派閥
首都星にある帝国大学。
そこは大学とは呼ばれているが、いくつもの大学の集合体である。
通っている生徒たちの数も非常に多く、建物も多い。
授業の選択次第では、共に入学した同級生が一度も顔を合わせないことすらある。
そんな広い校内を歩いているのは――ロゼッタだった。
金髪の長い髪を縦ロールにセットしている。
そんな髪型をすれば目立つかもしれないが、ここは帝国の首都星にある国立の大学だ。
様々な星の出身者たちがいるため、奇抜な髪型も多くて目立たない。
まるで仮装大会や、文化祭でも毎日開かれているような光景が広がっている。
ロゼッタの周囲には、リアムの地元から連れてきた貴族の娘たちがいた。
主にリアムを寄親と仰ぐ家の娘たちで、立場を簡単に説明するなら子分の家の娘たちだ。
彼女たちは大学に通いながらも、ロゼッタの世話をするのが仕事だった。
大貴族が取り巻きと一緒に入学したようなもので、珍しくもない光景になる。
「ロゼッタ様、今日のお昼はどうされますか?」
「学食などいかがでしょうか?」
「そのような場所で食事など駄目ですよ」
「いいじゃない。大学生活の思い出になるわよ」
連れ歩いてはいるが、学生でもあるためどこか騒々しい。
ただ、ロゼッタも注意はしない。
彼女たちのはしゃぐ気持ちも分かるからだ。
「学生食堂もたまにはいいわね。なら、お昼はそちらで食べましょうか」
ロゼッタが肯定すると、取り巻き二人が大喜びする。
眼鏡をかけた真面目そうな子が、ロゼッタに話しかけてきた。
「ロゼッタ様、彼女たちの目的は――」
「分かっていますよ」
学生食堂には色んな学生たちが集まっている。
中には、他の校舎で授業を受けている生徒たちもわざわざ足を運んでくる。
その理由は――ナンパだ。
貴族たちも身分を隠して遊んでいた。
学生時代のお遊び――自由な時間を満喫したいのだ。
ロゼッタの取り巻き数名も、遊び相手を見つけたい様子だった。
「よろしいのですか?」
「度が過ぎなければ許します。それに、彼女たちは婚約者がいないでしょう? 不義理にはなりませんよ」
「で、ですが、婚前交渉でもあれば面倒になりますよ」
「今時珍しくもないわ。それに、ここで将来の相手を見つける人も多いと聞きます。真剣なお付き合いなら邪魔はしませんよ」
田舎から都会に出て来て、はしゃいでいる者たちを見てロゼッタは少し心配でもある。
ただ、締め付けすぎても不満は出るし、そもそも彼女たちの人間性を見る機会でもあった。
邪魔などしない。
何かすれば、自分で責任を取るだけの話だ。
ロゼッタたちが学生食堂に向かうと、そこにはリアムの姿があった。
「あ、ダーリン」
頬を染めるロゼッタが、リアムに近付こうとするが――何やらウォーレスと真剣に話し合っている様子だったので、気を利かせて声をかけなかった。
◇
「リアム、昨日は別に遊んでいて帰りが遅くなったんじゃないんだ」
たんこぶの出来たウォーレスが俺に言い訳をしてくる。
「毎日、悪友たちと飲み歩いていると聞いたが? というか、俺にもらった金でおごっているらしいな? 俺にもおごれ」
「それ、逆じゃない? 普通は君が私におごる場面だと思うよ。それはそうと、昨日は本当に遊びじゃないんだ」
「――何かあったのか?」
普段から不真面目なウォーレスが、遊びもせずに朝帰りなどおかしい。
それに、今朝はどうにも元気がない。
何やら思い詰めた顔をしている。
「じ、実は――兄上たちから連絡があったんだ」
「兄上? セドリックか?」
セドリックは、ウォーレスと同じその他大勢という扱いの皇子だ。
今は少将として軍で働いている。
「違うよ。継承権第一位と第二位の兄上たちだ。この意味が分かるかい?」
ウォーレスが俺を試そうとしている。
そんなの許せない。
「俺を試すな。結論を言え」
「――分かったよ。兄上たちが君を取り込もうと考えている。だから、私に君との仲介を頼んできた。本当に嫌になる。宮廷争いから逃げようとしたら、思いっきり巻き込まれてしまったんだからね」
ウォーレスは以前から宮廷争いに関わりたがらなかった。
その理由は、一つでも判断をミスすれば命がないからだ。
後宮にいると思われる帝位継承権の保有者たちは、下手をすると数千人という数になる。
それだけの後継者たちが争い、つぶし合って消えていくのだ。
「俺への仲介? 第三皇子が声をかけてきたばかりじゃないか」
確か――クレオ殿下だったか?
