Prologue「女神様を殴りたい」
|∀`*)
-1-
それは強烈な日差しが降り注ぐ日の事だった。
営業なんてやっているとある程度は慣れるものだが、その日は特に暑く、今年何度目かの最高気温を記録していた。
太陽は俺たちに恨みでもあるんじゃないかというほどに強く自己主張し、容赦なく体力と水分を消耗させていく。簡単に言ってしまえば超暑い。
「あっちーっスね。乗り換えするだけでもう汗ダラダラなんですけど」
駅の構内は空調が効いていたので一時的に楽にはなったのだが、ここが高架駅である以上、ホームに出れば容赦ない熱気に襲われる。
せめて地下鉄ならマシなのにと思うが、会社の位置的にどうしようもない。電車を待つ間、隣に立つ後輩は愚痴ばかりだ。正直もう少し膨らみやすい話題でも振ってくれればとも思うが、どちらかといえばそれは俺の役割だろう。一応ではあるが、先輩だし。
「地元でも営業やってたんだから、慣れてるんじゃないのか?」
「あっちじゃ基本車でしたしね。どこの客先行くにも電車でいいって聞いた時、スゲー楽そうって思ったんですけど……甘かった」
「地方に行った時はタクシー使えるんだけどな。それはそれで面倒なんだが」
ウチの営業先は大体都内に集中している。場合によっては地方にある支社を訪問する事もないわけではないが、比較的珍しい部類だ。
「加賀智さんは地元東京でしたっけ?」
「神奈川。ここからだと近いな、ドアtoドアで二時間もかからない」
「それだけ近いと、実家通いとか出来そうですね」
「無理じゃないだろうが、想像するだけでしんどいなー。一人暮らしの面倒臭さはあっても、通勤時間は減らしたい。実家からだとめっちゃ混む路線だし」
俺もこの後輩も何を話せばいいのか分からず手探り状態なので、自然と無難な世間話になる。
同じ部とはいえ、チームが違えば交流は皆無に近い。病欠者のピンチヒッターでもなければこうして一緒に出歩く事はなかっただろう。もう少し慣れていれば一人でも問題なかったのだろうが、そこは新人だから仕方ない。
ホームへと到着した電車に乗り込むと、ようやく楽になった。しばらくは文明の利器の恩恵にあずかれる。俺、現代人で良かったわ。
「加賀智さんは結構ゲームとかするって聞いてるんですけど」
車内でも後輩との雑談は続く。当たり障りのない世間話よりは僅かに踏み込んだ趣味の話だ。
部内の誰かから俺の事を聞いていたのかもしれない。それ自体特に隠しているわけでもないし、触れられて恥ずかしいものでもないから話題として挙げる分には問題ないのだが……残念ながら俺のプレイするジャンルはあまり一般的ではない。如何にもスマホでソシャゲやってます的な雰囲気を出す目の前の後輩と趣味が合う気がしない。
「ああ、就職してからプレイ時間は激減したけど、休みは大抵何かやってるな」
「通勤時間にはソシャゲとか?」
やっぱりである。最近、ゲームの話題はそればかりだ。
「話のネタ程度にいくつか手は出したけど……どうもアレって慣れないんだよな。特にほら、ガチャとか。職場で時々耳に入るのもそんなんばっかりだから、話題についていけない。特にゲームの評価がガチャの排出率で決まるとか、何言ってんだって感じ」
レビューサイトに『ゲーム自体は面白いけど、レアが出ないんで評価マイナス2で』とか書かれてたのを見た時は目が点になった。そんなのが大半とは言わないが、ストアサイトのレビューを見て多く見られるのも事実である。
通販サイトの、商品内容に触れない評価に通じるものがあるな。
「えっと、レトロゲーが好きとか?」
「いやいや、俺がプレイするのは基本的に新しいもんばっかりだぞ。FPSにRTS、戦略シミュレーション、RPGもだな。ただ、洋ゲーが多いから話通じる相手がいない」
世界的に見ればかなりの数がいるのだろうが、リアルで遭遇した事がない。ゲームといえばソシャゲ、もう少し踏み込んでもせいぜい携帯機、据置機のユーザーすら最近では少なくなってしまった。本気で仲間を探したいなら、ネット上の掲示板かオフ会を狙うしかない。学生時代似たようなジャンルに手を出していた友人たちも、環境の変化……特に結婚を境に一切その手の話題が出なくなってしまった。いや、そもそも会う機会すら激減しているか。
