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第十六話「花」

文明人へと回帰したガチャ太郎だったが、彼に残された時間は少ない。(*´∀`*)




-1-




 正午を回り、《 Uターン・テレポート 》の残り時間が四時間を切った。元々想定していた十二時間だった場合は、すでに発動時間が終了して拠点に戻されていた時間である。

 そんなわずかともいえないが短い残り時間で目的地へ向かう時に限って、何かしらのトラブルが起きるのがお約束というものだが、特に何かが起きる様子はなかった。

 渋谷から新宿などすぐだ。しかも移動経路は、歩くために整備された道でないとはいえ線路である。整備不良などで線路としては十全に機能しないだろうが、二十年で歩行不可能なほどに荒廃するわけもない。これがゲーム……たとえばポストアポカリプスものの世界であれば、障害物などで阻まれたりするのだろうが、そんなものもない。食料や生活必需品を荒らしていた者たちも、ここで何かを破壊する事はなかったらしい。

 そんな散歩気分で移動している最中、隣を歩いていた変態黒マントこと九十九柚子が話題を切り出してきた。


「カガチヤタローのいた世界ってさ、ひょっとして平和だったりするの? ここと似たような世界だったんだよね?」

「多分、お前らのいた世界とは比較にならないレベルで平和だな」


 なんだかんだ言っても日本は世界屈指の治安を誇る国だから、平和と言っても過言ではないだろう。ただ、電車事故のせいで山手線は運休している可能性は高い。利用者としてはかなり不便だろうが、何千人もの被害を出して一週間で再開していたらそのほうが怖い。

 対して、九十九たちの世界は国が国として機能していないように思えた。戦っているのも、もはや国家同士の戦争ではなく、目的を失った世界規模の紛争だ。地名や名残はあるものの、国家機能を失ったそれを日本と呼んでいいのかは判断の難しいところだろう。日本どころか他の国も機能しているか怪しい。


「この世界に人が大量にいて、都市として機能してる様を想像すれば、大体合っているはずだ。二十年で色々変わってはいるが、根本的な部分はそのままだからな」


 みんなスマホ持ってたりするが、1999年だって携帯電話は普及していたはずだしインターネットだって普通にあった。しいて言うなら、公衆電話の有無という景観の違いだろうか。


「戦争とかは?」

「世界規模で見れば色々あるが、国として直接干渉はしていない。とはいえ、色々火種はあるから今後ずっと平和って保証はないが」


 日本海にミサイル打ち込んでくる奴はいるし、領土問題は残ったままだし、中東やアフリカはやっぱり火薬庫だし、南米は経済的に問題有り過ぎだし、スナック感覚で週末暴動している国もあるし、正直インドも怖い。世界規模で見れば中国とアメリカが揉めてるのが一番怖い。そんな各地に緊張を孕んだ中で起きた世界規模のテロと思わしき事故群まで加われば、全然平和な気がしない。

 とはいえ、目茶苦茶になっているっぽい世界と比べれば平和と言っても問題はないだろう。少なくとも、東京でミュータント・ソルジャーと接敵する事など有り得ないどころか想定すらしないのだから。


「んー、ここもだけど、平成に入るくらいまでは同じような感じだったのかなー」

「俺としては、お前らの世界がどうなってんのかのほうが気になるんだが。興味半分、怖さ半分くらいで」

「断片的な事なら話せるけど、お姉様に聞いたほうがいいと思うよ。あたし、戦闘特化であんまりそっちの勉強してないし、上手く説明出来ない」

「……そうしたほうが良さそうだな」


 分かってて私可哀想アピールするあたり間違っても馬鹿ではないが、出生の経緯から想像すれば得意分野でないのも嘘でなさそうだとは思う。隠しているわけでもなさそうだ。

 この子、性知識とかもかなり怪しいと思うし。普通、男にパンツ貸そうとしないだろ。


「あたしもカガチヤタローのいた世界に生まれたかったなー。……平和ならそもそも、ホムンクルスが必要ないか」

「技術的にも倫理的に色々問題あるだろうな」

「あんな状況でもない限りはそうだよねー。結局あたしたちは、お腹減らしながらハゲと戦う日々が運命付けられていたというわけか」


 多分、体毛のないらしいミュータント・ソルジャーの事をハゲと言っているのだろうが、それなら髪の残ってる俺を誤認しないでもらいたいものだ。父親の遺伝子的に不安は残るが、俺はまだ生え際を気にするような年でもないし。……大丈夫、たとえハゲてもガチャなら……ガチャならなんとかしてくれる。


「ただ、本当に平行世界なら、実はお前のお姉様はウチの世界にいるかもしれんな。色々違い過ぎるから確証はないが」

「あー、そうかも。という事は、あたしたちの世界にもカガチヤタローがいた可能性もあるのか」


 いたとしても、そっちはさすがに死んでるんじゃなかろうか。神様の介入のようなトンデモ展開でもない限りは一般人のままだろうし。極端に人間の少なくなった世界で生き延びているとは思えない。