「そっちはクレオが直接面会を求めた話だよ。今回の場合は、私を通して君が兄上たちの派閥に入りたいと申し込むのさ」
「は?」
意味が分からなかった。
「だから、リアムの方から頭を下げて派閥入りをお願いする。その際に手土産も必要だし、多額の献金もいるだろうね」
何やら腹が立ってきた。
声をかけておいて、お前が頭を下げてこいと言われているようなものだ。
俺だって賄賂は送るし、上に媚びへつらってもいい。
だが、これならまだ正式に面会を求めてきた第三皇子の方が対応として好感が持てる。
「随分と上から目線だな」
「当たり前だ。兄上二人は、次の皇帝の最有力候補だぞ」
威張っていても当然というわけだ。
「ん? 少し待て――となると、その二人は既に結構な権力を握っているのか?」
俺は一つの不安が頭をよぎる。
前に案内人が言っていた「真の敵」についてだ。
俺はてっきり、皇帝が怪しいと思っていた。
この国で一番の権力者だから、バークリー家くらい意のままに操れるはずだ。
だが、ここに来て候補が増えてしまう。
「大勢の貴族たちが兄上たちのために動いているからね。そう言った意味では強い力を持っているよ。他の兄弟たちも力を持っている奴らはいるけど、上の二人は別格だ」
「――そうか」
そうなると、俺が尻尾を振る相手として相応しくない。
もしかすれば、そのどちらかがバークリー家を裏で操っていた可能性がある。
ノコノコと出向いてしまえば、いいようにこき使われていたことだろう。
というか、案内人が俺に忠告してきた敵ではないか!
危なかった。
「ウォーレス、ならばその二人に伝えろ。――お断りすると」
「はぁぁぁぁ!? な、何を言っているんだ、リアム!? 継承権第一位と第二位の兄上たちだよ!? その誘いを断ったら、確実に目の敵にされちゃうよ」
「それがどうした? そいつらはもう俺の敵だ」
バークリー家を裏から操っていた可能性が高い。
皇帝か、それとも継承権で揉めている皇子たちか――だが、ここに来て一つ興味の出た相手がいる。
「ウォーレス、お前の話が本当なら、継承権第三位の皇子はまともな後ろ盾もないということだよな?」
ウォーレスから第三皇子については聞いている。
ほとんど名ばかりの継承権で、ろくな後ろ盾もいない皇子だと。
つまり、何の力もない皇子様だ。
だが、それ故に――。
「クレオにはまともな後ろ盾はいない。それは間違いないよ。何しろ、実母の実家すら見放しているからね」
「人となりはどうだ?」
「人となり? ま、まぁ、可愛い弟だよ。いや、可哀想、かな。私から見ても同情する立場にいるのに、本人は気丈に振る舞っていると思うよ」
「お前から見て悪くないわけだ」
「上位三人の中なら、間違いなく人間的にはクレオが圧勝だろうね。まぁ、成人したばかりだから、世間知らずなところはあるけどさ。真面目で優しいと思っている。今後は分からないけどね」
「十分だ」
――俺にとって脅威ではないと判明した。
何の実力もない皇子だからこそ、バークリー家を裏から操っていたとは考えにくい。
安牌というわけだ。
皇帝、皇子二人――その中に俺の真の敵がいるとすると、そこからどの派閥を選んでも危険である。
それに、新参者としてこき使われるのは気分が悪い。
「実に素晴らしいな。そのクレオ皇子とすぐに面会してやろう。すぐに場を用意するように伝えておいてくれ」
学食のコーヒーを飲みながらそう言うと、ウォーレスが震えていた。
「え? 本気?」
「当たり前だ。俺は本気だ。本気で――クレオ皇子を支援してやる」
俺にはそれだけの力があるし、矢面に立って色々とするのは部下たちだ。
あと、俺の敵かもしれない皇子二人は――このまま皇帝になどさせない。
俺がクレオの後ろ盾となり、そのまま自分の意のままに動く皇帝を用意するのも面白い話じゃないか。
悪徳領主らしい行動だ。
「楽しくなってきたな」
俺がそう言うと、ウォーレスは力なく首を横に振る。
「楽しんでいるのは君だけだよ」
宮廷の争いに参加してやろうじゃないか。
ま、俺には勝てないだろうけどな。
経済的問題から解放された俺は強いのだ。
帝国の皇子二人くらい、どうということはない!
それに、俺には強力な守り神がついている。
案内人がいれば、俺は無敵である!
◇
帝国首都星から遠く離れた惑星。
そこは他の星間国家だった。
そこにはビルの屋上から、大都市を見下ろす案内人の姿があった。
「私は今まで間違っていた」
これまでのことを反省する案内人は、リアムから離れて泥水をすするがごとく他の惑星で負の感情を集めて回った。
結果、一つの結論に行き着く。
「リアムに関わったのが失敗だったのだ。そして、今のリアムは小手先程度でどうにかなる相手ではない」
冷静にリアムの強さを分析し、そして帝国内で処理するのは難しいという結論に達した。
ならば諦めるのか?
