第二十六話「再出発」
何を更新するか迷う。(*´∀`*)
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< 修練の門 >の第五層を攻略し、一時的にでも実家に帰還した事で、一応ではあるがある種の区切りがついたように感じる今日のこの頃。
やった事と言えば家族と会って現状報告してついでに肉を食った程度のものだし、ただの気の持ちようなのかもしれないが、俺、加賀智弥太郎個人にしてみれば重要な事だったと言える。
自分の中でもはっきりとはしていないが、あれは決別の儀式のようなものなのだろう。儀式というとどうしてもディディー復活の儀式を思い出してしまうから使いたくはないが、意味合い的にはそういう事なのだ。
決して戻れぬ過去との決別。人としての自分との決別。身を置いていた社会からの決別。それは大小好悪善悪要不要関係なく色々なものを捨て去る行為である。
家族との縁のように完全に断ち切ったわけではないが、先に進むための荷物を、これまでの人生で築き上げたものを捨て去ったのだ。加賀智弥太郎は元の社会に戻る事はないと。
一概に良い事とは言い切れないが、決して悪い事でもない。必要かと言われれば、多分必要な事だろう。
一応とはいえ、そういう区切りを自分の中に置いた事で、今後の使徒としての活動にも真剣味が増すような気もしている。それは、目的を果たすまで帰らないと自宅を燃やす行為にも似ている。
『え、別にそこまで思い詰めなくても……』
とかウチの神様は言っていたが、決して無駄な覚悟ではないと信じたい。いや、間違っててもそこは合わせるべきだろうと思うのだが、人の心が分からない超越者には無理難題ともいえた。
というか、神様がどう考えているかは別にしても、この先普通の人間の感覚でいるのは無理がある気がするのも確かなのだ。そうに違いない。
仮にも人型のモンスターを殺し回る時点で真っ当な精神状態とは言い難いのだから、ある程度は超越した精神性は必要なのだと思う。でないと精神破綻者まっしぐらだ。
そういった心構えはさておき、帰省前後で俺がやるべき事は山積みのまま変わっていない。
< 修練の門 >は第六層以降も普通に続いているし、生活基盤は原始的な文明レベルを脱却できていないし、俺自身の強化もまだまだ足りないし、ガチャもカードも謎だらけのままだ。
謎といえば九十九世界の事なんてほとんど何も分かっていない。< Uターン・テレポート >のクールタイムは終わるまでもう少しかかるが、そろそろ準備を始めたほうがいいだろう。準備といっても心構えと支援物資くらいのものだが、交渉次第で譲渡しても構わないカードの選別はしておこう。
……その選別も、色々あって難儀しそうではあるが。
[ カード記念館 ]
そんな事を考えながら今俺が立っているのは、いつもの拠点でもダンジョンでも異世界でもなく、初期の拠点に勝るとも劣らない見窄らしい空間だ。
その、廃墟なんじゃないかというほどにボロい六畳間程度の空間に設置されているのは無数の祭壇。その祭壇に祀られているのは、俺がガチャで手に入れたカードである。
ここはカード記念館。< 修練の門 >第四層ボスである超弩級ゴブリンの撃破ボーナスで手にいれたルームカードだ。俺は飾られたカードを眺めつつ、この施設の利用方針について考えていた。
「……悩ましい話だ」
過去に手に入れたカードのレプリカが自動的に飾られるとか適当にカードを保存しておくための施設であれば、単に役に立たないネタカードというだけで済んだのだが、ここに設置すべきは本物で、俺が手に入れたカードを手動で設置しなければならない。そして設置したカードは専用の額縁に入れられて飾られるわけだが、この状態になると固定化されてしまう。手元には戻せない。
それだけなら単にカードを消費するだけだが、鑑定結果によればここに設置したカードの数、レアリティによってガチャの排出に補正がかかるのだという。
デメリットのある話ではなく大きなメリットではあるのだが、その匙加減が非常に難しいのである。
< カード記念館 >
レアリティ:エクストラ
強化値:-
