろうと動いた。それが戦術なのか恐怖からくる逃走なのかすら判断ができない。その意味もない。
視界が回る。蒲公英モドキはそんな俺を押し倒し、伸し掛かってくる。逃げられない。
マウント状態からの、必勝となる一撃。今正に蒲公英モドキの拳が振り下ろされようとしていた。
どういう理屈なのか、そういう技術なのか、体が動かない。上の乗った体を跳ね除ける事はもちろん、腕を動かす事すらできない。
顔面への直撃を受ければ、即死はないにしても確実に敗北が、死が近付く。なのに、体が動かない。
この状態から何か足掻く術を俺は…………持っていたっ!?
「《 マッハジャブ 》っ!!」
――Action Skill《 マッハジャブ 》――
本来なら絶対に出せない体勢から無理やり繰り出される高速のジャブ。命中こそしなかったものの、さすがに想定外だったのか、蒲公英モドキは攻撃の手を止め、マウントすら解いてそれを回避した。
俺は脳内物質でも誤魔化せない痛みを無視して立ち上がり、即座に構える。
……なんだ、この違和感は。
次の瞬間、俺が抱いたのは安堵でも焦燥感でもなく困惑。自分が行動した結果とはいえ、蒲公英モドキのあまりに不自然な行動が理解できずにいた。
あいつは何故、そんな大げさな回避行動をとった? 何故、まだ距離をとっている? 異常な体勢からの《 マッハジャブ 》に驚いたにしても、確認したら警戒するほどのものじゃない事は分かりそうなものなのに。
とはいえ、劣勢も劣勢。何故か一定の距離が残ってはいるものの、もはや俺に戦闘力はほとんどない。
六角棒は……遠い。左肩は動かない。折れてはいないだろうが、おそらく外れている。しかし、この距離があれば《 マテリアライズ 》を発動できるっ!
次の一枚がどんなカードか頭から抜け落ちているが、それなりの質量のカードを選んでいる事は間違いない。
これで仕留め切れるなんて考えていない。だが、それしかできないならやるしかない。
「《 マテリアライズ 》っ!!」
――Action Skill《 マテリアライズ - < 破損した胸像(校長先生) > 》――
破損させた胸像が空中で物質化しつつ飛んでいく。その光景が妙にスローに感じた。頭の半分ほどが欠けたなんかムカつく顔が良く観察できるほどに。
だから、それを軽々と避け、再度こちらへと迫る蒲公英モドキの姿もはっきりと見えた。
強烈な焦燥感。異様にはっきりした意識の中、とれる行動が決まり切っている俺は次のカードへと手を伸ばすが、意識に体が追いついていない。
蒲公英モドキの迫るスピードは速いのに、カードを取ろうとする俺の手はあまりにも遅く……確実に間に合わないと確信した。
ああ、これが走馬灯かと、避けられない死を目前にとうとう諦めかけた……その瞬間だった。
「……え?」
時間感覚が元に戻ったタイミングで、俺は目の前で起きた事を理解できなかった。
いや、何が起きたのかは分かる。しかし、因果関係が掴めない。脳が理解を拒否するほどに想定外の光景だ。
俺に向かって迫って来た蒲公英モドキの首が飛んでいた。
一瞬だけ戻った時間が再びスローに戻る。それはまるで、困惑する俺に思考しろと攻め立てるような現象だった。
考えろ。理解しろ。何が起こったのか把握し、次の行動に移れ。俺はこの状況が有り得ると、どこかで想定していたはずだ。
そうだ。蒲公英モドキの首を一閃できる存在など、この場では一つしかあり得ない。
飛んだ首と胴体の間から除く姿は、対策すら浮かばないほどに圧倒的差を持つ怪物の姿。異様に高い露出度の衣装が大鎌と合わさり、今は死神にしか見えない。
動け。動け。動け。どう動けばいいと考えるより先に体を動かさないと、本当に何もできなくなる。
前へと踏み出した。
自分が何をしようとしているか分からない。あるいは何も考えていないのかもしれないが、自分の事なのに把握できない。
動く右手を伸ばした。
ほとんど無意識で掴んだのは、今正に出現したカード。おそらく蒲公英モドキのドロップ品と思われるカードだ。それを宙で掴んだ。
その正体は分からない。カードの絵柄や名前を確認する余裕なんてない。
次によぎったのは、あるいはこれは蒲公英自身ではないかという考え。
何故そう考えたのかは分からない。ただの楽観的な願望だったのかもしれない。順当に考えるならただの< コモン・チケット >だろう。
しかし、何もかもが理解不能な状況の中、観測していない事象から得られる答えなどない。
だったら、そんな願望を信じて行動してもいいだろう。
もし、このカードが蒲公英自身だったとして、可能性として有り得るのはユニットカード。
もしそうだとして、それをどうする? ウインドウを開いてユニットゾーンにセットする? ……それは駄目だ。
脳裏に浮かぶのは、セットした直後、苦しみ抜いてエラーカードと化した< 大人しいペットゴブリン >の姿。
仮定に継ぐ仮定。願望としか言えないほどの楽観的思考。一手間違えただけで死ぬが、俺がとれる手などほとんどない。
本能に従い、わずかな選択肢から絶死の道を回避し、唯一つの活路を掴み取るべく叫んだ。
「《 マテリアライズ 》っ!!」
――Action Skill《 マテリアライズ - < 九十九蒲公英 > 》――
どうしてそうしようと思ったのか分からない。だけど、何故かそれが唯一の正解であるような、そんな確信じみた何かを感じていた。
その間、目の前の死神に動きがないのはほとんど奇跡。そして、起きた事象も奇跡。
「……え? は? どういう状況っ!?」
死地を超えた先にあった絶体絶命。そこに出現したのは、つい数瞬前に首を飛ばされたのと同じ姿の、黒い瘴気を纏わないメイドだった。
マッハパンチの壮大な伏線。(*´∀`*)