もし、営業先で同志に出会う事があれば、もう少し仕事が楽しくなりそうなんだが。
「あー、俺もそうっスけど最近スマホばっかりですからね。ダチでも結構家にゲーム機ない奴とかいますし。年代の差っスかね」
「俺、お前と二つしか違わないんだけどな」
年寄り扱いはやめてくれ。最近、ちょっと気にし始めてるんだから。
「そういうのって敷居が高い気がするんですよねー。ほら、一見さんお断り的な?」
「まあ、分からなくもない」
まずゲーム機とソフトを購入して起動させるにもテレビに接続してと、開始前に必要な作業が多過ぎる。PCを普段使いしているなら多少はマシだが、手軽かと言われると疑問だ。
その点スマホは気軽さでは群を抜いている。なんせ、基本的には電話であるわけで、改めて環境を整える必要がない。基本無料のゲームアプリをダウンロードすればすぐに開始できる気軽さは驚異的なアドバンテージだろう。
「俺に言わせりゃ毎月何万もガチャに注ぎ込んでる奴らの方が廃人だがな」
「つい使っちゃうんですよね。俺もこないだのイベントであまりにピックアップが出なくてつい追加を……。でも、大半は無課金じゃないですかね」
「無料で母数が増えてるのがでかいんだろうな。たくさんいれば中には課金する奴もいる……ああ、目の前にいたな」
「いやー、普段は無課金の範囲内なんですけどね。期間限定イベントで、貯めてた石全部持っていかれるとね」
基本無料でアイテム課金というスタイルは反則気味に親和性が高い。据え置き機で有料ダウンロードコンテンツ出すのと大差ないはずなのに、それが当たり前であるから受け入れられている。
「あと、全部同じに見える。時々新しいシステムのが出てきても、すぐガワだけ違うやつがでて氾濫するだろ」
「あるある、ですね。俺もやってるゲームに飽きて違うのに手を出したら、すげえデジャヴ感じた事が何回か……使い回してんのかってくらい似てるのもあるし。インストールで実績ボーナスもらえるゲーム起動したら、UIがほとんど同じじゃねーかって事も……」
「わざとやってるのかもな。というか、実は中の人が同じだったりとか」
「まさか」
本当にどうでもいい会話だった。今はまだ手探りだが、慣れてくれば同じ部署のメンバーとしてそれなりに話をするようになるだろうと思わせるような普通の会話だ。
しかし、それが最後の会話になるとは、まさか本人も思っていなかっただろう。
その時、何の前触れもなく世界が揺れた。
-2-
「ぱんぱかぱーん。おめでとうございまーす! あなたは栄えある私の使徒第一号に選ばれました!」
妙に甲高い声で目を覚ますと、そこは石で出来た部屋だった。視線を上げると見覚えのない幼女がこちらを覗いている。
夢と思いたいところだが、全身から伝わってくる気怠さはあまりにもリアルで、少なくとも夢ではないのだろうなと理解させられた。
……それを理解したところで状況が飲み込めるはずもないのだが。
「こ……こは?」
「[ 拠点 ]です」
簡素な返答はあったが、幼女からそれ以上の説明はない。聞けば答えてくれるようだが、自発的に状況説明をする気はないのかもしれない。
「俺は一体……」
「あれ、記憶喪失ですか? ちゃんとできたと思ったんだけどな」
……ちゃんとできたってなんだ? 記憶は……多分はっきりしてる。自分が誰か分からなくなったわけじゃない。
「いや、そうではなく。……俺はなんでこんなところに」
確か、客先からの帰りで電車に乗ってたはず……。いや、はっきり覚えてるわけじゃないが、でかい音がして……世界が揺れて……。
「……列車事故? でも、体はなんともない」
少しあやふやだが、記憶が確かならアレはおそらく事故か何かだ。しかし、それだったらこうして無事でいられるはずがない。
「あ、体は治しておきました。ちょっと見るに堪えないくらいぐっちゃんぐっちゃんだったので」
「治した……?」
