第三十六話「異常事態」
先週はお休みでしたが、代わりに短編をアップしました。(*´∀`*)
何の変哲もない、良くある魔王と勇者モノです。
-1-
三基目の< 界間通信塔 >をマテリアライズし、とりあえずやらなければいけない事を達成した俺は、待雪の運転する車に乗せられて元のビルへと戻る事にした。
本当なら東京の端から何もないという空間に落とすところまでやるべきなのだろうが、それは九十九姉妹に任せる事にする。急ぎではないし、何日か後に重機を使って移動させてくれるだろう。
残り時間は少ないが、元の世界との連絡方法が確立された今、こちらに来る前に色々想定していたやっておきたい事のほとんどは特に急ぐ必要のないものになっているので、帰り道ものんびりしたものだ。なんなら戻る必要もないし、どこにいようが勝手に拠点に戻るのだが、そこら辺はただの流れだ。誰もいない東京を散策したいわけでもないし。
九十九姉妹側は元々、この再訪に合わせてホムンクルスとの顔合わせを考えていたらしく、あの暴走メイド蒲公英もその流れの一環だったらしいのだがその予定も変更。東京の境界を調べている姉妹は連絡が確立した時点で合流よりも調査を優先してもらう事になった。あの蒲公英は別に呼んでないのに走ってきたらしい。
尚、その蒲公英は今も後部座席の荷物置きに簀巻き状態で転がっている。
「それじゃ、ホムンクルスの情報はデータで送ります。出し渋って交渉材料にしても仕方ありませんし」
『待遇改善のために出し渋ってもいい気はするんだけどね』
「あの、そういう事するつもりはないんで早目の保護を……ここ、ちょっと本気で怖いんで」
後部座席で花と二号が話しているのは、通信を利用した情報提供について。その手始めとしてホムンクルスの技術情報を送るというものだ。
俺的には名前と格好の一覧でも貰えれば十分なのだが、偉い神様的にはそういう超技術は見逃せないのだろう。顔を合わせて口頭で説明となるとかなり無理はあるが、データにして送付できるなら専門的な技術も送信可能だ。
ただ、その情報にしても九十九姉妹はすべてを把握しているわけではないらしく、不完全なものでしかないという。
「それに、どの情報が重要なのかすら取捨選択できない有様なので。私たちには、ホムンクルス技術を開発したのがどこの国かも分かりませんし」
『技術資料は残ってたのに?』
「スイス連邦の研究所で開発されたという情報はありましたが、偽装情報の可能性があります。スイスって国自体、第三次大戦時に滅亡しててどこの国が実効支配しているのかも分からない有様でしたし」
……スイスさん、とっくの昔にお亡くなりになってた。まあ、世界大戦が続く中で維持するには難しい場所にあるから仕方ないともいえるが。とてもじゃないが、永世中立などと言ってられる状況じゃない。
というか、そもそも俺の知っている国家がどれだけ生き残っているかって国際情勢なんだよな。欧州のあのあたりはかなりカオスだろう。既存の国だけじゃなくて新規に現れた国も多いだろうし、国号が変わってる国も多そうだ。イギリスやドイツは分裂さえしてるかもしれない。
ホムンクルスの情報は俺から見ても重要そうな情報なのだが、花はあっさりと供出した。姉妹であり、主戦力であるホムンクルスは大事でも、その技術そのものはただの拾い物という認識でしかないのだろう。
経緯としては静岡で墜落していた国籍不明の大型飛行機を漁った際に完動品に近い製造設備を回収し、駄目元でそのまま使ったのだとか。おかげで謎の追跡者から追われる事になったらしいが、当時どこの組織にも所属できていなかった家なき子状態の花は流されるままに製造したホムンクルスと逃亡生活を送る羽目になった。……という、なんかの映画の冒頭のような過去なのだ。
尚、ホムンクルス製造に使用する材料はすでに枯渇しているらしく、かなり前に柚子で打ち止めになったという。よって、実験と称して適当にホムンクルスを作る事もできない。製造機器はそのまま残っているらしいが、解析するにも色々欠けている状態だ。また、残されていた資料によれば花が偶然成功させる以前は成功実績がなかったらしく、何故彼女の遺伝子のみが成功したのかも分からないと、研究するにしても前途多難だ。
どうせ使えないのだから、差し出して有効利用しようというのは分からなくもない。
