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第一話「チュートリアル」

|∀`*)書き溜めとかないから。




-1-




 そーっと、ボロいドアを開けて、窺うように外を覗き込む。

 今の状況を後ろから見れば、きっと面白くも情けない姿になる事だろう。全裸の男がへっぴり腰で外に出るのを躊躇っているとか、悲惨過ぎて笑えない状況だ。


「……ん?」


 しかし、その先に続いていたのは少々予想外の風景だった。

 俺が警戒していたのはドアを開けてすぐのところに狂暴なモンスター……RPGの定番でいうならゴブリンのような何かが待ち構えているという展開だ。もしもそんな光景が僅かにでも見えていたのなら、即座にドアを閉めて神様の会議が終わるまで……いや、最低でもチケットが貰えるらしい今日の夜中まではあの部屋の片隅で体育座りをしていたはずだ。あるいは、見るからに危険なダンジョンや広大な樹海が広がっているなどの光景でも同じだっただろう。

 そんな予想とは裏腹に、ドアの隙間から見えるのは部屋と同じような石造りの壁だった。ひょっとしたらカードを景品にしてくれる交換所のような部屋が隣接しているのかなとゆっくり開けてみれば、数メートルの通路が続いているだけで、その先には下り階段が続いている。


「様子見させないつもりか」


 現代人らしくチキンである事を誤魔化さない俺は、この構造の裏に透けて見える意図のようなものを感じ取っていた。

 なるほど、上手い。あの幼女の仕業かどうかはともかく、きっとこの構造を考えた奴は人の心理に付け込んだ嫌がらせが大好きな奴に違いない。一応罠の類は警戒すべきだが、とりあえず危険のない通路。先の見えない構造。容易に安全地帯まで戻ってくる事が困難な距離と階段。それは、ビビってないで先に行けという指示にも見える。

 これは、某古典ダンジョンRPGのように、入り口近くで離れずウロウロして一回戦闘をしたら即帰還、ある程度戦力が整うまでそれを繰り返すという事がやりにくい構造なのだ。なんでもない状況であれば単なる上り階段だとしても、怪物から逃げる最中の上り階段など精神的に絶壁のような何かに見えてしまう事だろう。ゲーム的に考えるなら、案外モンスターが階段を登ってこないという事も有り得るが、それも最初の戦闘が終わるまでは検証しようもない。


 とりあえず部屋から一歩足を踏み出してみる。

 ドアの外の石畳は[ 拠点 ]の材質とまったく同じ感触で、おそらく気温も変わっていない。階段の向こうから風が吹いているわけでもない。しかし、何故だか底冷えのするような冷気を感じさせた。

 あまりに頼りない全裸という格好、あるいは社会倫理に反しているという背徳感から、部屋の外という空間で無防備な姿を晒している状況に強烈な不安を感じさせるのだ。思わず縮こまった男性器を隠したくなるような、尊厳を追い詰めてくるようなプレッシャーを感じる。もしもこのタイミングでそよ風が吹いたりしたら、俺は全身が性感帯になったかの如く情けない声を上げてしまうに違いない。

 そうか、世の露出狂の人たちはこんな心境だったのか。特に知りたくなかった事実を知ってしまった気分だ。あるいは、世の女性たちが薄着で外を出歩くのはこういう心理だったりするんだろうか。昨今のファンタジー系ゲームの女性キャラが異様に薄着なのも、そんな理由が裏にあったのかもしれない。……ねーよ。

 そんな割とどうでもよく、割と深刻な現実逃避に身を委ねる事数分。通路で立ち尽くしていた俺は、少しだけ余裕を取り戻した。とりあえず、無駄に局部を隠す必要性は感じない。

 後ろを振り返れば開け放たれたままのドア。勝手に閉まるかと思ったが、予想以上にボロい造りらしい。


「あれ?」


 そこで、俺はある事に気付いた。普通ならすぐにでも気付きそうなものだが、全裸外出という未知に、自分で考えていたよりも精神的に追い詰められていたらしい。

 冷静になって状況を確認してみると、今の俺は何も持っていなかった。いや、元から全裸じゃねーかというツッコミはいらない。装備を着けるのを忘れていますとか、そういう事ではない。