 というか、この世界にもいた可能性はあるのか。……未確認だから、まだいるのかもしれないけれど。

 あとは……神様ってどういう扱いなんだろうな。日本限定だとは言っていたが、平行世界全部の日本なのか、ウチの世界だけなのか。世界ごとに存在しているとなると、実はこの世界にも手が及んでいないという可能性もある。


「それと、飯に関してはそこまで悲観する事はないと思うけどな。さっきも言ったが、そこら辺の放置された畑に生えてるもの食えばいい。調理の問題はあるが、飢えたりはしないだろ」


 手入れされてない分、収穫量は激減してるだろうが、何人かの人間が食うだけならどうにでもなるはずだ。ネコ缶食ってるよりは余程マシな食生活だろう。肉や……魚も厳しそうだが、野菜や穀物は大量に確保出来るはずだ。

 むしろ、食料事情は俺のほうが問題だ。安定はしてきたが、運に依存したガチャに頼っている以上はどうしたって不安は残る。いつでもこの世界に来れるというのなら、その度に飯を食わせてもらうという手はあるが、何もせずに飯だけタカるのは問題だろう。ヒモみたいになってしまう。


「そういえば、お前らって何人いるんだ? お姉様と二人じゃないだろ?」

「こっちに来れたのは十二人。お姉様入れて十三人だけ。あたしは末っ子」

「大家族だな」

「もっといっぱいいたんだけどね。あたしも会った事のない姉妹もいたみたいだし、こっちに来る前の最後の作戦でもかなり戦死してる」


 サラッと言っているが、内容はかなりヘビーな話である。すでに結構感情移入してしまっているから余計にだ。

 確かに戦闘用としてデザインされた人工生命体なら、大量に作られるイメージはあるが、多いから死んでもいいというわけではないだろう。


「ひょっとして、見た目同じだったり?」

「ベースはおんなじだねー。髪型とか服装で見分けられるようにはしてるけど。どの個体もほとんど同じなミュータント・ソルジャーよりは個性的だぞ」

「俺はそいつらを知らんからな」


 その奇抜なコスプレ衣装も区別のためだったりするんだろうか。


「そいつらはみんな新宿に?」

「んーん、ほとんど探索に出てるはず。調査と食料調達がメインで、周辺くらいは確認しておこうって話で。今日は三日目」


 その途中で俺に遭遇したってわけか。……広大な面積と十六時間という時間制限、凄まじい確率を引き当てたな。果たして、どこまでが意図的なものなのか。


「でも、食料調達目的なら、カガチヤタローが言うように都市部から離れたほうが良さげなんだよね。あたしたちは畑とか田んぼっていう認識が頭になかっただけで」

「映画的なイメージでしか想像できんが、核攻撃で荒廃してたとか?」

「どっちかといえば化学兵器の土壌汚染かなー。核攻撃はあったけど、日本は地上全部荒廃するほど飽和攻撃されたわけでもないし。核はどっちかといえば北米と中国」


 想像以上に悲惨な状況だったらしい。人類滅亡待ったなしで、カウントダウンが始まってるような有様だな。


「という事は、食料は工業生産かなにか?」

「あー、そんな時代もあったみたいだね。美味しくはなかったけど、今よりはマシだったってみんな言ってた」

「じゃあ、何食ってたんだよ」

「変異した動物型のミュータントとか? 普通に調理しても食べられないから、ミンチにするの」

「oh……」


 そりゃ、ネコ缶でも美味そうに食うわけだわ。

 最初の同情を誘う方針を続けてるだけかもしれんが、俺のなけなしのパックご飯を分けてもいいかなってくらいには心が揺さぶられている。交渉材料としてとっておきたいところだが。


「料理覚えないとね。お姉様、そういうのは駄目みたいだし」


 現代人としては悪夢のような食事事情を語る九十九だったが、そう口にした時の表情はなんだか楽しそうだった。


「まあ、世界飛び越えて逃げてきたって事は、敵もいないんだろ? なら、一応は安全だ」

「カガチヤタローみたいなのがいる以上、絶対じゃないけどね。ピンポイントでここに来る可能性も低いし、そもそもあたしたちを追いかけてくる理由もないし。そう考えれば、この世界も悪くないのかも」