たまたま拾った設備が実験検証中の兵器の製造設備で、たまたま自分の遺伝子情報を使った製造に成功して、それが当時最高峰に近い技術を駆使した戦闘兵器だったから命を拾えた。どんなヒロイックストーリーだよって話ではあるが、世界の狭間で桜に言われた九十九花評を聞いた俺としてはなんとなく納得できる話でもあった。
というか、俺の運が色々おかしいのもこいつの運に巻き込まれてるからなんじゃって気がしてきた。自分を救ってくれる存在を異世界から引き当てて、たまたまその立ち位置に俺がいた。そんな印象だ。
……なるほど、何故かは分からないが絶対に死ぬ気がしない。たとえ俺が死んでもこの子は普通に生き残りそうな気さえする。普通の方法では死なないらしい俺が死ぬのは余程の事だが、その余程でも九十九花は生き残ってしまうだろう。それは神や使徒、モンスターやガチャから作られたユニット、あるいは化外の王と比較しても異質な気配。異世界でこいつらを追っていた存在も、なんで死なないのか不思議でしょうがなかったんじゃないだろうか。
『ちなみにその技術情報はデータとして保管してあるの? 規格とか違うんじゃない?』
「あ、そういえば、こっちのパソコンじゃ読み出せませんでした。転送装置で持ってきたマシンなら閲覧は可能ですけど」
『同じ規格になるわきゃないわよね。聞いてる限り、Windowsが世界的に普及してるって事もなさそうだし』
「Windows?」
存在自体はしてたかもしれないが、第三次世界大戦の時期を考えるなら世界規模の普及は難しいだろうな。
『実はTRON大勝利な世界観だったりしない? 日本中でOSは超漢字を使ってるとか』
「すいません、ちょっと分からないです。一般的なOSは国産だったと思いますけど、そもそもパソコン自体そんなに普及してなかったので、私が操作を覚えたのも手探りな有様でして」
TRONやら超漢字がなんだか知らんが、ウチの世界にそういうマイナーOSがあったりするのだろうか。俺にはちょっと分からない世界だ。
パソコン自体が普及してないってのも、世界大戦絡みなんだろうな。Windows95の爆発力がなければ、普及は遅れそうな気もするし。それ以前でも結構国産PCは普及していたって聞いた事はあるが、間違っても一人一台どころか家庭に一台というレベルではなかったはずだ。
となると、インターネットが一般普及してるかも怪しい。学術用、軍用のままって可能性はあるな。
『動画実況するにしても、そこら辺の知識は必要だからねー。あとで色々教えてあげるわ。< 界間通信塔 >の中継用端末も、中身はAndroidの改造品だし』
「は、はあ……」
別に花は二号の使徒になると決まったわけではないし、そもそも使徒枠がないのだが、その辺の知識が無駄になる事もないだろうと聞き流す事にした。実際、ウチの世界で生活するならほとんど必須技能に近い。パソコンはともかく、スマホも触った事ない人なんてほとんどいないはずだし。……というか、アレの中身スマホと同じだったのか。
「教えるっていえば、俺のトレーニングメニューの話とかどうなったんだ?」
後部座席で二号と花がキャイキャイやっている中、俺が話しかけたのは運転席の待雪だ。
「一応作ってはありますが、実用するなら調整が必要でしょうね。あくまで前回の加賀智さんの状態を元に作ったモノなので」
「確かにこの二週間でかなり鍛えたが、トレーニングメニューなんてそう変わるもんでもないと思うが」
変わったのはほとんど筋力くらいで、探索経験なんかの経験がプラスされたくらいだろう。今、俺が欲しているのは基本的な指導であって、筋肉の差がそこまで影響するとも思えない。
「普通ならそうですが……加賀智さん、最近体重測りましたか?」
「いや、そういえば使徒になってから測ってないな。食料問題で脂肪は減ったが、筋肉が増えた分でどっこいって感じだと思ってたんだが」
「元々は?」
「今年の健康診断で測った時は70kgちょいだな。身長174cmだから、平均くらい?」
大学時代だと前半はもっと太ってたし、後半は危険なくらいに痩せてたわけだが、就職して以降は平均くらいだ。交通機関の整備された都内でも、営業は歩き回るのが仕事みたいなもんだしな。飲み会は多かったが、そこまで体重は増えていなかった。
「多分、今は軽く100kg超えてますよ。110kg弱くらい」
「ひゃっ!?」
あまりに想定外な数字に変な声を上げてしまった。100kgって、ちょっと未知の体重なんだが。0.1トンって事だよな? 俺の身長でソレって相当だぞ。ボクシングなら余裕でヘビー級だ。冗談じゃない……え、ちょっとショックなんだけど。腹出てなきゃデブじゃないよな?