「こう見えても神様ですからね。人間の怪我の一つや二つちょいちょいーっと。あ、勝手に治さないほうが良かったですか? 痛いのとか好きな人だったり。まだ戻せますけど」
「いや、いい……」
サラリととんでもない事を言われた気がしたんだが、寝起きで理解できなかった事にした。
治したってのが妄言でなければ、やはり事故なのか? それでもここにいる理由には結びつかないのだが……。
「……神様?」
「はい、神様ですよー。新米ですけど」
どう見ても幼女にしか見えないが、コスプレ染みた格好と整い過ぎた容姿は普通とは言い難い。少なくとも一般的な日本人ではない。かといって、外国人的な印象も受けないが。
この幼女を神様と言われて即信じる馬鹿はいないだろうが、状況を合わせて考えてみると少なくとも超常現象の類ではある。ただの頭のおかしい子と切って捨てるのは簡単だが、状況が特異過ぎるし話が進まない。信じるかどうかは別にしても、とりあえず一時的に飲み込むだけならタダだ。
一神教なメジャー宗教など、俺が知っている神様とは違うと思うが、実際に神である可能性だってないとはいえないのかもしれないし。
「神様ね……。それでその神様が何の御用で?」
しかし、そんな存在がわざわざ俺個人に用事があるとも思えなかった。
「ぱんぱかぱーん。おめでとうございまーす! あなたは栄えある私の使徒第一号に選ばれました!」
さっきも言ってたな、それ。
「使徒?」
「うわ、ウチの使徒さん、ノリ悪……。使徒ってのはアレですね。天使とか使者とか部下とか手下とか下僕とか、とにかくそんな意味です」
そりゃ、一般的にはそういう意味の言葉だろうが。
「俺がその栄誉ある下僕に選ばれたと?」
「やだなー、つい口が滑っただけですってばー」
下僕だ云々はどうでもいい。企業に属してサラリー貰ってる時点で大した違いはないと思っているくらいだ。本質的に上位存在だというのなら、遜るのもやぶさかではない。
しかし、先ほどから俺の営業マンとしての勘が、こいつを信用してはいけないと叫んでいる。見た目は幼女でも、子供っぽさが作り物のそれだ。神様かどうかはともかくとして、見た目通りの存在ではないだろう。
「……状況を整理したい。質問は許されるのか?」
「はい、どぞどぞ。なんでも聞いて下さい。えっちな事以外は真面目に答えちゃいますよ」
「俺、なんで全裸なんだ」
起きた時から気付いてはいたが、俺は今何も着ていない。下着すらない素っ裸の状態だ。見せて興奮する性癖は持ち合わせていないが、幼女やら神様やら相手に隠しても仕方ないと、そのままブラブラさせている。
「いやんえっち……って、そんな目で見ないで下さいよー。答えは肉体だけ転送したからです。身に着けてる物の範囲指定が面倒なんですよね。ほら、突き刺さってた金属の棒とか一緒に転送しても困ると思うんですよ」
金属の棒……。
「……俺は死んだのか?」
「生きてるじゃないですか。ひょっとして、蘇生に失敗して心臓動いてないとか? それなら治しますけど」
少し不安になって胸に手を当ててみるが、心臓は動いている。体を通して伝わる感触はリアルなものだ。多分、ゾンビとか幽霊とかではない。生死の定義を問うつもりはないが、今の俺は生きているといって問題はないだろう。
「電車事故はどうなった? 一緒にいた後輩は?」
ここまでの記憶やこの幼女の証言が正しいのだとすれば、あの事故は実際にあった事で……俺は死にかけたという事になる。
それも、普通なら死んで当然の重傷だ。場所を考えれば、近年稀に見る大事故といっていいだろう。
俺を救ったというのなら、その周辺の情報を把握している可能性はある。そうでなくとも、神様なら調べられるかもしれない。
「あー、ぐちゃぐちゃだったのは事故ですか。なんだろうと思ってました。どうなったかとかは分かりませんけど、転送されて来た時と同じような状態だとすると死んでるんじゃないですかね? その後輩さんの名前とか分かりますか?」
「影山……確か、影山高次だ。二十四歳」