「とりあえず避難を考えるだけなら悪くない世界だとは思うぞ。なんで人がいないのかとか原因が分からないウチは不安だろうが」

「ほんと、なんで人いないんだろうね。動物も見かけないし、虫もいない。植物はあるけど……」


 そこは、お姉様とやらに期待するところだな。少なくとも、俺に残された数時間では解明出来そうにない。


「そろそろ新宿だが、そういえば何か気をつけたほうがいい事はあるか? 合言葉決めてるとか」

「あたしがいるから大丈夫だと思うけど、警戒はされると思う。多分、一番上のお姉ちゃんが残っているし」

「問答無用で攻撃されたりしない?」

「ないない。そんな好戦的じゃないって」

「どの口が言うんですかね」


 そんな驚愕の事実が散見する話をしつつ歩き続けて、駅を通り過ぎ、特に何もないまま新宿駅へと辿り着いた。




-2-




「さて、ようこそ、カガチヤタロー。ここが、あたしたちの拠点である新宿駅だ」

「見た目普通のホームにしか見えんが」


 駅のホームに入った段階で九十九が言い出すが、ただの駅のホームである。こいつらが改造しているのは駅の一角であって、新宿駅全体が拠点ではないだろうに。

 新宿駅は梅田駅と並んでラストダンジョン呼ばわりされるほどに広く複雑だ。十三人で改造出来る範囲など、その一部でしかないはずだ。


「様式美というか、はじめてのお客さんなんだからって事で」

「分からんでもない。じゃあ、お邪魔しまーすと……」


 九十九に続いて、駅のホームへと上がる。今更だが、普通絶対降りたりしない場所を昇るのは奇妙な感じだ。現代人の感覚だと妙に不安になる。


「止まれ」


 そうやって二人してホームに上がったところで声をかけられた。

 声のした方向へ振り向いてみれば、こちらへ巨大な対物銃らしき武器を突き付けている九十九と同じ容姿の少女がいる。……予想はしていたが、これが姉妹とやらか。

 ポニーテールにボディースーツと方向性は違うものの、コスプレ的な格好をしているのも同じである。


「あーはい、抵抗はしませんよーっと」


 事前に決めておいた通り、俺は大人しく手を上げて降参のポーズをとる。

 というか、銃口を突き付けられてはいても殺意のようなものは感じない。おそらくだが、九十九が一緒にいる事と、全裸でない事がポイントなのだろう。


「ちょっと、お姉ちゃん!」

「拘束もなく、柚子と一緒という事は敵対者などではないようだが、生憎こちらはお客人の事を把握していない。自己紹介願えるかな」

「加賀智弥太郎、二十六歳。神奈川出身のしがない営業マンだ。とある事情で渋谷を彷徨っていたところ、そこの九十九柚子さんと遭遇。そちらの代表に会ってほしいと頼まれてここまで来た」


 事前に想定していたから、銃口突き付けられていても自己紹介はスラスラだ。


「……とある事情とは?」

「俺はこの世界の原住民じゃなく、あんたたちとは別の世界から来た異世界人だ。簡単に証明出来る内容じゃないが、とりあえず妹さんには納得してもらってる」


 ただ異世界人というだけでは説得力は欠片もないが、すでに納得している前例があれば話は別だろう。


「ふむ……そうなのか? 柚子」

「うん。想定してたこの世界の原住民じゃないけど、連れてくるのを優先した」


 少女は納得してくれたのか、その銃口を下ろした。元々、威嚇以外の目的はなさそうだったが。


「どうやら込み入った事情のようですが、説明はしてもらえますか?」


 雰囲気が変わり、口調も柔らかいものに変化する。その所作には終始緩いノリの妹とは違い、経験を感じさせた。


「お姉様とやらにも説明しなくちゃならんだろうから、一緒に話を聞いてもらえるか? 多分、話を聞いても意味不明だとは思うが、異世界人である事は納得出来ると思う」

「私としては、とりあえず敵対者でなければ問題ありませんが」


 どうやら、妹と違ってこのお姉さんは少しサバサバした性格らしい。


「お客さんにいきなり銃口突きつけるとか、失礼ってレベルじゃないんですけどー」

「右も左も分からない状況で油断など出来ないのは分かるだろう? それに、加賀智さんは気にしていない様子だが」

「ミュータント・ソルジャーとやらに誤認されて、いきなり攻撃されるよりは遥かに穏当だと思います」

「げっ!? ちょっ!!」

「……柚子?」


 庇おうとした相手に突然の裏切りをかまされて混乱気味の九十九。最初のやり取りで上手く乗せられた事への意趣返しの意味は少しあるが、概ね事実である。


「どう間違ったら彼をミュータントと間違えるんだ」

「いやその……毛がなかったもんで」

「……普通に生えてるように見えるが」

「ちんちんの毛とか」

「お前は何を言っているんだ」


 ほんと、何言ってるんだよ。お前、そのちんちんを認識してなかったじゃないか。


「まあまあ、誤解という事で双方納得済なので、妹さんを許して上げて下さい」

「加賀智さんの寛大さに感謝するんだな。どちらにしても反省会決定だが」

「うわーん! カガチヤタロー汚ねーーっ!! 言わないでって言ったのにー!」


 上手く説明出来ない柚子をハメた形になるが、幾分か気が晴れた。上手い事擁護してくれとは言われたが、返事した覚えもないしな。ともあれ、これで少し発言しやすくなっただろう。


「それで、お姉さんのお名前を伺っても?」

「ああ、失礼。私は九十九待雪。こちらに来た姉妹の中では最年長にあたります」


 出自を考えるなら同じ名字を名乗るのはおかしくないが……変わった名だな。柚子は普通なのに。

 知り合いにキラキラネームやその一歩手前のような名前はいるが、あまり聞かない響きだ。どちらかといえば男性っぽい。


「私の名に何か?」

「いや、変わった名前だなーと」

「人数が多いから名付けが面倒だったのでしょう。とはいえ、この名は待雪草……スノードロップの事でもあるから、女性らしいとは思っています」

「……柚子もそうだが、花の名前だったのか」


 確かに、一人二人ならともかく何十人もいたんじゃいちいち名前を考えるのは厳しいだろう。知り合いのサーバーエンジニアも似たような感じで星の名前をIDに使っていた。そういう意味なら、数の多い花は女性名としては妥当かもしれない。