 ……カードがなかった。

 幼女様から貰ったチケットで得た[ カップラーメン ]と[ ボールペン ]の二枚のカードが手から消えてる。しっかりと手に持っていたはずなのに、それが消えていた。

 まさか、と思いつつ、後ろを振り返ってみれば、部屋の中央に放置されたカードが二枚落ちているのが見えた。

 勘違いではない。俺は確かにカードを手に持って外へ出たはずだ。そもそも、アレを景品交換できないかと期待を込めての旅立ちだったのだから、わざわざ置いていく事は有り得ない。……いや、今の俺は普通の精神状況ではないから勘違いかもしれないが。

 とりあえず一度部屋に戻ってみる。最初の探索は通路に一歩出ただけで終了してしまった。

 部屋に戻る事で妙な安心感を感じてしまい、外へ出たくなくなってしまったが、それで体育座りを始めるのも意味が分からないとカードを持って再度外へ出てみる。


「……どういう事なんだ?」


 結果からいえば、非日常に汚染された精神が見せる勘違いではなかった。どうやら、このカードは外へ持ち出せないらしい。

 持って外に出ればいつの間にか部屋に戻っている。試しにカードだけを外に出してみようと持ったまま外へ手を伸ばせば、部屋の敷地から出たところで消えた。部屋と外の境界に触れた段階で部分的に消失していき、手を戻せば元に戻る。カード全体が外に出た段階で完全消失し、部屋の中央へと転送されるらしい。不思議パワーである。

 意味はないだろうが、某アメコミヒーローのように外に向かってカードを投げつけてみても中央に転送されるだけだった。何度やっても同じだ。上手く飛ばせずにムキになって投げ続けたわけでなく、あくまでテストである。


 消える仕組みがどうとか、転送する不思議パワーがどうとか、そういう事は正直どうでもいい。俺に直結する問題は、カードが部屋から持ち出せない事だ。

 景品交換するにも俺がそれを出したという証明が必要なわけで、あのカードはその証明書のようなもののはずだ。アレがなければどうやって景品交換するというのか。

 出したという実績が重要で、カード自体には意味がない? それなら、ガチャマシンに情報を保持していればいいだけで、わざわざカードとして排出する意味がない。まさか、コレクション的な意味があるとでもいうのか。

 ……そもそも、景品交換所が外にあるというのも俺の思い込みだが、アレをモノに替える術が別にあるという事だろうか。分からん。情報が足りな過ぎてお手上げだ。

 まあ、カードを替える術がないのならガチャを回す意味もないわけで、交換するシステム自体はあるのだろう。それには外へカードを持ち出す必要がないという事だ。

 どの道、カップ麺とボールペンだ。これらがモノへ替わったところで、モンスターと戦ったり先へ進むためにはほとんど意味はない。先に景品交換所があろうとなかろうと、結局のところ先に進まないと詰む状況なのは変わらない。無駄な労力を払ってしまった気もするが、おかげで色々吹っ切れたような気がしないでもない。何回もカードを飛ばしたのは無駄ではなかったと信じたい。


 改めて外へと足を踏み出す。なんか行ったり来たりで一向に進まない気がするが、それも終わりだ。


「よ、よし、行くぞ」


 気合を入れるために出した声はまだ震えていた。だが、幾分かは落ち着いてきたと思う。




-2-




 素足のまま降り続ける階段だったが、途中で特に何があるというわけでもなく、ただ長く続いていた。踊り場や折返しのない、ただ斜め下へと一直線に続く階段だ。

 これなら、逃げるために駆け上がるのも無理ではないかもしれない。そんな事態はないほうがいいのだが、無駄に曲がりくねった逃走経路よりはマシだろう。新しい建物に入った時は非常口の確認が重要なのだ。やった事ないけど。