「かげやまさんね。……あーご臨終ですね。あなたの転送より早く死んでます。結構な大事故だったみたいで、今ニュースはそればっかりですよ。ほら、見ます?」
SFチックなウインドウが空中に表示された。そこに映るのはニュース番組のそれだ。
都内で発生した過去に例を見ない電車事故。原因は調査中らしいが、被害の規模は想像を絶するものに違いない。普通では有り得ない技術を目の当たりにした事とか、本当にこの幼女モドキが神様なのかもとか、そんな事は画面に映るもののショックで吹き飛んでしまった。
「そう……か」
あまりの素っ気なさと、理解を大きく超えた状況に現実味が湧かない。
「つまり、俺は死ぬところを助けられたって事か」
「不可抗力ですけど、まーそうですね。治療は私の権能と関係ないから、それに関しては感謝とかしなくていいですよ」
幼女な見た目につられてこんな口調になってしまっているが、敬語で話したりしたほうがいいんだろうか。ここまでで気にした様子はないようだが。
「助けられたなら感謝するべきだと思うが……。それで、ここはどこなんだ。俺は帰れるのか?」
「さっきもいいましたけど、ここはあなたの[ 拠点 ]です。帰れるというのが、元の世界にという意味なら帰れます。……しばらく帰しませんけど」
……ある意味予感は正しかったというべきか、無視できないワードが出てきた。
不意に浮かんだ単語は拉致。しかし、通常なら俺は死んでいるはずでもあって、そもそも法が適用されるとも思えない。
そして、帰れないとかではなく帰さないと来た。……だが、しばらくと付く以上、可能性はあるのだろうか。
「……帰さない理由を聞いてもいいか?」
「あなたが私の使徒だからです。私のサポートをしてもらう必要があるのです」
「助けられたみたいだからそれ自体は構わないが、その前に色々と手続きが……仕事あるし、家族に無事を伝えないといけない。……あいつの事も」
チームが違うとはいえ後輩だ。家族に伝える役が誰になるかは分からないが、同行者として説明の義務はあるだろう。
俺にしても行方不明扱いはまずい。最悪、勝手に葬式をあげられる可能性もある。自分の墓参りなんかしたくないぞ。本来死んでいたのならそれすら贅沢なのだろうが、出来るのなら後始末はしておきたい。
「元の世界に戻すのは結構パワーを消費するので、不許可です。それでもというなら、それは使徒として自分で稼いで下さい」
「稼ぐ……何をすれば帰れる?」
それが使徒とやらの仕事に関係しているのだろうか。あるいは給与のようなもの?
……何をすればいいのか想像も付かないんだが。ゲームや漫画なら敵対存在と戦わされたりしそうだが、俺にそれが出来る気が……。
「ガチャを回して下さい」
………は?
「……ごめん、上手く聞き取れなかったみたいだ。もう一回言ってくれるかな?」
「ガチャを回して下さい。ほら、あそこのガチャマシンで」
神様が指差した先には謎の機械が鎮座している。ゲーセンに設置された大型筐体のような形で、はっきりいって石造りのこの部屋にマッチしていない。
「……ガチャ?」
「はい。ガチャです」
「……なんでガチャ?」
「そりゃ、私がガチャの神だからです」
なにそれ。
「ガチャってアレだよな? 丸いカプセルに入った景品の」
「起源は同じですが、どちらかというと近年はスマホなんかのゲームで使われる課金システムが由来ですね。やった事ありません?」
もしかして、電車でそんな話してたからここに呼ばれたのか? 俺、あまり好きじゃないって言ったよな。
「やった事くらいはあるが、どれもほとんど触り程度で……課金した事すらほとんどないんだが」
「大丈夫。お金は一切頂きません。というか、人間のお金をもらっても使い道ないですし」
そりゃ神様ならそうだろう。というか、金の心配をしているわけじゃない。金で帰してもらえるなら、いくらでも譲歩しよう。俺、この年にしては結構貯金あるぞ。
「……OK、順を追って話を聞こう。神様の話はどうも簡潔に過ぎる」
「そうですかね?」
無自覚なのかよ。
「まず、俺はあんたの手下になって何かの手伝いをする。それは、あの謎の機械でガチャを回す事だと」