「前回会った時で大体90kgくらいでした。その筋密度の変化は人間だとちょっと有り得ないレベルですね」
「全然自覚してなかったんだが……マジか」
『マジよ。ついでに言うとちょっとだけ身長も伸びてるわね。180cmは遠いけど』
後ろから割り込んできた二号がその事実を補強する。どうやってか知らんが時々俺の状態を確認している節があるので、身長や体重も解析できるのだろう。というか、俺二十六歳なんだけど身長伸びんの? 成長期じゃねーんだぞ。
「……まさか、このまま成長し続けて3メートル超えたりするんじゃないだろうな」
『潜在意識で必要としない限りはならないんじゃない? 4メートルとか300キロとか、人間の規格から大きく逸脱する事はないと思うわ。その体型のまま、二丁拳銃ならぬ二丁軽機関銃くらいはできるようになると思うけど』
どんな化け物だよ。普通なら二丁拳銃だってフィクションって言われるのに。ガンカタへの憧れはあるけどさ。
「そんなわけで、多分加賀智さんに通常のトレーニングメニューは合いません。私が教えるにしても、技術的なもののほうが効果的ではないかと」
「しょうがないよな。俺だってまさかそんな事になってるとは思ってなかった」
「直接指導できるならどうにでもやりようはあるんですが、それは今後の課題という事で。ホムンクルス向けに用意した簡単なものでいいならデータで送信します」
「りょーかい」
身体能力向上は別にしても、彼女に教わりたい事は山程ある。待雪が< 武装実験場 >に来てくれれば話は早いんだが、すぐにってのは無理だろうな。
……色々あり過ぎて忘れてたが、そういえばスキルカードの検証なんかもする予定だったっけ。
「あのさ、ABマンとかABパンチって聞いて、なんの略称だと思う?」
「……何かの思考実験ですか?」
「いや、単純な疑問。俺の持ってるスキルカードの中に< ABパンチ >っていうのがあるんだが、それがABマンってヤツの必殺技らしいんだよ。誰かも分からんし、ABがなんの略称かも分からない。使ってもただのパンチだから、時間があれば検証しようかと思ってたんだが」
「良く分かりませんが、戻って時間があれば試してみましょうか」
アフターバーナーパンチとかなら、もっとそれらしいエフェクトかかりそうだし。謎だ。
-2-
そんな話をしているウチに、渋谷のビルまで戻って来た。誰も咎める事はないので、車は堂々とビル正面に路駐だ。
戻ってくる途中で見えたのだが、隣に設置した< 界間通信塔 >が異様に目立つ。アレがあれば、気になった人がここを目指す目印になるかもしれない。
行きはあまり気にしなかったのだが、前回来た時には荒れ果てていた一階のコンビニなどもある程度片付いていた。聞いてみれば、手の空いた者が掃除したらしい。ビルの内部はほとんど手をつけていないようだが、階段周りだけは埃が除去されているようだ。
そんな片付いた階段で屋上まで戻ってみると、そこでは柚子が米を炊いていた。いくつか電子ジャーが並んでいる。
「何やってんだ?」
「あ、カガチヤタロー。神様に色々聞いてお米炊いてみたんだ」
どうやらモニターごしに神様が助言をして、持ってきた玄米を精米し、電子ジャーで炊いてみたらしい。出来上がりを見るにちゃんと炊けている。若干水気が多い気もするが好みの範疇だろう。
こんなところで盛って食うのもアレなので、みんなでそれをおにぎりにしてみた。こんだけ女性陣がいるのに一番カタチになっているのは俺のモノである。二号は下手ではないものの、根本的に手が小さ過ぎて小さいものしか作れない。
「結構美味いな。さすが新米」
具も海苔もなし。ただの塩むすびだが、精米直後の新米って事もあるのか普通に美味い。というか、人生の中でもかなり上位にくる美味さだろう。品種を知りたかったのだが、用意した二号本人も良く分かってなかった。
「うま、うま」
そして、何故か俺が作る塩むすびを他の連中が食うという構図ができ上がってしまった。炊いた分は全部使ってしまう勢いだ。特にメイドの食う勢いがすごい。
「なんで俺がおにぎり製造マシーンになってんだよ。というか、そこのメイドはいつの間に現れた」
「細かい事は気にしないほうがいいですよー」
おにぎり作ってて気付かなかったが、いつの間にか二号、花、待雪、柚子にメイド服が混じっていた。東京湾で俺のちんこを見ようとして隠蔽されてしまった蒲公英だ。車の中に置いてきたはずなのに。
『え、本当にどこから出てきたの? この子』
二号が一番気付きそうなものだが、それほど唐突だったらしい。しかし、他の九十九姉妹は特に気にしている様子はなかった。
「ふふふ、残像だ」
いや、どう見ても実体なんだが。……なんか変な漫画でも読んだんだろうか。
「蒲公英が神出鬼没なのは今更なので気にしないで下さい」
「いや、それにしたって無理があるような」
「この子はジャンパーなので。そもそも拘束しても無駄なんです」
「ジャンパー?」
待雪が説明してくれたが、すぐには意味が分からなかった。
「転移系に大別される超能力者です。有視界の極短距離か、専用の装置を用意しないと使えませんが、加賀智さんの《 Uターン・テレポート 》のようなものですね」
ああ、それであんな簀巻き状態からでも脱出できたのか。哀れとは思ったが、放置されたのは問題がないって認識だったからと。
「いえー! あたしすごいんだぞー!!」
「服は? メイド服のまんまじゃねーか」
「高位のジャンパーは身に着けたものと一緒に飛べます。どこまでが自分かという認識の問題のようですが……」