 ゆっくりとした足取りで体感にして一分ほど。数えるのを忘れてしまったが、多分五十段ほど下ったところで出口に辿り着いた。

 そこで俺を待っていたのは[ 拠点 ]よりも大きめのフロアだった。相変わらず何もない殺風景なフロアが広がっていて、奥には更に階段があった。……ついでに、モンスターらしき影もない。

 ゲーム的な思考で考えるなら、入り口の最初のフロアくらい何もないというのも珍しくはないだろう。拍子抜けしてしまったが、何もないならないで構わないのだ。モンスターを倒してチケットを稼ぐ事も重要なのだろうが、今必要なのはこの先に何があるのか情報なのだから。

 そんな事を考えつつ、僅かに心拍数が上がったままフロアを抜けるべく歩き出そうとすると、不意に電子音のような何かが脳内に直接響いた。


[ チュートリアル①-ダンジョンの層を跨いだ移動は一方通行になり、通路が閉ざされます ]


 最初に幼女様が見せたニュースの画面と同じようなウインドウが俺が行く先の宙に浮かんでいて、ご丁寧にもそれを音声付きで説明してきた。しかも、幼女様とは別の声を使ったアナウンスだ。

 チュートリアル……ああ、あの幼女様が言っていたのはそのままの意味だったのか。ここから待っているのはとりあえずシステムを理解させるためのチュートリアルで、会議をやっている間はそれでやるべき事を覚えろと……そう言えよ。

 極めて説明足らずな神様の言葉を補完すべく、説明用のチュートリアルが用意されているのは助かる。なんせ、聞いた事しか答えてくれない神様よりも、必要と思われる事を一通り解説するために用意されたチュートリアルのほうが初心者には理解出来るだろう。こちらは質問しようにも何を聞けばいいのか分からない状態なのだから、ある程度は一方的なほうが飲み込み易い。

 ふむふむ、まずは階層跨ぎは一方通行と……あれ?


「……マジか」


 不安を覚えて後ろを見れば、階段に続く通路が消えていた。触れてみても、そこはただの壁だ。必然的に前へ進むしかない状況に追い込まれてしまった。

 モンスターから逃げるために階段を登る事を検討していたが、それはまったくの無駄になったというわけだ。おそらくチュートリアル以外でもこんな感じで、帰還には帰還用の手順が存在するという事なのだろう。

 はじめから逃げる事ばかり考えてんじゃねーよ、という意思も感じられるが、ここは悩む必要がなくなったと前向きにいこう。決して強がりなどではない。




 僅かに軽くなった足取りで先に向かう。その途中で考えるのは、このチュートリアルの存在についてだ。

 はじめは何もかもが投げっぱなしで、ガチャ引きたいなら外出てモンスター倒せば的な印象しか抱いていなかったが、こうして導入部分とも呼べるチュートリアルまで用意してあるなら話は別だ。

 俺が懸念していた戦闘については、おそらくチュートリアルの最後あたり……もっと手前かもしれんが、そのあたりにあるんだろう。モンスターと戦う事についての拒否感が薄らいだわけでもないが、チュートリアルならばそれまでに必要な事は教えてくれるはずだ。戦闘訓練とかそういう事ではなく、このダンジョンのシステム上での戦いについてだ。訓練させてもらえるなら尚良いが、そこまでは期待しない。あるいは武器や防具を用意してくれるかも……なんて期待したら確実に突き落とされる気がするので、期待は多少マシになる程度くらい留めておくのがベターだろう。

 少なくとも初戦に限ってはダンジョン内で突然発生する遭遇戦、またはアンブッシュは発生しない。そんな不意の事態よりは、戦いですよーと言われて戦ったほうがマシというものだ。


 長い階段を下りて次のフロアへと辿り着いた。今度はなにもないフロアというわけではないが、一応確認のために後ろを振り返ってみると、すでに階段へ繋がる通路は壁になっている。変化のタイミングが分からないが、この分だと物理的に開閉しているというわけではないようだ。まあ、こちらについては今重要な事ではないから置いておく。