「はい」
「代金が金じゃないとすると、何を払って回せばいいんだ? ただボタン押すだけとか」
間違っても、魂を使って回してくれと言わないでほしいところだ。回す度に寿命が縮まるとか。
「このガチャチケットです。とりあえず一枚あげましょう」
「あ、どうも」
謎のカードを手渡された。何の素材かは分からないが随分と高度な装飾がされていて、[ ノーマルチケット ]と記述されていた。裏面には目の前の神様と同じっぽい顔が印刷されている。
「それで一回分回せます」
「……それで?」
「え、それだけですけど」
駄目だ。意味が分からない。この女神様はとにかく質問の内容をはっきりさせてやらないと答えてくれないらしい。
「俺はこのチケットを使ってひたすらガチャを回せば帰れる……いや、帰る権利を当てれば帰れると」
「大体それで合ってます」
「……分かった。じゃあ、とりあえず出せるだけチケットをくれ」
「え、今日の分はその一枚だけですよ」
「…………」
何言ってんの、こいつ。
「ログインボーナスのチケットは一日一枚支給されます。日本時間にして午前0時に設定しました」
「俺は一日一回あのガチャを回す仕事に就くのか」
どんな仕事だ。それでこの神様に何の得があるというのか。というか、ログインじゃねーよ。ログアウトさせろよ。
「一回でも駄目とはいいませんが、私としては沢山回してくれたほうが助かります。早く帰るにもそのほうがいいかと」
「……さっき一日一枚支給って言ったじゃないか」
「あそこに扉がありますよね?」
「……あるな」
突然話が変わった気がしたが、多分繋がっているのだろう。
視線の先には、ガチャマシンと違って石造りの部屋にマッチした見窄らしい扉がある。
「あの外にモンスターがいるので、倒したら色々カードがドロップする仕組みです。その中にチケットもあります」
「……え、戦えって事?」
摩訶不思議現象に巻き込まれている以上、モンスターがどうとかはこの際置いておくとしても、ガチャ回すために戦えってのは随分とぶっ飛んだ話だ。俺は別に自衛官でも傭兵でもない、極普通の一般人だ。そこらへんのチンピラ相手でも普通に負けるだろう。
「強制はしませんが、私はたくさんガチャ回してもらえれば嬉しいです。一日一回の支給分でも運が良ければレアが出ますけど、それだと収支的にもマイナスですし……」
帰るにはガチャを回す必要がある。モンスターを倒さないとガチャが回せない。そして、この言い分だと帰る権利はレア扱いだ。
……ほとんど戦えって強制されてるようなもんだ。
「聞くのを忘れてたけど、ガチャ回すと何が手に入るんだ? レアとか言ってたし、帰る権利だけじゃないよな?」
スマホのゲーム基準で考えるならユニットや装備だろうが、そんな常識が通用するとも思えない。
「色々ですね。武器だったり、食料だったり、生活用品だったり、ペットだったり、あとはこの部屋の改造権とか?」
「……ちょっと待って、今すごく嫌な予感がした」
聞きたくない。そんな現実を知りたくない。でも、聞かないといつまでも事態を把握できないし、好転もしない。この神様、言われた事しか答えないし。
「お兄さん今全裸なんだけど、服貸してもらえないかな」
「え、ガチャで当てればいいじゃないですか」
「……お腹すいたら」
「え、ガチャで当てればいいじゃないですか」
目眩がしそうだった。
何言ってるんだこいつみたいな眼向けるんじゃない。見た目幼女といえど殴りたくなってしまう。
「ああ、水だけはあそこにあるタンクにあるのでご自由にどうぞ」
指差す先には確かに水の溜まったタンクがあるが……それどころではない。
「つ、つまり、生きるためにガチャを回せと」
「大丈夫。使徒になった以上、死んだりしません。死んでも、ちゃんとこの拠点で復活するようになってます。研修でやったんで、ぬかりはありません!」
胸を張ってもまったく威厳はない。正直、全然大丈夫そうじゃなかった。
「……餓死したら?」
「餓死する直前の状態で復活します」
それは救済処置と呼んでいいのか? 無限に死ぬんじゃないのか?