設置可能施設:-
サイズ:可変
分類:ベース/ルーム/特殊施設
解説:カードを設置して飾る記念館。ユニークカード以外の各種カードを飾って鑑賞する事ができる。
設置したカードによってガチャの排出にプラス補正。設置済カードの総数、レアリティにより、アンコモン以上の各レアリティ排出率が小アップ。設置済カードの関連カードが排出される場合レアリティが小アップ。
設置可能なのは同名カードにつき一枚。レアリティが異なる場合は別カード扱いとする。設置済カードの取り外しは不可。
設置カード数の増加に合わせて自動的に部屋面積、内装がグレードアップする。
初のレアリティであるエクストラだが、確認してみたところ状態によって価値が変化するカードに割当てられるレアリティらしい。まあ、存在自体はチュートリアルから明かされていた事だからそれについてはいい。問題はその機能である。
いつもの如くどれくらいの補正がかかるかは分からないが、あの極めて渋い排出率を誇るガチャで、少しでも補正がかかる……しかもちゃんとプラス方向にと明言されているというのは大きい。
補正がかかるのがレアリティである以上、今俺を悩ませている問題の一つである強化値に関わるというのも重要だ。強化済であっても未強化であっても、一切強化の余地がないコモンとアンコモンはまったく重要度が異なるのである。最近になってようやく実感しつつあるが、すごく重要。
残念な事に同名カードは各レアリティにつき一枚という制限があるから、余ってるゴブリンのマテリアルカードだけを大量に飾るという手段はとれない。すでに各種一枚ずつ飾られたマテリアルカードはこれで打ち止めだ。とはいえ、こういった同名カードが大量にある類なら何も考えずに設置できるからコレは悩みどころではない。
問題なのは枚数が少なかったり、有用性があるかもしれないカード類の扱い。特に悩ましいのは、今必要はないけど今後必要になるかもしれないというカードである。いざという時にありませんという事態は避けたい。
かといって、二枚あれば飾っていいのかという話でもない。消費アイテムに代表されるように、枚数が必要になるカードは結構あるのだから。
総数やレアリティで判定している以上、今後の効率だけを考えるならできる限り多く、より高レアリティのものを極力設置するべきだろうが、そういうわけにもいかない。そして、少しでも補正は欲しい現状、コレを利用しないという手もない。
たとえ補正が僅かだったとしても、確実に積み上がる類の有用性は絶対に無視できない。非常に悩ましい施設である。
「< かんてい >に< ボディソープ >みたいな使い道がある以上、ただのコモンカードでも容易に決断はできないんだよな。< ゴブリンの睾丸 >ですら使い道はあったわけだし」
役に立ったとはいえ、金玉を投げつける事が想定されていたかどうかは置いておく。
せめて合成を手に入れる以前だったらここまで悩む必要はなかっただろうし、特異な合成パターンを見る前でも決断できたかもしれないが、今の状況だとちょっと厳しい。まあ、第四層ボスのクリアボーナスである以上、タイミングは狙って設定されたものだとは思うが。
ちなみに、本来の飾って鑑賞する機能についてはまったくもってどうでもいい。百均で売ってるバインダーでもいいくらいだ。
「結局、飾るカードは決まったのかね?」
悩むだけ悩んで拠点に戻った直後、記念館の方針についてリョーマが尋ねてきた。相変わらず渋い声のチワワである。
「……とりあえず、コモンで二枚以上保有しているものは確定。一枚のものとアンコモン以上は要検討だ」
「まあ、無難なところだろうな。つまり、帰省前に私が言った通り、保留した意味はないという事だ」
「うっさいわ」
この取扱いに悩んで実家で気分転換しながら検討するつもりだったのだが、いざ実家に戻ってみるとそんな事を考えている余裕はなかった。というか頭から抜け落ちていた。
結局、すぐにでも思いつきそうな無難な考えに落ち着いたというわけである。もちろん、無難が悪いというわけでもないが。
「そもそも一人の時間など作れなかっただろう?」