「……さて、これはどういう事なんだろうな」


 そのフロアは地面があった。太陽ではないだろうが、人工の光に照らされた芝生と木がフロア内を覆っている。ついでに、奥へと向かう途中にはベンチまで置かれていた。

 そして、その環境の中をちょこちょこ動き回る猫が数匹。奥のほうには兎もいるな。まさか、これがモンスターなのか? いや、そんなはずはないと思うんだが。


[ チュートリアル②-ダンジョン内では様々な環境が構築されます。基本的にはこのリラクゼーション・フロアのように一層ごとに環境が異なる仕様です ]


 再び脳内メッセージが流れる。今度はダンジョン内の環境についての説明らしい。ようするにダンジョンといっても、洞窟や迷宮だけではないですよというだけの話だ。どういう仕組みになっているのか気になるところではあるが、ここを作ったのが神様かその息のかかったものであるだろう前提で考えるなら、なんらかの不思議パワーでどうにかしているんだろう。考えるだけ無駄だ。


「みゃー」


 色々考えていたら、一匹の猫が近くによってきた。

 いきなり襲いかかってくる事も考慮して、一応の構えをとる。とはいえ、戦闘に必要な体勢などさっぱりだから、ちょっと中腰になって両腕を前にポーズをとっているだけともいえるが。第三者視点なら、猫に怯えた全裸成人男性の構図だ。あまりに情けない光景である。

 リラクゼーション・フロアと言っている以上、そういう目的の環境で、この猫はそれを演出するための癒やし的な存在かもしれないが、根本的にはダンジョンなのだ。警戒を解いた瞬間にグサリという事がないとはいえない。

 実際、猫というのは強敵だ。モンスターとしてカテゴライズされる事はないだろうが、現代人、それも成人とはいえ全裸の男が全力でやり合って勝てるかと言われれば疑問が残る。そりゃ、なんでもない家猫を相手に勝てませんなんて言うつもりはないが、しっかりと戦闘行動をとって対峙してくる猫相手なら正直自信はない。猫の全力機動に俺の攻撃は当たるのか? 一方こっちはすれ違いざまに引っ掻かれただけでもダメージだぞ。そう考えると、こいつらはタイガーの親戚なのだという実感が湧いてくる。……恐ろしいやつめ。

 対する猫はといえば、人懐っこい表情で俺が何しているか不思議そうな瞳を向けていた。やめろ、そんな純真な瞳で俺を見ないでくれ。お前が敵かどうか分からないのが問題なんだ。くそ、都会の醜い人間関係に汚された俺の人格が洗われていくようだ。……恐ろしいやつめ。


 結果から言ってしまえば、猫は敵でもなんでもない、ただの子猫だった。

 戦闘態勢でじっとする事数十秒。猫はこちらに飛びかかってくる事もなく、みゃーみゃー言いつつ地面に横になって、こちらに腹を見せてきた。少しずつ近付いていって、首根っこ掴んで持ち上げても暴れる素振りすらない。

 完全に人間に慣れ切った家猫のそれである。初対面の相手に威嚇すらしない、野生を忘れた愛玩動物だ。

 居た堪れない気持ちになった精神ダメージは大きいが、こいつは俺の心をリラクゼーションするために用意された癒やしという事なのだろう。だって、今もベンチに座る俺の周りには猫が大量に屯しているのだ。

 こいつら、久々に自分たち以外の動くものを見たと言わんばかりに無警戒で近寄ってくる。何匹か俺の事を肉球でペシペシ叩いてくる奴もいたが、正直攻撃にもならないじゃれ合いそのものだった。


「あー、癒やされるわー」


 ペット飼う人の気持ちが分かった。そして、アラサー近くなってからペットを飼い始めると婚期が遅れるというOLの気持ちも理解した。ここがなんのために用意された場所なのかはいまいち分かっていないが、そんな事がどうでも良くなるくらい癒やされる。色々折り合いの付けなきゃいけない異性の同居人がいらなくなるのも分かる。