「私たちの出自については聞いてますか?」

「ホムンクルスって名前の人工生命体って事は聞いてる」

「それなら話は早いですが、お姉様……私たちを創り出した者の名が九十九花なので、そこから付けたのでしょう。安直かつ妥当で、関連性があり、分かりやすい」

「なるほど」


 お姉様が花そのものなのか。花という名前も現代ではなかなか聞かない名前ではあるが、そう聞けば極めて妥当なネーミングである。


「じゃあ、早速だけどそのお姉様……花さんに会わせてもらってもいいかな」

「はい、案内します。先ほど連絡した際に返事はなかったので、直接面会してもらってもいいですか?」

「構わない」

「コノ裏切り者め、ていやっ! ていやっ!」


 そのまま待雪についていこうとしたら、後ろから貫手を連打された。鍛え抜かれた筋肉のガードを抜いてくるあたり、ホムンクルスの力が窺える。




-3-




 面会といっても、彼女たちもこの世界に来て間もない以上、応接室などが用意されているはずもない。

 建物は基本的に無事だが、二十年降り積もった埃を掃除するのは手間なのか、拠点として使っている場所とそこに続く通路以外はほとんど手つかずらしい。

 案内されたのもベッドと敷居が置いてあるだけの簡易的な基地だった。一応、カーテンで仕切られているが、九十九花はその向こう側で就寝中らしい。つまり寝室である。

 起こすのは二人に任せる事にして、俺はどこか別のところから移動してきたらしいソファに腰を下ろす。……寝てるなら部屋の外で待ってたほうが良かったかも。


「おねーさま、起きてー。お客さんだぞー」

「んぅ? ……なんで柚子が? というか、まだ昼過ぎじゃないかー。夜まで起こすなって言ったのに」

「すいません。ちょっと事情が変わってしまって」

「あれ、待雪……という事は、この柚子は変装じゃない?」


 カーテンで仕切られていると誰が誰だか分かり辛い。内容から判断する事は出来るが、こいつらみんな同じ声だから一人芝居に聞こえてしまう。


「というか、お客さんとか……散々探知していないって判断したばっかりじゃないの。嘘吐くなや」

「それが渋谷にいたんだよ。ちんちん付いてるから、めっちゃビビった」

「あーはいはい、ちんちんね。……んなわけねー。大体なんで付いてるって分かるのよ。パンツ下ろしたんか」

「男性器の有無はともかく、男性ではありましたけど」


 人のちんちんネタにして会話を進めないで欲しい。お姉様はともかく、あいつら俺がここにいる事を忘れているんじゃないだろうな。


「というか眠いんだけど……一時間しか寝てないのにー」

「そんな事を言われても、相手はもう待っているので」

「何、本当に誰か来てるわけ? これで前みたいにマネキンだったりしたら、お仕置きだからね」

「それをやったのは私ではありません」

「お前ら見分けつかんのじゃー! ああもうっ、で、どこで待ってるわけ? そのちんちんさん……は」


 文句を言いつつカーテンから出て来た女と目があった。

 オリジナルという事だから、柚子や待雪よりも年上の女性を想像していたのだが、現れたのは寝間着姿で髪を下ろした……二人よりも更に幼く見えるローティーンだった。パッと見、中学生くらいにしか見えない。


「な……な、な」

「どうも、ちんちんです」


 開き直って自己紹介してみた。


「う、ウワーーーーーーーッッ!! な、ななななななな……なんじゃワレーーーっ!!」


 同じ部屋にいると思っていなかったのか、めっちゃ過剰反応である。思わず、こっちが素になるくらい。


「だ、誰だっ!? なんでここにいるっ!! こ、怖くなんかないぞっ!! 待雪、柚子っ! 排除だっ!!」

「排除と言われても」

「カガチヤタローはミュータントじゃないよ」

「んなの見れば分かるわ! というか、なんでだ。誰だ、お前! なんでここにいる!?」


 えらく威勢のいいセリフだが、待雪の後ろに隠れながらでは格好がつかない。こうして見ると、背も小さいのか。


「私は営業マンの加賀智弥太郎と申します。本日は九十九花さんに紹介したい商品が御座いまして、足を運ばせて頂きました」

「い、意味が分からん」

「今回ご紹介させて頂きたい商品はこのエネマグラ。私はいらないので、是非押し付けさせて頂きたく」

「押し売りかっ!? というか、エネマグラってなんだよ! 意味分かんない!!」


 前もってマテリアライズしておいたエネマグラを差し出すが受け取ってもらえない。引き籠もりと言っていたから小粋なジョークで和ませようとしたんだが、エネマグラそのものを知らなければ意味がなかった。