「確かに言った通りだったな。弟が帰って来るまでに結構時間はあったんだが、身だしなみを整えるのだけでギリギリだったし」
非文明的生活を送っている間はそこまで自覚はなかったのだが、いざ現代社会に戻ってみると如何に自分が汚いのかを思い知らされた。
水浴びは頻繁にしていたとはいえ、ろくに風呂に入っていなかった体は現代人を名乗れないような有様だった。一応、九十九世界で髭とその他諸々を剃りはしたが、髭だって数日あれば伸び放題だ。
なにより髪がやばい。シャンプー使っても泡が立たないなんて思わなかった。コンディショナーと間違ったんじゃないかと見直したくらいだ。体のほうはそれよりマシだが、汚い事には変わりない。
そんなこんなで風呂に入り、髭を剃り、鋏で適当に髪を整えて、自分の部屋で服を探してようやく落ち着いたと思ったらすぐに弟が帰って来たわけだ。他の家族が帰ってくるまでにそこまで時間差があったわけでもなく、説明が終わった後もずっと親と話していたから、一人の時間なんてほとんどとれなかったのだ。
さすがの俺も、泣きそうな親父に向かって『ちょっと検討したい事があるから』と席を外す事はできない。当たり前だが、なんのカードを飾るか考えるような状態ではないからだ。親不孝にも程があるだろう。
「それで、久しぶりに家族と会った感想はどうだったのかね?」
「……微妙。正直、長期出張に行って帰って来たくらいしか時間経ってないしな」
帰省前にある程度覚悟はしていても、想像以上に家族との温度差は大きいと感じた。やはり、いくら環境が変わったとはいえ棍棒振り回していただけの俺と、実際に葬式に出た者との差は大きいという事なのだろう。
確かにある程度情報は得ていたが、俺は現場もニュースも見ていないし、他の被害者家族とも会っていないのだ。どうしたって認識に差は生まれる。
「まあ、最低限でも連絡ができたのは大きいけどな。いくらか気分は楽になった」
とはいえ、最低限である。社会人として果たすべき責任の何分の一にも満たないはずだ。やむを得ずとはいえ、結局は失踪と大差ないのである。
俺には後輩の最後を遺族に伝える術すらないのだ。
-2-
さて、気を取り直して今後の活動について方針を定めたい。当面、目指すべきは第六層だ。
「五層は攻略したわけだが、結局はまた第三層からの再攻略になるのだろう?」
「まあな。ショートカット手段ないし」
俺は前回で第五層ボスの攻略まで済ませたわけだが、中継地点からの帰還は一方通行であって、同じ場所に向かうにも第三層手前の中継地点からになってしまう。
下に行くにつれて広くなる一方のダンジョン構造を見るに、そろそろ何かしらのショートカット手段が手に入るような気もするのだが、その見込みは立っていない。
「別にいいんだけどな。面倒臭いのは確かだが、力不足も感じてるし」
戦闘力的に足りていないという事はないだろうが、探索のノウハウ、臨機応変な対応力、継戦能力などの要素は不足している感が拭えない。かなりマシになったとは思うが、それでも全然だ。
しばらくはこれらの経験値、あるいは対応するカードを獲得する事がメインの活動になるだろう。つまり半分くらいは運である。
だから、すでに始まっているウエポンピックアップも正にうってつけと言うべきなのだろうが……。
前回同様目玉賞品も公開されているのだが、ペットの時とは違ってどうにも心躍るものがないのは現在の武器にそこまで不満がないからだろうか。
< スーパーチャクラム・Σ >
分類:イクイップ/ウエポン
レアリティ:HR<ユニーク>
強化値:★★☆
特殊能力:《 自動帰還 》《 Σ 》
投げても手元に戻ってくる投擲武器。凄まじい切れ味を誇るが帰還時に手を斬る心配はない。
慣れるまではちょっと怖い。
< ウォールクラッシャー∞ >
分類:イクイップ/ウエポン
レアリティ:R<ユニーク>
強化値:★★
特殊能力:《 壁破壊∞ 》《 不壊 》
武器としての能力は並だが、ダンジョンの壁を粉砕可能なハンマー。ダンジョンの壁以外も壊せる。
通常のウォールクラッシャーとは異なり、壁破壊の回数制限がない。沢山壊して隠し部屋を探そう!