 じっとしているだけで、なんか面白いものを見つけた的な感じで大量の猫と兎が寄ってきて、何をするでもなくゴロゴロしている。撫でるために手を出しても逃げたりせず、むしろ撫でられに来る。もしもここに敵性存在が現れたら、何の抵抗もなく、逃げる事すらせずにやられてしまうのではないかというほどに無防備で、自然の中では生きていけないほどに儚い存在だ。こんな連中を前にして戦闘行動をとろうとしていた自分が情けなくなる。

 思うに、多分家でペットとして飼われてる猫や兎と比べても遥かに無防備なのではないかと思う。それ用に調教されたか、最初から用意されたか、こいつらは他者の庇護なしでは生きていけないペットらしいペットなのだろう。それは、家畜として改良を重ねられ続けた蚕の在り方にも似ている。

 ひょっとしたら、ガチャで当たるというペットはこいつらのような存在なのかもしれない。生命活動の危機に瀕している今考える事ではないのかもしれないが、こんなペットと過ごせるなら、モンスターと戦って荒んだ心も癒やしてもらえるかもしれないと。今後の生活にも多少は期待できるというものだ。

 まさか、ペットの餌を得るためにモンスターと戦う生活が始まってしまうというのか。なんか、ちょっと悪くないかもと思ってる俺がいるぞ。


「……というか、今現在大絶賛生命活動の危機なんだよな」

「みゃ?」


 いや、お前に言ったわけではない。

 くそ、なんて可愛いんだ。手ずから餌とかやりたいが、この身一つなのか悔やまれる。俺は自分の餌にも事欠く状況なのだ。

 強烈に癒やされるし、何時間でもここにいたいというかここに住みたいと考えさせられる環境ではあるが、如何せん生活基盤が整っていないどころか影も形もない状況では長居はできない。

 ここで猫や兎と戯れていても、先に待っているのは餓死だ。動けなくなる前に、先に進んでガチャを景品に替える手段を手に入れなくてはならない。

 万が一、万が一だが、餓死の恐怖に負けて足元にいる兎を食うべく襲いかかる野人と化してしまう可能性だってないとはいえない。それだったら、そこに生えてる木の根でも齧るわと言いたいところだが、人間飢えるとどうなるのか分からないというのが本音である。ピスピス鼻を鳴らしながら、つぶらな瞳でじっとこちらを見つめてくる兎。それを見て、これを縊り殺す事は容易かもしれないが、それをすれば俺の中の色々なものが終わる事を確信した。いや、無理。こいつらと、食料が出るかもしれないガチャのチケット抱えたモンスターだったら、戦う事を選択するね。間違いない。

 それは、ある意味究極の護身だ。一切抗わず、庇護欲を刺激される可愛らしさのみを追求した愛玩生物の究極の形を見た。


 後ろ髪を引かれる思いでフロアを後にする。一匹くらい持っていっても問題ないよなという考えが頭をよぎったものの、俺はまず自分の食い扶持を確保せねばならない上に、もしもこの先でモンスターに殺されたりしたら立ち直れなくなる可能性も考慮して断腸の思いで断念した。持っていけるかの検証もしない。多分無理なんだろうが、万が一持ち出せたら、連れて行きたくなるに決まっているからだ。

 神様の投げっぱなしジャーマンを喰らって荒んだ心を癒やしてくれた小動物たちには感謝してやまない。無事、家に戻る事が出来たらペットを飼えるマンションに引っ越したくなるほどに充実した時間だった。

 ダンジョンの中で何やってるんだろうなという気持ちはあるが、決して無駄ではないと断言したい。




-3-




[ チュートリアル③-ダンジョン内には宝箱が設置してある事があります。危険な罠の可能性もありますが、中にはアイテムが納められています。この宝箱は安全です ]


 お次のフロアで待っていたのはデンと中央に鎮座する宝箱だった。いや、デンというには小さいが、何もない場所にそれだけが置いてある。

 俺はすでにアナウンスが言った以上の危険はないだろうと警戒を解いていた。安全だというのなら、宝箱を開けるにも無警戒だ。チュートリアルなら、それでも問題あるまいと割り切る事にする。これも猫と兎の効果だ。