 仕方ないので、ソファー前のテーブルへ置いた。


「出会い頭の小粋なジョークはこの辺にしておいて」

「お、おお……小粋?」

「九十九さんたちとは別の世界から迷い込んだ異世界人の加賀智弥太郎です。渋谷で柚子さんに遭遇したところ、ここに連れて来られました」

「……どうしよう、説明されても意味が分かんない。ひょっとしてこれは夢?」

「現実だぞー、お姉様」




 そんなこんなで、まともに会話出来る状態まで落ち着かせるのに数十分。姉妹二人とは比較にならないほどの時間をかけて、ようやく話を始める事が出来た。

 警戒を解いたわけではないが、すでに口調に怯えや混乱はない。コミュ障と言っていたからもっとひどいと思っていたが、そこまででもなかったらしい。ひょっとしたら小粋なエネマグラ効果かもしれないが。


「……え、えーと、それじゃ何? あなたは、こことも私たちの故郷とも違う日本から来たと? 追ってきた刺客とかじゃなく? どんな偶然?」

「元々君たちと無関係ってのは間違いない。創作以外でミュータントなんて見た事ないし、つい一週間前までは普通に東京で仕事してたし」


 そんなわけで、ここまで柚子に話した内容を改めて伝えてみた。しかし、自分で言っていても意味不明な経緯だ。体験している本人でなければ何言っているのか分からない。


「……で、数時間後にはいなくなるけど、とりあえず顔繋ぎに来たと」

「それで間違いない。今後、手助け出来るかどうかは分からないが、俺としてもこの世界がなんなのかの情報は欲しい。それで柚子さんに花さんを紹介されたというわけだ」

「あ、ああ……まあ、柚子の判断は間違ってない……かな? それ以外が色々間違ってる気はするけど、柚子だし」

「なんか馬鹿にされてる気がする」


 そのままズバリ馬鹿にされているんじゃないだろうか。

 実際、こうして顔を合わせる必要はあったと思う。渋谷で言ったように、写真などを残して柚子に説明を任せるにも納得し辛いだろうし、どうしてもフィルターがかかってしまう。


「まあ、ともあれ情報交換からだな。この世界について、分かってる事だけでも教えて欲しい。情報の対価はおいおい決めるとして」

「と言っても、私たちだってここに来て数日だから、大した事は分からないんだけど」

「それでも、昨日この世界に来た俺よりは知ってんじゃないか? 人数だって違う」

「うーん、まあそうかも?」


 俺のように時間が決まっているわけでもなければ、本屋で書籍を漁ったりはするだろう。そうでなくとも、調査の対象は多いはずだ。


「とりあえず、残ってた書籍から色々確認したんだけど、まず、この世界では第四次世界大戦どころか、第三次大戦に相当する戦争も起きてないっぽい」

「…………え?」


 突然投入された破壊力抜群のパワーワードに脳が停止しかけた。……第四次?


「まあ、びっくりするよね。でも、これだけ建築物が無事な理由としては納得出来る話ではあったんだよね」


 そんな俺の反応を見て、花は『この世界で第四次大戦が起きていないらしい事』に驚いていると判断したらしい。おそらくは彼女……彼女たちにとって、それは起きていて当然の出来事なのだ。情報交換はいきなりの大失速である。


「いや、そういう事ではなく……え、いきなりだけどちょっと待って? お前らの世界って第四次大戦とかやってるの? スパロボの話とかじゃなく?」

「すぱろぼ? 世界大戦の事なら第四次が最後で、その後に起きてる戦争は第五次って呼んでる人もいたみたいだけど、定義付けはされてないかな」


 やべえ。断片的な情報から想像していた以上に末期感漂う世界だった。どんだけ戦争好きなんだよ。第二次で懲りとけよ。あまりに歴史が乖離し過ぎていて、これでは比較して分かるのは九十九たちがいた世界が如何にこの世界や俺の世界と違うかという話になってしまう。


「ひょっとして加賀智さんの世界もそうだとか?」

「……そうだな。第二次以降、世界大戦って呼ばれる規模の戦争は発生してない」

「ええ……何がどうなったらそんな事に……」

「いや、むしろ俺が聞きたいわ」


 お互いの世界が歩んできた歴史を常識として考えているから、違和感がとんでもない事になっている。

 直接関係ない事ではあるが、このままでは話が進まないとちょっと詳しく聞いてみれば、それはそれで悩ましい事実が判明した。


 まず前提として、九十九たちの世界でも第二次大戦までは概ね同じ歴史を辿っているらしい。微妙なズレはあるようだが、それでも大きな乖離はしていないようだ。分岐とも呼べる違いが生まれ始めたのは第二次大戦後。複数の……特にアメリカが関与していた事件において、わずかな違いが生まれている。朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、キューバ危機、そして冷戦。その積み重ねによって、合衆国の発言力が低下し、世界の警察を担う力を失った。ソ連やユーゴは崩壊せず、世界は奇妙な均衡を保ち続ける。