「も、もうちょっとなんとかならないのかな……。いや、助けてもらって感謝はしてる。手足となる事も吝かじゃない。必要なら足も舐めよう。だからもう少し温情を……」
「しょうがないですねー。じゃあこれ……スタートダッシュキャンペーンという事で、一週間はログインボーナス二倍にしましょう」
神様が手渡してきたのは二枚目のチケットだった。
……違う、そうじゃないんだ。
「いや、根本的に何も解決してないんですが」
「でも、これ以上優遇すると他のユーザーからクレーム入っちゃうし……」
「え、他のユーザーとかいるの!?」
「今のところあなただけです。……というわけで、そろそろ全体会議の時間なんで、とりあえずチュートリアル的な感じで頑張って下さい。ゴッドワープっ!!」
「おいっ、ちょっとま……」
目が潰れるような眩い光に包まれたかと思うと、次の瞬間には神様は消えていた。
「……ゴッドワープって」
……超ダサイ。
-3-
「いや、これマジでどうすんだよ」
素直に死んでたほうが良かったのかっていうとアレかもしれないが、投げっぱなしってレベルじゃねーぞ。
水はあるが食料はなし。衣服もなし。床は石で布団もない。凍えるほどじゃないが微妙に肌寒いと感じる室温は、先程まで熱気に襲われていたせいではないだろう。こんなところで全裸のまま寝ろとか言われたら、いい年して泣いてしまう可能性すらある。
状況を好転させるために一日一回、いやとりあえず一週間は一日二回分ガチャを回す権利はあるが、それだけだ。それにしたって何が出るか分かったもんじゃないんだから、楽観は出来ない。
モンスターと戦う? どんなのが出てくるのか知らんが、野犬が出てきても勝てるかどうか怪しいぞ。俺、武器なんて使った事も……。
ガチャで武器が出たとしても使い熟せるのか? 自慢じゃないが、殺し合いどころか喧嘩すらロクにした事ないぞ。
……いや、武器を気にするどころじゃない。素手どころか、そもそも全裸だ。弱点丸出しで戦闘とか……。防具もそうだが、せめて服くらいは。
今のところチャンスが二回あるが、何が出てくれば状況が好転するだろうか。食料? いや、チケットを確保する為に武器が無難か。
異常にミスマッチなガチャマシンを正面から眺めてみる。
外観は自販機のような、あるいはスロットマシンのような形状で、中央には大きな画面、その右下にはカード投入口がある。
先程神様から支給されたカードをそこへ投入すると、真っ暗だった画面が点灯し、中央に[ ノーマルチケットでガチャを回しますか ]というメッセージと[ Yes ][ No ]のボタンが表示された。どうやらタッチパネル式で、試しに[ No ]を指で押してみるとカード投入口からそのままチケットが排出される。投入口と排出口は同じらしい。
再度カードを投入する。今度は二枚入れてみると、画面上に投入されたカードの数も表示された。ちゃんとストックされるようだ。重ねても中で判別してくれる便利仕様である。
ノーマルチケットって事は違う種類もあるんだろうな……と考えつつ[ Yes ]のボタンに触れると、画面上で演出が始まった。
現れたのはゴッドワープでどこかへ消えた神様らしきデフォルメキャラだ。そのキャラがこっちに向かって丸い玉を投げる。壁にぶつかった玉がパカっと開き、光が溢れた。
[ カップラーメン コモン ノーマル/アイテム ]
華々しいエフェクトと共に表示される見慣れたカップラーメン。コンビニやスーパーならどこでも売っているような商品そのままだ。
カップラーメン。つまり食料である。期待以上とはいかないまでも順当と言っていい結果だろう。……順当なはずだと信じたい。
このマシン、取り出し口とかないんだけど、どうやって受け取るんだろうか。……と、極当たり前の疑問を抱いていると、チケットを投入した口からカードが排出された。ストックされた分が一枚戻って来たのかと思ったら、絵柄が違う。緑色のカードに見覚えのあるカップ麺の絵。そしてカード名を指す部分には[ カップラーメン ]と書かれている。
……出てきたのはカップラーメンではなく、[ カップラーメン ]と書かれたカードだ。
「……いや、これどーすんの?」
ガチャで当たるのはカード? このカードで何をしろと? 齧っても特にラーメンの味がするわけでもない……ってやたら頑丈だな、このカード。齧っても折り曲げようとしてもビクともしない。胸ポケットに入れておけば銃弾くらい防いでくれそうだ。問題は胸ポケットがない事だが。
あの神様は腹減ったらガチャで当てろと言ったわけだから、まさかカードのままというわけではあるまい。となると後はこれを品物に変換……まさか、某玉入れのように引き換えてくれる場所があるとか?
……いや、ここにはガチャ用のマシンと水飲み場しかない。あるとしたら……。
「まさか、あの扉の向こう?」
あの先にはモンスターとやらがいるんじゃないのか? 勘弁してほしいんだけど。
この際、戦わないといけないのは諦めるとしても、全裸でっていうのは無理がある。ラーメンはともかく、あと一枚のチケットで武器が出てもカードのままじゃ意味がない。
というか明らかに説明不足だ。情報が足りな過ぎて動きようがない。このままでは何の対策もなしにモンスターと戦う羽目になる。……幼女様、会議してないで助けて下さい。
何か……何か情報はないのか?