 宝箱は本体に錠が付いているタイプのもので、この箱の錠は解かれているのが見ただけで分かった。その錠部分をずらしてみれば自動的に開く仕組みらしい。

 そして、中から何が出てくるのかと思えば……カードだ。


[ 女神のブロマイド レア ノーマル/アイテム ]


 思わず宝箱の中に叩きつけてしまった。

 カードに印刷された幼女のドヤ顔が神経を逆撫でしてくる。前のフロアの癒やしが吹き飛んだ気分だった。

 なんだこれは、嫌がらせか。普通、チュートリアルならある程度有用なアイテムか、チュートリアル中に必要になるキーアイテムか、大量にあっても困らない消耗品とかが入ってるもんだろう。これほどまでにいらないと断言できるものはなかなかお目にかかれないだろう。これをモノに交換したいと思えないし、しても大して変わりがない。

 確かに意味はあるんだろう。宝箱からは多分カードで出るのが基本なんだろうなとか、部屋から持ち出せないのにダンジョンでは手に入るというのはそれなりの意味はあるんだろうなとか、そういうメッセージの込められたものなのだろう。

 くそ、ちょっと期待していたところに突然ドヤ顔を見せられてイラっとしてしまったが、別にあの幼女に恨みはない。上手く会話ができなくても、今後の生活をすべてガチャで賄わせようとしていても、突発的な非日常に追い込まれた使徒をロクな説明もなしに置き去りにされても、それ以上に命を救ってもらった恩人ではあるのだ。ここは子供のイタズラと思って、俺が大人になるべきだろう。このカードだってこの先使うかもしれないのだから、黙って持っていくべきだ。

 思わぬダメージを受けてしまったが、カードだけ持ってフロアを後にする。




 そんなこんなでチュートリアルは続く。

 フロア毎に用意されている専用のアナウンスは基本的なRPGのそれと似通っていて、ゲームで体験した事のある者であればすぐに飲み込めるものばかりだった。


[ チュートリアル④-ダンジョンにはランダムで拠点帰還用のゲートが配置されます。この部屋にあるのはダミーですが、チュートリアルの最後には同様のものを設置してあります。また、同様の効果を持ったアイテムなども存在します ]

[ チュートリアル⑤-カードの種類は大きくノーマル、イクイップ、スキル、ユニット、ベースの五つに分類されます ]

[ チュートリアル⑥-カードのレアリティはコモンからはじまり、アンコモン、レア、ハイレア、スーパーレア、ウルトラレア、レジェンド、そしてここに分類されないエクストラの八つに分類されます ]

[ チュートリアル⑦-ダンジョンにはカードを含むあらゆる物品の持ち込みが出来ません。装備品などを活用するには専用の手順が必要となり、そのシステムはチュートリアル終了後に解放されます ]

[ チュートリアル⑧-ノーマル/アイテムと記述されたカードは《 マテリアライズ 》というシステムで物質化する事が可能です ]


 特に体験するようなものもなく、立て続けに情報のみがアナウンスされていく。

 これらすべてが長い階段を下りて移動する必要があったら嫌になっていたかもしれないが、四番目のアナウンスからは直列に並んだ部屋を移動するだけだった。

 それぞれの部屋には簡単な解説用のボードが用意されていて、ゲーム初心者でもなんとなく程度には分かるよう配慮されている。


 物として得られたのは幼女女神様のブロマイドだけだが、得られた情報は多い。


 まず④は、ダンジョンの挑戦は一方通行であり、帰還手段は別途用意する必要があるという事。ダンジョン内の探索で魔法陣っぽいゲートを見つけるか、専用のアイテムを使わないと[ 拠点 ]へ帰れない。ボスを倒したらゲートが出現する、なんて仕様もあったりするのかもしれない。死んだら強制的に戻れるのだろうが、ペナルティがありそうな気がする。ペナルティなくても死ぬのは御免だが。


 ⑤と⑥はカードの分類についてだ。小分類については明言されていないが、想像以上に多く分かれている事が判明した。そして、それらは今後の攻略に大きく密接した情報を多く含んでいる。