 結果、拡大・膨張した軍事力が行き場を失い、第三次世界大戦が勃発。これについては一応の終息はするものの、大量の核兵器が投与された被害は次の戦争の火種となる。国際条約が拘束力を失い、世界各地で始まった紛争はやがて第四次大戦へと繋がっていく。他国を蹂躙するために手段を選ばず、国際社会の体面すら投げ捨てた戦争は最低限の倫理観すら失い、禁忌と呼ばれるような兵器開発へと向かった。

 日本は第三次、第四次ともに直接参加はしなかったらしいが、そこまで狂った世界において無関係でいられるはずもなく、容易に国家機能を失ったらしい。ミュータント・ソルジャーについても、それを使って日本と戦っていたわけではなく、ただ実験場に使われたのだという。

 ホムンクルスやミュータントの情報から異様に科学技術が発達した世界と認識していたが、それは倫理観を投げ捨てた科学者が生み出したものなのか。あるいは、まったく別の要因が存在するのか。

 表に出ていないだけでもっと重要な分岐点が存在したのかもしれないが、基本的にはわずかな違いが生んだ結果だ。あまりにも悲惨な世界は、一歩間違えただけで俺の世界が歩んだかもしれない未来だった。


「そんな世界から私たちは逃げてきた。何よりも欲しかったのは安全だから、それは手に入れたのかもしれないけど、こっちはこっちで意味不明な怪奇現象が起きているっぽい……とそんな状況」


 真っ当な人権意識を持っているなら、何がなんでも保護しなきゃと思わせるようなハードな境遇だ。


「……それなら、俺の世界のほうがこの世界に近いだろうな。歴史の専門家じゃないから詳しくは説明出来ないが、大きな違いから言うと……」


 九十九たちの世界との差異を重点に、今度は俺の世界の歩んだ歴史について伝える。


「……なるほど。確かにそっちのほうが近そう。1999年までほとんど同じ道を辿ったように感じる。でも、心当たりはないんだよね?」

「ないな。恐怖の大王がどうたらって話はあったが、特に大きな事件もないし。こっちは2020年まで普通に社会が続いてる」

「こっちとしては安全でありさえすればいいわけだから、何があったのか調べるのは必須じゃないんだけどね。加賀智さんの言うように、食料は確保出来るだろうし。ただ、安全かと思って住んでたら、何かに巻き込まれましたじゃ泣くに泣けない」


 良く分からないまま放り出された俺と違って、九十九たちは切実な問題だよな。


「何が出来るか分からないし、そもそもお前らに必要あるのかも分からないが、とりあえず協力は確約する」

「え、いいの? まだ何も決まってないような状況だけど」

「お互い切羽詰まってどうしようもないって状態じゃないし、今の話聞いて無関心を貫き通せたら逆にすごいと思うぞ。騙す必要があるような情報もないだろうし」


 ここで関係ないねと割り切れるほど人間擦り切れていない。同情を誘う柚子の方針は間違ってないだろう。


「それは助かるけど、加賀智さんは何か協力出来そうな事はあるの? 正直、今のところこっちから出せそうな対価はないんだけど」

「パッと思いつくのは物資提供くらいかな。さっきのエネマグラみたいに、いらなくなったモノを回す事は可能だ。もちろん、また来れるって前提で」

「そういえば、何コレ?」

「……一種のマッサージ器だな。俺には間違いなく不要だから、試供品として差し上げます」


 まあ、こいつらにも不要だろうが。前立腺ないし。


「柚子には説明したが、簡単に言うと俺はこうしたカードを物質化出来る力がある」


 ウインドウを出し、その中からカードを一枚取り出すと案の定驚かれた。何故か柚子は誇らしげだが、他二人は目を見開いている。


「《 マテリアライズ 》」


 そして、そのカード……< ミネラルウォーター 500ml >を物質化して目の前のテーブルへと置いた。


「え、ちょ……何ソレ? ま、魔法?」

「よく分からんが、似たようなもんだ。仕組みは俺も良く分かっていない。それも試供品代わりに提供しよう」

「ど、どうも……」


 花はペットボトルを手にとって色んな角度からマジマジと観察を始める。


「……新しい。賞味期限が切れてない。加賀智さんの世界で作られたものって事?」

「すまんが、それも良く分からない。それ、ガチャから出たものだし」

「……私たちの世界とか、この世界とか、比較にならないくらい意味不明な状況に置かれてない?」

「否定はしない」


 生活基盤を確保するのが第一だったから仕方ないのかもしれないが、俺を取り巻く環境について、未だ分かっている事は少ない。


「これには一つ問題があってだな。カードの形でないと持って拠点から出れないし、逆も出来ないんだ。つまり、こっちから物資を持っていけない以上、それは対価にならないという事で……九十九?」