< レア・ハンターSp >
分類:イクイップ/ウエポン
レアリティ:R<ユニーク>
強化値:★★
特殊能力:《 レア・ハントSP 》《 レア・ハントSP 》
通常の< レア・ハンター >よりもドロップ率が強力になった特別仕様の短剣。
この武器でモンスターにトドメを刺す事により、レアドロップが発生し易くなる。
< M1A2 エイブラムス 脳波操縦仕様 >
分類:ユニット/マシン
レアリティ:HR<ユニーク>
強化値:★★★
特殊能力:《 脳波操縦 》《 自動補給 》《 機内調整 》
アメリカ合衆国主力戦車。自動操縦機能が付与されており、脳波による遠隔操縦が可能。砲弾は一定時間毎に補充される。
内部に搭乗する事も可能だが、特別仕様のため一人分のスペースしかない。
< イーリスの剣 >
分類:イクイップ/ウエポン
レアリティ:R<ユニーク>
強化値:☆☆
特殊能力:-
奴隷剣闘士となったイーリスが使用している長剣。一品物のユニークアイテムのため、ガチャで排出された場合、奴隷剣闘士イーリスは武器を失う。
胸に秘めるのは復讐の意志。敗北は即死亡という過酷な戦場で、彼女は明日を求めて戦い続ける。
いつもの事ではあるが、突っ込みどころ満載のラインナップである。
いや、< スーパーチャクラム・Σ >と< ウォールクラッシャー∞ >に関してはいいんだ。ダンジョンの壁を壊せるのかとか、やっぱり隠し部屋あるんだとか思ったりもしたが、良くある話である。< レア・ハンターSp >なんて真の目玉と言われても遜色ない価値がある事だろう。攻撃力が低いなどの弱点がありそうだが、そういった難点があるとしても普通に欲しい。
問題は残り二つだ。まず< M1A2 エイブラムス 脳波操縦仕様 >。まさかの戦車である。しかもウエポンピックアップなのにイクイップカードですらない。確かに武器というか兵器ではあるから意味合い的には問題ないのかもしれないが、別の意味で色々問題があるだろう。乗りたくないかと言われれば、当然乗ってみたいし実際強いのだろうが、本当にいいんだろうかという気にもなる。あと、M1A2って事は型番ごとに別カードで存在するんだろうかというのも気になったりもした。たくさん並べたらきっと壮観に違いない。< カード記念館 >に飾るより、むしろ広い場所を用意して実物を飾りたいくらいだ。
そして、< イーリスの剣 >についてはアレだ。別段欲しくもないし有用でもないが、予期せぬ形で彼女の末路を知る事になってしまった。存在を忘れていた俺が言うのもなんだが、思っていたよりはマシ……一応生きてはいるらしい。というか、放っておいたらこのまま出世していきそうな主人公感まである。というか、得物であるこの剣を排出してしまったら死んでしまうのではないだろうか。どんなタイミングで失うかは知らないが、試合中に突然消えたりしたら敗北は必至だろう。ある意味レアではあるが、当たっても嬉しくない目玉賞品である。
全体的に見てピックアップはイマイチ感があるな。
恒例なのか、ピックアップでない目玉アイテムの紹介もされているわけだが、実はこちらのほうが興味の惹かれるものが多い。
まず、一覧を見て気がついたのは、ウエポンピックアップという名のイベントではあっても対象はイクイップ/ウエポンに限らないという事だ。ペットの時も関連アイテムの排出率に補正が掛かっていたのと同じと言える。
中でも目立つのはおそらく合成用と思われるアイテム/マテリアル類。《 頑丈 》や《 斬撃強化 》などの効果を持つカードだ。時期的に狙ったのかもしれないが、本格的に合成を利用させに来たという感じである。
また、ユニークでない< レア・ハンター >、< マテリアル・ハンター >、< チケット・ハンター >も紹介されていた。多少でも補正がかかるというのなら、劣化版のこっちでも妥協できそうだ。特にチケット。
