ロゼッタ
乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 1~2巻もよろしくお願いします。
男性主人公――リオンが、乙女ゲー世界に転生して俺Tueeeとざまぁをする作品です。
――嘘じゃないです。
「今日からは皇子ではない。私はただのウォーレスだ!」
わざわざ俺の部屋に来て報告をするのは、めでたく俺の子分になったウォーレスだ。
学生寮の俺の部屋には、クルトも訪ねてきている。
「お前は元気がいいな」
「リアムのおかげで無事に皇子の地位から逃げられたからな。感謝しても仕切れないよ」
まるで皇子というのが嫌で仕方がなかったような口振りだ。
「皇子の方が色々と便利だろうに」
そんな俺の言葉に、ウォーレスが呆れるのだった。
「リアム、君は何も分かっていない。皇子という立場は非常に危険なんだ。皇帝になるために兄弟を平気で蹴落とすのが兄上たちだ。皇族の血で血を洗うような歴史は、それはとてもおぞましいものだよ」
クルトも会話に加わってくる。
「確かに噂では色々と聞くね。皇帝陛下の即位で、ご兄弟が随分と減るという噂もある。都市伝説なんかだと、物騒な噂も多い」
ウォーレスが声を潜める。
「――あまり他言するなよ。噂の方が真実の場合が多い。父上もそうだが、ライバルは即位前に全て死んでいたらしい。式典に参加していたのは影武者やら立体映像だったそうだ」
クルトは顔を青ざめさせていた。
だが、俺からすれば前世でもそういった話を聞いたな。
親兄弟が争う――そんなの、珍しい話ではないのだろう。
ウォーレスは本当に安堵していた。
「とにかく、これで私は無事に後継者レースからリタイアだ」
「お前の皇位継承権なんて、あってないようなものだろうに」
「リアム、それは違う。宮殿内は色々と事情が複雑なんだ。私たちだけではなく、母上同士の繋がりもあるからね。知らない内に派閥の一員にされ、トップが負けると派閥全員が処刑される、なんてこともある」
「本当か?」
「あぁ、事実だ。後宮内は、庶民が思うような華やかな場所ではない。女同士の醜い争いに始まり、皇帝の地位を狙って兄弟が争う場所さ」
知らない間に死亡フラグが立っている。
むしろ、死亡フラグだらけなのが宮殿のようだ。
皇子様たちも大変である。
特に、二千年前が酷かったらしく、未だにその爪痕を残している云々とかウォーレスが言い始める。
「二千年ほど前の皇帝は特に酷かった。聞いていてドン引きするような話が沢山あるんだ。そんな場所から逃げられたと思えば、幸せだと思わないか?」
しかし、ウォーレスは全てから解放されたように幸せそうな顔をしていた。
「これで私は生きていられる。ありがとう、リアム」
皇子様を子分にしたのはいいが、まるで俺がこいつを助けたみたいだ。
まぁ、皇子様を子分に出来たのだ。
個人的には満足だ。
だが、気になることがある。
「ウォーレス、お前は自分から動いて勝ちそうな兄貴に媚びを売るとかしないのか?」
次期皇帝などほとんど決まっているようなものだ。
宮殿で暮らしていたなら、勝ち馬が誰かくらい予想できないのだろうか?
ウォーレスが視線をそらした。
「絶対に次の皇帝陛下だと思われていた人物が、亡くなったケースは多い。その場合、媚びを売っていた兄弟はどうなると思う?」
「処刑か?」
「簡単に死ねるなら楽な方だ。ねちっこい奴が皇帝になったら大変だ。クラウディア――ロゼッタもその被害者だよ」
ウォーレスの口からロゼッタの名前が出るのが意外だった。
「ロゼッタが?」
俺が首をかしげると、クルトもあまり詳しくないようだ。
俺たちが分からないと首を横に振ると、ウォーレスがロゼッタについて話してくれた。
「昔、クラウディア公爵家に婿入りした皇子がいた」
そこから始まるのは、クラウディア家の没落だった。
第一校舎の女子トイレ。
鏡を前に、ロゼッタは自分の顔を見ていた。
そして自らに言い聞かせる。
「私は由緒あるクラウディア家の娘――いつか、必ずこの苦しみから抜け出して見せますわ」
女性当主が続くクラウディア家は、複雑な事情を持っている家だ。
ただ、簡単に説明するなら――名ばかりの公爵家、である。
領主貴族であり、辺境に惑星を領地として持っている。
本来なら小領主に分類されるのだが、帝国はクラウディア家をあくまでも公爵家として扱っていた。
それも、二千年近く、だ。
こうなってしまった原因は、二千年前にある。
当時、帝国は随分と荒れていた。
本来であれば皇帝に即位するはずだった皇太子が、即位前に亡くなったのだ。