それは羨ましい。というか、そもそも< Uターン・テレポート >や帰還陣は俺自身の能力ってわけでもないから、比較するのは間違いなのかもしれない。別にどこまでが俺かって認識して利用してるわけでもないし。
そういえば、初めて神様に呼び出された時も全裸だったな。
「稀有で有用な能力持ちですが、それ以外は全部並以下です。あんな格好してるのに家事は下手ですし」
「おいおい待雪ちゃん。そいつぁないでしょ。これでも桜ちゃんの後継者として鍛えられて……」
「あ、割と打たれ強いですね」
それは桜の後継者として相応しい能力なのだろうか。いや、転移できるなら潜入なんかに有用ではあるんだろうが。
「ちょうどいいので、加賀智さんの実験台にしましょうか」
「え、ちょ……何言ってんの、待雪ちゃんっ!? 意味分かんないんだけど……や、やめろ、来るなーっ!!」
一体どういう話の流れなのか、待雪が蒲公英ににじり寄り、そのまま拘束してしまった。
転移で逃げられるんじゃないかと思ったのだが、実は結構な制限があるらしく、かなりのインターバルを必要とするらしい。この場に現れた直後では連続して発動できないそうだ。
「いーやーっ!! なんであたしがこんな目にーっ!!」
そうして、あっという間に磔にされた蒲公英が出来上がった。周りの奴らは特に気にする様子もなくおにぎりを食べている。困惑しているのは二号くらいだ。
「さあ、どうぞ」
「どうぞって言われても……コレを殴るの? さすがに居た堪れないんだが」
「曲りなりにもホムンクルスなので問題ありません。どうしても気になるというのでしたら、徐々に力を強くしていくのがいいかと」
そんな事言われても。
「蒲公英、もし逃げたり不甲斐ない真似を見せたら、しばらくミュータント肉のみの食事にします。逆に、大人しく実験に付き合うなら、以前お姉様の食事をミュータント肉に擦り替えた件について不問にしましょう」
「ちょっとっ!! 本人いる前でバラすなーっ!!」
「あれ、蒲公英だったんだ……」
あ、コレ普通にやる事になる流れだな、と観念した俺は二号に視線を向けた。
「お前、対象がどんな状態か分かる能力あるんだよな?」
『まあ、そんな具体的なところまでは分からないけどね。どれくらいダメージがあるのかとか、バイタル情報はある程度正確に分かるわね。病気とかを診断したりは無理よ』
「じゃあ、十段階に分けて《 ABパンチ 》打つから、違いを確認してみてくれ」
「あれ、なんか本当に逃げられないっぽい? くそーっ!! 人間のパンチなんかあたしに効くもんかーっ!! だからおにぎりプリーズっ!!」
ぐだぐだ言い争っていたらすぐに時間が経過してしまうので、さっさと終わらせる事にした。
磔にされて身動き取れないメイド少女と、それを殴る割とマッチョな成人男性という、ちょっとどころではない問題を孕んだ構図だが、誰も止めてくれる人がいない。俺も諦めた。
「別に痛めつけたいわけじゃなくて、効果を確かめたいだけだから、そんなに気負わなくていいぞ」
「そ、そんな事言いつつ油断したところで全力パンチ打ってきたりしない?」
「いや、ないから安心しろ。というか、徐々に強くしていくから、どこかで違和感を感じたら申告してくれればいい。なんなら、一発ごとにおにぎり一個食わせてやろう」
「ら、らじゃー。よっしゃこい! カガチヤタローっ!!」
構えてから気がついたが、状況的にパンチする箇所があんまりない。顔面はさすがに論外だろうし、胸部も色々問題がある。となると腹がいいかなと、軽く触れる程度のパンチを放ってみた。子供が受けても怪我をしないような超てかげんパンチだ。
――Action Skill《 ABパンチ 》――
そんな威力を極限まで落とした拳打でも《 ABパンチ 》は発動する。しかし、やはりというかなんというか、蒲公英の様子は一切変わったところが見られない。むしろ、当たったのかどうか不安になっている様子だ。
「……えっと、なんともないですけど?」
『特になんの変化もないわね。発動はしてるみたいだけど』
「大体知ってた。じゃあ、同じ場所で徐々に強くしていくぞ。とりあえずコレ食え」
「はーい」
一応、緊張を解く目的もあったのだが、コレにそんなのが必要だったかは微妙なところだ。
効果がないのは想定通りではあるのだが、そういえば蒲公英はこのスキルについて何も聞いていないのを思い出し、一応次の攻撃の前に簡単な説明をしておいた。
二発目、三発目と徐々に力を込めていくが、それで分かったのは想像以上に蒲公英のダメージ耐性が高そうだという事。俺が全力で殴ってもそこまでダメージは受けないように感じる。パンチでなく、武器を使っても同様だろう。刃物は分からんが、鈍器なら十発全力で攻撃を当てても倒せる気がしない。これが蒲公英固有の打たれ強さでないとするなら、ホムンクルスは想像以上に人間離れした身体性能を持つという事になる。
『普通に威力は出てきたみたいだけど、一切変化がないわね。ほんとに何のスキルなのかしら』
「もっと強くしてもいいぞー!」
「じゃあ、私が代わりに」
「待雪ちゃんが出てきたら実験の意味変わるじゃないかーっ!! しゃしゃり出てくんなーっ!!」
「……あ?」
「……ごめんなさい」
余裕しゃくしゃくの蒲公英が気に入らなかったのか、待雪が前に出てこようとするが、さすがにそれはない。
「しょうがない。加賀智さんちょっと……」