個人的に注目しているのが< ウエポン・チェンジ >というスキルカードだ。わざわざ質問を投げて確認までしてみたが、どうやらこれはダンジョン内でもウエポンカードの変更を行う事ができるスキルらしい。現在の装備したら持ちっぱなしになるという仕様は意外に邪魔になる事が多いので、その改善が見込めそうだ。
その他には< 超頑丈なショートソード >やURで未強化の< ロングソード >などの変わり種や、以前神様がボーナスとして提示した枠拡張のカードも紹介されていた。
「さて、これらを踏まえた上でピックアップガチャを引くかどうか」
「まさか引かないという選択肢があるのか? 武器は重要だと思うんだが」
「確かにそうなんだが、ハルバード+で間に合ってるといえば間に合ってるんだよな」
どちらかといえば、寝食を忘れるレベルでチケット集めに奔走するかという問題か。
もちろん、紹介されているラインナップがいらないという意味ではないし、ハルバードが壊れた場合の予備武器だって必要だ。
たとえば継戦能力確保のために< 超頑丈な長剣 >などを予備として持っておいたりするのはアリだろうし、武器を複数持つなら状況に合わせた対応を行うために< ウエポン・チェンジ >も欲しい。< レア・ハンター >……というか、< チケット・ハンター >なんて絶対死蔵しないという確信すらある。
「だが、今一番欲しいのは料理カードなんだ。< ぼっち食堂 >を有効活用したい」
「まあ、それは知っていたと言わざるを得ない」
できれば定食系がいい。定食系でレアリティが高ければ小鉢系のカードも欲しくなる。
今、俺の中で一番ホットなカードは第四層のフィールドボスとして遭遇した、ゴブリン十六魔将第十二席 放送出来ないエクスの討伐ボーナスである< ぼっち食堂 >である。
エクス自身については別段脅威になるようなボスでもなく、単にモザイクがかかっていて何やってるのか分からないだけのモンスターだったのだが、このボーナスは大きい。アレな感じのカード名だって気にしない。
< ぼっち食堂 >
レアリティ:アンコモン
強化値:★
料理スロット:1
サイズ:極小
分類:ベース/ルーム/ショップ
特殊能力:《 ぼっち食堂一式 》
解説:お一人様限定の食堂スペース。カードスロットに料理カードを設置し、専用のゲージを消費する事により、料理が提供される。
専用ゲージはカード設置後、時間経過によりチャージ、料理提供、またはカードの交換でリセットされる。チャージ中、カードは固定され、その間の撤去・交換は不可。
提供される料理、食器は施設内から持ち出し不可。また、退出した場合料理は無条件で撤去される。
そう、料理カテゴリのカードであれば使い回し可能な神カードだったのだ。一度提供されるとリチャージに二十四時間かかってしまうのだが、一日一回でもちゃんと料理が確保されるというのは有り難すぎる。
カード設置していないとチャージされない既知の仕様や、交換したら再度チャージを待たなければいけないなどの問題はあるものの、提供されるメリットに比べれば些細なものだ。ボロボロのテーブルだとか、便所飯を彷彿とさせる狭いスペースとか、ショップカテゴリなのに店員がいないとかもこの際些細な事だ。むしろ、慣れたら落ち着くかもしれない。
コレ自体に強化の余地がないのはアレだが、これはつまり似たようなアイテムがあるという目安にもなる。料理スロットの数が多かったり、時間が短縮されるだけでも十分即戦力だし、なんならまったく同じカードでも欲しい。
そして、食事の確保が安定すれば次に気になるのはそのバリエーションだろう。交換時間がある以上頻繁に入れ替える事はできないが、豊かな食生活のためにはメニューの充実は必要だ。