その皇太子を支援していたクラウディア家は、皇太子の同腹の弟を婿に迎え入れていた。
だが、即位したのは敵対していた皇子だ。
そこから始まったのは、敵対していた皇子や皇女、そして貴族たちへの復讐だった。
当然ながら、婿入りして公爵になった元皇子にも厳しい罰が下された。
それに巻き込まれる形で、クラウディア家は領地を召し上げられた。
与えられたのは荒廃した惑星で、本当に辛い環境に追いやられた。
だが、爵位だけは公爵のまま。
自分に逆らった者がこうなると、見せしめのために生かされたのだ。
貴族でありながら、貴族ではない。
惨めな見せしめにされ、それでもくじけぬように生きてきた。
歴代の当主たちは、いつかこの苦しみから逃れるためにもがいていた。
そして、ロゼッタもまた――もがいている。
幼年学校の存在意義。
それは、貴族の子弟を一定レベルまで鍛えることにある。
時に世間を知らず、恥をかく貴族の子弟たち。
そんな醜態をさらさぬように、幼年学校で最低限の教育を行うのだ。
ただ、優秀な子弟たちだけは、特別に第一校舎に振り分けられ教育を受ける。
そこでの日々は厳しいものだが、自分が評価されたことの表れでもある。
ロゼッタは、第一校舎に振り分けられたことで期待していた。
しかし――。
(――授業の内容についていけない)
授業内容にも、授業のスピードにもついていけなかった。
貧乏暮らしで、満足な教育を受けられなかった。
教育カプセルの使用も最低限。
周囲とは明らかにレベルが違う。
努力はしてきたが――それだけでは越えられない壁が存在するのを、見せつけられたような気分だ。
(諦めない。何としても食らいついて、私はこの忌まわしい負の連鎖から抜け出すわ)
こうしている間も、実は自分は笑われているのではないか?
疑心暗鬼や、周囲とのレベルの差に思考がネガティブになっていく。
(何としても出世をしなければ)
周囲がのんきに授業を受ける中、ロゼッタだけは必死だった。
それは、学生寮に戻ってからも同じだ。
自室に戻ってきたら、すぐにでもベッドに横になって眠りたいほどにクタクタだった。
周囲が生活に慣れて余裕が見える中で、ロゼッタだけは体に鞭を打ち机にしがみつくように勉強する。
効率が悪くても、少しでも予習や復習をしなければ周りに付いていくことすら出来なかった。
「――負けない。ここで負けたら、きっと私は娘にもこんな思いをさせる」
涙が止まらなかった。
意識が朦朧として、そのまま机に突っ伏してしまう。
ロゼッタは夢を見た。
懐かしい子供時代の夢だ。
帝国――宮殿から迎えが来て、パーティーに出席するように言って来た。
幼かったロゼッタは大喜びだったが、祖母は悲しそうな顔をしていた。
母は、ロゼッタを抱きしめて泣いていた。
どうして二人が悲しいのか分からなかった。
「お婆様、お母様、どうして泣いているのですか?」
何も知らなかった自分に、二人は笑顔を向けるが――泣いていた。
「何でもないのよ、ロゼッタ。そうね、パーティーは楽しみね。出来るだけおめかしをして出席しましょうね」
「はい!」
母は貧しいながらも、ロゼッタのドレスを用意する。
祖母はロゼッタの綺麗な髪を、縦ロールにセットしてくれた。
ロゼッタはこの髪型が好きだった。
目一杯のおめかしをして首都星のパーティーに参加をすると――待っていたのは嘲笑だった。
貴族たちの声を思い出す。
「まぁ、何て汚いドレスなのかしら」
「アレが名ばかりのクラウディア家の新しいピエロね」
「よく首都星に来られたものね」
予想していたのは楽しいパーティーだったが、参加して分かったのは自分たちが笑われるためにわざわざ呼び出されたという現実だった。
今は亡き皇帝が定めた遊び。
自分に逆らった者を定期的に見せしめにする。
その風習が二千年近くも続いていた。
途中で誰かが止めるには、長く続き過ぎてしまい――止めるに止められなかった。
中には哀れみの視線を向けてくる貴族もいた。
しかし、手を貸すことは出来ない。
現実を知ったロゼッタが領地に戻ると、母が言う。
「情けを持ってくれた殿方を覚えておきなさい。将来、その方の精をもらって子を生むのです。そうして、クラウディア家は続いてきたのよ」
クラウディア家が女系の理由は、結婚相手が絶対に見つからないためだ。
女系なら、頭を下げて名門の男子から精をもらう。
「ロゼッタ――美しくなりなさい。そうすれば、男性は手を出してくれるわ」
「え?」
「クラウディア家は、そうやって子をなしてきたのよ」
――自分の父親がいない理由を初めて知った。