「……え?」


 今後必要になる対価についての話を始めようとしたところ、九十九花の様子がおかしい事に気付いた。

 その視線は俺ではなく、ウインドウのほうへと向いていて……。フリーゾーンの一番上には< ごはんパック6個セット >が……。

 ……俺は無言でウインドウを消した。


「……ごはん」

「見間違いだ」

「いや、めっちゃごはんって書いてあったし!」

「残念ながら電子レンジでチンしないと美味しく食べられないから、これはまた別の機会にって事で」

「発電機あるから! 待雪! 柚子! 電子レンジ探してきて!!」

「承知しました」

「あ、ちょ……」


 命令されて即座に部屋から出ていった二人を止める事は出来なかった。というか、声をかけても止まる気がしない。

 なんてこった。まさかこんなミスをしてしまうなんて……。くそ、そんな目で見るんじゃねーよ。


「……この貸しは高くつくからな」


 確実に押し切られる未来を想像し、俺はそう言う事しか出来なかった。




-4-




 あまりに手痛い出費となってしまったが、長らくまともな米など口にしてないであろう九十九たちの執着も理解出来てしまった。

 あっという間に用意された電子レンジで温められたご飯の臭いは、確かに抗いがたい魔性のものだ。


「おぉ……おお」


 九十九花はガチ泣きしていた。無理やり提供させられたこちらがドン引きするくらいの感動である。

 ただ放出させられるだけでは敵わんと、彼女たちが確保していた缶詰を放出させ、なし崩し的に食事タイムへと移行する。……温かい飯とおかずという、久々に人間らしい食事になった。

 湯沸かしポットも持ち出してきたので、ここまで来たら使ってしまえと< インスタント味噌汁 >も大奮発だ。もちろん、食うのは俺だが。というか、この世界にもコーヒーなどの粉モノは結構残っているっぽい。

 拠点で食う場合、温める事が難しかった事を考えれば、これも一つの利点であると、無理やりポジティブに考える。

 ……ヤバいな。数食分のカロリーを確保出来るパックご飯がなくなった以上、食料的な余裕がない。戻ったらすぐに確保しないと。

 俺もちょっと泣きそうだった。


「どうしよう……めっちゃ美味いけど、どうやって対価払えばいいのか不安になってきた」

「俺も考えてはみるが、最低限この世界の調査だけは継続してほしいな」


 俺がこの世界のモノを持ち帰れるならいくらでも選択肢はあるんだが、カード化出来なければあまり意味はない。


「手に入るかは別として、加賀智さんはなにか欲しいものはないの?」

「ガチャチケット」

「がちゃ?」

「俺の拠点に直結してるダンジョンでモンスターを倒すとチケットが手に入る。チケットを使ってガチャを回すと、ランダムで色んなもんが出てくる。ご飯もエネマグラも、この世界に移動するためのカードも全部ガチャ産だ」


 流れ的にちょうどいいと、俺の拠点やガチャ、ダンジョン、そして神様について話してみる。上手く伝わる気はしないが、そこはあまり期待していない。最低限、カードを手に入れるのに必要な手順があるという事を教えないと、また変な出費を強いられる可能性があるからだ。


「……良く分からないんだけど、神様がいるって事?」

「神の定義はともかく、そういう超存在がいるのは確かだ。日本の神とは言っていたが、この世界の事やお前らの世界について把握しているかは怪しい」

「その神様にお祈りでもすれば助けてもらえる?」

「奴らが何を糧にしてるか知らんが……どうなんだろうな」


 動画実況者になりますって宣言すれば、二号は助けてくれるかも。問題は、ここが奴らの権能の届く範囲かどうかってところか。


「そっかー、だからカガチヤタローはそんなに鍛えてるんだ。平和だって言ってたのに、なんでだろーって思ってた」

「お前の攻撃避けるのにも必死だったけどな」

「むしろ、戦闘用に調整されてない人間が回避出来るのがおかしいんだけど。それで警戒度上がったし」


 でも、避けなかったから首チョンパされてたんだぞ。


「でも、戦闘必須な環境っていうなら、お姉ちゃんに訓練してもらうとかどうかな。こういうのも対価になる?」

「訓練?」


 そりゃ、完全に我流よりも体系立った技術が学べるなら、そちらのほうがいいに決まっているが。

 しかし、目の前の九十九花はどちらかというとインドアタイプ……というか、強そうな感じがしないというか。


「あー、お姉様ではなく、待雪お姉ちゃんね。そっちのお姉様はウンチだし」

「ウンチ言うな。遺伝子レベルで調整入ったあんたたちとは違って、こっちはただの人間なんだから、これが普通なの。……どう? 待雪」

「やれと言われるならやりますが……本人のやる気次第ですね」


 対価と言われて特に思いつかなかったが、戦闘技術に関する指導を受けられるならアリかもしれない。

 聞いてみれば、待雪はほとんどの姉妹にとって師匠にあたるらしい。それも、格闘だけではなく武器術もこなせるオールラウンダーだとか。

 残り時間も一時間程度になった段階だが、最後に手合わせをする事になった。一時間指導を受けたところでどうにかなるようなものでもないが、動きを見る事で現時点での能力を把握し、次回以降のメニューを作ってくれるらしい。


 そんなわけで、駅近くで比較的開けた場所へと移動する。というか道路だ。

 下がコンクリートなのは危険なのではとも思ったが、良く考えたらいつも戦っているのは石造りの迷宮なのだから関係ない。待雪も極力危険な攻撃はしないと言っていたし、問題ないだろう。