現在俺が保有する料理カードは僅か五枚。最近手に入れた< ランダム小鉢 >、< レバニラ炒め定食 >、< ラーメン定食 >、< 鰻のゼリー寄せ >、そして< ゴブリンの睾丸煮込み鍋 >である。後ろ二つは数える必要すらないかもしれないし、なんなら問答無用で記念館行きでもいいような気もしているが、それを含めてですら五枚である。これまで非文明的な食事ばかりだった俺からしてみれば定食の二枚を交互に食うだけでも十分と言えなくもないが、いつか飽きるのは目に見えているだろう。
< ランダム小鉢 >の存在も俺の欲求を加速させる。強化枠の空いたアンコモン以上の料理カードがあれば、これを追加できるというのに。これ自体が料理カテゴリだから使えないわけではないが、メインなしで小鉢のみは寂し過ぎる。
「合成用カードで、< 大盛り >とかありそうじゃないか?」
「ありそうだな。牛丼にしか合成できない< 汁だく >などもありそうだ」
洒落の分かるここのガチャなら、< ニンニクマシマシヤサイマシアブラカラメ >のような汎用性のない合成カードもあるような気がする。毎日はゴメンだが、今の強化された胃袋ならたまには食ってみたくもある。
夢が膨らむ。膨らむが、そういったものを活用するために高レアリティの料理は必要なのだ。開催されているのが料理ピックアップだったら死ぬ気で回したかもしれない。
そんな感じで自分の欲求に素直になりつつ、ダンジョン攻略へと向かう。
第三層手前の中継地点からちょっとだけ逆走して慣らし運転がてらでかいゴブリンを倒し、第三層へ。
特に波乱も問題もなく、それなりの時間をかけて第三層を踏破し、超でかいボスを撃破。そのまま第四層へと……。
-3-
「……何故だ」
目に映るのは見慣れた拠点の天井。どうやら死に戻りしたらしい。多分だが、即死系のトラップだろう。
「何か調子悪いのかね?」
さすがに様子がおかしいと思ったのか、リョーマが尋ねてくる。
調子……調子は悪いのか?
「良く分からん」
心機一転。頑張ってダンジョン攻略して、できれば攻略層の更新を狙ってやろうと挑んでみたら死んだ。それだけならありそうな事だが、実はもう三度目の死に戻りだ。
三日連続で死に戻りすれば留守番しかしてないリョーマだっておかしいと思うだろう。しかも、攻略層は更新できていないのだ。
一日目は第五層に入った直後に死んだ。思い返してみれば結構些細なミスで、疲労して注意力が散漫になっていたのだろう。
二日目も第五層だ。伸縮自在のバルンというゴブリン十六魔将に遭遇し、気持ち悪いくらい伸びた手足に躓いたところにちょうどトラップがあって死んだ。
そして、見た目が気持ち悪いゴブリンをおしおきしてやろうと挑んだ三日目……つまり今日は第五層すら踏めず、第四層で多分トラップにかかって死んだ。もちろん、バルンへのリベンジも果たせていない。というか会ってすらいない。
バルンのせいも多分にある気はするが、直接の死因は全部トラップだ。これまでにない不注意っぷりを晒している。
幸い、毎回ダンジョン探索に時間が掛かっているので立ち入り禁止になっている時間は少ないが、これはちょっとおかしい。
「そういえばガチャも碌なモノが出てないな」
「そっちはただの運では?」
いや、きっと調子が悪いからそれに釣られてガチャ運も悪くなっているのだ。そうに違いない。
だって目当ての料理系カードは出てないし、ウエポンピックアップなのに出るのはなんの変哲もない鉄製の武器ばかり。レアリティだってアンコモンすらほとんど出ていない。あと、ゴブリンチケットがメインだからか、無駄に< ゴブリンソード >のようなゴブリン用の武器ばかりが積み重なっていく。予備として使えない事はないが、ゴブリンでない俺が使う場合はなんの効果もない武器でしかない。しかも、そういうカードに限って同名カードが被るのだ。記念館の肥やしにもなりゃしない。