そして、クラウディア家が女系の理由も、その方が安くすむからだ。
もしも、当主が男であれば、嫁に来てくれる女性がいない。
男性が当主でも金と設備さえあれば子をなせる。
女性から卵子を購入するのだが――この場合の問題は、金がかかるということだ。
今のクラウディア家にそれだけの余裕はない。
貧乏で金のかかる方法は選択できず、血を繋ぐ方法としてもっとも簡単だったのが女系という選択だった。
中には、こんな惨めな暮らしを終わらせようとした当主もいた。
しかし、見張られておりそれも許されない。
ロゼッタがこの地獄から抜け出すには、出世するしかなかったのだ。
目を覚ますと――朝になっていた。
「い、いけない!」
慌てて起きると、既に朝食の時間が過ぎていた。
急いで身支度を調えて校舎へと向かうが、ロゼッタは遅刻してしまう。
乱れた制服。
ボサボサの髪。
教室に入ると、クラスメイトたちが笑っていた。
ジョン先生がロゼッタを見ると、
「遅刻だな、ロゼッタ。――さっさと席に着きなさい」
「――はい。申し訳ありませんでした」
他の生徒よりも扱いは軽かった。
普通なら遅刻した生徒を怒鳴るような教師なのだが、ロゼッタにはあまり関わろうとしなかった。
(私はここでも見せしめになるのね)
教室のクラスメイトたちの視線は、嘲笑、憐れみ、そして興味――とにかく、自分を珍しい動物でも見ているような目をしていた。
男子たちの声が聞こえてくる。
「遅刻だってよ。あいつ不良なのか? 何だよ、あの格好」
「せめて、身なりには気を付けて欲しいよね」
「――いや、トム。お前が言っても説得力がないぞ。お前はその頭をどうにかしろ」
席に向かうと、急いでいたためにシャワーも浴びていなかった。
女子たちが鼻を摘まむ。
「酷い臭いよね」
「鼻が曲がるわ」
「勉強も出来ないのに、どんくさい奴よね」
クラスの中で自分が一番劣っているのは分かっている。
そして、優等生であるリアムの側を通った。
(――バンフィールド)
奥歯を噛みしめる。
涼しい顔をしてジョン先生を見ていた。
自分など眼中にない顔をしている。
だが、それも仕方がない。
若くして伯爵として内政手腕を評価され、武に関しても流派の免許皆伝持ち。
何より、海賊狩りのリアムと二つ名まで持っている。
地位も名誉も――全てを持つ神童だ。自分とは何もかもが違いすぎる。
ジョン先生も、リアムにだけは怒鳴ることがない。
正確には、怒鳴る理由がない。
勉強はトップクラスの成績だ。
おまけに、実技系も全てにおいて優秀。
一番秀でているのは武芸だろう。
二番手のクルトを相手にしても、常に勝っている。
清廉潔白で、そして誰もが逆らえないのがリアムだ。
同じクラスの生徒が、リアムにだけは絶対に喧嘩を売らない。
勝てないと分かっているからだ。
――ロゼッタとは全てが違う。自分とは違い、全てを持っている人間。
ロゼッタは――リアムが憎くて仕方がなかった。
(どうせ貴方には、私など眼中に無いのでしょうね。生まれながらに全てを持っている貴方が憎い。――憎くて仕方がないですわ)
――首都星の暗い路地。
そこにいたのは案内人だった。
浮浪者たちがゴミ箱を漁っている光景を見ながら、案内人は奥歯を噛みしめる。
「くそ――どうして私がこんな目に」
今の案内人は彼らと同じだ。
リアムとの縁が強すぎて、リアムに関連する負の感情しか効率よく吸収できなくなってしまった。
今の案内人は、泥水をすすって生きているような状態だ。
リアムの感謝により胸が苦しい。
胸を押さえ、ヨロヨロと歩きながら負の感情を集めていく。
だが、吸収効率が悪い。
リアムの感謝により発生する痛みを和らげつつ、力を蓄えているため非常に効率が悪い。
案内人がリアムに復讐する理由――それは、この縁を絶って苦しみから解放されるためだ。
そのために、今は地道に負の感情を回収している。
すると、案内人の目の前で、浮浪者たちが喧嘩をしていた。
「それは俺が見つけた食料だ!」
「うるせぇ! 前に俺の酒を勝手に飲んだお返しだ!」
だが、案内人が彼らの横を通り過ぎると、二人の険しい表情が和らぐ。
「――わ、悪かったよ。俺も腹が減っているから、半分でいいか?」
「すまねぇ。俺も――この前は、酒を独り占めして悪かった」
互いに謝り食糧を分け合っていた。
彼らの負の感情を吸収した結果だ。
案内人は呟く。
「リアム、今に見ていろよ――必ずお前を不幸のどん底に突き落としてやるからな」
ブライアン(´;ω;`)「辛いです。ロゼッタちゃんが辛そうで――辛いです。でも、リアム様も苦労しているからね!」