 もちろん詳細など分かるはずはないが、分類の名前だけでも装備品は固有のカテゴリとして扱われている事、魔法かなんかのスキルが使えそうだという事、おそらくペットも含むのだろうが自分以外のユニットを得る事が出来そうだという事。ベースは良く分からないが、[ 拠点 ]の改造権あたりがこれなのかもしれない。

 カードのレアリティは数が多い以外は分かる事は少ない。分けて意味があるのかとか、ガチャや宝箱の排出以外に意味はあるのかとか気にはなるが、それだけだ。ブロマイドがレアであったのが一番納得のいかない情報ではある。なんで一番高レアリティなんだよ。


 ⑦は部屋を出る時に判明した事の再確認と、最も重要らしき事に触れられている。武器や防具は装備しないと意味がありません的な意味あいなのか、とにかくカードを何かしらの形で反映しないと持ち出す事ができない。そのためのシステムが用意されているというわけだ。つまり、帰宅の権利については分からないものの、最初のガチャで武器や服が出ても、結局は全裸スタートだったという事である。加えて、この説明だとたとえ[ 拠点 ]で服を着ていようが部屋を出た途端に全裸になる可能性が高い。

 それを考えれば神様が俺を全裸のまま放り出したのも理に叶っていると言えなくもない。絶対に納得はしないが。

 そして、おそらくは⑧もこれに繋がっていて、《 マテリアライズ 》というシステムという文言から、カードの物質化についてもチュートリアル攻略後にようやく可能になるのだろう。

 結局はチュートリアルをクリアしないと何も始まらないというわけである。そして、あの神様は最低でもチュートリアルは攻略する前提で話していたのだろう。服が欲しければガチャを回せばいいじゃないですか、とか言っておきながら、回すだけでは手に入らないのである。運が良くても、手に入るのは服の描かれたカードだけなのだ。

 なんとなく悪意がない事は分かるが、もう少し色々考慮した上で会話を心掛けるべきだと思うんだよな。あまり強く言える立場ではないのかもしれないが、どうにかならないものか。


 さて、これらの情報を踏まえて感じる事がある。

 おそらく、チュートリアルで得るべき情報はもうほとんどないだろう。当然、知らなければいけない事は沢山あるのだろうが、それはシステムとやらが解放されてからになるはずだ。

 ならばこれで終わりかといえば、そうではない。

 次に……というか、最後に待っているのはおそらく戦闘だ。チュートリアルに相応しい微妙に弱い、けれども現在を生きる社会人にとっては決死となるだろう難易度の敵が待ち構えているに違いない。

 そろそろ気を引き締めるべきだ。


 そんな予想に合わせたかのように、俺の行く通路の先にはドアがあった。ここまでは何もなく繋がっていただけのフロアに突如出現したドアは、如何にも何かありますと言っているようだ。

 手をかけるところはあってもノブはない。[ 拠点 ]の出口と同じく押せば開くだろうボロいドアだ。

 俺は少々躊躇しつつも、そのドアに手をかけた。




[ チュートリアル⑨-最後は戦闘体験ですが、その前にここまでの質疑応答を行います ]


 どうやらチュートリアルはもう一つ用意されていたらしい。

 ここまで俺が自問自答をするが如く考察していた疑問に答えてくれるのだという。途中から感じていたが、このチュートリアルはかなり親切に作られているらしい。


 しかし、俺の口からはなかなか質問が出せなかった。

 聞けるのなら聞きたい事は山ほどあるのに、目の前の光景に動揺してどこかへ吹き飛んでしまった。


[ 何か質問はありますか? ]


 問いかけるアナウンス。

 それは、眼の前にいる存在の口と連動して聞こえている。



「いや、なんか言いなさいよ、ガチャ太郎」



 なんか、会議しているはずの神様とは別の幼女が、マイクを持って待ち構えていた。

 ……ガチャ太郎じゃねーよ。俺は加賀智弥太郎だよ。変な略し方するな。







久々に《 マテリアライズ 》しようぜ。(*´∀`*)

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