と、呼び止められたので、一旦実験を中断。何を言われるのかと思えば、威力の出るパンチの打ち方の指導だった。
足を止めたままでも威力の出せる体勢、おそらくだが俺の体型も考慮に入れたアドバイスに沿って何度か練習で動いてみると、確かに違いが分かるほどの変化が見られる。相手が動かず、こっちも立ったままの、いわゆるパンチングマシーンの状況でしか使えないから実践的とは言えないものの、手応えが違った。如何に俺が我流で動いていたかという事が判明してしまった。
そして、待雪が一切妹に対して手加減するつもりがない事も判明してしまった。
「ぐっ……まだまだ……問題ないですよー」
「それ、演技なんで無視でお願いします」
「バラすなーっ!!」
七発目あたりから徐々に手応えが出てきて、多少でもダメージが通っているのは自分でも分かる。演技がバレバレなのも分かる。だが、やはりスキルの効果は一切出てこないようだ。
そして、それは全力に近いパンチになった十発目を打っても同じだった。蒲公英は特に何事もなかったかのように十個目のおにぎりを食っている。食い過ぎだろ。
『ほんと謎ね。多少はダメージも入ってるはずなんだけど、なんにも変化がない。胃が膨らんだくらい?』
「ふっはっは! その程度かカガチヤタロー! それじゃミュータント・ソルジャーにも敵わんぞー!! あたしも一人じゃ勝てねーけど」
「いや、いきなりそんな人外の領域に達しようとは思ってない」
そういうのは段階踏んで乗り越えていくものだ。そもそもこれ、ただのスキル実験だし。
「受けてる本人としても、やっぱり何も変わらないのか?」
「特には? なんなら、そこら辺にある棒とか使ってもいいですけど」
「いや、それだとこのスキル発動しないし」
ゴブリン相手なら一撃で粉砕できるような手応えはあったのに、蒲公英はケロリとしたものだ。気にするような事じゃないんだろうが、まともにやり合ってもまだまだ勝負にはならんな。
俺も蒲公英もベストコンディションに近いし、MPにはまだ余裕はあるが、あと数発続けたところで変化が起きる気もしなかった。というか、そろそろ時間がない。
「うーん、分からん。長い課題になりそうだな」
『そろそろ時間だし、切り上げる?』
「ああ。罰とはいえ、蒲公英も付き合わせて悪かったな」
ウインドウを見れば、もう後数分程度しか残り時間がなかった。
「いえいえ。おにぎりのためならこの程度。あ、このロープ解いてもらってもいいですか? ちょっとトイレに……」
「最後までマイペースだな、お前。別にいいっちゃいいんだが、見送りもせずにトイレ行く気か」
「いや、ちょっとおにぎり食べたところで胃を揺すられたもんで」
揺すったのは俺だからなんとも言えん。なんなら食わせていたのも俺だ。
仕方ないので拘束していたロープを外し……外れないので待雪に外してもらうと、蒲公英はそのまま屋上の仮設トイレに入っていった。
「んじゃ、次もここでかは分からんがまた」
「よ、よろしくお願いしますね」
そう言う花の表情は、蒲公英がサンドバッグにされていた事をまったく気にしていない様子だった。……九十九姉妹にとっては日常なのかもしれない。
《 Uターン・テレポート 》のクールタイムを考えるなら次に来るのは二週間後になるが、ひょっとしたらそれまでに九十九姉妹を保護する体制ができ上がっているかもしれない。この世界に謎が多い以上、スキルが無駄になる事はないだろうが、狭間の世界と合わせてどうなっていくのか見当もつかない。
そうして、狭間の世界と違って特に波乱もなかった九十九世界への再訪は無事終了した。
転送直前、何故か蒲公英の悲鳴を聞いたような気がするが、多分気の所為だろう。
[ ウィークリーミッション『異世界に行ってみよう!』を達成致しました! < 質屋『ロストの質流れ』 >入手! ]
[ 質屋『ロストの質流れ』 コモン ベース/ライフ ]
[ 特殊探索実績『二つ目の異世界からの帰還』を達成致しました! < チケットチケット >入手! ]
[ チケットチケット ]
-3-
転移して拠点に戻ると、そこには前回同様神様が一人で待っていた。二号がいないのも同じだが、こちらについては帰還場所が違うって話を事前に聞いている。
前回との違いといえば、神様の周りに待機中に消費したっぽいお菓子の袋がある事くらいだろうか。お裾分けを期待したのだが、どれも空っぽい。
「とりあえず、お疲れ様です」
「ただいま。……それで一応聞きますけど、あの世界の狭間行きはそっちでも想定外って事でいいんですかね?」
「完全に想定外です。実をいうと、今の今まで使徒さんの妄想を疑ってたんですが、実績解除でその線もなくなりましたし」
俺にも見えたが、どうやら世界の狭間はシステム的に異世界の扱いらしい。
そして、そこまで疑ってはいなかったが、神様が何かを仕掛けた結果って事でもないと。実際、そうなんだろうなとは思う。アレが何か干渉した結果だとするならちょっと回りくどすぎるだろう。
「どうしますかね、アレ」
「使徒さんはちょっと実績積み過ぎなので、しばらくは大人しくガチャ回してて下さい……って言いたいところなんですが」
「俺がやる必要はないかもしれませんが、九十九桜を回収しないのはマズいでしょ」
「ですよねー」
吉田さんは別に放っておいてもいい……放置すべき人だと思うが、桜の存在は別だ。特に危険がないにしても、時間の流れが違う以上長期間の放置は好ましくない。数ヶ月で十年経過した吉田さんの経験を考えるなら、長くとも一ヶ月以内、できれば数週間でケリをつけたいところだ。それでも年単位の体感時間は経過するだろうが、桜もそれくらいは覚悟しているだろう。