否。断じて否である。
案内人は両手を広げた。
「帝国ごと潰してしまえばいいのだ! リアムを殺す剣士は安士が育てている。それに合わせて、帝国が潰れるように流れを持っていく」
それは他の星間国家も巻き込み、盛大にリアムを殺そうとする計画だった。
そのために何が必要なのか?
「まずはこの国にある不和の芽を育てよう――帝国周辺の国々に火をつけて回り、いずれ炎となり帝国を襲わせてやるのだ!」
いずれ問題が大きくなるはずのそれを、案内人が手を貸して早めに大問題にしようとしていた。
それも一国ではない。
「帝国と隣接する全ての国を巻き込む! 帝国を中心にきっと大混乱が起きるだろうな!」
リアムを殺すためだけに、案内人は他の星間国家も巻き込み盛大な仕掛けを用意することにした。
そして、リアム本人には――。
「リアム――今はお前には何もしない。今動けば、きっとお前を利することになるだろう。だが、忘れるなよ――私はお前が不幸になるために動く!」
案内人は叫ぶ。
「リアム、お前の感謝が届かないこの場所から、私がお前を殺してやる!」
遠く――とても遠い場所から、案内人はリアムへと殺意を向けるのだった。
◇
「クレオ! バンフィールド伯爵からの返事を聞いたか!」
クレオが風呂に入っているところに飛び込むリシテアは、その手に書状を握りしめていた。
あまりにも慌てており、湯に浸かっているクレオのところに押しかけたのだ。
少ない使用人たちが驚いているが、リシテアも皇族のため口出しできない。
広い風呂の中、クレオがそんなリシテアを見て呆れている。
「姉上、湯浴み中ですよ」
「落ち着いている場合じゃない! ウォーレスがバンフィールド伯爵からの書状をもってきたんだ!」
クレオが立ち上がると、急いで使用人たちが体を隠した。
タオルで体を拭き、ガウンを持ってくる。
歩きながらリシテアに近付くクレオは、そんな使用人たちに「必要ない」と言って濡れたまま書状を受け取った。
(どうせ断りの手紙だろうに)
興奮しているリシテアを見ながら、クレオはどこか冷めた様子で封を切る。
そして取り出した手紙を読むのだ。
格式張った内容だ。
まだ会ったこともない相手というのもあるが、手紙の内容から人となりは見えてこない。
ただし、挨拶は手短ですぐに本題に触れていた。
そこにはすぐに多額の献金を送る、と書かれている。
クレオが今までみたこともない数字だった。
「――手切れ金としては随分と高額ですね」
クレオが困りながらそう言うと、リシテアは顔を赤くしていた。
「最後まで読め! 私はウォーレスから既に大まかな内容は聞いている。バンフィールド伯爵は、お前を全力で支援するそうだ」
「え?」
クレオが驚くのも無理はなかった。
何しろ、皇太子どころか、継承権第二位の皇子までもがリアムに声をかけたのだ。
何の繋がりもなかった一伯爵に、実力のある皇子二人が声をかけたのである。
破格の待遇だ。
それに引き換え、自分は何の力も持たないお飾りだ。
「か、傀儡にするつもりなのでしょうか?」
クレオの心配をリシテアが一笑する。
「混乱しているのか? 今のお前を傀儡にしようと考え、支援する貴族などどこにもいないぞ」
「そ、そうですね。わた――俺にはそれだけの価値もない」
ならばどうして、リアムほどの貴族が自分に味方すると言い出したのか?
クレオは混乱するばかりだ。
「とにかく! お前には若く実力のある貴族が味方についた! それだけじゃないぞ。今まで宮廷に近付かなかった貴族たちが、バンフィールドの名前を聞いて集まるかもしれない。お前の派閥が出来る!」
バンフィールド家を中心として、クレオの派閥が出来る。
それはつまり、クレオに強力な力が手に入ることを意味していた。
「――何を見返りに望んでいるのか分かりません。もしかすると、危険な相手かもしれません。面会してから決めようと思います」
そんなクレオの態度を見て、リシテアも落ち着く。
「そ、そうだな。だが、これで少しは希望が持てる」
そんな二人の会話を聞いていた使用人の一人が、他の喜ぶ使用人たちとは違い少し慌てた表情をしていた。
ブライアン(*´∀`)「おや、驚かれましたかな? 五章は6時、18時の一日に二回更新です。これからは一日に二度、リアム様のご活躍を――」
若木ちゃんヽ(°▽、°)ノ「ウヒャヒャヒャヒャ――!!」
ブライアン(´;ω;`)「――変な植物が出現して辛いです」