一通り室内を散策してみたが、認識している以上のものは見当たらない。とりあえず、現実逃避としてタンクに溜まっていた水を飲もうとしたが、コップすらない事に気付いて、あまりの文明レベルの低さに愕然とした。
手酌で飲んでみたが、それだけで事態は変わらない。石造りの部屋で、全裸のまま手酌で水を飲む成人男性の絵面はあまりに野性的過ぎる。
そんな中にあって、場違いともいえる文明の機器。室内で唯一情報が得られそうなのガチャマシンだが、画面には[ ノーマルチケットでガチャを回しますか ]というメッセージと[ Yes ][ No ]のボタンだけが変わらずに表示されているだけだ。他にタッチに反応してくれそうな場所もなければ、筐体に物理ボタンがあるわけでもない。
残ってる一枚分を回せって事なんだろうか。……回すか。今更ながら、ハンドル回してないのに回すって変だよな。
[ ボールペン コモン ノーマル/アイテム ]
カップラーメン同様、無駄に華々しいエフェクトと共に表示されたのはボールペン。そして排出されるのはやはりその絵柄のカードである。
百均で売ってそうな安っぽいやつだ。ある意味最強の武器として扱われる事はあるが、暗殺者でない俺に使いこなせるとは思えない。というか、やっぱりカードだからその用途でも使えない。
ストックが切れた事で画面からはガチャを回せというメッセージが消えた。……消えたのはメッセージだけではなく画面自体だが。
「どうしろと……」
手元には使い方の分からないカードが二枚。室内には沈黙したガチャマシンと水飲み場。そして肝心の俺は全裸だ。
ひんやりとした石床に胡座をかき、排出された二枚のカードを眺める。それで事態が好転するわけではないが、あまりの情報のなさに唸るしかない状況だった。
まず見た目だが、カードの色はどちらも同じ緑色。確か、チケットのカードも緑色だったはずだ。枠に囲まれた中にカップラーメンとボールペンの絵があって、中央部やや下にはアイテム情報らしき記述用の枠がある。カードゲームならテキストが書かれている大きな枠がその更に下にあるが、そこは空だ。
残念ながら、この中で情報と呼べそうなのは中央部のアイテム情報のみである。
[ カップラーメン コモン ノーマル/アイテム ]
左の部分はアイテム名。もう一枚の方はボールペンと記載されているし、これは間違いないだろう。
コモンというのは多分レアリティ。どれだけ段階があるのか定かではないが、コモンというのはカードゲームなどでは最低レアリティである事が多い。この二枚も実際そうなのだろう。ネット上のバナー広告などで見かける初回は~レア以上確定、のようなサービスはないという事らしい。今時のユーザーになら、これだけで低評価を付けられそうな渋さである。
右端のノーマル/アイテムというのは、おそらくアイテムの分類かなにかだろう。/で区切られた左側が大分類、右側が小分類ではないかと思う。チケットのカードにはなかったが、それはチケットという特殊なカード故の分類と仮定する。
ここはシンプルに見えて意外と情報量が多い。まず"ノーマル"だが、すぐ左側にコモンとある以上、レアリティではないだろう。他のカードを確認しないと詳細は分からないが、少なくともノーマルでないカードはあるはずで、普通に考えるなら複数の分類が存在していると推察できる。
そして、それを加味した上で"アイテム"という記述になっている。……そう、アイテムである。カップラーメンもボールペンも等しくアイテムなのだ。食料品や文房具、消耗品、日用品、雑貨、あるいはもっと細かくインスタント食品などと分類されているわけではなく、同じ括りで扱われている。となれば、こういった物品はすべてノーマル/アイテムでまとめられてる可能性が高く、その数は膨大になる事が容易に予想できる。大分類と小分類がそれぞれ二つだけだとしても結構な数になってしまうだろう。
最終的に求めている帰宅がどんなレアリティになるのか分からないが、これだけ膨大な種類のカードの中に埋もれた一枚を引き当てるのは果てしなく困難である事は間違いない。ユニットやゲーム内で意味のあるアイテムのみが排出されるガチャと違い、なんでもかんでも出てくるガチャで狙ったものを得るのは想像を絶する難易度になるはずだ。アイテムが最低限意味のあるものに限られるならまだしも、石ころなどが含まれている可能性だってあるのだ。
「……いかん、ネガティブになってるな」
得られる情報から確信できるのはマイナスの要素のみだが、想像だけならプラスの面も考えられる。