遭難して救助申請出して、十年後に『助けに来たぞ!』って現れたら『遅いっ!』って思うだろうし。下手したら現地に土着しかねない時間だ。いや、それはそれで問題ないのかもしれないが、できれば早目に再会させてやりたいってのは何もおかしくはないだろう。
他にも流れ着いているかもしれない姉妹を探す、なんて気はさすがにないが、関わってしまった以上は桜だけでも保護したいと思う。時間の流れっていう懸念事項がある以上、むしろ九十九世界の連中より優先すべき問題かもしれない。
「問題は確実な連絡手段も移動手段も見込みがない事なんですよね。九十九世界のほうは時間の問題だと思うんですが」
「< 界間通信塔 >はやっぱり?」
「今のところまったく反応ありません。担当者は時間同期の問題が大きいって考えてましたが、使徒さんが送ったっていうメールも届いてませんし」
駄目元ではあったが、やっぱり駄目か。
「ずっと再送を繰り返している以上、一時的にでも時間が同期すれば送信できるかもしれない。そしたらその発信履歴から追跡も可能……かもしれないんですが」
「九十九世界に行ってから考えたんですが、化外の王の位置によって時間の流れに歪みが生まれてるのだとすれば、あの位置で歪みが正常になるって事はなさそうなんですよね」
「そうなんですよねー。なんかの切っ掛けでメールが飛んだりしないですかねー。もどかしー」
俺が向こうから送ろうとしたメールは、実のところ期待できないんじゃないかと思う。動かない東京タワーの化外の王がいる時点で常に影響が出ているような場所だからだ。
とはいえ、少し時間が経過しただけで《 Uターン・テレポート 》が発動してしまった事を考えると、あそこ以外に設置チャンスがあったかどうかは微妙だ。
「勝手に< 界間通信塔 >を使った事への処分とかは?」
「いや、ないです。いい判断だとは思いますし、こんなので文句は言わせません。元々、予備を含めて三基用意していたわけで、たとえ間違って壊したところで想定内です。ぶっちゃけ功績として主張してもいいくらいなんですが、それはそれで使徒さんの場合は問題あるってのがまた……困ったもんです」
別に出世したいわけでもないしな。出世したからなんだって話もあるし。それより生活水準の引き上げを優先したい。
「神様がっていうのも問題でしょうけど、その功績云々は俺が単独で結果出しているのが更に問題なわけで……使徒を増員して評価を分散するってのは?」
「増員した使徒が使徒さんと評価分散できるかっていうとかなり疑問は残りますよね。それとも、誰か心当たりでも?」
「九十九花」
「……やっぱりソレ考えますよねー」
当たり前だが、神様もソレは頭にあったらしい。この場合、対象はホムンクルスの誰でもなく九十九花本人だ。
俺は元々変な運を持っていた気はするし、< 幻装器手 >としての適性もあったんだろう。しかし、ここ一連の流れ……九十九世界関連の出来事や、なんなら狭間の世界で桜と出会った事も含めて、あいつの持つ何かに引き摺られた結果ではないかと思うのだ。だって、あまりにも都合が良過ぎる。俺にとってではなく、九十九花にとってだ。そんなヤツを使徒にすれば、俺よりよっぽど期待できるだろう。
別に、ガチャの使徒になったからといって< 幻装器手 >の適性が必要だったり、俺と同じ生活したりする必要はないのだ。適性に合わせた事をすればいい。
「まあ、某動画実況の神候補さんは文句言う気はしますけど」
「正直それはどうでもいいんですが……うーん」
それが根本的な解決にならないのは分かる。あいつを使徒にして、それで活躍したとしても、単に俺への評価が分散されるだけで神様の部下が功績を上げるって構図は変わりないからだ。
それなら別の神様に保護なり使徒化なりを投げてしまって、そこでご活躍をお祈り致しますってのでもいいだろう。アレを手の届かないところに放り投げていいものかって懸念もあるが。
最終的には神様の判断だから、俺は意見を言う事くらいしかできない。
「私としては、何十年かは適当に実績を溜めつつ、権能で日本の青少年たちを少しずつガチャ漬けにするという人生設計ならぬ神生設計を立てていたんですが、ままなりませんね」
「それはちょっと……」
「そうですよね。青少年に限らず、老若男女に広める方向で」
「違う、そうじゃない」
ただでさえ現時点で社会問題化しているっていうのに。パチンコよりはマシって言うかもしれないが、マシってだけで問題でないわけではないのだ。
「話を戻しますが、現時点で九十九桜を回収する手段はないって事でいいですか?」
「今の時点で用意できる手段をどう組み合わせても不可能かと。使徒さんのカードに限らず、神々の権能を使ったとしてもです。……あくまで今の時点で、ですが」
異世界に関する研究が進めば違うアプローチが見つかるかもしれないし、まだ見ぬカードを使ってそれが可能になるかもしれない。だから、悲観するほど困難な問題ではないはずなのだ。
可能性が低いっていうなら異世界行きのカードを出す事や、もっと言うなら九十九花がこれまでやってきた事のほうがよほど困難だろう。
「向こうで桜に渡したカードを探知して……とかは厳しいですよね、やっぱり」
「ダンジョン内とか近距離での探知ならすでに確認されてますけど、世界を超えてってなるとその時点で実績になってますしね」