最近出た中で面白いモノといえば、今リョーマが使っている< ペット用吊り下げ式寝袋 >くらいだ。リョーマ自身も気に入ってるようだが、ミノムシみたいなビジュアルがちょっと面白い。
「やる気はあるんだが、どうも結果が伴わないな。空回り気味だ」
「まあ、そういう何をやっても微妙に上手くいかない時はあるだろう。私は生後数日だから経験はないが」
「お前にそんな経験があったら怖いわ」
何故俺は犬に人生のアドバイスを受けているのか。
「空回り……空回りしてんのかな」
似たような経験はある。初めて新規契約をとれた直後の俺がそんな感じだったはずだ。やる気はあるのに微妙に噛み合わないあの感覚だ。あの時はどうやって解決したんだったか。
確か……ToDoリストで……。
「目標が散逸してんのか」
なんとなくだが、状況が飲み込めた。
やるべき事とやらきゃいけない事の区別がついてない。だから目標でないものを目標と思い込んで意識がブレるのだ。結果、各方面で僅かに注意力が足りなくなると。
ダンジョン攻略は日々の生活の糧ではあっても、目標に成り得ていない。第六層以降だって努力目標だ。やれと言われてさえいない。
「まさか、神様はこれを見抜いて思い詰めるなと……いや、アレはただ思った事を言っただけだな」
ウチの神様がそんな人心を慮った事を言うはずがない。
「確かに、今やらなければいけない事はないな。特に緊急性のないものばかりと言えばそうだ」
プラプラと吊り下げられたまま揺れるリューマが追認するように言った。
生活に直結しているからやらなくてもいいという事はないが、緊急性もない。
「第五層のご褒美で帰省させてもらうってのは、思っていた以上に大きな目標だったのかもな。……何かご褒美用意してくれないかな、第十層あたりで」
「言うだけ言ってみればどうかね。直接でなくとも伝える手段はある」
「そうだな。どうせ立入禁止中だし」
「暇なら読書してもいいと思うが」
「それはまた後で」
それこそ今やらないといけない事ではない。というか、ラインナップに心惹かれるものがないというか、リョーマにネタバレされそうというか。
というわけで、いつもの質問フォームに投げかけてみた。
[ Q.なんかえさください ]
[ A.ペットフードですか?]
いかん、入力が面倒だから端的に伝えようとし過ぎて伝わらなかった。ガチャを回せと言われそうだ。
[ Q.もくひょうとごほうびください ]
[ A.ああ、なるほど。ちょっと待ってて下さい。そちらに行きます ]
伝わるか微妙な気がしたが、多分伝わったのか直接話を聞きに来るらしい。意味が分からないから聞きに来るという可能性もあるが。
というわけで、神様が尋ねて来るまでにミノムシリョーマを< スモール・ルーム >に移動させておく。普通に抱きかかえるより楽だな、コレ。
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「なるほど。状況は分かりました。で、何が欲しいと?」
「それはまだ決めてないんですが、何かいい案ありませんかね」
割とダメ元だったのだが、なんか通りそうである。とはいえ、具体案はない。
欲しいものがないわけではない。しかし、パッと思いつくようなチケットやカード枠だとガチャを回せと言われそうな気がするのだ。
「要はやる気が出るような明確な目標を提示してくれって話ですよね。まあ本来の目的すら根本的にランダム性に頼ったものなんで理解できなくはないです。私にしてみれば、異世界や並行世界に繋がるのならなんでもいいわけですし。ただ、それを言い出すと別にダンジョンすら必須ではないんですが」
「あの先に何かがあるとかでは?」
「いえ別に」
ないのかよっ!!