 道路の中央部に少し離れて対峙する俺と待雪。花と柚子は駅の建物から見学している。


「では、好きなように動いて下さい。手段は問わないので、そこら辺のモノを武器にしても構いません」

「じゃあ、遠慮なく」


 ウインドウを開き、< ゴブリンの蛮族棒 >をイクイップゾーンにセット。俺の手にいつもの感触が出現する。

 待雪は一瞬だけ怪訝そうな表情を見せるが、すぐに構えをとった。あちらは武器を使わないという事なのだろう。

 半身で構えるその姿は、俺の知識の中ではボクサーのそれに近い。とはいえ、対ボクサーの対策など知るはずもなく、ただジャブは速そうだなと思う程度だ。散々殺し合いをしてきた身ではあるが、武術に関しては俺は素人同然なのである。


「お好きなタイミングでどうぞ」


 そんな素人が何か小細工しようとも意味はない。隙を窺おうにも、そんな観察力すらない。そもそもこれはただの訓練の前段階だ。だから、全力で正面から当たる事にした。


「うおおおおっ!!」


 戦闘経験のない俺だが、基礎の身体能力に関しては人間を逸脱し始めている。その瞬発力から生み出される初動のスピードは、数少ない俺の武器とも言えるだろう。

 加速の中で待雪と目が合った。明らかに反応している。しかし、その場を動く事なく棍棒を待ち構えていた。余裕で対処出来るという自信なのだろう。

 つまり、避けられる事を考える必要はない。俺は全力で棍棒を待雪の肩口目掛けて振り降ろした……つもりだった。


「な……」


 掌で受け止められた。周りから見ればそうとしか思えない光景は、当事者にとってはまったくの別物だった。

 全力で振り抜いたはずなのに手応えがない。勢いが完全に殺されている。物理法則を無視したような現象は、正に今の俺に足りない技術という事なのだろうと思い至った。

 そしてそのまま棍棒ごと投げ飛ばされる。かつて経験した事がないような浮遊感で、着地し辛い体勢になるよう崩しを加えられて。

 宙に舞った俺は全身の筋力で以て体勢を整え、辛うじて着地に成功した。


「っ!!」


 普通ならば筋肉が断裂しかねない力技だ。追いかけるようにして全身に伝わる痛みに顔が歪む。

 やべえ。強いのは分かっていたが、なんだこの意味不明な強さは。どんだけ差があるか分からんぞ。しかし、これが実戦ならともかく、指導を受ける相手となれば心強い事この上ない。


 全身に走る痛みで足が止まったところへ、待雪が肉薄してきた。その姿に焦りよりも先に感嘆を覚えてしまう。

 単純に距離を詰めたとか、移動速度だとかではなく、呼吸の妙だ。まるで俺の全身の筋肉が見透かされているかのように、動けないタイミングを見計らうように距離をゼロにされた。

 続けて放たれるジャブ。おそらくは速度も威力も手加減されたそれは、閃光の如き速度で俺の至るところへと打ち込まれた。

 あまりの速度と精度に何も出来ない。ただ速いというだけでも反応が間に合わないのに、一手一手で筋肉の連動動作を阻害してきている。

 そうして、完全に動きを止められたところで更に距離が詰まる。放たれるのは肩口からのタックル。俺はほぼ無防備な状態でそれを受け、香港映画か何かのように吹き飛ばされた。

 トラック事故か何かのように、道路に削られながら転がる中で、俺は待雪とのあまりの実力差に笑いが込み上げてきていた。

 ただただ強い。しかも、待雪は決して人外の身体能力を見せつけているわけではない。あくまで人間でも可能な範疇の技術で以て俺を圧倒しているのだ。

 転がった先にあった看板を巻き込みつつ、建物に激突してようやく勢いが止まる。


 ……大丈夫だ。まだやれる。待雪の手加減が上手い事もあるが、何よりここで終わらせてはもったいない。メニュー作りのための手合わせとは言ったが、これはそのものが最上級の指導だ。

 追撃はない。ダメージの蓄積した体に気合を入れて立ち上がる。……さて、俺はあと何手保たせられるかな。


 そんな事を考えながら、距離の離れた待雪を見据え、棍棒を構える。

 ……その瞬間だった。



『ちぇいやーーーっ!!』



 謎の掛け声が響いたと思ったら、次の瞬間、待雪の姿がどこかへ吹き飛んでいた。

 あまりの突発的事態に呆然と状況を見守る事しか出来ない。なんの脈絡もなく柚子が乱入してきたのかとも思ったがそれは違う。

 待雪の代わりにその場に立っていたのは、あまりに見覚えのある幼女の姿だった。


『危なかったわね、ガチャ太郎! 助けに来たわっ!!』


 ……いや、何やってんの、こいつ。






里帰りにエネマグラ持ってきて何に使うつもりだったのか。(*´∀`*)

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(*■∀■*)第六回書籍化クラウドファンディング達成しました(*´∀`*)
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