俺が功績を上げたって言われているのは、初の事例だったっていうのが大きい。そんな具体的な手段が存在していたなら、ここまでに話を聞いているだろう。
とはいえ、探知するカード自体はあるのか。ないとは思ってなかったが、スキルかマシンのパーツか、そういうカテゴリにありそうだ。
今のところ、状況を打開する切っ掛けになりそうなのは桜に渡した< 便座カバー>のカードと吉田さんのいたビル屋上に設置した< 界間通信塔 >、謎の陰陽師、九十九世界の新宿駅にあるという転送機、あとは……蒲公英の転移能力とか? そこら辺を上手く解析して繋ぎ合わせれば、なんとかなる気がしないでもない。
「存在している平行世界へテレポートするんじゃなく、カード化された異世界そのものだったら自由に行ったり来たりできたんでしょうけどね。ベース/ワールド的な?」
「……え、そんなカテゴリが?」
「いや、ないですけどね」
ないんかい。一瞬、あまりに規模がデカ過ぎてビビってしまった。
「とはいえ、カテゴリごと増えないとは限りませんけどね」
「カテゴリって元々枠があったところに当てはめているのでは?」
「基本はそうなんですが、すでに新規追加されたカテゴリはあるので。たとえば……さっきまで使徒さんが検証してた《 ABパンチ 》、アレはスキル/アクション/必殺技のカテゴリですが、必殺技なんて小カテゴリは元々存在してなくて、後から勝手に追加されたものなんです」
「そいつぁまた……」
存在自体謎なカードだったが、カテゴリすら謎だったのか。一体何者なんだ、ABマン。
「ひょっとして、研究のために提供したほうが良かったり?」
「いえ、アレ自体から何か分かるとも思えないので。チケットと交換したいっていうなら応検討ってところですかね。……ああ、もしもユニットカードで< ABマン >が出たら最優先で提供希望です」
使い道の分からない必殺技と違って本人はどうだろう。……多分、ヒーロー的ななんかだろうし、普通に使えるユニットなんだろうな。今考えても仕方ないが、悩みどころだ。
「まあ、謎の推定ヒーローの件は置いておくとして、使徒さんはしばらくダンジョン潜りつつガチャ引いて下さい。スキルピックアップでそれっぽいカード出るかもしれませんし。戦力的にはもう十層狙えますよね?」
「了解。十層はまあ……ユニット性能確認して連携訓練してからですかね」
質屋が手に入ったって事は< ハルバード+ >も戻ってくるし、モブ夫は単独でも十層攻略できそうな性能だ。そこに追加で< ヒューマン >が加わるのだから十層くらいはなんとかなる気がしないでもない。長丁場は必至だが。
「何かしら進展があったら、連絡しますね」
と言って、神様はいつものように去っていった。そうして一人残された俺は、拠点を見渡してある事に気付く。
「……菓子のゴミ置いていきやがった」
-4-
そんなわけで、俺はとりあえずリョーマを呼び出して今回の件について報告をしつつ、次の探索に向けた準備を開始する。
説明を聞いたリョーマは『難儀な事だな』と言っていたが、多分一割も伝わっていないだろう。……というか、実のところ神様や二号にもちゃんと伝わっている気がしない。
探索に向けてまず最初にやったのは< ハルバード+ >の回収だ。
ウィークリーミッションで入手した< 質屋『ロストの質流れ』 >をセットして、どんなもんかと中を覗くが、この質屋、無人である。
店内にはいくつかディスプレイが飾られていて、そこに質草と質流れまでの時間が表示されていた。……どうやら、この時間を過ぎると永遠に失われてしまうというシステムらしい。これが他のチャージタイムなどと同じように< 質屋『ロストの質流れ』 >をセットした時間なら問題ないのだが、コレはどうも現実の時間とリンクしているようだ。今は特に問題ないが、ロストが増えてきたら質流れしないように注意が必要かもしれない。
また、趣味の悪い事に質草の表示されたディスプレイを放置していると、俺がマッシにやられる場面が動画として繰り返し表示された。……ロストした瞬間を忘れないようにという心遣い……じゃなくてただの嫌がらせなんじゃないだろうか、コレ。悪趣味だぞ。
あんまり自分がやられる場面を見たくはないので、俺はディスプレイ下に設置されたスロットに引換券を挿入。すると、画面が消えて< ハルバード+ >のカードが戻ってきた。
今はコレだけだからいいが、やがてこのディスプレイいっぱいに俺のやられシーンがループ再生されるのだろうか。嫌だな……。
検討と検証を重ねた結果、< ヒューマン >の担当は後衛になった。本当なら斥候や罠探知などを始めとした盗賊役をお願いしたいところなのだが、それを実現するためのスキルも装備も存在しないので妥協の産物だ。
クラスカード< 見習い魔術士 >と< アイス・アロー >、< ファイアーボールの魔術書 >を持たせて、砲台として立ち回ってもらうならそこまで連携訓練が必要ないというのも大きい。最悪、フレンドリーファイアさえなければ問題ない。
妥協の結果でも思ったよりは使えるというのが俺の印象だ。この構成ではソロで戦い抜くのは不可能に近いが、三人のパーティメンバーであれば補助火力として機能する。< アイス・アロー >の燃費が良く、< 見習い魔術士 >のおかげかMPの回復が早いので攻撃回数も稼げるし、戦闘ごとに一発使う程度なら消耗もしない。どうしても火力が必要な場合は< ファイアーボールの魔術書 >という切り札もある、というカタチだ。