アイテムのカテゴリが細かく分類されていないという事は、システム的に考えてそれで問題ないからと考えてみる。モノがここに仕分けられている以上、それ以外の何かが別の分類になっているのだろう。
『色々ですね。武器だったり、食料だったり、生活用品だったり、ペットだったり、あとはこの部屋の改造権とか?』
色々テンパっていた状況だったから細かい文言に不安はあるものの、神様はそんな事を言っていたはずだ。
食料と生活用品は同じ括りで、武器とペットと改造権とやらが別のカテゴリだとしても、この分類ではあまりに少ない。普通に考えるなら、もっと多くのカテゴリが用意されているはずだ。しかし、現実的な範疇においては、これら以外のカテゴリというのは少々考え難い。
例えば、今俺が求めてやまない衣服。下着などを含めても、これはノーマル/アイテムだろう。あるかどうかはまた別にして、家具も、家電も、医療品も、およそ生活していくのに必要なものの大半はここに該当する。考えられる中で違うかもしれないと思えるのは自動車などの乗り物や建築物、毛色は違うが電気やデータなどだろうか。極端な事を言うなら空気や重力もだが、今現在でも息苦しかったりしないし、体が軽かったりもしない。
武器、というか装備全般は一つのカテゴリとして存在していてもおかしくはないから、これはいいだろう。
部屋の改造権に分類される権利は色々想像できるが、大雑把に実体のない権利はここに含まれていると考える。……無形固定資産? ひょっとしたら帰宅の権利もここに含まれるのかも。
ペット……は、難しいところだが、俺以外の存在って事だろうか。あまり考えたくないが、人間が含まれたりするのかもしれない。ガチャで人間引き当てるとかあまり考えたくはないが、ゲームなら普通だ。ひょっとしたら俺自身が戦わなくていいという事も有り得るだろう。……有り得てほしい。
これ以外となるとパッとは思いつかない。俺の知っている、現実的なものはこれらのどこかに含まれそうだ。
ならば、現実的でないもの……ファンタジーやSF的なものだってあるに違いない。モンスターと戦う事が半ば必須な状況で、ただのサラリーマンが戦えるようになる要素があると考えるのはまったく不自然ではない。
近代兵器があればなんとかなるかもしれないが、そういう未知の要素に触れられるならば、少しは意欲も湧くというものだろう。四捨五入すれば三十になる年齢とはいえ、男の子なのだからそういう心は忘れていないのである。
ちょっとでも現状にプラスな要素を探そうとしていて、無理やりな感じがあるのは否定しないが、実際魔法が使えるなら使いたいのも確かなのだ。なんなら、ダサさに目を瞑ってゴッドワープでもいい。
とりあえず、あの幼女の言う事を信じるならば、この筐体がガチャマシンである事は確かで、ガチャで排出されたこのカードが重要なのは間違いないだろう。これをどうやって物に変換するかは不明だが、俺をネタにして嘲笑しているのでない限り、おそらくその方法は用意されているはずだ。
説明の足りない部分は多々あるにしても、あの神様は嘘は言っていなかったように見えた。というよりも、どう説明するのかのノウハウを持っていないように思える。ちゃんと質問すれば、望んだものかどうかはともかく答えは返ってくるだろう。アレはアホの類ではない。
このまま戻ってくるのを待つのも一つの手だ。全体会議とやらがどんなものか知らないが、唯一にして最初の使徒らしい俺がこのまま放置されるとも考え辛い。
問題はその会議がいつ終わるか分からないという事だ。神様の出席する会議なら、当然出席者も似たような存在だろう。なら、俺の知る一般的な会議と尺が同じと考えるのは早計だ。最悪、再度降臨するのは二年後とかそういう事だってないとは言えない。餓死に次ぐ餓死のループに襲われながら待ち続けるとか冗談じゃない。
大体、今の俺は時間があるとは言い難い状況だ。事故で遺体が確認できないままで何ヶ月も帰らなければ、問題が大量に発生する事は明白である。ひっそりと行方を晦ましたならまだしも、大々的に報道されるような事故なら、遺体がなかろうが死亡扱いになっててもおかしくはない。
ちらり、と意識の外に置いていたドアへと視線を向ける。
現状、できる事は多くない。考察しようにも、これ以上は情報が少なすぎる。神様の降臨を待つにしても、どれだけ時間がかかるか不明で、その時間だって腹は減る。
それに、説明を受けられるにしてもあのドアの向こうへ行かずに済ませる事はほぼ不可能と考えるべきだ。ならば、様子見程度には足を踏み出すべきなのだろう。
「……チュートリアルとか言ってたしな」
不安要素だらけな現状だが、ドアを開く決意を固めた。
(*´∀`*)ノシ