「使徒さんを鍛えるのとガチャを両立させようと構築依頼したシステムなんで。ロクに本来の用途で活用しないまま目標達成してしまいましたが」
「別に九十九世界だけで十分ってわけじゃないですよね? いや、あの世界にしてもほとんど情報はないままですけど」
「そりゃもちろん。使徒さんにももっと強くなってもらったほうがいいのも確かですし、当面今の生活は続けてもらいます」
なら生活基盤を……と、今更言い出すつもりはない。それが目標の一つになる事も確かだからだ。というか、ガチャ回してれば解決しそうだし。
「だから意欲に繋がるというのであれば報酬を提示したいのはやまやまなんですが、使徒さんのやる気に直結するものが思い浮かびません。またインゴットとかでいいですか?」
「インゴットはちょっと」
使い道ないし、やる気にも繋がらない。もし日本に持って行けても換金手段ないし。
だが、確かに神様に人間の心理を理解して目標提示してくれってのは無茶振りだよな。
「その他だと……男性がやる気になるものといえば、金か酒か女ですよね。お金は意味ないとして、借金漬けになってる女性とかを攫ってきて性奴隷に……」
「それ以上はいけない」
普通にできるからまた問題があり過ぎる。確かに明日も見えないような相手ならWin-Winの取引かもしれないが、俺の心に大ダメージを受けてしまう。虚ろな目の性奴隷相手に性処理を頼むのは趣味じゃない。いや、相手もノリノリなら……って、いやいやいや、ねーよ。
「た、たとえば他の神様のところとかどうなんですかね? 使徒を意欲的に働かせるためのマニュアルとかないんですか?」
「そういう講習もやってましたね。推奨指定されてましたし、今度受けてみましょう」
ビジネス講習か。
「ああ、そういえば使徒さんに面会希望がありましたね」
そんな問答を続けていたら、思い出したように神様が手をついた。
「いつでもいいって事だったので後回しにしてましたが、ここのダンジョンのシステム設計にも関わってますし、会って相談してみるという手も」
「えっと……ひょっとしてまた別の神様でしょうか」
「いえ、使徒です。もちろん、私のではなく別の神のですが」
「ほう、先輩ですか」
今の問題とは別に興味を惹かれる相手だった。色々参考になりそうな話が聞けるかもしれない。意思疎通の困難な上司への対応とか。
「ひょっとして日本人ですか?」
この神様は日本の神様で、交友範囲も日本限定だったはずだ。むしろ外国がどうなっているのかが不明と聞いている。なら、使徒も当然日本人だろう。それなら価値観に共通部分も多いだろうし、話し易いかもしれない。
そんな事を考えていたら、神様は宙空にウインドウを表示した。そこには履歴書のような人物情報が映されている。
「元日本人です。名前は吉田晶。男性。IT業界の上流工程担当という紹介に騙されて破綻したプロジェクトを任されたところ、当たり前のように失敗。いくつかの企業を倒産に導いた責任を負わされた末に自殺しようとしたところを勧誘されたそうです」
「そういう生々しい経歴は勘弁なんですが」
聞いてるだけで胃が痛くなる。似たような実例も知っているだけに余計に。
表示されている写真だけを見れば人畜無害で人の良さそうな男だ。確かに貧乏くじを引かされそうなイメージではある。
「使徒としての活動はもうすぐ十年。新人とはいえ使徒さんよりはベテランですし、他所の環境でも参考になる話は聞けるでしょう」
十年で新人扱いというのは違和感しかないが、元々人と異なる時間軸なわけだし、そういうもんなんだろう。
「ちなみに、元々はどういった件で俺に面会希望を?」
「九十九世界についてです。まあ、想定以上に早く結果を出した後輩に会ってみたいというのもあるんでしょう。ないとは思いますが、虐められたら抗議するので言って下さい」
「営業やってたくらいなんで多少なら問題はありませんが、そういう人……使徒さんもいるんですか?」
「たまーにですけどね。同じ使徒ってだけで全然命令系統の違う相手を無理やり従わせようとするとか」
確かに別部署の社員を自分の部下と同じ要領で扱う人はいるよな。やってる仕事は全然違うのに、自分の体験談で駄目出ししてくるとか。
この写真の人ならそんな事はないと思うが、一応気をつけておこう。
「じゃあ、よろしくお願いします。ちなみに、会うとしていつくらいになりそうですかね?」
「ちょっと分かりません。大体一週間以内にはしようと思いますが、相手次第のところもあるので。早ければ明日とかありそうですけど」
などと神様は言っていたが、すでに面談は本当に明日になるという連絡がQAを通して来たので、特に問題もなくOKを出す。こういうのは早いほうがいい。
とりあえず、質問事項は纏めておいて……あれ。
「……俺、何着ていけばいいんだ?」
まさか、いつもの格好で行けって事なのか。
そうだ、ガウル平原に行こう。(*´∀`*)