というわけで、こいつの名前はモブ次にした。分かり易さとモブ夫との兼ね合いを考えた結果だ。多分、次のメンバーはモブ三になるだろう。
意味があるのか分からないが< 武装実験場 >でモブユニット二体に訓練をさせておき、俺自身は仮眠をとる。
そして、リョーマの代わりに< フライングバインダー >をセットしてフルメンバーの態勢を整えてから、ダンジョンの二階で実践訓練を敢行。一度拠点に帰還して、準備した後に今度は第三層へと向かった。
そう、ここまでくれば誰でも分かるが、異常事態である。原因ははっきりしているし、俺自身に自覚症状もあった。
こんな強行スケジュール、これまでの俺では考えられないのだから。
正直に言えば、ユニットゾーンの枠が三つしかないのは助かった。神様や二号、九十九姉妹たちはおそらく気付いていなかったが、リョーマだけは勘づいていた感触があったからだ。
何故こんな事になったのかと言えば説明は簡単だ。明白過ぎて悩む必要もない。しかし、それでは一割も伝わらない。
これは焦燥感だ。俺の中に生まれた恐怖を根源としたものだ。
意味はないと理解しつつも何かせずにいられない。自分が無力である事に妥協ができない。どれだけ鍛えようが無意味と知りつつも、いつも通りの俺でいる事など不可能なのだ。化外の王が俺に残した爪痕はそういう巨大で致命的なモノだった。
理由も原因も明確、自覚症状もある。しかし、誰にも理解してもらえない事も明白。例え万の言葉で説明しても、あの化外の王に視認されたという恐怖は伝わりはしない。あんなモノが薄皮一枚隔てた先に存在しているという事実が俺を狂わせている。
これは異常事態だ。普通ではない。そう認識した上で足を踏み外さないよう歩き続ける。言葉を交わさないパーティメンバーは、そういう綱渡りをするのに向いていた。
幸い、目標に対してパーティが有する戦力は大きい。ほとんどモブ夫の力ではあるが、俺だけでも第六層以降で戦う力はあるのだから、難易度からしてみれば過剰戦力なのだろう。
第七層に突入して、最高到達層を更新。相変わらずゴブリンしか出ないダンジョンを進む。
第八層、第九層と進み、そういえばフィールドボスと遭遇していないなと気付く。トイレで苦しんでいるゴンベエも素通りだ。
そうして、第十層。目標としていた層に到達した。
[ 第十層ボス ゴブリンザゴブリン撃破! 第2ダンジョンが開放されました! ]
[ 称号獲得!< 脱初心者 > ]
[ マンスリーミッション『< 修練の門 >第十層を攻略せよ!』を達成致しました! イクイップ/アーマーゾーン+1! ]
激闘と言えなくもない戦いを経て、異様に強かったのに見かけはただのゴブリンである十層ボスを撃破する。
……こんなに頑張ってようやく脱初心者なのかよ。
「つ、疲れた」
満身創痍というほどではないが、やはり無茶だったというのが感想だ。用意した消耗品も有用なものはほとんど使い果たしている。
とはいえ、ユニットがやられてロストする危険性はない戦いだった。特に危険視していた罠の類も、いつも以上に慎重に進んだからかほとんど回避している。
二度とやらないとは言わないが、できればこういう無茶は避けていきたいものだ。無理難題と知りつつ、そう考える。
無言のメンバーを引き連れて次の中継地点へと向かう。
[ 第十一層前中継地点に到達! ベース/リレーカテゴリのカードが開放されました! 中継地点に転送ゲートが設置されます! ]
[ 転送ゲート アンコモン ベース/ライフ ]
中継地点に辿り着くと、そこには帰還陣はなく、代わりに近未来的な円状の舞台が設置してあった。
説明書きによれば、これは十の倍数層でのみ使用可能な設備で、同じ< 転送ゲート >を使って行き来が可能だと言う。もちろん< 簡易転送ゲート >をはじめとした移動手段は別にも存在するのだろうが、それらを保有していない者に用意された救済のようなものなのだろう。正直、何度もここまで探索したくはないので助かる。
QAに投げてすぐに返って来た自動っぽい回答によればリレーカテゴリは中継地点強化のカードらしい。このカードをセットする事によって、各層にある中継地点すべてに共通の施設が追加されるというものだ。一応例も提示されていて、水飲み場やカード回収機能、マテリアライズ済のアイテムを保管する棚などが設置できるらしい。
「めっちゃ便利だな、リレー施設」
少し考えてみて、これらの設備が非常に有用である事が想像できた。
たとえば、マテリアライズ済のアイテム保管棚に2リットルペットボトルの水を置いておけば、飲み干さない限り階を移動するごとに水分補給が可能だし、カード回収機能を使えば長期探索時にフリーゾーンの圧迫によって捨てざるを得なかったカードも回収できる。問題は、そのリレーカードが一枚もない事だが、それはこれからのガチャ運に期待だ。俺の運の傾向からすれば、とりあえず最初の一枚はすぐに出る気がするし。
「……さて、戻るか」
さすがにこのまま第十一層に進む気はない。おそらく、戻ったら泥のように寝る事になるだろう。
しかし、それほど疲れても焦燥感は消えない。コレは今後ずっと付き合っていかねばならない呪いのようなものなのだと自覚した。ならば、俺はこの焦燥感を利用して強くなろう。……そう前向きに考えないと恐怖に押し潰されてしまう。
第二の異世界。世界の狭間での経験は、そうして歩き続けなければ、戦い続けなければ、強く在り続けなければ潰れる呪いのようなものを俺に植え付けたのだ。
たんぽぽさん……。(*´∀`*)